89 乙女、共感を求め嫉妬に転ず
ミケから見て、ユミというプレイヤーはジェームズを取り巻く人間の中で唯一、付け入れそうな隙のある存在に思えた。
旗色の悪い自分を気に掛けつつも、事情に踏み込んでこようとしない。
彼女は、他人を踏み台にして自分を上げようとするタイプではないのだろう。ただありのままを見て、己で判断し、自身で定めた距離感を保ちつつ対処する。このタイプは、最初の壁さえ難なく乗り越えてしまえば、利用するのに最適な人種だ。特に相手の内側まで気に掛けないから、相乗りしやすい。
そう思って、彼女が思い通りの答えに行き着くように誘導したのに、出てきた答えは全然違った。
随分、馬鹿にした話だとミケは思う。反応はガバガバでぼんやりとしている癖に、装備の細かなことまで目を行き届かせるなんて、ちょっとした詐欺だ。
しかも、防具から使っている武器種まで言い当ててきた。カナヤも一緒に来るなら、あと声を掛けるべき職と持っていると攻略が楽になるアイテムまで指示してくるなんて、気持ち悪さを通り越して腹が立ってくる。
私が欲しかったのは、「一緒に行きましょう」の一言だけなのに。
ミケの言い分を額面通りに受け取って、真面目にアドバイスなんて彼女は欠けらも望んでいなかった。だが、それをミケは主張することは出来ず、ユミも全くもって気づかない。モカは色々察したようだが、ユミに悟られないよう口を噤んだ。カナヤは複雑そうな顔をして、ミケではなくユミを見ている。状況としては最悪だ。
カナヤ以外にログインしている囲いを呼べば、彼らはいつも通り一致団結してミケを守り、崇め、尽くしてくれるだろう。だが、それではジェームズの気を惹くような行動が出来ない。かといって、ここで立ち去るという選択肢もない。仕方なしにミケはカナヤに頼み、坑道へと付いてきてくれるプレイヤーを集めるようにお願いした。
そして、カナヤが連絡を取っている間にユミにも一つのお願いもする。モカはその申し出を受けないようにと止めたが、ミケは強引に押し切りユミに承諾させた。
◇ ◆
ミケと肩を並べ、カナヤはフロイデの正門に向かい歩いていく。来た時とは逆に隣の彼女は黙ったまま、一人何かを考えているようだった。モカたちが溜まり場とする『黄金の上で眠る黒猫亭』は、フロイデの中で二番目に正門から近い場所にあるタヴァンである。おかげで正門へと歩く距離も短く、この沈黙もさして苦にはならない。が、彼の中で沈黙するミケより、ユミの青色の髪が引っ掛かっていた。
前を歩く二人組の片方に注目する。最初見たときは、建物の影で色が落ち着き水色に見えていたそれが、日差しの下に出れば鮮やかな青だと知れた。
多人数が参加するゲームといえど、人の好みは意外と偏る。キャラクターアバターで好まれる髪色は、濃淡のバリエーションこそあれ、金、茶、銀、白、黒、赤、ピンクといったところだ。少数で紫や緑、青といった変り種もいるが、少数と言い切れてしまえるほど、本当に数が少なく見かけない。綺麗に編まれ、纏められた青い髪に腰に下げられた双剣。
モカの動画ではない別のどこかで見たことがある。必死に記憶の糸を手繰り寄せたカナヤは、いつだったか砂漠で見た双剣士を思い出した。正面から殴り合い、耐久力で競り勝つのが普通の敵に、辛勝ではあったが速さで勝った双剣士への驚きが、青い髪と相まってカナヤの記憶の中に蘇る。
彼女が、ヴェナトルを狩っていた子なら……。
偉そうに。というのは語弊があるが、それでも細かくミケに坑道攻略について話していた内容は信憑性があり、絶対的に従ったほうがいい。守らなくてもただ死ぬだけで、どうということはないが、守ったほうが安全に決まっている。彼女は、多分本当にミケのことを心配していた。
<ポーラスター>に比べれば、<SUPERNOVA>も<TRUST>も取るに足らないクランだ。だが、個々の実力となるとどうかは判らない。中間層の中の上部に位置している実力者など、多すぎて把握しきれない。そこに実際は飛び抜けたプレイヤーが混じっていたとしても見落としてしまう。
<Schwarzwald>がいい例だ。
『時の城』実装と共に、それまで無名だった【魔法騎士】が突然、頭角を現した。【魔法騎士】の後に【究極の叡智】まで在籍すると知れた<Schwarzwald>は、プレイヤーたちにクラン名が周知され、<ポーラスター>が手を出すことが出来ない存在になってしまった。
当時、カナヤは<ポーラスター>ではなかったので、黒猫の荒れようは知らないが、今でもたまに彼女があのクランのことを惜しがっていたと話題に出ることがある。無名のうちにクランごと飲み込むのが<ポーラスター>のやり方で、カナヤもそうして飲み込まれた。外からでは判らない内側のドロドロとした人間模様だ。とはいえ、カナヤにとってはミケがいるため、<ポーラスター>となったことに後悔はないのだが。
つらつらとそんなことを考えているうちに、門をくぐる事になった。
外に出れば、ユミが言っていたように先ほどのメンバーが揃っている。城壁に沿い、少し離れた場所でユミたちを待っていたメンバーは、自分たちの姿を見ると驚いた顔をする者と、彼女が自分たちを連れてくると察していたのか、予想的中といった顔をする者と分かれていた。
ミケが拘るジェームズは、特に表情が動くことはない。その反応に、なぜか少し残念な気持ちと苛立ちを覚えた。彼にミケの魅力が伝わらないのが許せなくもあり、彼女の魅力を判らない感性に対し優越感をも感じるという不思議な感覚だ。
「ほら見ろ、やっぱ連れて来ただろー」
俺の勝ちぃ。と、はしゃぐましゅ麻呂にカナヤは顔を顰めた。どうやら、ユミが自分たちを連れてくるかどうか賭けをしていたらしい。
「連れてきたわけじゃなくて、方向が一緒だっただけだわ。だって、二人ともこれから坑道に行くそうよ」
腰に手を当て、ドヤ顔で主張する彼女はやはりズレている。カナヤは額に手を当て、ため息を一つ吐いた。こんな発想をする人間が、あの無駄のない戦い方をしていたプレイヤーと同一人物なんだろうかと少しだけ不安になる。
「えっ、二人だけで行くんすか? 」
「お友達も一緒よ。迎えに来てくれるって言っていたわ」
カードゲームに興じていた一人が驚いて声を上げれば、ミケではなくユミが自分の事のように答えた。彼女にしてみれば、ミケが何かと責められるのではないかと庇ってくれているのかもしれない。だが、カナヤが隣を盗み見ると、当のミケはひたすら熱の篭った目でジェームズを眺め、心此処に在らずといった風情だ。
「ええ、自分たちは自分たちで行くので。ご迷惑はお掛けしません」
ミケが口を開く気がないのだと判断したカナヤが、彼女に代わって断りを入れる。その言葉に、人一倍ミケのことを警戒していた女性プレイヤーが、申し訳なさそうな複雑な表情を見せた。
初心者支援を掲げている<TRUST>ならではの反応なのかもしれない。根っからのお人よし集団ならば、無駄に罪悪感も感じるのだろう。
「まだ出発しないんだよね? 」
「ああ、フェルトンが買い物から帰ってこないしな」
モカと呼ばれていたプレイヤーが、リーダー格と思われる弓術士の横へと移動して壁際に積まれた雑木の上に腰掛けた。
「王子もまだだよー」
手札を扇にして顔を扇ぐ女性プレイヤーが付け足す。ポーカーか何かをやっているのかと思ったが、全員手にした手札は三枚だ。
「アイツの微妙な遅刻癖は名古屋時間ってヤツか? 」
「キサ休みって言ったら、ユッキー捕獲して来るってさ。そのせいじゃね? 」
既に自分たちの存在は彼らの中で空気と化したらしく、誰もミケに触れずカードゲームに戻っていく。立ち話をしていた見た目年長組は、話を続けるか微妙な空気だ。そんな中、ジェームズがユミを呼んだ。
「ユミ」
たった一言、彼女の名前を呼んだだけだ。だが、その声にミケが反応した。
「ユミちゃん」
呼ばれるまま、ジェームズに向かい歩き出したユミが、ミケの声に足を止めて振り返る。
「約束したよね。やろう、模擬戦」
突然、何を言い出したのかとカナヤは目を剥く。
「えっ、でも。今? 」
「今っ」
来る途中、ミケに模擬戦を約束させられてはいたが、条件が不釣合いすぎるためユミとしては公平な準備が出来てからやるべきだと思っていた。
「『初心の紙袋』を持っていないし」
「なくていいよ。今の装備で十分」
【The Stone of Destiny】には、PvPの代わりに模擬戦というシステムがある。
勝敗は、相手を戦闘不能にして終了。死亡しても一定時間経過で自動蘇生され、模擬戦解除を行わない限り何度でも再戦される。銀箱が落ちることはなく、自動蘇生待ちの間に模擬戦解除を行えば、即蘇生された。
プレイヤー同士のちょっとした腕試し要素でもあり、RP者は果し合いや決闘といった言い方をする時もある。非戦闘地帯では模擬戦は行うことが出来ず、ダンジョン内でも不可。よって、各都市を出てすぐの場所で行われていることが多い。
見世物として興行するときは、ロケーション優先で街から離れた場所でも行われるが、年に数回程度であった。両者の同意の上でしか成り立たないため、見ず知らずの相手と行うことは殆どなく、友人同士の暇つぶしコンテンツとなっているのが現状だ。
対戦のやり方は様々あるが、スキルやステータス差などPSでも覆せない差がある場合は、防具を全て外し『初心の紙袋』を被っての対決となる。『初心の紙袋』は雑貨スキルで作成することが出来るアイテムで、擬似的にステータスを初期値に、スキルは二十までしか反映しない。その名の通り、初心に戻ることが出来るユニークアイテムだ。
ユミとしては、ミケを下に見ていたわけではない。ただ、VIT型とAGI型は相性が悪いのだ。ミケはVITとDEXを伸ばしているようだし、AGI先行型の自分とでは彼女の方が分が悪い。そのため『初心の紙袋』を被り、条件を同じにしての方がいいと考えたのだが、ミケは違ったようだ。
懇願するように自分を見るミケに巧い言葉が見つからない。約束させられた時も、モカはそれを理由に止めたが、ミケが譲らず頷かされた。
「ミケ、いくらなんでも」
「やってみたいの」
はっきりと困った顔をするユミに、カナヤがミケを止めに掛かるが、彼もミケに見つめられると強く出ることが出来ず、結局甘やかしてしまう。
「おっ、模擬戦か? 」
「ユミりん、模擬戦受けたの」
「模擬戦、模擬戦」
「おぉー、勇者現る」
模擬戦という言葉に<SUPERNOVA>が食いついた。
「私は、止めたからね」
責めるような視線が彼女に向く前にモカが口にする。
「ミケちゃん、でもね。条件が」
「大丈夫」
言うとミケはユミの手を引いて、カナヤやアラベスクたちから距離をとった。
ユミは特に華のある笑顔ではない。あらゆる角度から表情をチェックし、特に可愛いと確認した角度で笑顔を作るミケに比べれば、彼女はごく普通だ。装備も汎用型で目だった特長もない。もしかしたら、ジェムスロットや特殊効果が多く付与されているのかもしれないが、それを踏まえたとしてもありきたり装備に変わりはない。
恋する乙女というのは、時折不思議な力を発現する。妙な勘が働くのだ。
それまでは、ユミをなんとか利用してジェームズと繋がりたいと考えていた。模擬戦の申し込みだってそうだ。弓を使うモカでは、距離さえ詰めれれば勝てるかもしれないが、ミケは多節鞭使いであり、剣型より鞭状での扱いに慣れていたため、一定の距離を必要とする。不慣れな接近戦闘に持ち込んだとしても、弓術士は緊急時は弓本体で戦うことも出来、一気に距離を取られ攻撃されたら負ける可能性が高い。どちらにしろ、ミケが思い描く理想の戦闘状態にはならなかった。
それに比べ、ユミはどうだ。
ありきたり装備に死者と死の精霊の眼。適当感丸出しの一般プレイヤーは、ミケが一方的に攻撃できる可能性がある。たとえ負けたとしても、モカよりいい勝負が出来るのではないだろうか。そう思いミケはユミを口説き落とした。
だが、今は少し違う。ジェームズがユミを呼ぶあの声が、ミケの中に何ともいえない黒い感情を引き出した。ジェームズと不釣合いな装備を身につけたユミに勝ちたい。負けることになったとしても、善戦し、彼にユミより自分の方が役に立つのだと見せ付けたい。
いや、負けない。
ミケの瞳の奥に仄暗い明かりが灯る。
私の方が防具のレアリティも上だし、武器だって皆が皆が一緒に作ってくれて、凄いって言ってくれた『幻妖花織:黄金の鳥』。負ける要素なんてない。
「申し込むから受けて」
多節鞭を取り出すと共に、ミケは挑戦状とばかりにユミに模擬戦を申請した。
観戦ムードで盛り上がるましゅ麻呂たちの横で、立って二人のやり取りを眺めていたジェームズの目が細まり、やがて静かに閉じられる。
「ジェームズ、寝んな」
すかさず、ましゅ麻呂のツッコミが入った。




