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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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97 おやつはさんじ、いまはなんじ

 ◆ 坑道 第一宿駅-第二宿駅間 ロザモンドの迷路 ◆



「次の丁字路、左に行っていいかー? 」

「いや、駄目だ。それだと戻ってしまう」


 ましゅ麻呂の確認にジェームズが答える。彼の手には懐中時計が握られていた。『時の城』で使っていたそれだ。普段はローブの内ポケットに仕舞われている品物だが、時間管理など必要となる場面では外に出され、彼の腰に下げられる。

 方角を確認するため、ジェームズは手にした時計を水平に構え文字盤を見た。はめ込まれたガラス蓋の金枠部分に彫られた細い溝の中を一粒入れられた白金結晶が転がる。この白金の粒は、必ず南を指して止まる仕組みになっていた。

 万能型懐中時計。なんの捻りもない名前の時計だが、第一宿駅方向に戻される心配なく迷路の中を歩くことが出来ている今は、シンプルな名前すら愛おしく感じられた。


 ゲームの中ではMAP機能がある。自分が今、どこにいるかを逐一把握しなければ、町に辿り着けず遭難するなんてナンセンスなことにはならない。時計にしろ方位磁針にしろ、プレイヤーが持つのはただの趣味でしかなかった。それが、ここにきてミニMAPが機能しないという場面に直面する。


 方向を見失ったプレイヤーはどうどう巡りをさせられたあと外に出され。歩くのに飽きたプレイヤーは早々に離脱してしまう。そんな状態をたまたまジェームズが、この懐中時計を愛用していたお陰でアラベスクたちは打破する事ができた。芸は身を助ける。ならぬ、趣味と財力が身を助けた状態である。


 時計にだってランクはある。万能型ともなれば、値段はそれなりに張った。時間管理を目的とするなら、もっと安物でもいい。むしろ無くてもシステムを使えば何とでもなる。それを「一番高いものを買っておけば、問題はないのではないかしら」というユミの天然発言と太陽の石相当の金額を支払っても財布が痛まないジェームズの懐具合が合わさった結果、強運が齎された。


 “こなごなに挽き(マンクソーム)殺す”との初戦を切り抜けた後、アラベスクたち一行は、あのエネミーとの再戦を果たしていない。通路の向こう側で戦っているような音は聞こえたのだが、それも一度だけだった。

 いくつかPTが挑んでいるはずの迷路だが、チェシャ猫と別れて以降一つのPTともすれ違ってはおらず、壁の向こうから戦闘音が聞こえたのもそれっきりだ。


「もっと人がいると思ったんだけどなぁ」

「人にも会わないし、敵にも会わないし」


 緊張感が解けてきたのか、エイタとデミオは串タコを頬張りながら歩いている。以前、ましゅ麻呂がやっていたシャフトを串代わりにしてタコを突き刺したアレだ。食事としてのBuffの効果はないが、おやつ感覚なのだろう。


「マンクソームにも会わないし」

「あれは金がウマイから、もっと会いたいな」


 ましゅ麻呂が懐具合を気にすれば、お前は浪費が過ぎるとオミに叱られ喧嘩にもならない言い合いが始まる。二人の会話の内容に耳を傾ければ、どうやら彼は武器を集めるのが趣味らしく露天で珍しいものを見つけると即購入してしまうらしかった。使わない武器まで買い揃えるましゅ麻呂に、クランメンバーは少し呆れているのだとデミオがハヤトに耳打ちして教える。ついでに今欲しい物は鎧なのだと付け加え、ハヤトのましゅ麻呂を見る目をとても残念なものへと変えさせて一人笑いを押し殺す。


 丁字を右に曲がってすぐの所で、ジェームズが足を止めた。要所要所でしか方角を確認しなかった彼が、懐中時計を手にしたままじっと盤を見て何か考思している。ジェームズとほぼ横並びに歩いていたアラベスクとユミも足を止め、彼を置き去りにしてしまった分、歩を戻した。


「どうかしたのか? 」

「どうしたの? 」


 アラベスクと共にジェームズの傍らに戻ったユミは、何事かと彼の顔を下から覗き込む。控えめながらも、視界の端に侵入してきたユミの顔に思惟を散らされたジェームズは、視線を彼女へ移すと少し困ったように微笑んだ。


「強引だね」

「あら、ごめんなさい」


 考え事の邪魔をしてしまったのだと悟ったユミは、慌てて姿勢を直すと一歩下がって距離をとる。


「どしたー? 」


 立ち止まった三人に気づいた一行が帰ってきた。何時何時(いつなんどき)、ツタの壁が閉じて進路を変えさせられるか判らない以上、止まる時は同じブロック内にいないと危ない。


「少し、考え事をしていた」


 ジェームズが何か異常を感知したのかと、語り口は軽いがどこか警戒した表情を見せるましゅ麻呂にジェームズは口元を緩め報告する。


「考え事? 」

「ああ」


 ジェームズは、何かを確認するように周りを見渡した。天井までしっかりと生い茂ったツタの壁は、どこをどう見ても代わり映えしない風景だ。だが、彼は何か引っかかることがあるのか、眉を寄せ再び時計の盤へと視線を落とす。


「やつらは、ずっと六時」


 ぽつりとチェシャ猫が言っていた言葉がジェームズの唇から零れた。


「チェシャ猫が言っていたことか? 」


 いつの間にかジェームズの隣に来ていた沢蟹が首を傾け、彼が手にしている時計に視線を落とす。沢蟹は、ましゅ麻呂とは違いジェームズが足を止めた理由が時計に関する何らかであると察していた。


「ああ、ティーは六時だ」


 ティーとジェームズが表したことに沢蟹は顔を上げると訝しむように眉を顰め、ジェームズが言わんとすることが判らない残された一同は互いに顔を見合わせる。


「お茶の時間は三時よ? 」

「三時のおやつっすからね」

「そうそう」


 お気楽なユミとハヤト、デミオが頷く。


「いや。ティーは六時なんだよ、ユミ」


 ユミがチェシャ猫に対し、マンクソームの情報を引き出している時も、ジェームズは一人下を向き、腰に下げた時計を開いて方角を確認していた。


「この迷路のモチーフは、ルイス・キャロルの世界だ。彼は英国の作家で、この迷路は英国の生活様式に則っている可能性がある」


 帽子屋の狂ったお茶会は終わらない、終われない。なぜなら、女王の怒りをかってしまったから。


「私たち以外にチェシャ猫に出会ったプレイヤーがいたとして、お茶会、お茶の時間と聞いて思い浮かぶのは三時になるだろう。だが、それではたどり着けない」

「なんじゃそりゃ」


 ジェームズの解説が要領を得ず、ましゅ麻呂は難解な顔をして痒くもない首の裏を軽く爪の先で掻きながら首を捻る。


 ここに雪江がいたなら、もう少し違ったアプローチで答えに行き着き、周囲に説明してくれたかもしれない。または留学経験があるフェルトンがいたなら、ジェームズが思い描いている思考の地図の色付けを手伝えたのかもしれない。

 だが、生憎と二人とも不在だった。


「まず、子午線を思い浮かべて欲しい。ロンドンには経度の基準となったグリニッジ天文台がある」

「お、おぅ」

「地球が一周するのに、ほぼ二十四時間、経度十五度で一時間の時差が生まれる」


 ジェームズの頭の中では、ある仮定をもとにして、この迷路の解き方がほぼ完了している。だが、その組み立てられたロジックを簡潔に他者に説明するには、彼には経験が足りていなかった。


「しごせんってなにかしら? 」

「赤道が地球を横に真っ二つにする線なら、北極と南極で縦に真っ二つにする線っす」


 コソコソと話の邪魔をしないようにユミとハヤトが小声でやり取りしているが、距離が近いためその場にいる全員に筒抜けである。二人のやり取りに一瞬、説明を躊躇したジェームズだったが、ここはユミのレベルに合わせるべきではないと話を続けた。

 ユミは元々、ジェームズの話の七割は聞いていない。脳に届いた単語(気になったフレーズ)だけ、それは何だと質問してくる。彼女には動機付けは必要なく、結果があればいいのだ。

 ジェームズの説明下手が改善されない一因である。


「本当に、ここの運営は無駄な事ばかりに力を入れる」

「その意見には、概ね同意だが」

「それとイギリスがどう関係してくるんだ? 」

「時差? 」


 思いつく限りの適当を並べる面々に軽く肩を竦めるとジェームズは軽く杖で地面を突いた。散らかっていた視線が彼に集中する。


「もう一度、“こなごなに挽き殺す”に会ってみないか? 」


 余裕の笑顔の見本のような顔を見せられ、アヒル口となっていたましゅ麻呂の唇が含みのある不敵な笑みへと変わった。


「それはなかなか、興味深いですなぁ」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「儲けはウマイが、そろそろ耐久がヤバくなってきた」


 剣の側面でマンクソームの噛み付きを受け止めたオミが悲鳴を上げる。


 装備品には耐久値が設定されていた。武器にしろ、防具にしろ耐久値がゼロになれば存在が消滅し、イチでも残っていれば修理が可能となる。

 オミは両手剣、大剣の使い手である。攻撃するも、攻撃を受け止めるも今手にしている武器が担う。そのため、耐久の減り具合も二倍となっていた。使えば減るの世界で、先の見通しが立たない状態は彼を不安にさせる。


『予備持ってきてねーの? 』


 マンクソームを挟んだ向こう側から、気の抜けたましゅ麻呂の声が響く。


「持ってきているが、これから先、何が出てくるか判らないだろ。あんまホイホイ使いたくはねぇ」

『なるほど理解ー』


 マンクソームの相手も九体目となると、ましゅ麻呂たちの作業効率も上がっていた。最初は二十分近く掛かっていた時間が、今では半分以下に短縮されている。沢蟹が見せ武器(アクセサリー)のノリで腰に下げているソードオブヴォーパルの特殊効果による弱体化に加え、三体目以降は手順と役割分担が明確となり、四体目と対峙している間にハヤトのステータスが伸び、剛拳スキルが百パーセントを突破したことで称号が変わり『既存価値調整』で調整が入った。

 ここが一つの分岐点になる。


 ハヤトが【激 発(ストライカー)】となった事で常時発動のパッシブスキルが有効となり、状態異常に対する抵抗力が上がりジェームズの回復役としての手数が減った。<座標変換>はデミオの仕事であり、彼は手を出さない。ジェームズのMP消費量に余裕が出来たということは、無駄遣いをさせても怒られないということに彼らの頭の中ではなる。


 つまり――


「伏せて! 」


 ユミの声に一切の回避行動は取らず、オミもハヤトも頭を庇いその場にしゃがみ込んだ。


 派手な音を立てて、彼らが対峙していたマンクソームが後方へ押し込まれ<攻撃連鎖>の受付時間を待たずして光の屑となって消える。完全なオーバーキルだ。マンクソームが消えた代わりにオミとハヤトの前には死んだユミが落ちてきた。


 ――これが、一番の時間短縮の原因である。


 五体目から、いい角度に昇れたユミかましゅ麻呂がエイタの<追撃待機>が着弾する前後に一緒に飛び込んでくるようになってきた。下手をすれば、顔面に<攻撃連鎖>が貼り付けられた直後にである。


 先に一声かけるのは、初めて飛び込んだ時に下にいたハヤトが巻き添えを食らって瀕死に追い込まれたからだ。意外とアバターも重さがあるらしい。その為、ユミもましゅ麻呂も飛び込む前には声をかけるようになり、当った衝撃で跳ね返されたときに前方向に弾かれない様に角度まで調整するようになった。


「死と引き換えの絶え間ない努力って、努力の方向性を間違えていると思うの」


 呆れるデミオの横で、ジェームズはあっさりユミを蘇生する。


『ジェーームズ、俺はいつまで放置なのーっ』


 先に尻尾に飛び込んで破壊したましゅ麻呂が、幽体のまま放置されていた。


「ぽこぽこ死ぬんじゃないわよ」


 杖を構えるジェームズを片手で制してデミオが詠唱を始める。彼女もまたMPには余裕が出来てきていた。


「倒した瞬間に死んでると、アイテム権が消失するぞ」


 アラベスクは、溜息交じりに今更の再確認を死にたがりの二人にする。例え死体でも、その場に留まっていればドロップは貰えるが、ドロップの中身に影響が出た。コモン、アンコモン、レアで形成されるドロップ品の中で、コモンはゲーム内マネーとなる。アンコモンは、コモンより高額のマネーとアイテムが割り当てられており、比率はまちまちだ。エネミーが倒された瞬間に死んでいるとアンコモンに割り当てられるアイテムがマネーに変更された。


「いーの、いーの。俺、まにぃーの方が欲しいから」

「皮は、重いのよね」


 色々持ち歩いていそうなましゅ麻呂が言うのなら判るが、食べ物以外持っていなさそうなユミの言い訳としてそれはどうだろう。何か言う気も失せた表情のアラベスクを横目に沢蟹は軽やかに赤箱に歩み寄ると弓の先で叩いて開けた。それぞれの元に報酬が飛んでいく。


「ソードオブヴォーパルも、あれから出ねぇなぁ」

「おま……」


 検証も何もないお前たちの力推しが原因だとなぜ思わない。そんな冷たい目でエイタはましゅ麻呂を見るが、意に介さないましゅ麻呂は財布の残高を確認し、一人気味の悪い笑いを浮かべている。天空鎧と呼ばれている全身鎧を作りたい彼は、今、集金に精を出していた。


 天空系最高防具のレシピが登場したのは坑道実装の翌週である。総材料費だけで三十五Mと言われているそれは、全身鎧でありながら重量が異常に軽く、ステータスに対する装備要求値が低かった。更に天空系本来の高いステータス補正も持ち合わせているとなれば、戦闘職の目の色も変わるというものだろう。

 それまでVITがなければ装備できなかった全身鎧が、VITに多くを振っていないプレイヤーでも装備できるというのは革命に近い。


 基本、全身鎧は部位を五箇所にわけ、五箇所揃って初めてセット効果が発生するというものである。一つのアイテム名で五箇所のレシピが同梱されているのも特徴だ。しかし、天空系の一部のレシピがゲーム内に登場したのは一年も前の話となる。二周年記念時にガントレットだけが実装され、そのレシピにセット効果なしと明記されていたのだ。


 セット効果がないものは、単体で補正値が高い。天空系はステータス全体に補正が入るためガントレット自体の補正は高かったが、他で代用が出来てしまう範囲であったし、材料費と天秤に掛けたとき敢えて選ぶ理由はなく全身鎧では一部だけ天空に変える理由がないため存在は薄かった。


 しかし、今回の胴体部分はその部位だけで全身鎧五箇所のセット効果並みの補正が入った。全身鎧派はフォートとガントレットを組み合わせれば、物によっては今現在使用している鎧より補正は高まるし、条件が下がったことで装備できる層が増え胴の部分だけ天空フォートにし、他の空いた部分は二箇所、三箇所でセット効果が生まれる装備を宛がう。そんなロマンを求めるプレイヤーが出てきても誰も怒りはしないだろう。


 鎧職人たちはレシピを求め散財し、運よくレシピを手にした職人たちの元には材料をかき集めたプレイヤーたちが群がりちょっとした経済効果が生まれていた。ガチャによるリアルマネー回収が上手くいった運営としても今回の新防具投下は良策だったに違いない。


「ユミりんもお金いるの? 」


 ましゅ麻呂が守銭奴と化すのは定期的なことだ。やれ、新しい武器だ防具だアクセサリーだとクランメンバーを引き回して狩りに勤しむ。それに対し、ユミは堅実で新武器などには興味を示さず、無駄遣いを一切しないように見えた。デミオの質問に、ほつれていた後れ毛を直していたユミは不思議そうに首を傾ける。


「その反応は、本当に皮が重いのが嫌なのね」


 半ば呆れ持っていた杖に凭れ掛るデミオに、やはりユミは不思議そうに首を回して数回瞬くと小さく何度か頷いた。


「ま。ケッコー儲かったし、そろそろ移動してもいいかもなー」

「ドンピシャで沸き位置当ててくるとか、ジェームズ様さまだったな」


 懐が暖まったましゅ麻呂は元より、次の戦闘までは休憩となるオミも機嫌がいい。


「しかし、本当に時間が方角を示してるとは思わなかった」


 沢蟹に褒められたジェームズは、むず痒そうな表情をして視線を泳がせる。彼の場合、驚かれたり感謝されたりすることはあっても、ユミ以外に素直に褒められるということがないのかもしれない。


「あくまで、連想ゲームの領域だった。経度の基準が必要になったのは、海の上で正確な位置を知るために正確な時刻を知る必要があったからだ。ここで、方角と時間を結び付けているのではないかと気づけば解くのは容易い」


 グリニッジ天文台から、よくそこまで飛躍したと沢蟹は苦笑する。以前、雪江がジェームズのことを生きる汎用高速計算機と評していたが、全くその通りだと思う。彼の頭の中には、我々とは違う物質が詰まっているのではないだろうか。


「えーっと、ティーは六時だから次の移動は南だったよなー」


 ましゅ麻呂からの問いかけにジェームズは小さく二度、顎を上下させると瞬きを一つして返事の代わりとした。


 すっかり元通りに戻ってしまった相手が時計を開き、方角を確認する姿を見ながら沢蟹は、最初にジェームズがマンクソームの出現条件を話した時のことをぼんやりと思い出す。


 ◇ ◇


「時間を方角に置き換えるってもなぁ」


 首を捻るオミにその場にいたメンバーは概ね同意だ。半信半疑の空気が流れる中、ユミだけは拝むように手を合わせ、ぼうっと中空を見つめている。NowLoadingという文字が彼女の周りを回ってそうな顔だった。


「先にも言ったが、ティーは六時だ。これは何を食べるかによって言い方が変わる」


 その日一日の主要な食事、肉がメインのホットフードをディナーと呼び、時間は午後一時から三時を指す。軽めの夕食はティーやサパーで午後六時以降を指す。

 ジェームズの説明を聞きながら、沢蟹はチェシャ猫の言葉を思い返していた。


『食事の時間がきたら、肉を炙るためにヤツが出てくるニャ』


 なるほどねぇ、肉繋がりって事か。NPCとの会話にまで気を使わないといけないなんて白髪が増えそうだ。


「でもさ、ジェームズの仮説が正しいとしても他の連中はそれ解けなくね? 」


 たまたま一緒のPTにイギリス生まれが混ざっていた。この強烈なアドバンテージは俺たち的には僥倖だが、普通に考えれば日本生まれ日本育ちに解けるとは思えない。エイタの突っ込みは尤もで、運営のプレイヤー置き去り体質が垣間見える。


「解けない奴は、素直に鉄道通せってことだろうさ」


 ましゅ麻呂はとにかく先に進みたいのか、体を左右に揺らしてアピールしていた。その横で不動となっているユミとの対照が際立つ。


「元の目的はゴールすること。迷路は俺らを飽きさせないためのオマケ」


 ザックリとしているが、プロットとしては間違ってはいない。


「寄り道には、寄り道なりの楽しさがあるわけだし。ウマミが無ければ誰も遊ばない。だからの豪華ドロップ品ってことだろ」

「マッシュが当たり前の事、ドヤ顔で言ってる」


 井戸端会議を早々に済ませたいましゅ麻呂が珍しく頭を使った発言をしたことに、デミオは感動に震えたていで出てもいない涙を拭う。


「いや待って、色々待って。ちょっと待って!? 」


 乙女走りのポーズで身をくねらせる麻呂子の登場に、再び話があらぬ方向へと転がり始めると沢蟹が天を仰ぎかけたとき、読み込みが終了したらしいユミの体が跳ねた。


「判ったわ、十二支ね」

「は? 」


 困惑するましゅ麻呂の横で目に生気が戻ったユミは一つ手を打って喜んでいる。彼女の頭の中では、今されていた会話の中身ではなく、ずっと時間と方角の関連性について考えていたようだ。


「間違ってはいないが、正解とも言いがたいな」


 色々なものが抜け落ちたザルのような会話を拾えるジェームズに敬意が入り混じった視線が集まる。


「正確には二十四方、風水の考え方だね」

「いやいやいやいや」

「風水って」

「お前、どこまで雑学王だよ……」

「風水って、黄色のお財布だとお金が貯まるとか、満月に向かってお財布振るとか? 」

「全部、金だな」


 唯一判った単語に目を輝かせ、ユミと見詰め合うデミオに対しエイタが呆れた突っ込みを入れた。


「東洋の方位分割に、二十四の要素で全方位三百六十度を分割する二十四方というのがある」


 デミオに長杖で足元を攻撃され、小躍りするように逃げ惑うエイタを見ながらジェームズは話を続ける。


「これに当て嵌めるとディナーは一時から三時、方角は北北東から東方面となる。双方の共通点は方位角が十五度であること。なかなかに面倒な連想ゲームではあるが解ければ容易い」

「全然、連想ゲームじゃねーよ。もうここまでくると知識量勝負だろ、それ」

「知識量……」


 半ばうんざりした表情で首を横に振るオミに、ジェームズは少し考えてから何かに納得したのか頷いてみせた。


「確かに、これは学習しておいて運がよかった」

「運がよかったレベルなんですかね? 」


 呆れる男性陣の中で唯一アラベスクの眉間にしわが寄る。


「ジェームズ、お前が風水勉強したのって半年前のアレか? 」


 眉間にしわを刻んだまま、アラベスクが恐る恐る尋ねた。風水という単語が出た瞬間、彼の背に悪寒が走るのと同時に高笑いするセクシーBBAが浮かんだのだ。


「ん、ああ。カタリナが引っ越すというので風水を学んだ」

「……」

「カタリナアァァァァ」


 ジェームズが風水を覚えたきっかけに<SUPERNOVA>の動きが止まる。予想が的中し、ガクリと膝を折ったアラベスクに同情の眼差しを向けた沢蟹は、そっと彼の肩に手を置いたのだった。


 ◇ ◇


「なぁ」


 南はどっちだと騒ぎながら歩くましゅ麻呂たちを見ながら、回想から戻った沢蟹は隣を歩くジェームズに話しかける。


「正味、お前……どこまで解けてるの。この迷路」


 チラリと見上げ、すぐに視線は前に戻したが一瞬だけ見たジェームズの表情は至って普通だった。何かを隠しているようにも見えず、また話したくて仕方がないというわけでもない。普段どおりの然らぬ顔だ。


 そこに沢蟹は、引っ掛かりを覚える。


 ユミたちとの絡みが増えた分、ジェームズの態度も自然と彼の目に入る機会が増えた。本人が気づいているかは不明だが、ジェームズとアランは考え事をする時、どちらか片方の眉尻が上がる。

 沢蟹に同性の顔をしみじみ眺める趣味はないが、顔がスタンプならクセも同じだとイチルが笑っていたため覚えた事柄だ。


 今も尚、ジェームズがこの迷路のことを考えているのなら、眉尻が上がっていないとおかしい。けれど、ジェームズの眉は彼が足を止め、時間と方角の話を沢蟹たちに披露した時以降普通に戻っている。

 つまり、あの時すでに出口の場所まで検討がついたということだろう。


「質問が悪かったな」


 既に隊列は崩れきっていて、ましゅ麻呂、エイタ、デミオ、ハヤトの若者組が先頭を歩き。その後ろ、二歩ほど間隔をあけてオミとアラベスクが。彼らの後姿を見ながら、ユミと沢蟹がジェームズを間に挟んで並んで歩いている。意識して小声にしているわけではないが、前がうるさすぎて沢蟹の声がアラベスクたちの耳に届く前にかき消されていた。


「出口はどこだ」


 真っ直ぐな問いかけにジェームズの顎が微かに上がり、瞼が僅かに下がる。円環状に異なる色彩セントラルヘテロクロミアの瞳に、陽炎のような影が射して揺れた。




 時計はNPC専売アイテムで、雑貨屋、魔法屋、時計屋、宝石屋とそこかしこで売っています。


 ジェームズが所持している万能型懐中時計タイプは、時計屋限定品で販売数は毎週五個とそう多くはありません。

 価格も3mとNPCが販売するものでは最高価格帯なので、時間を確認するだけなら普通の時計を買う人が多いです。

 時計の扱いは生産の雑貨と錬金に連動していて、この二つの国家ランクが落ちれば数量限定タイプは店先から姿を消します。

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