91 座卓会議
ドワーフ。
妖精には、光に属するものと闇に属するものがある。これは、光だから善良だとか、闇だから醜悪だとかそんな分け方ではない。
単に属性の問題だ。妖精は、あらゆる場面において人間の隣人である。時に善良であり、働き者であり、悪戯好きであり、怠け者であり、病を齎し、悪辣である。人の持つ側面を彼らもまた持っていた。
ドワーフは、闇属性に属する。日中は土の中に潜み、星の瞬きが地上を照らす頃、地上に出てくる。太陽の光を浴びると体が石化、もしくは膨張し爆発するという制約があるそうだ。彼らの体は石から出来ているそうだが、それは巨人の魂の受け皿として大地の一部である鉱物が選ばれたからだろう。故に、鉱物を加工する事に長けており、鍛冶や石工が得意であり生業とするものが多い。
現実世界で、ドワーフの肌の色は、白、茶、黒と記されている文献もあるそうだが、これはコーカソイド、ネグロイド、オーストラロイド、モンゴロイドのうち、モンゴロイドの中にオーストラロイドを含めた数え方をされているのかもしれない。何にしろ、今はほぼ失われた民間伝承の中から資料を集め、ゲームのキャラクターとしてシナリオに落とし込んでいるのだ。多少の力技的変更箇所も多く発生するだろう。特に、人種問題というのは根深い。ポリティカル・コレクトネスを意識しないと、大人の事情が発生する。
さて、【The Stone of Destiny】の世界でのドワーフがどうなっているかというと、身長は高くても130cm未満。体躯はそれぞれで、痩せている者もいれば、がっちりとしている者、程よく肉がついている者と様々である。共通しているのは、彫りが深く落ち窪んだように見える目と鼻筋の通った大きな鼻。蓄えられた顎鬚に、肌が緑色と言った所だろうか。
なぜ緑色なのか、という質問に対しては、緑色が死者の色とされていたことに準えたのだと、プロデューサーの公式ブログでキャラクター資料と共に回答がされていた。
第一の宿駅となるセーフティエリアで、最初から待っていたドワーフもいるが、現在、その数は順に増えていっている。一人のドワーフに多くのプレイヤーが群がるということは無く、この場にいるドワーフなら全員、鉄道に関するクエストを受けることが出来た。たどり着けるプレイヤーが増えれば、対応に当るドワーフも増やしていかなければならない。そこで、道中で討伐系の緊急クエストを発生させることにより、ドワーフが補充され続けている。
クエストの内容はこうだ。
極稀に、番のムカデ型エネミーが同時沸きすることがある。この時、エネミーの背後に複数個の卵も湧いた。卵が湧けば、ムカデたちの卵を掃討するという時間制限ありの緊急クエスト開始である。選択受注制のクエストと違い、緊急クエストはプレイヤーの意思とは関係なく勝手に受注され、条件が満たされれば勝手にクリアとなる。クエスト報酬は銀行に送られるため、インベントリが圧迫されることも無く、臨時収入お小遣いシステムとも呼ばれていた。
レア種とまではいかないが、子を守る親の攻撃力は高く、なかなか卵に近づけさせてもらえないのだが、この卵には繭が掛けられており、繭の中にドワーフが囚われているものがあった。制限時間内にドワーフが入った繭で固められた卵を見つけ、破壊しなければならない。
無事、救出されたドワーフは、プレイヤーたちに礼を言うと、どこへともなく逃げ出して難を逃れるというものである。だが、間に合わなければドワーフは卵に吸収されクエスト失敗となった。
逃れたドワーフたちは、救出位置から近い安置へと向かう。その為、プレイヤーの進行方向とその後のドワーフの行動によって、「またか」と突っ込みを入れたくなるくらい同じ名前のドワーフを救出することも、リアルラックがあるのか無いのか判らないプレイヤーが体験したりする。アラベスクたちである。
現在、彼らは合計五回、救出作戦を体験させてくれたドワーフ、アルマクを前に地面に座り込み、全員で頭を悩ませていた。
エリアマップを地面と平行に表示し、それを皆で覗き込んでいる。マップの上に物が置けると気がついた誰かは偉大だ。
表示できる最大の大きさまで拡大された薄い光る半透明の板は、座卓のような扱いを受けていた。まちまちに楽な姿勢で地面に座り、表示を見ながらマップの上に置いたミカンや煎餅を食べている。
「七輪作った段階で、なんかやらかすと思ったが手焼き煎餅か。ますますあいつは、どこに向かっているんだ……」
戦闘職でありながら、なぜだか生産にはまり込み、いまでは帰らぬ人となりつつある出海を憂いながら、堅焼き煎餅を一口大に割って口に運ぶアデライード。妙なところが女性らしい彼女の振る舞いに、やっぱり王子は女の子なのよね。と、アデライードの斜め前に座るデミオは少し残念そうだ。
ここまで来る道中、どこかでミケに会うのではないかと警戒気味だったアラベスクたちとは裏腹に、年少組は自由に楽しんでいる。
「今いるのが、ここでしょ。で、第二宿駅が多分この辺り」
ブランク状態のマップに、モカがピン代わりにミカンを置く。
坑道内を移すエリアマップは、誰かが到達すれば外郭が露に、完全安置と化すと全体が明るくなり細かな形状を映す。誰もたどり着いていない場所はブランクしたままだ。
「ここまでの道を見ても、かなり曲がってるな」
アラベスクは、第一宿駅までの道筋を確認し唸る。
直線距離で、と言われていた理由がよく判った。スタート位置から、第一宿駅までの直線距離は四キロ程だが、実際に歩いた距離は七キロとなっている。鉄道がどのくらいの速さで移動するのかは判らないが、鉄道は直線距離で開通するらしい。車両を使えば、十分も掛からない距離だろう。だが、今現在はそんな便利なものはなく、戦闘なしでも人が歩くとなると二時間コースだ。
「問題は、ここから先ね」
第一宿駅の先、外郭だけ表示され中身がブランク状態の異常に膨れた場所に目を留めてカタリナが溜息を零す。先に進んだ者たちの情報に寄れば、この膨らんだ場所は迷路になっているらしい。しかも、生きた。歩けば歩くほど、道が変わる。来た道や目の前の壁が動き、通路が塞がれたり、また新しい通路が出来たりする。
左手法で簡単にクリアできると思うなよ。と、開発側の挑戦だろう。
一先ずの納品を済ませた一行だったが、ここで意見が割れた。迷路に挑戦し第二宿駅まで先に進むか、それとも追加の納品を急ぐかだ。先にアルマクから受けたクエストを完了させたアラベスクたちだったが、このクエストには続きがあった。続き、というのは不適切かもしれない。
最初のクエストは、完了しなければ宿駅から先に進めないという必須のものだった。だから、宿駅まで辿り着いた者順に受注し、一旦地上に戻りアイテムをドロップするモンスターエネミーを狩りとる作業に勤しんだ。
その時に、おかしいと感じるプレイヤーは多数いた。三種、各三十個納品でいいはずのアイテムが、必要数を満たしてもドロップし続け、スタック数も999まで可能となっていたのだ。トレード不可であるため、マーケットに流すことも出来ない。倉庫や鞄を圧迫するだけのソレの処理は、捨てるしかない。
だが、そんなミスを開発がするだろうか?
これには何か裏がある。と、よく訓練されたプレイヤーたちは、過剰にドロップしたアイテムを捨てることなく保管する。その後、先に納品を済ましたプレイヤーたちから情報が発信された。
納品した後、受注回数が十回と制限付で再受注が可能となると。一回の納品数も、初回の十倍となっている。早く納品数が集まれば、それだけ早く鉄道が開通するというものらしい。但し、余りにそればかりされてもMAP実装が早まるだけで、運営に利はない。故に、受注制限をつけたというところだろう。
既にスタート地点から第一宿駅までの資材は集まっているそうだ。一体、どれだけのプレイヤーが再受注し、納品し続けたのかは判らないが、これには運営も驚き、制限をつけておいてよかったと安堵したことだろう。
当初の予定では、第二宿駅まで進めようと意見が固まっていたが、アルマクから最新の進行状態を聞き、巨大迷路の存在も相俟って、先に納品したほうがいいのではないかと雪江やほっぴーが言い出したのだ。
ここから第二宿駅まで伸ばす資材を限界まで納品するか、第二宿駅までたどり着きMAPを完成させるか。鶏が先か、卵が先かのような気もしなくはないが、徒歩での長距離移動というのがネックになって、一概に先に進めようと言い切れなくなっていた。
MAPを眺めるほどに、迷いが大きくなる。
リアルタイムで、ドワーフたちが建設しているなんて誰も思いはしない。ゲーム内とはいえ、もし、そんな工事や車両の製造を実際に行っていたら、鉄道開通までに何年掛かるというのか。
メンテナンス毎にあちらこちらで変更が行われるのだろう。となれば、次のメンテナンスで一気に第二宿駅まで開通させてしまいたいと、歩くのに飽きたプレイヤーが思うのも無理はない。
「ジェームズは、どう思う? 」
ましゅ麻呂は、第二宿駅へ行きたい派だ。
「巨大迷路の全貌が明らかになっていない以上、確かに先に鉄道を通してショートカットするというもの手だろう」
「げっ。お前、先に資材集め隊かよ」
「?? 」
発音を利用した日本語の妙に、ジェームズが首を竦める。
「はい。翻訳機能が仕事しませんでしたー」
彼の反応に、自分の言いたい事が伝わらなかったと察し、ましゅ麻呂は恥ずかしさから五体投地とばかりに仰向けに倒れた。
「いや、私は」
「駄々滑りましたー、ごめんなさいー」
そんなましゅ麻呂に、ジェームズは何か言い募ろうとするが、聞きたくないと今度はうつ伏せになり、子供のように手足をバタつかせる。
「マッシュ、私は」
「慰めないでくれ、ジェームズ。余計に辛くなる」
耳をふさぐ様に頭を抱えるクラマスを見て、<SUPERNOVA>のメンバーはニヤつくばかりだ。
「だから、私は」
「ジェームズは、日本語で話してるわよ」
「……は? 」
右に悶えるましゅ麻呂、左に窮するジェームズに挟まれたユミは、何の気なしにジェームズが弁解しようとしている内容を口にする。
正座し、両手で湯飲みを持って茶を啜る姿は、中の人の年齢相応だが、見た目とのギャップは激しい。
「アランと違って、突然英語で喋りだしたりしないでしょ? 」
ユミの言うアランという人物が誰かは判らなかったが、確かにジェームズは常に日本語で話していた。しかし、それは聞く側の問題で、自動変換されているだけだろうし……と、ここまで考えて、ましゅ麻呂はジェームズの顔を見て白く燃え尽きたような表情になった。
「オ前、まさかズット日本語デ喋ッテタノ? 」
片言で喋りだすましゅ麻呂に、ジェームズはコクリと一度だけ頷いて見せる。座卓を囲み、やり取りを見ていたアラベスクたちの目が大きく、口がポカンと開く。
「ええええええええー!? 」
本日最大の吃驚に、当人たちを除く場にいた全員の声が重なった。
本日、一周年。
無駄に投稿時間も合わせてみました。




