アリスな彼女 4
とりあえず、決闘すべきなんだと思う。
さしあたり、当面の問題として。
帽子屋さんの仕事を終わらせないことには、宗真ウサギの行方は掴めない。なし崩し的に、柚月ちゃんと漣チェシャが手伝う羽目になった。
三人は森を抜け、しばらく歩くと暗雲が立ち込める荒野に出た。岩のわずかな隙間から草木が所在なさげにのびているだけ。遠くからはゴロゴロと雷の音。コウモリやらハゲタカとかが空を飛んでいれば、もう完璧だった。
「あの、朱堂さん」
「なんだ怪力娘」
「仕事って具体的どんなことを……?」
周りの雰囲気に呑まれ、おずおずと尋ねた直後、空から強烈な光が降ってきた。直後、ゴロゴロと唸り、辺りに響く轟音に柚月ちゃんが驚いた。
「うわあぁぁぁッ!!」
けれど、そこで彼女は二度と驚いた。
何故か漣チェシャが背後から抱きついてきたからだ。下手に身動きできず、怪訝な表情の柚月ちゃんが振り返る。
「……いきなり、なんなの」
「怖いから」
漣チェシャ、あからさまな棒読み口調です。
ホントに怖がってんのかよ? という疑念が浮かぶ。
何とか身じろぎして逃げようとするものの、腰に巻きつく腕はしっかり絡みついて離れません。
普通、立場が逆なんじゃないですかねぇ。漣チェシャにかぎっては本当に怖いのか謎ですし。どちらにせよ、恥ずかしいだけの柚月ちゃんは負けじと抵抗する。
「離れなさいよ。ものすごく歩きづらいじゃないの」
「いやだ。ものすごく怖いんだ」
めちゃくちゃ嘘くさい。
もはや、のしかかるようにしてベッタリ抱きついてくる。体重がダイレクトにかかって、自然と中腰になってしまう。
でっかい猫に懐かれた気分。柚月ちゃんは迷惑そうだ。その時、ジャキッと謎の怪奇音。反射的に身構える。
「いい加減にしろよ。目の前でイチャつきやがって」
「うわわわわッ!」
パンパンパンッ!
乾いた音と同時に、つま先寸前で地面が弾ける。
帽子屋さんがハンドガンで撃ってきたのだ。さっきのは銃を構えた音だったんでしょう。
足を撃たれちゃかなわないので、柚月ちゃんは後ずさり。当然、背後からのしかかる漣チェシャが邪魔になる。
「あ」
バランスを崩して、ふたりとも尻餅をつく形になります。
「痛たたたた……」
無防備に転倒したため、衝撃と痛みが同時にやって来る。分散させたり、軽減させたりできないため、身動きせずにやり過ごすしかありません。痛みにこらえながら、柚月ちゃんが反射的に閉じたまぶたを開ければ、
「この甘えため」
「ん?」
耳元の近くで溜め息をつかれる。
背中には、押しつけられる温もりがあります。
見上げた柚月ちゃんは固まる。
顎に添えられた指で上を向かされる。すぐ側には漣チェシャの顔があったからです。
今にも唇が触れそうな距離に、柚月ちゃんは心臓が止まりかける。
「いつでもどこでもキスをねだってくるとは。そんな聞き分けのない娘にはおしおきだ」
「ん……んん~~~ッ!」
顎を掴まれ、薄く開かれた唇が落ちてくる。柚月ちゃんのそれに重なる寸前、慌てて胸を押しのけた。
「い、今のがどこをどう接続すると、そんな結論に行き着くのッ!?」
そりゃそうですね。
たまたま転んだら、思いの外ふたりの顔が至近距離にあったってだけですから。
ただし、ここからが漣チェシャの真骨頂。反論する口調には淀みがなさすぎです。
「接続の経緯というより、自然の摂理だな。素直な欲求で誘惑する君が、単に罪作りな女だという……」
「お待ちになって、東雲サンッ! あなた、腹黒すぎる中身をどこにやって来ちゃったのッ!?」
「いや、普段常日頃から思ってるよ。けど、本編は台本があるからそれに従っているだけで」
「うあぁぁぁッ! それ以上は言っちゃ駄目!」
血相を変えた柚月ちゃんが恋人の口元を押さえる。
確かに、これ以上は裏方の事情をバラされたら困ります。
というか、漣チェシャさん本編中はかなりストレスが溜まっていたようですね。おかしな言動の正体は、我慢を重ねて反動かもしれません。
読者の皆さん、あふれる愛の言葉とスキンシップは、大目に見てあげてください。
「だから、地の文を取り込むなっつってんだろ」
パンパンパンッ!
「いやぁぁぁぁッ!」
周囲で乾いた破裂音が鳴り響く。
置き去りにされた帽子屋さん、無表情で拳銃を撃ちまくります。下手に動けば、逆に餌食になること間違いなし。柚月ちゃんは恋人にしがみついて絶叫するしかなかった。
弾倉ひとつをカラにしたところで帽子屋さんの怒りも収まったらしい。新しいマガジンをセットしつつ、釘を刺してきます。
「もう二度と俺の前でイチャつくなよ」
「すみませんでしたッ! 謝りますから至近距離で銃をぶっ放さないでくださいッ!」
理不尽な八つ当たりにも、柚月ちゃんはとりあえず謝る。帽子屋さんに刃向かうだけ無駄。ツッコミすらできないことを嫌というほど知ってます。
今の状況も忘れていると、突然ぎゅっと抱きしめられます。身を固くする柚月ちゃんが視線をあげれば、漣チェシャが頬擦りしてくる。
「まだ足りない。もっと可愛くおねだりできないのか?」
「あぁ、もう嫌ッ! なんなの、このノリッ!」
柚月ちゃんは双方の相手に忙しい。つか、面倒くさがるの遅すぎです。このふたりと一緒にいる時点で、事が穏便にすむはずがないでしょーに。
「とにかく、さっさと終わらしたいから段取りを説明するぞ」
帽子屋さん、とても偉そうに仕切り直します。大体、話をややこしくしたのはあなたでしょうが。
それでも、柚月ちゃんは話を進めることを専念する。
「一体、なにするんですか」
まだ離れない漣チェシャを押しのけつつ、訊ねます。
彼女としては、はた迷惑な我が道を行く野郎ふたりの相手にするより、楽な方を選んだようだ。すると、帽子屋さんは男らしく右拳を突き出した。
「これを持て」
おずおず手を差し出せば、丸い小石のようなものを乗せられました。先ほどの大粒のダイヤモンドです。
「これは一体……?」
「大丈夫だ。おまえは、それを持ってるだけでいい」
謎な指令を受けて首を傾げること数秒。
遠くから何かが近付いてきます。黒のシルエットに、羽ばたく音。帽子屋さんは苛立ちも隠さずに舌打ちしました。
「チッ。来やがったか」
「あれは……」
視線を追いながら、柚月ちゃんは目を剥いた。
「なッ」
空に見えたシルエットは異様に大きい。
目の前に辿り着く頃には、強い風に吹き飛ばされそうになります。
「はぁぁぁぁッ!?」
そんで、悲鳴。
彼女たちの前に現れたのはドラゴンでした。視界いっぱいに広がる大きさで、真っ赤な鱗が光の加減で七色の輝きを放ちます。
予想以上の大物に柚月ちゃんは、口をぱくぱくさせるしかできない。
一方、帽子屋さんは冷静だった。
素早い動きで両手でマシンガンを構える。
「ボケッとしてんな。おまえの仕事はあれを倒すことだ」
しれっと問題発言。
仕事を手伝えとかのレベルじゃない。はじめから柚月ちゃんに相手させるつもりだったのだろう。とんだ鬼畜である。
「おい、柚! 速攻でカタつけるぞッ!」
「むむむ、無茶言わんでくださいよッ!!」
名指しされた柚月ちゃんは震えながら叫ぶ。
ちょっぴり怪力が自慢なだけの彼女としては、さすがにドラゴンと戦う気力は持ち合わせていません。うっかり後退りすれば、爬虫類の特徴である細い目がぎょろりと見下ろしてきます。そこで柚月ちゃんは唐突に気付きました。
「はッ!」
手にしているのは、光りモノ。
ファンタジーの中では有名なトリビアだと思いますが念のため。ドラゴンは宝石のような輝くものが大好きです。
ゴオォォォッ!!
紅蓮の炎がドラゴンの口から吐き出されます。
「きゃあぁぁぁぁッ!」
熱風に飛ばされながらも、柚月ちゃんは現状把握に努める。
「ちょ、朱堂さん! なんで、こんなことになってんですか!」
「んー。実は、隣国の姫からドラゴン退治を命令されてな。鉱山に巣くうあいつが邪魔だったらしくて」
紅蓮の炎に囲まれながら、帽子屋さんの回答はそっけない。というか、興味が薄い?
「姫の依頼は退治といっても、必要ないなら殺さなくてもいいと言われてたんだ。実際、ヤツは鉱山に隠された金銀財宝に執着してただけで、鉱山そのものが住処ってわけじゃなかったし。だから、財宝だけを別の山に移してみた」
「そ、それで恨みを買ったわけですか……?」
状況がなんとなくわかったところで、ドラゴンの瞳がぎょろりと動いた。しかも、視線が柚月ちゃんに向いている。
「な、なに?」
身構えるも、長い爪で鷲掴みされる。
「わきゃーッ!!」
悲鳴をあげる柚月ちゃんは、説明を続ける。
一方のドラゴンさんは天に向かって火を吹いた。ついでに柚月ちゃんを強く握りしめる。
「ぐえぇぇぇぇぇぇッ」
潰されたヒキガエルごとく悲鳴をあげる柚月ちゃんを眺めたまま、帽子屋さんは渋面を作る。ショットガンに弾をセットしながら。
「それからは何故か俺を追いかけてきやがる」
「逆恨みですかね」
漣チェシャもつられたように考察する。
ただし、ここで柚月ちゃんはある可能性に思い至った。もし仮に、帽子屋さんの言うとおりだったとしたら、どこか腑に落ちない。
財宝は奪われていない。どの点を恨みに思うのか。そもそも、何故、自分が鷲掴みにされるのか。その場にいたにしろ、漣の存在を認識しているそぶりは見られない。
攻撃だって帽子屋さんには当ててない。火を吹いたのは柚月ちゃんに対してだ。いくらなんでも、ドラゴンが本気だったら帽子屋さんでも無傷でいられるだろうか。つまるところ、帽子屋さんを殺す気で狙っているか疑わしい。
それらの事実を踏まえ、改めて考えてみると柚月ちゃんらしい視点が見えてきた。
「……あの、朱堂さん。このドラゴン、女の子なんじゃ?」
「ん? そーなのか?」
そういう事情なら、だいぶ違ってくる。
実際、帽子屋さんがドラゴンを見る。目が合った巨大な爬虫類は弾かれたように驚き、いきなり顔を背ける。かと思えば、ちらちらと帽子屋さんを見つめたり視線を外したりして忙しない。
決定打。
どうやらドラゴンさんは帽子屋さんに好きになって追いかけてきたようだ。破壊力抜群の攻撃も、熱烈な恋心をもて余していた結果だろう。
モテる男は、なかなかにつらい。
種族を越えた愛にも立ち向かわなければならなかった。