98 薔薇と呼ばれし貴人
「中央」
答えが出ていると思ってはいたが、本当に解けている事実に驚き、沢蟹は目を剥いて隣を見上げる。
「この巨大迷路の真ん中だと私は思う」
瑠璃の夜空にオーロラが揺れるようなジェームズの目は、日頃アデライードの顔面で鍛えられている沢蟹でさえ、間近で見るとその神秘性に気圧された。キャラクタークリエイトする際、瞳の色など幾らでも変えられる。だが、所詮はカラーグラスへの置き換えだ。作り物の域を超えることはない。元の身体的特徴をそのまま反映させているであろうジェームズの目は欧米人らしく光の加減で色を変えるし、彼の瞳自体が珍しい虹彩をしていた。
言われた言葉を右から左に抜け落としそうになり、同じくジェームズの声が聞こえているであろうユミに救いを求め彼女を見る。しかし、ユミは話の内容に興味がないのか歩きながらメール画面を開き誰かにメッセージを綴っていた。
「どうして、中央だと? 」
こうなるとユミの援護は受けられない。ユミが自分の熱い視線に気づくのを待つより、沢蟹は質問を重ねることを選んだ。
「最初から、この迷路は作りがおかしい。一部のプレイヤーに手厳しいギミックが仕掛けられているとはいえ、慎重に同一方向へ進行すれば壁が動いたところでいつかは逆側にたどり着くはずだ」
坑道は一本道。入った場所から出口はま逆でないと物理的にはおかしくなる。
「だが、いまだに迷路を抜けて第二宿駅までたどり着いたという報告はあがっていない」
「ああ」
プレイ時間の制限があるとはいえ、なんとしても突破しようと試みるプレイヤーはいるはずだ。
「となれば、出口は逆側ではなく別の場所。さらに言えば、何かしら我々がまだ遭遇していない仕掛けが幾つかありプレイヤーはこの迷路内から排除されていると考えられる」
「ふむ」
「何かしらの仕掛け、その一つはこれだろう」
「うーん。まぁ、妥当っちゃー妥当だけれど」
出口は入り口とは反対側。そう単純に考えて慎重に進んでいても、そこ出口がなかったら結局ぐるぐると歩き回らされて終わるだけ。忍耐力切れで離脱する者もいるだろう。
「でもさ。仮に中央に出口があったとして、たまたま偶然その出口を見つけました。ってなったとしたらさ」
「可能性としては大いにあり得る話だが、出口を開く為にアイテムが必要だとした場合はどうだろうか」
「あー……」
有力候補としてはユミが持っている金の鍵だろう。確かにロマン溢れる形をしていた。
「出口が判り易い城の形をしていると考えると、この迷路が天井まで蔦の壁で仕切られている理由も判る」
巨大なテーマパークでシンボリックな建物が存在している理由は、客たちが今どこにいるか位置を見失わないようにとの配慮も兼ねている。
徹底的にAGI型を潰し、方向を見失わせるように同じ景色を永遠につなぎ合わせ、定期的に壁の位置を変えて更に翻弄する意地の悪さ。ただの暇つぶしコンテンツのはずが随分とハードルが高い。
「仮に出口となる扉を見つけたとしても、鍵がなければ入れないって事か」
「そうだね。金の鍵がなければ女王の庭には通じない」
あくまで仮定だが、妥当すぎる答えだ。
「でもそれでは、猫ちゃんに会えなかった人たちはゴールできないわ」
メールを送り終わったらしいユミは画面を閉じながら小さく息を吐いた。それは鍵を手に入れた時に、皆で考え先送りした問題でもある。
彼女にしては珍しく少し突き放したような声音が、ジェームズの示唆する内容に対して同意しかねると伝えていた。
「ちゃんと聞いていたんだ」
「彼女は耳聡いよ。ただ多くが留まらないだけで」
「そうでした」
唇をへの字に曲げ、渋い顔で頷く沢蟹に口元を緩めたジェームズは、首を回し右隣の沢蟹から左隣のユミへと顔を向ける。
「確かにチェシャ猫に会えるかどうかは確率の問題になってくる。だが、アレは言っただろう? 」
ジェームズと見つめ合う形となったユミは、一度瞬くと首を傾げる様な仕草で彼から視線を外した。ゆらゆらと瞳が左右に揺れ、覚束無い視線が左上に向かいそのまま左横に降りて止まる。ユミの瞳の動きは、視覚的記憶と聴覚的記憶を脳内から引っ張す時の動きそのものだった。
二人のやり取りを横目に、沢蟹もまたジェームズの言わんとするチェシャ猫の台詞を記憶から掘り返す。どれもこれも猫の台詞はすべて怪しいが、出会いと確率に掛かりそうなものは一つだけだ。
『わっちは、一匹にゃれど、わっちは沢山いるニャ。そして、みんな繋がっているニャ』
プレイヤーの行動如何によって、チェシャ猫との遭遇率が変わる。だが、絶対に出会えないという確率ではないということか。
「猫ちゃんは沢山いる。つまり、出会える条件は一つじゃないって事……かしら」
沢蟹の思考をなぞる様に、一拍の間を置いてユミが答えにたどり着いた。
独り言のように零れたユミの声に硬さは残るが、思考はジェームズの考え描くビジョンをしっかり読み取っている。不確定要素を不確定なまま肯定するとしたら、そう考えるのが一番収まりがいいだろう。
「そうだね。チェシャ猫の出現条件は一つでないと考えるのが妥当だ。どれかが当れば、条件が満たされたチェシャ猫が出てくる」
「チェシャ猫とのエンカウントは、パラノーマルイベント的なもの。と、考えろと? 」
何か理由が欲しい沢蟹とは対照的に、ユミは「そうなのね」と短く返事をしただけでそれ以上は言及せず、何か彼女の中で気になることがあるのか意識は再び思考の海へとかえっていく。
「システムとしては、それに近いだろうね。どのチェシャ猫に当ったとしても、彼らの行動は同じだ」
「金の鍵をプレイヤーに渡す」
沢蟹の答えにジェームズは小さく頷いた。
「でも、だとしたら何でデミたちは金の鍵の話をしなかった? あいつらだって受け取っている可能性があるだろう? 」
迷路に入る前に出会った出海たちは、マンクソームやソードオブヴォーパルの話をアラベスクたちにしたがチェシャ猫や金の鍵については話していない。
「出会っていないのかもしれない」
「うっ」
あくまで確率論だというモヤモヤとした壁が立ちはだかる。
「もしくは」
一旦言葉を切ったジェームズは、時々見せる皮肉な一面の笑みを浮かべた。
「些細なこと過ぎて、誰も気に留めていないかだ」
猫型NPCとダンジョン内で出会う事が些細なことかは別にして、活用法の判らないアイテムの存在は、そのアイテム自体の存在が消される傾向にある。特に、その後にあからさまに価値のあるアイテムを所有してしまった場合には。
判らなくもない考えだ。Web上に断片的にあがってくる情報もまとまっているようで辻褄があわない部分があった。金の鍵については一先ず置いておいたとしても、『ひきりなしにMobが沸いていた』という情報もあったのに関わらず、沢蟹たちはわざとエンカウントを狙ったマンクソーム以外、只々迷路をさ迷う人間になっている。
プレイヤーがどれだけ肥大しようと、声を上げる人数というのは一定の比率でしか増えはしない。その声を上げるプレイヤーのうち何割がこの迷路に挑み、正直に情報を出してくれているだろう。そして正直な声を上げていてくれても、その声をどれだけの人間が見つけ拡散する手伝いをするだろうか。
真偽を問わず、埋もれていく意見は多い。インフルエンサーとなりえるのは、元々要素を持った人間のみ。その極一部の人間の目に留まらなければ、どれほど重要な発言でもなかった事と同様なのだ。
チェシャ猫に出会った。金の鍵を貰った。たったこれだけのことでも拡散力のあるプレイヤーが発言したら一気に広がるだろう。だが、発言力の弱いもしくは発言する気が端からないプレイヤーが保有した場合、その情報はなかった事と同様になる。
そして、その鍵の使い道まで至らなかった場合、ますますアイテムとしての存在が消されるのだ。
「他にも気になる点はある。おやすみの時間、これは何を表しているのか」
「人が寝る時間なんて、様々だからなぁ」
「ああ」
時間を方角に置換するにしても絶対に動かない指標でなければならない。気をつけろと猫が言った以上、何かしらの妨害、エネミーの発生といったプレイヤーにとってのマイナス要素である事は確かなのだが、今の段階では不透明だ。
「チェシャ猫は、お茶会での食物に手をつけるなともいった。だが、一つだけ持ち帰れとも言っている」
どれだけ勧められても手はつけるな。但し、クッキーは盗めとあの猫は言った。つまり、そのクッキーも何かしらのイベントのキーアイテムとなるということか。
意識が内側に向いた沢蟹は、知らず腕を組むように持ち上げ左手を口元に伸ばし、丸めた指の背で一定のリズムを刻むように唇を叩く。
元々沢蟹自身、不思議の国のアリスの物語など薄ぼんやりとした何となくのレベルでしか知らない。
白いウサギを追いかけた少女が穴に落ちて、小さくなったり大きくなったりしつつ狂ったお茶会に参加して、ハートの女王とクロッケーをし、最後は夢オチ。
登場人物だって、時間を気にして走っている白兎、縞々の笑い猫、帽子屋に白いバラに赤いペンキを塗りたくるトランプの兵隊、やたら死ね死ね言うハートの女王とこんな知識だ。不完全にしか元の話を知らない自分では何が判らないかすら判らない。そこに時間だ風水だ方角だと更に面倒くさいことを盛り込まれてキャパオーバーもいいところだ。
全部盛りしても余裕がありそうなジェームズでさえ、彼は彼で頭が良い分だけ可能性の選択肢が増え凡その道筋は立てれても決定打まで行きつけてないらしい。
「そういえば、どうしてジェームズは迷路の出口は真ん中だと思ったの? 」
不意に出た時間が巻き戻ったかのようなユミの質問に、沢蟹は怪訝そうに顎を引く。ジェームズは慣れているのか目線を下におろしただけで表情に変化はなく、ユミの次の言葉を待っているようにも見えた。
「どうして、お城は迷路に守られてると思ったの? 」
ユミの中の時間は歪んでいる。彼女には彼女独自の世界観があり、それを誰かに強要しようとしない代わりに周りの話題も考えない。やたらと冴えた指摘をしたかと思えば、実は何も考えていなかった。という顛末もよくあることだ。
「女性が待つ城の多くは、迷路に守られているからね。そして城は、迷路の真ん中にあるのが御伽噺では一般的でもある」
待つと表現したことに話を聞いていた沢蟹は、相手を窺うように微かに首を捻る。
「マップがブランク状態で、開いても無駄と見ていないかもしれないが、一度開いて確認するといい。この迷路の名前が判明している」
「あら」
「マジか」
言われて、ユミと沢蟹は急いでマップを表示した。相変わらず一切の地形は表示されていないが、薄く半透明な文字でマップ上に名称が追加されている。
「ロザモンド? 」
アリスの物語にそんな名前が出てきただろうかと浮かぶ疑問を先回りするようにジェームズが補足した。
「ロザモンド・クリフォード。この迷路は、彼女の名前から拝借しているのではないかな」
「誰? 」
「存じ上げない名前だわ」
困惑する二人の反応は尤もだとジェームズは一人嘆息し言葉を続ける。
「日本人には馴染みが薄い女性だね。彼女は、イングランド王ヘンリー二世の愛妾であり、一説では嫉妬したヘンリー二世の妻アリエノールによって毒殺されたとされてる」
「コンビニに並んでいる分厚い漫画みたいな話だな」
「コンビニ? 」
何の気なしの単語に食いついたジェームズに慌てた沢蟹は説明の続きを促す。彼に日本の嫁姑戦争とか、女性のマウント取りなんて話をした所で時間の無駄だ。
「ヨーロッパの祖母と呼ばれるアリエノールは気性の激しい女性だったらしくてね。彼女が嫉妬する事を恐れたヘンリー二世は、ロザモンドをウッドストック離宮に半ば幽閉するような形で住まわせたんだ。この離宮は迷路のような森に囲まれていて、目印となる糸を手繰らないと辿り付けなかったと言われている」
「へぇ」
まさしく本妻VS愛人特集ではないか。ぼんやり雑誌の表紙に書かれている煽りを想像した沢蟹は、半ば呆れたような引きつった笑いを浮かべた。
「実際は、そんな事は無かったのだろうが後世でロマンスを求めるものが作り上げた物語だと私は思う。時期的にアリエノール自身もソーズベリーに収監されていたのだから果たして殺人が犯せたかどうか」
「いやいや、そんなマメ知識いらないし」
「ひとつ賢くなったわね」
「ユミりん……」
覚えたところで何処でこんな雑学を披露するのか問いたい所ではあるが、彼女のことだ五分ともたず忘れてそうだと遠くへ視線を飛ばす。
「ロザモンドという名前をどう捉えるべきか。ドイツ古語かラテン語か、その辺りを運営に問い合わせてみたくはあるが、今回はやたらに英国に拘っている運営だ。ラテン語と仮定するなら、世界のバラという意味になる」
遠くの緑を見ると視力がよくなるんだっけ。などと、現実逃避をしかかった沢蟹の耳にジェームズの仮説の続きが届いた。
「そして金の鍵は、アリスの世界では女王がいる城の庭に続く鍵だ。苛烈な情念を秘めた冷酷なる薔薇の女王が待つ庭のね」
なんでも適当に混ぜ込むのが好きな日本人らしい。攻略サイトの小ネタとかに書かれそうな内容だな、と沢蟹は肩を竦め現実に戻ってくる。
「つまりだ。そのお城にたどり着いたら、中で待っているのはロザモンドかアリエノールか判らないってオチか? 」
「そうだね。どちらかかもしれないし、両方かもしれない」
「え。本妻VS愛人のキャットファイトとかに巻き込まれるわけ、俺たち」
「流石にそれはないと思うが」
「ですよねー」
二人のやり取りが面白いのかユミは口元を手で隠し、笑っているのを隠そうとしているが隠しきれていない。
「だが、何かしらの話は聞けるのではないかな」
「話? 」
「ああ。ロザモンドは、助言、守護者。アリエノールは輝くものという意味も持つ」
「あー……。なんだろ、今、俺の頭の中には会いたいような会いたくないようなやつ等が浮かんでる」
「私もだ」
クランの名前だけが一人歩きしてしまった都市伝説的存在。ゲーム世界の謎を紐解くためならどこにでも現れる集団。三人寄れば文殊の知恵というが、彼らならばジェームズに匹敵する教養と知識量を持っているだろう。
もしも。もしもだが、彼らがこの迷路に実装直後に挑んでいるのならば、既にたどり着いている可能性がある。
「どなたのお話? 」
深くは語らず通じ合ったような二人に、体を傾けてユミは二人の顔を覗き込む。
「ちょっと、もー聞いてよー」
突然振り返ったデミオが、後ろを歩くアラベスクたちへと話を振った。どうやらましゅ麻呂たちと話していた内容で形勢不利に陥ったらしい。先頭が足を止めたために、後に続くユミたちの足も何事かと自然と止まる。
「夕焼け小焼けを夕焼け小焼けじゃないっていうのよー」
「なんの話だよ」
「五時のサイレンーっ」
キーッと地団太を踏むデミオにオミとアラベスクが顔を見合わせた。
「夕焼け小焼けだってー」
「夕焼け小焼けじゃなくて、赤とんぼの歌だろー」
ましゅ麻呂が半目で告げ、その横でエイタが勝ち誇った顔で笑っている。そこでどうやら、赤とんぼの曲名をデミオが夕焼け小焼けと勘違いして覚えていたということだと合点がいった。
「ミオちゃん。ゆうやけこやけから始まる歌は、あかとんぼという曲名よ」
頬を膨らませるデミオにユミが優しく言い聞かす。ましゅ麻呂やエイタからの訂正は受け付けないデミオでも、ユミからの言葉は素直に聞くらしく涙目になりながら「そうなの? 」と聞き返していた。
「俺が住んでるところは、聞いたことないな」
沢蟹は五時のサイレンそのものを聞いたことがないと首を振り、アラベスクも同じなのか沢蟹に同意して頷く。防災無線の点検を兼ねたサイレンは、地域によっては聞かれない。今は時代も進み、そういったアナログ的な設備は廃れつつあるが、形骸的に残っている地域もまだあった。
「今は聞かないが子供の頃住んでたとこは、ななつの子だったな」
オミも五時のサイレンを知っているのか、懐かしそうに呟く。
「うちは、家路っすよ」
地域差で選曲にもバリエーションが生まれるのか、それぞれが馴染んだ曲名を口にする。
「ジェームズんトコにもあンの? 」
海外には流石にないだろう。という視線を一身に浴び、聞いたましゅ麻呂がたじろいだ。
「何のことだろうか? 」
この反応だけで、防災無線という概念自体がないのだと一同は察する。
「決まった時間になると町に流れるサイレンや音楽のことよ。子供たちはその音を聞くとおうちに帰るの」
ユミのザックリした説明に怪訝そうに片眉を上げたジェームズだが、何か思い当たったのが薄く唇を開きすぐに閉じると今度は悩ましげに眉を顰めた。
「多くの国民が知っているという意味では、『さようならお日さま、こんにちはお月様』や『おやすみのうた』あたりだと思うが」
「その顔と声でお日様とかお月様とか言われると何かウゾウゾするな」
「ウゾウゾ? 」
「なんかこう落ち着かないというか」
一部で方言の説明談義が始まったのを横目にましゅ麻呂はコテンと擬音がつきそうな仕草で首を傾ける。
「なんだよ、その曲」
「子供向けの放送で時間になると流れるのだよ。イギリスの子供たちは七時には寝るからね」
「は? 」
しれっと告げられた重要事項に隣で話を聞いていた沢蟹が固まった。
「五時には『さようならお日さま、こんにちはお月様』が流れ、順に寝る準備をするように番組の合間にキャストたちが促す。七時には『おやすみのうた』が流れて、放送が終わり子供たちはベッドに向かうんだ」
日本同様、イギリスにも国営放送は存在し、子供向けのチャンネルもある。日本と違うのはライフスタイルの違いから、かの国の子供向け放送の終了時間は七時ということ。遅くとも七時半にはベッドに入り子供たちは眠りにつくのだ。所変わればといったところだが、そのためベッドタイムソングとされるいくつかの曲は子供たちに馴染みが深い。
「寝るの早ぇぇな」
「そこは国の違いということで納得して貰いたい」
のんびりとした雑談が始まろうとした中、冷静な沢蟹の強めの声がざわめきを割った。
「チェシャ猫は、おやすみの時間にも気をつけろと言っていた」
この迷路に立ち入ったプレイヤーの報告に、なぜブレが生じていたのか。その違和感の正体。
沢蟹の様子に、何かに気付いたジェームズも一瞬動きが止まり、次に腰に下げていた時計を開く。時刻は午後六時半を少し回ったところだった。
「なんだ? 」
「なんっスか」
「おやすみの時間がなに? 」
周りの人間も何事かとジェームズの手に乗ったままの時計を覗き込みに集まってくる。
「なんだ、二人して」
時刻を確認した後、互いに見つめあったまま動かない二人を胡散臭そうに見るましゅ麻呂にふわりとユミが告げた。
「おやすみの時間が、おやすみのうたの時間ってことかしら? 」
「は? 」
状況として何処まで、何を頭に入れていたかで理解力は異なる。だが、ましゅ麻呂にはユミの言葉が十分なヒントとなったらしい。元から大きいアーモンド形の瞳が、さらに大きく見開かれていく。
「方向が間違っていたってことっすか? 」
「ちげーよ、お茶会は六時で南。おやすみの時間は時間の七、時……だよな? 」
話が繋がらないハヤトにエイタが突っ込むが、途中からあやふやになってオミへと視線を向け助けを求める。視線を受けたオミは、ため息混じりに首を左右に振って見せた。
「えー……。話が見えてないのオレだけっすか? 」
「ラッ……」
「……シュだ」
気づいたアラベスクの言葉をましゅ麻呂が接いだ。
「ラッシュだ! お前ら急いで逃げるぞ!! 」
ましゅ麻呂の号令に、一瞬で空気が引き締まり<SUPERNOVA>の面々は一斉に走り出す。
「ラッシュって何すか!? 」
「説明は、走りながらする」
理解が追いつかないハヤトの頭を抱きこむように引き寄せたアラベスクは、そのまま腕を下ろし彼の背中を叩いて走るよう促した。
「とにかく南へ。急いでお茶会探せ! 」
「ジェームズ、方角っ」
「直進で構わない。左に折れる通路があれば、すぐに曲がって欲しい」
時間との競争が始まった。
お久しぶりでございます。
生きております。




