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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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93 AGI殺し


「私たちも行くわ」


 出海が消えたことで、話題の切れ目が生じる。そこでカタリナは移動することをアラベスクたちに伝えた。


出海(デミ)さんが、二時間彷徨うって相当のことだろ。気をつけろよ」


 言ってアデライードは、沢蟹に一級ステルスポーションを投げて寄越す。ステポはタゲを一瞬で切るのに効果的だ。ユミやまっしゅ麻呂が回避壁として力不足とは思っていなかったが、不慮の事態に備えて持っていたほうがいいと判断した。


「納品集めたら、戻ってくる? 」

「いや、集め終わったら今日はもう落ちる。明日も仕事」

「そっか、お疲れ」


 迷路と資材で分かれたことで、今日はもう合流することはないと互いに別れの挨拶をし、アデライードは雪江と共に坑道から去る。それを皮切りに、他の資材班も次々に消えていった。

 何かとユミにべったりのモカだが、こういった場面ではドライだ。一度ユミに抱きつき、明日も一緒に遊ぶ約束をして早々に扉を開き消える。彼女もまた、根っからのゲーマーということなのだろう。


「さて、行くか」


 残った人間を集め、アラベスクはアルマクに見送られながら第一宿駅を後にする。第二宿駅へと続く道の狭間に位置し、行く手を阻むのは巨大迷路。安置を抜ければ、すぐに照度が落ち薄暗い闇の中に放り出された。遠く進行方向から、轟々と暴風に吹き荒らされ唸る木々の枝のような音が聞こえ不安を煽るが、ここから迷路の入り口までは敵が出ないという前情報とアラベスクたちのように迷路攻略を目指し、方向を同じく進んでいるPTも散見されるため危機感は薄い。


 五分も歩かないうちに、光を帯びた特徴的な石柱が目に入った。

 近づくにつれ、その全貌が明らかになっていく。鍾乳洞によく見られる方解石の晶出により天井と床が繋がり、石柱となったような柱が規則正しく配置されている。


 第一宿駅までの道のりは、光る苔が主立って地表を覆い光源の役割も果たしていた。しかし、迷路前のこの場所では苔より石柱がその役割を果たしているように思える。等間隔で置かれた石柱の範囲に入ると苔はその輝きを殆ど無くし、石柱の輝きを照り返すだけのものになっていた。


 所々、土色が見えていた床も奥へと向かうほどに深い緑色に覆われていくのが見て取れる。その先、突き当りと思える壁も緑色だ。きっとそこが迷路の入り口なのだろう。


 迷宮前のドアマットにあたるこの部分は、ジェームズの演算によると天井までの高さは30m、幅80m、迷路の入り口までの距離は180mと十分に広く、地下神殿を思わせる造りに立ち入るプレイヤーのテンションも無駄にあがっていく。しかし、そんな興奮下であっても、冷静な人種は少なからずいた。


「なんだろう、これ。すっごく既視感」

「俺も。なんかこの前の日曜に見た気がする」

「彩龍の川か……」


 石柱を見上げながら、奥へと進むデミオとエイタの会話から、オミの頭の中にもイメージが浮かんだのだろう。首都圏外郭放水路を下敷きにしたと思える空間と、子供の頃見た特撮番組での戦闘シーンが重なる。

 真っ先に気づいたデミオやエイタは、まだまだ番組観賞の現役組(大きなおともだち)だ。


「彩龍の川ってなんぞ? 」

「春日部にある台風の時に降った水貯めておく場所」

「あー、深北緑地? 」

「どこだよ、それ……」


 オミとましゅ麻呂、縦に長い日本の東と西に住む者が意思の疎通を図っている後ろに沢蟹、ハヤト、アラベスクが続く。その後ろは、ユミとジェームズだ。


 迷路班は、アラベスクが保護者のような役割になるが、まとまったクランメンバーが多いのは<SUPERNOVA>となる。戦闘時の立ち回りは、彼らに周りが合わせるのが一番安定していると考えられ、先頭を歩くのは<SUPERNOVA>となっていた。


 ジェームズは天井を含め周りを見渡し、隣で足の裏を気にした風で歩くユミに何事かを囁く。


「うーん。どうかしら? 」


 ジェームズからの質問に、ユミは心ここにあらずといった返事を返すと顔を上げ、ジェームズを置いて足早にましゅ麻呂に近づいた。


「マッシュ、こっちに来て」


 言うが早いか彼の袖を掴み、急ぎ奥へとましゅ麻呂を連れて歩いていく。


「ユミりん? 」

「いいから」


 彼女にしては強引な行動だが、ユミが強行に出る時は大体戦闘に関しての問題が絡んでいる。特に抵抗することなく、ましゅ麻呂も彼女に続いて足を速めた。


 二人に追い抜かれたデミオたちは、何事かと後ろを歩く沢蟹たちを見る。ましゅ麻呂に置き去りにされたオミを含め、彼らもユミが何を意図しているかは判らず首を横に振った。


「とりあえず、追いかけるか」


 先に行ってしまったちびっこ二人を追うため、他のメンバーも先を急ぐ。しかし、後からついて来るはずの足音が聞こえないことにハヤトが振り返れば、ジェームズが杖の先で地面を突いている姿が目に入った。


「どうかしたんすか? 」


 思わず戻り、彼が突いている地面に視線を落とす。


「いや、わからない」

「判らないって……」


 ユミが最後につま先で掘っていた場所が気になり、杖で突いて確認してみたジェームズだが、事情を知らないハヤトとしてみれば、一人地面を掘り返している変な人だ。


「ユミが、何かに気づいたようなのだが」


 奥に向かうにつれ、豊かになっていく緑。下だけにとどまらず、それは天井も覆い隠していく。石柱だけが、それらに囚われずむき出しで淡く光を放ち続けている異質さに、何かしらのギミックが隠されているのではないかとジェームズはユミに確認したのだが。彼女は彼女で何かしら気になる部分があるらしく、曖昧な答えを返すだけでましゅ麻呂を連れて奥へと行ってしまった。


 ユミにはユミの考えがあるのだろう。判っているが、感じたことをジェームズに話さず、ましゅ麻呂を選んで連れて行ったことにジェームズの表情がかげる。


「へー、なんだろ。あの人もなかなかエグイっすからね」


 元から判りにくいジェームズの表情の変化など、ハヤトが気づくわけもなく。素直に感嘆するハヤトにジェームズの相好が崩れた。


「おーい、止まるな。置いていくぞー」


 自分たちを呼ぶアラベスクの声に、急いで彼らの後を追う。ユミとましゅ麻呂は随分先まで進み、そこで立ち止まって何かを話しているようだった。





「ね。少しおかしいでしょ? 」


 ユミに言われ、ましゅ麻呂は確認するように芝生に靴底をあて滑らす。


「そうだな」


 足の裏に伝わる感触を確認したましゅ麻呂は、しゃがみ込むと芝生をひと撫でし、再度手のひらで押して感触を確認する。石柱が現れてすぐの場所は苔が生えいていたが、奥へと進むにつれ芝生と交わり、やがて全てを芝生に取って代わられていた。


「濡れているわけじゃない」


 葉を千切り、指でこすり合わせて更に入念に確認する。


「ただの草だ」


 乾燥しすぎているわけでもない。水が膜を作るほど濡れてもいない。湿り気はあるが、それは植物本来の水分に過ぎず、葉を擦る事で粘り気が出てくるわけでもない。


「うわっ……ぶべしっ」


 盛大に誰かが転ぶ音が聞こえ、二人が来た方向を見れば、エイタがヘッドスライディングならぬ顔面スライダーを決めていた。


「いってぇ」

「ちょっと、エイタ大丈夫? 」


 デミオとオミが倒れたエイタに追いつき、笑いながら助け起こそうとしている。その後ろから走ってくるアラベスクと沢蟹もどこか歩幅がおかしい。


「ハヤトもおかしいか? 」

「彼は格闘だから、補正が入るわ」

「ああ」


 ハヤトも少しバランスの悪い走り方をしているように見えるが、さしたる問題点は見られない。己が身一つで武具となす格闘職は、全職随一のバランス感覚を誇る。多少の走りにくさは自動補正され、特に異常を感じることはないのだろう。


 デミオとオミは普通に走っていた。ハヤトと共にくるジェームズも普通だ。


 出海(イズミ)が言っていた幾つかの事をましゅ麻呂は頭の中で反芻する。


 一つは、迷路の中では滑るところがある。

 これは、ここまでの道のりでましゅ麻呂たちも十分に感じていた。迷路に近づくにつれ、足の裏が地面を捉えにくくなるのだ。雪が踏み固められ、凍てついた道の上を歩いているような感覚に近い。


 もう一つは、迷路の仕組み。まるで碁盤の目のように規則正しく間仕切られた空間であること。


 目の前の迷路は、複数の柱によって造られていた。成人女性が抱きついてちょうど腕が回る太さの柱が、規則正しく立ち並んでいる。一辺の通路の広さ、支柱と支柱の間隔は8mくらいであろうか。突き当たりのように見えたのは、それら支柱にびっしりと蔦が蔓延(はびこ)り、その柱と柱の間も蔦が深く絡み合うことで壁と化しているからだった。その蔦が、一定の時間を置くと解けて消え、通路であった場所の支柱と支柱の間に新たに蔦による壁が創られる。


 これが、件の動く壁ということなのだろう。


 壁となる箇所の左右の支柱から、ワイヤーカッターのような蔦が高速で飛び出し、一瞬で横縞を形成する。その後は、その蔦を頼りにまるで早回し映像のように蔦が蔓延り壁となった。換装までの時間は五秒に満たない。もし、壁となる場所に運悪く立ち往生でもしていたなら、逃げるまもなく壁に埋まってしまう。

 

 アドベンチャー映画でよく見かける石造りの迷路のように、扉が閉じますよ。で、慌てて滑り込むような真似は出来ない仕様となっていた。


 出海は、動く壁を信号機に見立て交差点が沢山あるみたいだと言っていた。信号が青のうちは通路が開いているが、赤になると壁が出来る。アルマクが言った三回回ればまた会える。というのと照らし合わせて考えると、壁に阻まれ、分かれることになったとしても一定時間が経過したら再び壁が開いて合流できるということなのだろう。問題は、その一定時間の長さが不明というところだ。

 ものの数分というなら待つことも出来るが、数時間単位となるとそこに留まり続けるのは辛くなる。常に固まり、分断されることがなかった出海たちだが、この動く壁に阻まれながら進行しているうちに方向感覚を失い、第一宿駅側に戻されたという。同じ景色が続き、時に戦闘を交えていれば、やもなしと言ったところか。


 ましゅ麻呂は、前面がショッピングモールの入り口のように見える緑の迷路を見上げた。複数個の入り口は、時間が来ると閉じ、新たに壁であった部分が入り口へと変化する。常にどこかが移動しているのだろう。轟々と聞こえていた音は、この壁の移動する音だった。


「ユミりん、格闘いくつ」

「パワームーブ固定。でも、一応100まであげて、下げたわ」

「なるほろ。<永続効果(パーマネンシー)>で<躯幹(ボディ)>は取ってるのね」


 <躯幹>は、格闘スキルが20で手に入る常時効果で体の動きをしなやかにするものだ。初期に取得するため見落としがちになるが、これは後々大いなる意味を持つ。

 格闘スキルが100に到達すると、常時効果の<躯幹>は永続効果へと変化した。職スキル依存の常時効果は、基本、武器やスキル数値といった条件を満たさなければ発動しない。しかし、永続効果に変化した後は、スキルをゼロに戻しても常時発動し続けた。


 『既存価値調整(リンクコーデシステム)』が重要視されるのは、スキル到達度によって得られる称号やスキルの一部を<常時効果(パッシブアーツ)>から<永続効果>へと書き換えるところにある。


 別々の武器系統で覚えた<永続効果>を全ての武器種に共有させることが出来るこのシステムは、スキルシーソー有りきのこのゲームでは肝となった。


  「様々な職を試されよ。やり込むほどに恩恵は深い」


 『初級者訓練場』で受けることが出来る唯一のミッション『畑のウサギを退治しろ』で、クエスト完了を報告する際、必ず言われるこの台詞の意味をプレイヤーが理解するのは随分後になってからとなる。


「マッシュは? 」

「俺も。<躯幹>は取ってる(100にした)けど、格闘は下げた」

「困ったわね……」


 ましゅ麻呂もユミと同じAGI型である。程度の差はあれ、取得しているスキルアーツも似通っていた。今いるメンバーの中で、ましゅ麻呂だけがユミの感じた違和感を共有できる存在であり、またユミと同じく状況が不利になっているプレイヤーでもある。

 故に、二人ともこの違和感を齎す原因を察することが出来たし、唯一の打開策も浮かんでいた。が、お互い今の数値では太刀打ちできないと口に出す前に納得してしまった。


 この区画は、AGI殺しだ。


「マジで滑ったー」

「顔からイッたもんね」

「デウミに滑る場所があるから気をつけろって言われていただろ」


 騒がしい三人組が到着した。


「出海の言ったとおり、少し走りにくいな」

「まぁ、迷路ん中では通路が狭いだろうし、そこまで走り撃ちとかする場面はなそうだけどな」


 弓術士二人も先の三人と間をおかず、ユミたちの前へとやってくる。


「そうっすか? 気をつければ、そこまでヤバくはなさそうっすけど」


 最後にやってきたハヤトは、自身に掛かっている職補正に気づかないのかアラベスクや沢蟹が懸念することがイマイチ伝わっていない。そんなハヤトとアラベスクたちの言い分の差に気づいたジェームズはましゅ麻呂たちを見た。


 案の定、なにかしらの答えにたどり着いている二人の表情は硬い。

 

「オッケー、じゃー肉壁はハヤトだな」

「はぁ!? 何言ってるんすか、俺、ソッコー死にますよ! 」


 急に話を振られたハヤトは全身で拒絶を示す。ましゅ麻呂とユミが壁役を務めることは暗黙の了解事項である。冗談で誰にかに振ることはあっても、今のましゅ麻呂のテンションは真面目だ。隣に立つユミも珍しく難しい顔をしている。


「どゆこと? 」


 いつもの惚けた言い回しでないことにデミオが眉を顰めた。


「多分、俺とユミりん。使い物になんねーわ、ココ」


 立てた親指で背後の迷路を指す。


 そこには、蔦が生い茂った緑化ルーバーのような壁が、ゆっくりと呼吸するように蠢いていた。


「なん、じゃ……こりゃ」

「確かに、迷路の入り口が一つだなんて誰が決めたって話だよな」


 現在の坑道の横幅は78m。目視で確認できる支柱は八本建っており、入り口は三箇所開いていた。ほかは壁となっている。


 目がいい沢蟹たちだが、視界を妨げる石柱と迷路を形作る緑一色が災いし、遠くからでは幾つ入り口が開いているのかまでは判らなかった。


「なぜ言わなかった、出海よ」

「ちょっとしたサプライズ感覚だったと俺は思うね」


 立ち尽くすアラベスクを沢蟹が慰める。


「使い物にならないって、どういうことだ? 」


 歩き難かったとアラベスクたちは言ったが、オミ自身はさほど違和感を感じなかった。一緒に歩いてきたデミオもそうだ。彼女も別段、歩き難そうな足取りに見えなかった。冗談とは思えない口調で、自分たちは使い物にならないと言うましゅ麻呂に疑問が生まれる。


「正直、俺もよく判んね。ただ……そうだな」


 ましゅ麻呂は、拳に丸めた手の甲で額を擦ると案が浮かんだのか、一つ額を叩いてジェームズを見た。


「ジェームズ、お前、素でAGIいくつ。あと、デミオ。お前も」


 聞かれた二人は怪訝そうに首を傾げながら、現在のステータスを答える。ジェームズは15、デミオは10と期待を裏切らない数字に半笑いになったましゅ麻呂は、今度は同じ質問をオミ、沢蟹、アラベスクへと投げた。

 大剣を扱う近接であるオミは、避けるより受ける側なのだろう。AGIよりVITに振っているらしく控えめに40。沢蟹とアラベスクは共通して80とのことだった。


「俺は75です」


 聞かれる前にハヤトが答える。彼の場合は職補正も働いている。影響具合にどれほど補正が掛かっているかは未知数だが、-5あたりではないかとましゅ麻呂は考えた。


「エイタは? 」

「俺は82だよ。弓は最低ラインが80だし」


 アラベスクたちより2多かった分、彼は滑って転んだらしい。


「俺とユミりんは、素で100。『既存価値調整』で、色々補正入ってるからまともに立っていられるけど、ここはAGI特化は無理だ」


 AGIが高い人間ほど、荷重もしくは摩擦力が落ちている。


 ボーダーの値は判らないが、AGIが80を超えた辺りから急激に摩擦力を減退させる補正が掛かるというのがましゅ麻呂の見立てだ。


 ユミもましゅ麻呂もシステムの恩恵から多少の不自由さはあるが通常動作は問題ない。だが、戦闘状態となると話は異なる。迷路の外でさえ、これほどの影響を及ぼしているのだ。中に入れば、一層酷くなると自他共に認める考えなしのましゅ麻呂でも予測がつく。


 加速することでアドバンテージを得る彼らは、この迷路の中に限りその加速が仇となる。着地しようとしても摩擦力が足りず、横滑りにバランスを崩して床に転がることになるだろう。最悪の場合は、減速することが出来ずオブジェクトに激突死する可能性だってある。


 死んでもすぐ生き返ることが出来るゲームだが、死なないでいることが至上であることには変わりはない。


「何でAGIを狙い撃ってきたのか判んねーけど、今の状態じゃまともに走れねぇー」


 硬く瞼を閉じ、腕組みしたましゅ麻呂は体を左右に揺らしながら唸った。迷路攻略を楽しみにしていた分、苦々しさも倍増している。


「迷路の都合上。と、いったところかな。<俊足>が働いている上に<迅雷>、<飛燕>を組み合わせれば、AGI型は通路上にエネミーがいても飛び越えて先に進むことが出来る」


 黙って話を聞いていたジェームズが口を開いた。


「見ていると、壁も一定の法則で開閉する順番が決まっているようだ。障害物さえなければ、君たちは一足飛びで通路を進行してしまうだろう? 」

「そんなの状況によってだし、PTなんだからPTM置いていくような真似はしねーよ」

「君が行わなかったとしても、他のプレイヤーも行わないとは限らない」


 ジェームズの言葉に、ましゅ麻呂の横揺れが激しさを増す。


「あああああぁぁ、もうっ」


 加速すれば加速するほど、彼らは自由を失い床に転がることになる。唯一、同じAGI型でありながら、その呪いを受けない職があるとしたら格闘だ。


「AGIでいけるとしたら、多分、格闘ぐらいだと思うんだ。けど、俺もユミりんも下げちまってるから無理だー……」


 剛拳、組技、総合の三種類からなる格闘職は、どれもバランス感覚に優れ、アーツの中に荷重を操るものまである。通常より戦い難かったとしても、さしたる問題はないだろう。


 ユミもましゅ麻呂も格闘は取っていた。だが、現在は必要な数値を維持しているだけで本職ではない。今の二人は、足手まとい以外の何者でもなかった。


「キサの風でも思ったけど。運営、あれだろ。普段埋もれてるヤツ発掘しに掛かってるだろ」


 アラベスクの意見に、「ああ」と何とも言えない声が皆の口から漏れた。場所が変われば、輝ける職が変わるのは当たり前のことだが、ここまで顕著に落としてくるとは思わなかったというのがましゅ麻呂たちの本音だ。

 オミやハヤトでも、壁役は出来なくはない。だが、オミは防御も出来るがあくまで火力枠で、ハヤトは余裕のあるプレイが出来る領域まで、ステータスやスキルが届いていない。壁役となる本職がいない状態をカバーするとなると魔法職に負担が掛かる。

 ノリで挑んで撃沈するというのも仲間内ではありなのだろうが、果たしてそれは正解かと疑問が生まれれば、足踏みしてしまうのも無理はないだろう。


「たけぽんだけでも拉致っておけばよかったぁ」


 最近、成長目覚しい楯役を逃したことをデミオが嘆く。


「しょーがねーだろ。まさかこんな事になるなんて、ここにくるまで判らなかったわけだし」

「なんとなくだが、資材がやたら集まっていた理由がわかったな」


 格闘を除いたAGI型が全滅し、彼らの多くは迷路に挑む無駄な努力をするより早々に鉄道を通してしまおうとシフトチェンジしたのだろう。


「ま、俺らも頑張るし」

「ああ。多少、足場は悪くても問題はない」


 沢蟹とアラベスクが後押しし、先に進もうと促す。


「ちょ、ユミりん!? 」


 何を思ったのか、ユミは急に腰から剣を片方引き抜いた。敵が出たわけでもないのに、そのような行動に出た彼女に驚きデミオが声を上げる。


「ユミ? 」


 背中に仲間の視線を集めながら迷路の壁に近づいたユミは、立ち止まると同時に勢いよく蔦の壁を蹴り上げた。


「ヒェッ!? 」


 三度ほど壁を踏みつけると、今度は握っていた剣を振りかぶり壁に剣身を突き立てる。


「……」

「……」


 ユミの凶行に横揺れしていたましゅ麻呂はバランスを崩して尻餅をついた。


「刺さったわ」


 壁といっても植物である。剣身は吸い込まれるように壁に半分ほど埋もれた。


「そら、刺さるでしょーよ」

「なかなか衝撃的なシャイニング」

「ちょっとびっくりした」

「ユミりんご乱心? 」


 周りの声など気にせず、ユミは埋まった剣をくじる様に動かす。刺すときはそれ程でもなかったが、刺さった状態で動かそうとすれば硬く抵抗を感じた。


「……」


 刺さった部分に顔を寄せ、負荷をかける角度を変えながら状態を観察する。手に伝わる感覚としては、南瓜や身の締まったキャベツに包丁を突き立てた状態に近い。刺すのは楽だが、切るには相当の力が要る。同じ角度からでないと包丁を抜くのも難しいあの状態だ。蹴った時は、地面同様さらりとした感覚で引っ掛かりを感じなかったが、プレイヤーが扱う道具に対しては効果は適用されないらしい。

 ユミは、剣を引き抜くと笑顔で振り返った。


「しっかり刺さるわ」


 ましゅ麻呂を見ながら、ユミは得意げに壁に何度も刃を突き立てる。


「その笑顔怖えよ! 」


 反射的に突っ込んだものの、ユミが何を伝えたいのか理解したましゅ麻呂は、立ち上がると彼女の横に並び同じように壁を刺し始めた。ついでに蹴りを交え、感覚を確認している。


 猟奇的な光景を眺めることになった一同に困惑が広がる中、ジェームズは合点がいったのか一人頷く。


「解。滑るから止まれないのならば、強引に止まる方法を考えればいい」

「えっ」


 自分を見上げるハヤトに顔を向けた一瞬、ジェームズは微笑みと共に片目を瞑ってみせ。すぐにいつもの澄ました顔に戻りユミへと視線を移す。


「そういうことだね、ユミ」


 問われたユミは、剣を鞘に戻すと正解と笑った。


 基本中の基本。


 彼ら滞空型DDは、<飛燕>を駆使し宙を駆ける。<飛燕>は、樹木でも建物の壁や天井であっても、どこか一箇所が地面と接したオブジェクトならば再装填する足場として利用できた。


 幸いにして、通路の幅は約8mと広すぎず、狭すぎず。通路の幅から考えれば、出没するエネミーも3mクラスが精々だろう。


「多少、泥臭い戦い方になるだろうけどな」


 それまでとは打って変わり、システムへの勝利を確信したましゅ麻呂は不敵に笑う。


「今の見たか? 」

「見た」

「あれは、あかん」


 腰に手を当て胸を反らし、徐々に笑い声を大きくしていくましゅ麻呂の高笑いをBGMに、三人組は身を寄せ合い目撃してしまったウインクの破壊力について審議が行われていた。


「アイツのあーゆーとこが、勘違いを生むんだな」

「外人的には普通なんだろうけど、日本人にはないわー」

「姫ちゃん大暴走もわかる。ジェームズなのにときめいた」

「なのに、って」

「王子だったら、抱いてッってなるよ」

「そんな宣言はいらん」


 漏れ聞こえてきた会話にアラベスクは、深く息を吐き眉間の皺を揉み解す。


「そろそろアレ止めないと転ぶぞ」

「あ? 」


 目が据わった沢蟹が見ている方向を見れば、笑うのに反り返りすぎて見事滑り、後頭部を強打するましゅ麻呂が目に入った。


「……アデライードが足りん」

「言いたいことは判る」


 ましゅ麻呂に限定した物理的ツッコミ役を恋しく思う常識人二人なのであった。




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