95 魚の顔したアレ
風が強く吹くとヒョォォォや、コォォォといった音を聞くことがある。小枝を風が切ったり、狭い隙間を風が通り抜けたりする時の音だ。
猫の口が消えると同時に、その音が鳴り始めた。
「なん、か、ヤバそう」
杖を握りなおしたデミオが、ジェームズを見る。彼は即座に魔導書を開くと場にいる全員に補助魔法をかけた。複数同職が居合わせた場合、HP管理などは発動の早い者が担う。デミオとジェームズでは、無詠唱となるジェームズが命の管理を行った。デミオは彼が間に合わなかった場合に補助し、その殆どを攻撃に徹する役割となる。
「風は動いてない」
通路は一本道。前か後ろか、それともその両方か。弓を手にした沢蟹が腰を落として周囲を警戒する。目のいい沢蟹とアラベスクが逆方向を索敵範囲とし、エイタはその両方の天井側を範囲として耳を澄まし目を走らせた。
「空気は動いてないのに、風の音がするって別の通路か? 」
「いや……」
アラベスクが弦に指を掛けると矢が自動装填される。弓職は、矢筒を腰に下げたり、背中に背負っていたりするが、そこから矢を引き抜くことは殆どない。近距離戦闘に巻き込まれた時に、使い捨てナイフ代わりに使用する程度だ。
なのに何故そこに下げているかは、滅多に巡らない機会への保険と、見た目と、単に矢の残量を目に見えやすくするためだったりする。
このゲームには武器のセット枠というものがある。枠がある理由は、死に戻りをした時に銀箱に選ばれないためだ。身に着けているものは落とさない。セットすることで、システムロックが掛かった武具やアクセサリーは絶対に持ち帰ることが出来た。不慮の事故で取りに戻ることが困難な場所で全滅したとしても、明日狩りに困るということがないようにとの配慮からである。
通常の武器セット枠は四つ。ましゅ麻呂が双剣、両手斧、投擲武器などを一瞬で換装出来たのも、事前に武器枠にセットしてあったからだった。弓職は弓本体にひと枠、矢で三枠使うか、矢の枠を削って戦闘補助アイテムで埋めたりする。
疾風掃射のように大量に矢をばら撒くアーツは、一矢が分裂するわけではない。すべて、セットされた枠から消費された。その為、弓職は狩りに出掛けるにしろ、迷宮に潜るにしろ、戦闘中に弾切れとならないようにセット枠以外にも補充分を持ち歩く。重量制限ギリギリで出掛け、帰って来るときは重さが半分というのは、彼らにはよくある話だった。
妙な緊張感に包まれる中、音の中に微妙な異音を聞き分けた沢蟹が声をあげる。
「風じゃない、鳴き声だ! 」
「上だ、避けろ!! 」
沢蟹が生体を感じるのとほぼ同時に、エイタが叫び天井に向かって矢を放った。光の尾を描いて飛んでくる矢を身を捩って避けた魚顔が急降下し、固まるアラベスクたちの中心へと降りてくる。
出海が語った前情報の通りの容姿に、現れたエネミーがマンクソームだとその場にいる全員が即時に理解した。
「期待を裏切らないキモ顔」
見切りで詠唱が短い<魔弾>をデミオは牽制のために放つが、後ろ足の鉤爪で地面の草を掴んだマンクソームは、体を回転させると同時に長い尾を振り回し魔法を打ち落とす。
「厄介ッ」
それぞれが、自分の間合いを取るため一斉に動く。
「柱! 」
「距離気をつけろ」
弓職や魔法職は基本として最後尾に位置取る。だが、離れすぎると8mという柱の制限に引っかかるため、継ぎ目ギリギリまで下がった沢蟹とアラベスクが自分たちより前で戦えと声を出した。
「思ったより狭い」
8m四方の中心に、エネミーが一匹陣取っている。ましゅ麻呂やユミに頼る前にと、オミが両手剣を振りかぶりマンクソームの横っ面を殴り飛ばした。蛇の胴体のような長い首は、西洋の竜というよりアジアの龍を彷彿とさせる。オミの咄嗟の一撃により首を横に撓らせたマンクソームは、仰け反るように首を動かし正面に戻すと睨み合う形で対峙したオミに向かい口を開いた。
上下各左右三対、どこか人間の歯に似た十二本の鋭い門歯が見える。だが、一番の特徴は下顎の犬歯が発達し、とても口の中に納まるとは思えない長さの牙となって嫌な滑りを帯び、テラテラと光っていることだった。魚特有の口の構造は大きな頭と相俟って標準体型のプレイヤーなら丸呑みできそうだ。
「ハヤト! 」
オミの呼び声に答えるように、開いた顎の真下に滑り込んだハヤトが全身をバネのように使い、アッパーブローを繰り出した。格闘職の中でも彼は剛拳、戦い方はボクシングやムエタイに近い。下からの衝撃に、マンクソームの口が閉まる。上顎に貫通した牙を収める穴から、唾液が噴出した。
「ぐわっ」
飛び散った液体を浴びハヤトが、もんどり打ってマンクソームから距離を取る。ハヤトの反応に一瞬意識を持っていかれたオミの肩を左右からましゅ麻呂とユミが掴んだ。
「肩借りる」
「ごめんなさいね」
後ろに引き倒されるような感覚。倒れまいと足を踏ん張り、耐えたオミを最初の支えにして、ユミたちは<飛燕>で宙を駆けた。
マンクソームは、全体が不恰好だった。
体高は、プレイヤーの二倍程度。二足歩行するコモドオオトカゲのような胴体に異様に長い首と尾。背中に生えた蝙蝠の羽がドラゴンの系譜であると主張しているが、狭い通路で羽ばたくのに揚力を考えたデザインに出来なかったのだろう。体躯に対して短く、幅も狭い頼りない形をしている。
細長い首の先に付いた頭部は、体に対して大きく明らかにバランスが悪い。ゆらゆら歩くというのは、この重そうな頭のせいだと実物を見れば容易に想像がついた。深海魚とナマハゲのハーフのような凶悪な顔に、額には二本の誘引突起に似た触角状のものが生え、口元にも鯰のヒゲのようなものが二本生えている。
出海曰く、これらは昆虫の触角のように質感や距離を感じ取る機能を持っているのではないか、とのことだった。
「このっ」
よく撓る首は、ましゅ麻呂やユミの刃を避けようともせず、逆に歯牙にかけ丸呑みしようと二人の動きを追う。それを空中で体を捻る事で避けながら、ユミとましゅ麻呂はマンクソームの後方、沢蟹が位置取る方向へと逃れた。
「……っ」
「ユミりん、ハの字! 」
<飛燕>の有効歩数は五歩。それ以上は、どこかに足を留めなければならない。お互い、どうすれば安全に着地が出来るかを話し合っていたユミたちは、スタンスが大事だと最終結論へと至った。
重心コントロールの要領さえ掴めば、止まれない不便さも苦にならない。とはいえ、一朝一夕に出来るものではなく、一時間かそこらで使いこなそうと考える二人の頭が一般思考から逸脱しているのは確かなのだが。
着地と同時に膝と足首を曲げ、重心を低く取る。内股状態になることで親指側に重心を集め、加重を制御する方法だ。『既存価値調整』が入っている二人は、体幹が優れている。関節は柔軟で、思い通り以上に自然な姿勢でのバランス調整をシステム側が行ってくれた。
足の裏が硬いものを捉えた感覚と同時に加重制御で転倒しないようバランスを取る。一拍の後、手にした双剣を地面に突き立て強引にその場に停止した。加速がついているため、肩から腕が抜けそうになる衝撃を感じるが、一瞬のことだ。堪えられない痛みではない。
「距離! 」
「十二」
ましゅ麻呂の確認に、即座にジェームズが答えた。
「反応が遅すぎる」
着地から、ブレーキ代わりの双剣を突き刺すまでの間に滑っていく距離が十二メートル。流石に滑りすぎだとましゅ麻呂は顔を顰め、ほぼ同じ位置で停止したユミを見た。お互い地べたに這い蹲るような格好で止まっている。
「どこまで縮めれると思う? 」
「半分」
既に戦闘モードの彼女は、ましゅ麻呂の期待を裏切らない。
「言うねぇ」
「片手で支えて、回転すればもっと短いわ」
「指千切れそー」
笑いながら、妙案だと頷く。
ユミ自身は、砂漠でヴェナトル相手に既に似たような戦い方を経験済みだ。ただアレは、故意に加速を重ねた奇襲法であり、今回とは根本が違う。だが、彼女にとってはそんなことは関係なく、止まれないなら強引に止まる。エネミーから離れすぎるなら、加速を利用して戻る。という、どうにも薄っぺらい層での解決法に直結する。しかし、その考えはシンプルであるが故に大体通用してしまうのだ。
風邪をひいたなら薬を飲め。確かに、間違ってはいない。そこから先は、医者の領分。つまり、ましゅ麻呂たちゲームが好きで好きで堪らない人種が効率を求め、もしくは平均値化を行い攻略法を探すのだ。
「巻き添えは、やめてくれよ」
沢蟹を見事避け、彼の左右を滑って行ったユミたちを肩越しに振り返った彼が注意する。大体の予想は出来ていたが、余りの速度に沢蟹は一瞬言葉が出なかった。初手ということもあり、ましゅ麻呂たち的にもある程度速度調節していただろう。それでも時速四十キロくらいの速さで両横を通り抜けられたのだ。避けようと思えば避けれたかもしれない。そんな微妙な速さは、逆に衝突のリスクを孕む。ましゅ麻呂を避けようとして、逆にユミに衝突してしまったら目も当てられない。
「大丈夫、次はもっと速い」
「余計に怖いだろ」
ますますAGI型が姿を消した理由が見えてくる。本人たちが何とか対応出来たとしても、周囲がそれに合わせられなければ無理だ。
「早く戻れ、マッシュ」
壁の継ぎ目を考えず、なかなか戻ってこない二人にオミが吠えた。彼が振るう大剣は、斬るというより重量で殴りつけるに近い。重い武器は、振りも遅い。マンクソームの動作速度が遅いため助けられているが、下手をすれば手数が足りず他のメンバーからの与ダメでタゲが跳ねかねない。
楯持ちのようなヘイトを自らに固定し、稼ぎ続けるスキルアーツを彼は持っていないのだ。現状、AGI型に頼るような発言は好まれないのかもしれない。だが、オミはましゅ麻呂たちを信頼していたし、悪環境でも彼らなら遣って退けると信じてもいた。
「ユミりん左回り、俺右回り、おk」
「ええ」
「交差は上、俺は下」
ナマズばりにデカイ口が、餌を求め水面に浮上してくる鯉のようにパックリ口を開け、プレイヤーを飲み込もうと追いかけてくるのだ。万が一にも捕まったら一溜まりもない。ユミに食われることに抵抗がなくても、ユミが食われている姿を他者に見せるのは抵抗がある。特に、顔と能力が正比例した色男にだ。偶然を装ってモカのように燃やされたくはない。
アイツ、時々容赦ねぇからなぁ……。
「逆でもいいわよ」
そんなましゅ麻呂の心情など、全く気にしないユミが恐ろしいことを口走る。
「それはダメ。もし噛まれたら、俺がトラウマになるからぁあぁっ」
言葉尻に気合を入れるましゅ麻呂に、彼の次の行動を察したユミは正面のマンクソームへ顔を向けた。
「<飛燕>」
「<飛燕>」
同時に飛び出す。
「<迅雷>」
「<迅雷>」
二歩目で加速し、弾丸ライナーでこちら側に背を向けているマンクソームの羽を狙う。飛ばれれば、一気に不利になる。しかし、四本の触角は後ろからの攻撃を感知し、飛んでくる二人を打ち払うように尾が振られた。
「チィッ」
接触する直前に見えた動作予告の軌道にましゅ麻呂は、宙を蹴って上空へと逃れる。ユミは、尾に追従されるように壁側へと逃れ、そこに片方の剣を突き立て足場にし、もう片方の剣は顔の前で構え静止した。目の端に、ユミが止まったことを捉え、ましゅ麻呂はもう一度宙を蹴るとユミを真似て壁に貼り付く。
「じゃまくさ」
無駄に長い尾に進路を妨害されたことに悪態を吐くましゅ麻呂にゆらゆらと揺れる大きな頭が向いた次の瞬間、緑色の液体を含んだ霧が吐きかけられた。
「わぁっとぉ」
すんでのところで避け、さらに上の壁へと場所を移す。
「麻痺毒っす! 」
不可抗力とはいえ先にマンクソームの唾液を浴びたハヤトが、その効果をましゅ麻呂に伝えながら横を向いたマンクソームの顎を殴りつけた。同じ轍は踏まないと、すぐに距離をとって飛び散った唾液の掛からない位置まで移動する。
前衛二人の状態異常に注意を払いながら、ジェームズは念のためにとましゅ麻呂とユミに<神聖魔法・攻撃耐性>を掛けた。
「時差で発火する。気をつけたまえ」
「たまえってなぁ」
一部の属性に用意されている加護と守護。強化と耐性で分かれるそれらの中でも、天空系はオールマイティに対応できる分、補正数値は低くなる。しかし、麻痺や毒といった状態異常に対しても<天空の守護>は僅かばかり抵抗力を上げることから被ダメ軽減目的としては有用だった。
「通路狭めぇ」
何とかなると考えていた認識の甘さに顔を顰める。いつ閉じるか判らない通路の壁とうねる長い尾、思うように機動が取れない状況。手詰まりと観念したくないましゅ麻呂は、どこに降り、どう攻撃するかを必死に考える。
通路内の限定された空間を意識するアラベスクたちは、射線がましゅ麻呂たちの邪魔にならないように使うアーツを選ぶ。だが、それが災いしマンクソームの分厚い鎧鱗に阻まれダメージが入りきっていないように見えた。
ましゅ麻呂と同じように勝ち筋を見極めようとしていたのだろう。目を細め、尾の動きのパターンを探っていたユミが、壁に刺した剣を支えに片手で倒立した。そのまま側転をする要領で体を倒し、壁に刺さった剣を引き抜いてマンクソームの背中へと落下する。上空から落ちてくるユミの動きを察知したのか、彼女を狙い尻尾が振られた。
「<飛燕>」
尾と接触する直前、飛燕を踏んで高度を取る。ついでとばかりに<衝撃波>を投げ込み、体を捻って後方宙返りを。再び<衝撃波>をマンクソームに投げつけ、今度は前方宙返りをと攻撃を織り交ぜながら、ユミはましゅ麻呂が張り付く壁まで移動してきた。
「怖いことしないでくれる? 」
壁に剣を刺して、片手でぶら下がっているユミに苦情を入れるましゅ麻呂だったが、彼の目は今、ユミがここに来るまでに放った計六発の<衝撃波>の中、四発の当った先を見ていた。二発は尻尾により打ち消されてしまっている。届いた分は、やはりどれも鎧鱗を浅く削る程度で、場所によっては当ったかどうかも怪しい状態だ。
「噛み付きとかは遅いくせに、尻尾の動きは別物だな」
「羽を狙った分は、全部弾かれたから弱点なのかもしれないわね」
ユミは脚を揃えて振り、反動をつけると軽業師のように剣の上に乗って腰を落とす。
「二人で狙っても、このままじゃ効率悪いな」
直接殴れなければ、意味がない。だが、地上に降りれば足場が悪い。加速して尻尾を振り切ったとしても、頭側にはデミオやジェームズたちがいる。毒液を吐かれ、避けようとして下手に接触でもしたらと考えると、容易く降りるわけにもいかない。
オミやハヤトを押し出そうとするように、頭を振って前に進もうとするマンクソームの真下からデミオが放った<石の壁>が生えた。盛り上がった石の剣にマンクソームは通路の奥へと押し戻される。今、前は前で人数がいっぱいだ。必死の形相のオミには悪いが、アレはアレでバランスが取れた状態なのだ。下手にましゅ麻呂たちが降りて掻き回すわけにはいかない。かといって、動きが早い尻尾を避けつつ攻撃というのも今のましゅ麻呂たちでは無理だ。
「アデルなら、全部凍らせそうね」
ユミが、ぽつりと呟いた。
「ああ。アイツがいたら、そろそろキレて……」
動かなければ、ただの的。そんなアデライードの声が、舌打ちする音とともにましゅ麻呂の耳に響いた。
「デミオ、<栄光の国>の再現だ! 」
「は? 」
突然の指名に、詠唱が途切れ杖の先に集まっていた光の玉が霧散する。
「ドラコーレプリー思い出せ」
「ばっかじゃないの!? 」
<栄光の国>という単語に気を取られたデミオだったが、次にドラコーレプリーという単語が続いて、ましゅ麻呂が何を言いたいのか理解した。
<栄光の国>。ましゅ麻呂とは因縁浅からぬ仲であるレッドマーシュが率いるクランだ。ちょっとした選民意識が強いことを除けば、礼儀正しく精励恪勤。所属するメンバーの実力は申し分なく、統率の取れた動きは軍隊を連想させ、レギオン呼ばわりされていたりもする。放縦懶惰に見られる<SUPERNOVA>とは対極に扱われるクランだ。
彼らは自分たちのクランに誇りをもって行動する。前回の攻城戦でドラコーレプリーを押し付けられた時も、負けを知らない自分たちだからこそ、きっちりと処理をすると構えて征した。そして、その記録は誰でも見れる形でネット上に公開されている。
<栄光の国>は、自分たちのやり方を動画として公開することはまずない。それが、初めて不特定多数のプレイヤーに向けて彼らのやり方が公開された。それを自己顕示欲と取るか、他者に攻略のヒントとなるように情報公開をしたと取るかは受け手次第だ。ましゅ麻呂の因縁を知っていても、デミオたちは学習に余念がない。ここが、廃人に片足を突っ込んでいるような人種の特徴だろう。相手の性格や在り方が気に入らなかろうと、実力は別なのだ。
砂漠の道端に落ちている死体を追っていくと、ドラコーレプリーに会える。なんて言われているエネミーに対して<栄光の国>が、どう短時間で狩り獲ったのか興味を持たない人間の方が少ないだろう。ましゅ麻呂を含め、<SUPERNOVA>のメンバーはドラコーレプリー戦の動画を見ていた。
「アレに比べれば、ちっせーだろ」
「大きさ!? 大きさの問題なの!? 」
文句を言いながらも、デミオは頭の中で手順を確認する。
「サワ、アラベスク、判るか!? 」
あの動画で、重要な役割を果たしているのは弓職だった。彼らの息が合わなければ、作戦は成功しない。
「先に破壊する順番決めろー。位置で貼る順番決めるわー」
沢蟹が気の抜けた返事を返したことで、彼も動画を見ていた事が知れた。
狩る対象が変わるということは、破壊する部位も変わってくる。ドラコーレプリーは結晶を破壊しなければ、耐性が下がらない。だが、目の前のマンクソームにはそういった特に硬い部分が見当たらない。
「尻尾、羽、顔は破壊が可能。顔は、なかなかグロくなるので覚悟しろと言っていた。尻尾はトカゲのように途中から切れる」
アラベスクは、出海の言っていたことを口にする。
「真っ先に顔と行きてーけど、まずは魔法打ち落としやがる尻尾だ」
四本の触角が、プレイヤーの動きを感知し思うように攻撃させてもらえない状況にエイタが痺れを切らすが、彼も努めて冷静だった。
髭や触角を持つ顔を早めに処理してしまいたいのは確かだが、尻尾が厄介なのも同等。
「なら、俺からだなー」
弓を引き分ける沢蟹は、尻尾が下がり付け根が狙えるタイミングを計る。尾の動きは一見、無軌道に思えるが、実際には法則がある。触覚がプレイヤーの動きを感知し、肩より後方なら長い尾が払い落としに動く。試しに足元を狙い矢を放てば、地面に突き刺さる前に尾が薙ぎ払った。
「ジェームズ、悪いが<攻撃停止>と<石の壁>でヤツの動きを止めてくれ。デミオ、ジェームズに合わせろ」
「判った」
「詠唱バカ長いんだから黙ってて! 」
剣を盾にしてマンクソームの歯牙を受けるオミの体力と状態異常を回復しながら同意するジェームズとは対照的に、デミオはましゅ麻呂に言い返してから詠唱に入る。
自分を捕らえようとする見えない檻が作られようとする事に気づいたのか、マンクソームは顔をデミオに向けた。気づいたハヤトがアーツを放つ。
「<震 央>」
地面に落とされた拳を起点に地表が対象に向け波打ち、そのうねりに合わせて巻き起こった風の振動が、デミオに向け吐き出された麻痺毒を後方へと吹き飛ばす。
「ハヤト、ギリまでデミオ守れ」
「ういっす! 」
「アラさん、俺が<追撃待機>と<豪気戦弓>撃つ。顔に<攻撃連鎖>頼む」
「判った」
<神罰執行>を放ち、一瞬マンクソームを怯ませたエイタに標的が移る前に、オミが<昇仙刃>を放って意識を自分に向けさせた。斬り上げる事で中型のエネミーまでなら、仰け反り硬直だけでなく個体を跳ね上げダウンを狙えるアーツだ。
「先に尻尾を俺らとサワで落とす。次は顔だが、俺たちは背中だ」
「顔は、正面の人たちにお任せね? 」
「そゆこと」
<攻撃連鎖>は、一個体に対し一つしか貼り付けることが出来ない。<座標変換>の効果時間は三十秒。弓を背負っているのは三人いるが、<豪気戦弓>を使うエイタは除外して考えるべきだ。<攻撃連鎖>のディレイを考えても沢蟹とアラベスクで二つが限界となる。
最初の<攻撃連鎖>で尻尾を部位破壊に持ち込み、<座標変換>の効果消失後の自由度を確保。次の<攻撃連鎖>で、装甲のような顔面の表皮を剥がす。前方向に固まっているメンバーが、顔を攻撃している間に後方三人組で背中の羽を毟り取れれば僥倖。理想的な形だが、ましゅ麻呂には収める自信はあった。
デミオの詠唱が最後の一節に差し掛かったと同時に、マンクソームの頭上に、暗い輝きを宿すプラズマが小さく走るのを確認した沢蟹は、<攻撃連鎖>を装填した弓を引き絞り時を待つ。同じく息を潜め、降りるタイミングを計っていたましゅ麻呂は、マンクソームを円の中心に捕らえるように小さなプラズマが地面から火花を咲かせたことに目を輝かせた。
「きたっ」
オミに噛み付こうと伸ばされたマンクソームの首が、<攻撃停止>によって弾かれ強引に引き戻される。次に<石の壁>が、マンクソームの鼻先を掠めるように出現した。
「今ッ」
ましゅ麻呂の声を合図に、ユミは壁を蹴って宙へと身を投げる。同時に、デミオによって完成された<座標変換>がマンクソームを拘束した。強大な力でその場に押さえつけられたマンクソームの尾の根元付近に<攻撃連鎖>が貼り付けられる。
「<我が剣が描くは、光、それ自体>」
そこを目印に、降下したユミは返し刀を含めて四度斬りつけ、幾何学模様の傷跡を刻むとその場で滞空時間を引き延ばすためのスピンを入れる。再び、斬りつけると<飛燕>を踏んで一度上昇した。くるりとバク宙の要領で回転し、上下を逆にすると<衝撃波>を放って落下速度を調整する。二度目の<我が剣が描くは、光、それ自体>を放ったところで鎧鱗にハッキリとした亀裂が走った。
ユミと同じくましゅ麻呂も<我が剣が描くは、光、それ自体>を使い、手数を稼ぐ。<攻撃連鎖>の受付時間は十秒と微妙な長さだ。重い一撃を入れて通常やそこまで強くないアーツ攻撃で埋めるより、ほぼほぼ連続して繋げる事が出来る<我が剣が描くは、光、それ自体>の方が効率がいい。スピンを挟む時、ユミとの接触だけ気をつければ楽な作業だ。
「っ、また尻尾かよ」
後方からユミたちの動きを見ていた沢蟹の目が眇められる。<座標変換>により、地面に縫い付けられいるはずのマンクソームの尾の先が上がった。
「<暗転寂滅>」
中折れした箇所と持ち上がった尾の先の中間地点に、沢蟹が矢を打ち込む。着弾地点を中心に半径一・五メートルの円形にトラバサミのようなエフェクトが発生し、中の対象を拘束した。
アーツにも様々な特色がある。
弓術に用意された設置型アーツ<暗転寂滅>は、剛拳の<震央>のように直接対象に接触しなくても、環境に作用して効果を生み出すアーツに分類された。
殺傷能力があるわけでもなく、一時的に行動不能にする時間稼ぎのアーツとなる<暗転寂滅>は、魔法職が扱う拘束系の魔法に比べ効果時間も短く、影響範囲が狭いため先打ちできる間合いを十分に確保した戦いでしか使われることはない。
今回は、本体が<座標変換>によって拘束されていたことにより動きが限定されていたことが功を奏し、動き出そうとする尻尾を効果範囲に収める事が出来た。
十秒という受付時間が終了し、尻尾の根元から部位破壊エフェクトがあがる。
「やったか? 」
亀裂が発光するのを捉えるとましゅ麻呂とユミは一気に尻尾から距離をとり、再び左右の壁へと居場所を移した。本体から切り落とされた尻尾が地面に落ちる。しかし、落ちた尻尾はすぐに姿を消さず、跳ねるような動きを見せた。<暗転寂滅>の効果時間が僅かに残っており、その場で痙攣するような動きにとどまったが、アレがなければ跳ね回る尻尾によって負傷者がでたことだろう。
「念を入れすぎだろ」
後方にいて一番の被害者になりかねなかった沢蟹が、顎を拭って再度矢を装填する。既に顔面では新たな<攻撃連鎖>が貼られ、オミとハヤトが奮闘していた。動きを封じされたからといって、何も反撃できないわけではない。口の端や上顎の穴から麻痺毒を噴出して頭の周辺を汚染すれば、近づいて攻撃するオミたちは常に状態異常に晒される。ドットダメージも嵩めば危険。ジェームズは適宜、彼らの状態異常を解除し、体力を回復する役に徹している。
初戦はサンプルだ。魔法ならどの属性が、物理ならどの武器種が一番の効果をもってダメージを与えることが出来るか。エネミーに状態異常は有効なのか、エネミーの攻撃パターンは何があるか。
ジェームズが全力で、MPが空になるまで攻撃すれば中型エネミー一体程度、簡単に決着するのかもしれない。けれど、それでは続かないのだ。
今回の彼の役目は、戦いを俯瞰しデータを蓄積することも担っている。
「顔割れるぞ! 」
<追撃待機>がすべて着弾すると同時にエイタが叫んだ。既に、<豪気戦弓>が着弾した状態でマンクソームの顔は半壊している。更なる追撃で屠る事が出来るのではないか、そんな確信がオミたちに生まれていた。
そんな前方の奮闘など露知らず。いや、PTMを信頼し、自分の出来ることを全力でやる。に注力していたユミたちは、マンクソームの身を包む鎧鱗とは材質が異なる羽を破り、落とそうと壁を足場にエネミーの背中の上を左右に交錯する。尻尾が落ち、恐れるものがなくなった沢蟹は、マンクソームに攻撃するではなくユミたちが足場にする壁へと通常攻撃で矢を撃ち込んでいた。
矢は消費物である。一旦攻撃形態で使用されるとゲーム世界からは消滅する。しかし、すぐに姿を消すわけではなく通常攻撃で使用された矢は対象に刺さった状態で暫く残った。もしも、迷路を形作るのが蔦ではなく石壁だったら矢は刺さることなく弾かれ地に落ちていたかもしれない。だが、植物であるこの壁は易々と鏃を受け入れ、そこに姿を残すことを許した。
プレイヤーに所有権があるものは、この迷路の影響を受けない。矢が消滅するまでの僅かの間、矢軸はユミたちの恰好の足場となった。
斜めに撃ち込まれた矢軸を確実に踏む難易度に加え、一度踏まれた矢軸は折れ、二度目を踏むのは困難になる。しかし、それをユミとましゅ麻呂は的確に見分け、マンクソームの背中の羽を攻撃しながら絶対に滑らない壁に片足を置く。
沢蟹自身、なんとなくで放った矢だ。しかし、もしかしたらの意図を理解し利用する機転。空中で衝突しないように互いを避け交わす勘。どれも一定以上の信頼関係とそれなりのポテンシャルがないと実行できないことばかりの戦闘法に、二人を眺める沢蟹が半笑いの表情を浮かべる。
「お? 」
ユミよりましゅ麻呂の方が攻撃力が高かったのだろう。彼が狙っていた方の羽が折れ、朽ち落ちるより先にエネミー消滅のエフェクトがふわりと舞った。
「ユミりん」
交差する時に声を掛ける。ユミも理解したのか、スピンを挟みマンクソームの背中ではなく、沢蟹側に飛び退いた。ましゅ麻呂も同じく沢蟹側へと方向を変える。既に仕事は終了したと考えた二人は、地面に降り転がるようにして沢蟹の左右へとやってきた。
「そのかっこ悪い着地は、なんとかなんねーの? 」
「こればっかりは、無理だろ」
「でも、ちょっと痛いのよね」
しっかりと地面に剣を刺し、うつ伏せで止まる二人は力尽きた人のように見える。二人の間に立つ沢蟹は、無礼者を成敗した勇者のようだ。
「すげー俺らが苦労していたのに、なんでそっちは楽しそうなんだよ」
障害物がポリゴンとなって消えてことで視界がクリアになり、正面に沢蟹たちを捉えたオミが息も絶え絶えで文句を言った。
「えー、日ごろの行い? 」
起き上がり、胡坐をかいたましゅ麻呂が笑う。
「よし、ジェームズ。アイツ燃やせ」
「了解した」
「再考を要求する! 」
一難去って緩和した空気の中、アラベスクはエネミーが消え残された赤箱へと近づいた。
「開けるぞー」
「どぞー」
デミオの返事を聞いて蓋を開ければ、それぞれの胸元へとドロップ品を示す光のエフェクトが飛び散り消えていく。
「えっ、なんで? 」
インベントリを開き、ドロップしたアイテムを確認していた沢蟹が固まった。
「サワ、お前、何貰ったん」
一人、金色の光が飛んできた沢蟹に周りの目が集まる。ドロップ品は出海の言ったとおり、魔獣の皮がメインとなり他はゲーム内通貨だった。だが、その金額は破格で一人当たり500kは飛んできている。魔獣の皮といったアイテムを引けなかったプレイヤーは1mを越えていたりもした。そんな中でのレア確定エフェクトだ。期待が集まっても致し方ない。
「ソードオブヴォーパルきた」
「ぶっ」
「マジか」
「おぉーおめー」
「おめでとう」
祝いの言葉に礼を述べながら、引き当てた沢蟹は困惑しきりといった具合でドロップ権の判定は何だと首を傾げる。部位破壊に参加するだけで条件が満たされるなら、リアルラックとなるが、与ダメ依存となると明らかに彼は劣っていた。何かしらの条件でドロップテーブルが変わるとしても、思いつくような行動はしていないと一人眉間の皺を深くする。
「多分、尻尾だと思うわ」
沢蟹の心を読んだかのようにユミが笑って言った。
「尻尾? 」
「だって、おとぎ話では竜の尻尾からは剣が。ドラゴンの頭からは珠が出てくるもの」
わが子、孫、ひ孫と三代に渡って読み聞かせをしてきたユミは、妙な自信をもって話す。
「あー、<暗転寂滅>か」
「だと思うわ」
納得するましゅ麻呂にユミは頷いた。彼女の法則でいうと、沢蟹が<暗転寂滅>で落ちた尻尾を拘束したことに意義があったということらしい。二人の会話に沢蟹は短く唸ると、そうなのかと納得しようとするがいまいち釈然としない。こうなるとマンクソームに遭遇するたびに同じ事を繰り返し、再ドロップを狙うしかない。これで再び落ちれば、ユミの仮説が正しいとなる。沢蟹以外が引けば、条件は別にあるということだろう。
ソードオブヴォーパルを取り出させたましゅ麻呂が、剣を振って遊ぶ。いつもの<SUPERNOVA>のノリにハヤトが加わり、学芸会のような小芝居が始まった。ユミも混ざりたいのかウズウズと体を動かしているが、彼女の傍らに移動したジェームズがその肩に手を置き、参加することを阻んでいる。いつもなら混ざるデミオだが、思わぬユミの発言に引っ掛かりを覚えアラベスクの傍らで三文芝居をただ眺めていた。
「私、時々ユミりんのキャラがわかんなくなるんだけど」
「安心しろ、俺もだ」
ユミとジェームズ。元から不思議な組み合わせの二人だったが、顔よし頭よしで口さえ開かなければ目の保養なジェームズは思わぬ箱入り息子で、戦闘以外ではボンヤリーヌなはずのユミは、意外な引き出しの多さを持っていた。表の付き合いだけではわからない少し深い部分を知り、なんとなくだがあの二人は足りない部分がかみ合ってるのだと再確認する。
あの二人は、あの二人が一緒にいるからいいのだ。そして、あの二人だから自分たちは一緒に遊びたいと思う。やっぱり、一緒にいて楽しい仲間が一番だ。
「なんつーか、平和だわ」
唐突な言葉を発したデミオに、アラベスクは苦笑を漏らすと手を叩いて休憩は終わりだと周囲に告げた。
弓術について。
弓術は、短弓、長弓、複合弓に分かれていますが、使う矢はどれも共通しています。
形状が違う弓に対してセットする矢が共通というのはおかしな話なので、わざわざ手動でセットすることはありません。ただ、矢の規格は長弓のサイズで作られているため、長弓や複合弓を使うプレイヤーで拗らせていると手動でセットする者もいます。ですが、時間の無駄=総合DPS低下なので嫌われる傾向だったり。
見た目。
短弓はクロスボウ、長弓は和弓、複合弓は洋弓を元にデザインされています。
格闘は三種類
剛拳=空手、ムエタイ、ボクシングなど、打撃系メインの動き。マスター称号は【激 発】
組技=柔道やレスリングといった動きがメインとなる防御に重きを置いた技術体系。自己Buffに優れている。マスター称号は【破 砕】
総合=剛拳、組技に移動術としてのパルクールを取り入れた形。動きが素早く、部位破壊に優れ、自己Buffも豊富。マスター称号は【追 躡】
総合格闘を取るためには、剛拳と組技を60まであげる前提条件有。AGI必須。
格闘の伸ばし方は独特で、簡単で単純ゆえに奥が深い系です。
近接職ですが、スキルの伸ばし方は魔法職と同じかな。
現実逃避でグリグリお絵かきをしていたの置いておきます。
暇つぶしなんで、ビジュアルや装備はこのとおりではございません。




