85 人の好みは説明できない
◆ ワルター領・『至る門』内・第一区画 ◆
『至る門』が開放されてから、二十時間が経過しようとしていた。
零時開放と同時に、意気揚々と乗り込んだプレイヤーたちは、悉く心を折られている。単純に、まともな仕様のはずがなかった。というのが、挑戦したプレイヤーたちの感想だ。判っていたが、これほどとは思わなかった。というのもある。
ただの一本道です。(簡単とは言ってない)というやつだ。
エネミーをPOPさせる構造には幾つか種類がある。例えば、あるマス目にプレイヤーが差し掛かったら、AIが判断しパス検索で結ばれたAIへと指示を出す。これにより、エネミーを管理しているAIが、定められた場所にエネミーを配置する。というもの。
プレイヤーキャラクターに体温を設定し、AIが自分の管轄に熱量を感知したら、同じくパス検索で結ばれたAIに指示を出し、事前にプレイヤーが差し掛かるであろう場所に配置するというもの。これだと、配置されたエネミーのAIが自動で行動を起こすので、ルーム内を徘徊したり、やってくるプレイヤーを待ち構え出会い頭に襲撃するといったバリエーションを生む。
ほかに、プレイヤーの歩数から算出するというものもある。AI同士はパス検索で結ばれ、常に情報を共有し与えられた指示の元、自らの役割を果たす。
もしも、例えに出したこれら三つが、同時に同じ場所に設置されていたとしたらどうなるだろう。
何もない、ただの一本道が細かくブロック分けされ、そこを通行しようとするプレイヤーに全方位でエネミーをPOPさせたとしたら。先行したグループがエネミーと対峙している間に、横をすり抜け我先にと移動した瞬間、自分たちの前にもエネミーが現れたとしたら。
GMたちは、内部構造については説明していたが、出てくるモンスターエネミーに対して、一言も「簡単ですよ」とは言っていなかった。そして、最初のエリアから全力は出さないとも言っていなかったのだ。
第一区画に検問として設置されたモンスターエネミーは二種類。
■センティピード 体色:暗い玉虫色、関節肢は黄色。
横幅三メートル、全長十七メートルのムカデ型モンスターエネミー。地中に潜み、プレイヤーが近づくと姿を現す。
強靭な顎を持ち、噛まれればVIT極振りの楯持ちでもHPゲージが半壊させられる。毒腺を持つため、咆哮とともに扇状に毒霧を散布することもあり、状態異常によるドットダメージは最大HPの三パーセント固定。
■スコロペンドラ 体色:滑った様な光沢を纏う鉄紺色、関節肢は赤。複眼、背中にノコギリ状の突起がある。
センティピードより大型で、横幅四メートル、全長二十メートル。全身が帯電しており、接触による麻痺の可能性がある。状態異常確率は、DEX依存。肉体強化魔法、アイテム使用により補正可能。強靭な顎による噛み付き、そこからのプレイヤーを地面に叩きつける動作は食らえば即死確定。
対象エネミー未確認情報として、飛行及びそれに近い跳躍、強吸引というものもある。どうやら、フロイデの街で【GM】みっちょんがポロリをしたらしい。
未確認となっているのは、詳しくその話をしだす前にカロゥシーによる自爆攻撃を受け、ポリゴンとなって消えてしまったから。
【GM】がプレイヤーたちの前から退去する時、一般プレイヤーと同じように静止し、その場から姿を消すのが普通だ。だが、カロゥシーだけは、なぜかモンスターエネミーのようにポリゴンとなって弾け飛ぶエフェクトを放つログアウト方式を持っている。このログアウトのやり方は、自爆攻撃と言われ、接触した対象を強制終了させた。巻き添えになるのは、決まって【GM】みっちょんである。
「無理……、無理……」
蹲り頭を抱え、ぶつぶつと何事かを繰り返すアデライードを彼女の横に座ったユミがしっかりと両手で抱きこみ、時に錯乱したかのようにかき乱す銀髪を優しく撫でて慰めている。この状態になって既に一時間近く経過していた。
「何、この苦悩する王子を慰める小娘プレイ」
自クランのメンバーを引き連れ、『至る門』にやってきたましゅ麻呂は、フレンドリストを頼りにジェームズたちを探し、奇妙な光景に遭遇する。
固まって立ち話をしているように見えた<TRUST>と<Schwarzwald>のメンバーの足元に、白い塊が座り込んでいたのだ。
「あ、マッシュさん」
ましゅ麻呂に気づいたタケルが、顔を輝かせる。期待に満ちたその瞳の輝きに、ましゅ麻呂は思わず一歩下がった。
これは、アカン気がする。その場にいるメンバーの顔を見渡せば、唯一、アデライードの手綱を握ることが出来る馬場がいない。これは不味い場面に出くわしたと、彼の危機管理センサーが警鐘を鳴らした。
「ムーリーッ」
「大丈夫、大丈夫だからっ」
奇声を発したアデライードに、カタリナまでもが慌て、慰めるように彼女を抱きこんだ。傍から見れば、完全にハーレムである。
「な、なに? 」
見なかったことにするには、既に声をかけてしまった後で。ましゅ麻呂は顔を引き攣らせながら、状況が説明できそうなアラベスクやタケル、ジェームズの顔を見た。
「通路にムカデが出ました」
「は? 」
端的すぎるタケルに思わず聞き返す。
「新エネミーだよ。安置出てすぐのエリア、クソほどムカデが出る。しかも、二種類」
アデライードの前に座り込み様子を見ていたキサラギが、振り返るのも面倒なのか背中を逸らし、顎を上げて後ろを見る。その辟易とした表情に、ましゅ麻呂は「ああ」と小さく漏らした。
現在、坑道第一区画を通行禁止にしているモンスターエネミーは、ムカデ型が二種類。解禁と同時に突撃したましゅ麻呂も、苦い思いをした相手だ。虫嫌いのアデライードが間近にアレを見て、よく気絶しなかったと感心する気持ちすら生まれた。
アデライードは虫が嫌いだ。「私が、地上に存在を許す生物は、足が四本まで」と、よく言っている。海中では、「足が沢山生えてていいのは、軟らかそうな物体だけ。但し、海老と蟹は除く」だそうだ。はっきり、昆虫っぽいものが嫌い。と言えばいいのに、その表現はしたくないそうだ。世の中には、虫が好きな人もいるから配慮するらしい。基準がよく判らない。
過去に、アデライードとキサラギが居酒屋で飲んだ時、キサラギがシャコの唐揚げを頼んだ。椒鹽瀬尿蝦というアレだ。アデライードは、それがシャコだと気づかなかったのだろう。店員が持ってきた皿を見た瞬間、彼女は無言で皿を床に叩き落した。その話を聞いていたましゅ麻呂は、アデライードが足が沢山ある生物に対して、マイナスの拘りを持っているのを知っている。それだけではない。一緒のギルドに所属していたゲームでは、さらに酷い彼女の凶行を見ている。
アケロンティアという人面蛾を両手で包んで隠し、彼女の目の前で放ったバカがいた。そのギルメンは、次の瞬間には蛾とともに顔が縦に真っ二つにされていた。同士討ちどころの騒ぎではない。アデライードは、それが何か目視で確認するより早く切り捨てていた。条件反射であったため、切っ先がギルメンに当ってしまったのだと言っていたが、真相は闇である。
そのくらい、アデライードは昆虫が嫌いだ。
そして、今のこの状況である。大方、目の前にセンティピードかスコロペンドラがPOPしたのだろう。
「で、いつからこの状態なの」
「五十分くらいでしょうか」
タケルは、地面に突き刺した大型片手楯に腕を乗せ寄りかかり、向こう側に見えるアデライードを覗き込む。
「そんなに!? 流石に過剰ストレスで強制終了させられるんじゃねーの? 」
「あー、それは……」
「それは、なぁ……」
卒倒しかけたアデライードを受け止め、抱きかかえると沢蟹は全力で逃げた。その時の光景を思い出し、アラベスクとキサラギは顔を見合わせる。
ジェームズの機転とフェルトン、今は【聖騎士】となったタケルが、二枚楯となってスコロペンドラの攻撃を受け止めたからユミやモカといったDDがダメージを稼ぎ出し事なきを得たが、地中から飛び出してきた大型のムカデよりアデライードの反応の方が衝撃的で忘れられない。
「アリ姉の性格的に無理っしょ」
「あ? 」
安置まで引き返し、解散するでも先に無事な人間だけが進むわけでもなく停滞しているのは、ひとえにアデライードの復活を待っているからだ。馬場もこの場にいたが、残念なことに彼はラウンド戦の点数稼ぎがあり、終わった後は一足早くログアウトしている。
「彼女が、足元から沸いたスコロペンドラを見た瞬間、悲鳴の後に叫んだ言葉が」
それ以上は。と、言い淀むジェームズを見て、ユミの横に座っていたモカが手を挙げた。
「死滅しろ、このやろう。お前ら全員、駆逐してやる。だったよ」
「あー……」
生理的嫌悪からの強制終了は、恐れがなければならない。生命の危機やそれに準ずる恐怖だ。嫌いすぎて憎悪にまで至っているアデライードの場合、当てはまらないのだろう。そうなれば、彼女自身がログアウトを選択するしかない。だが、アデライードなのだ。負けず嫌いの彼女が、自分から負けを認めるなんてありえない。それが、モンスターエネミーとなれば尚更だ。
この一時間近いぐだぐだした時間は、自己矛盾と戦っているのだろう。沢蟹とキサラギは別にして、付き合っている<TRUST>とユミ、ジェームズコンビの人の良さに涙が出てくる。
「お前ら、イイヤツだな」
思わず漏れたましゅ麻呂の言葉に、それまで小刻みに震えていたアデライードの体と脈略ない呟きがピタリと止まった。
「アデル? 」
ユミが抱く腕を緩め、俯き膝の間に挟まったアデライードの顔を覗き込もうと顔を下げるのと入れ違えに、アデライードは顔を上げた。顔色は白くひき、眼光に力がない。生気のない瞳は、死んでいるのではなく、現世ではなく、あの世のどこかを見ているようだ。
「大丈夫? 」
ユミとは逆側から彼女を抱いていたカタリナが問いかける。その声に、先に瞳を横に動かし、その動きを追うように首をそちらに向けたアデライードはコクリと頷いた。
「え、コレ。ヤバくないっすか」
タケルが突き立てていた楯に凭れ座っていたハヤトが、尋常ならざる空気に居住まいを正す。支えを必要とせず、一人ゆっくりと立ち上がったアデライードは、一度ユラリと揺れた後、俯き長く息を吐いた。
「アリ姉? 」
両手で顔を覆い、深呼吸を繰り返すアデライードの足元が霜が降りたように白く変色していく。単にアデライードが装備する純潔の氷刃の副効果でしかないのだが、それまでと余りに違いすぎるアデライードの反応に、ハヤトやタケルは超常現象に遭遇したかのような顔をしていた。
「……殺す」
指の隙間からこぼれた声を聞き返す勇気はない。
「えっ、まさかの闇落ち!? 」
のは、ハヤト以外だったらしい。反射的に突っ込んでしまったハヤトを顔から手を外したアデライードが厳しい目で見下ろした。
「わーっ、すみません! 」
タケルは勢いよく楯を引き抜き、ハヤトの前に突き刺して彼を楯の内側へと隠す。
「……ご迷惑、おかけしました」
掠れた声で告げるとアデライードは、その場にいる全員に向け頭を下げた。
「大丈夫? 」
「うん、大丈夫。もう平気」
立ち膝で自分を見上げるユミの、丁度いい位置にある頭をアデライードはゆっくりと撫でる。
「もう、平気。その心は? 」
これはますますアカンことになったと思いながら、ましゅ麻呂はアデライードに問う。
「所詮、作り物。最後に勝つのは、プレイヤー」
バリバリと音を立てて、アデライードの足元から霜が走る。六角形に先を伸ばしたそれは、地面に大きく雪の結晶を描き、淡く輝くと砕けて消えた。意志の強さで魔法が強くなるとか、心の成長に合わせ、覚醒するとか、そんなシステムはない。彼女が挨拶代わりに氷の薔薇を作り出すやり方の応用だ。そんな遊びが出来るほど彼女は冷静で、気持ちに余裕が生まれた証拠を判りやすく示したのだった。
自己矛盾と戦い続けた彼女は、自分の中で折り合いをつけたのだろう。無理と繰り返していたのは、きっと頭の中で、ムカデたちとの戦い方をシミュレートしていたのだ。どのような割り切り方をしたのかは、彼女でなければ判らないが、勝ち筋が見えたから立ち上がった。
「相変わらずのその自信。お元気そうでなによりです」
お手上げと両掌を上に向け、肩を竦めたましゅ麻呂に拳大の氷塊が飛んでくる。それを難なく避けると彼は元々の目的を口にした。
「仕切り直しすんなら、俺らと一緒に進まない? 」
◇ ◇ ◇ ◇
『至る門』内部、第一区画とエリアマップに表示されるそこは、その見た目から『坑道』とプレイヤーたちに呼ばれ始めていた。共通認識しやすい、連想しやすい言葉を選び、名付けるのはいつの時代でも一緒だ。最終候補として二つ三つ残り、絞りきれない場合があるのもご愛嬌だろう。名づけ案が割れたところで、自分が日ごろ使わない名称でも、それが何処を指しているかは認識する。
『坑道』自体は単純な造りをしていた。一本道と揶揄されるように、所々蛇行し、シェイプされている箇所もあるが、ただただ薄暗く広い空間が繋がっているだけだ。エントランスロビーとも取れるフラットスペースから地続きで、安置との境目は光る苔が生えているかどうか。
最初のホールフロアは、クリスタルが光源となり周りを明るく照らしていたが、坑道ではそれを床や壁、天井に生えた苔が代行している。この苔、モンスターエネミーを討伐し、一定の床面積が安全地帯となると増殖しだす。それは、プレイヤーが躓く程度に突起していたり、足場として利用できる岩場のような部分に集中して密集し、やがて硬化し小さなクリスタルへと姿を変えた。安置が広がり続ければ、クリスタルも成長し坑道全体を照らしていくのだろう。
ホールフロアを出てすぐの場所は、地肌に生えた苔は殆ど姿を消し、子供の背丈ほどのクリスタルが姿を現し始めている。
坑道第一区画の敵は、センティピードとスコロペンドラ。道のどこを通っても、地中から姿を現すそれらを絨毯爆撃が如く丁寧に狩りとって、プレイヤーたちは進んでいる。自分だけが先に行ければ、他はどうなろうと構わない。という精神は通用しない。他者を出し抜いて先に進めば、周りを無数のムカデに囲まれ死に戻るだけだ。
今、自分たちがいる現在位置を把握し、他のプレイヤーたちと連携を取りながら前線を押し進め、安置を確保していく。高火力ゴリ押し勢が何とかしてくれる。という他力本願も、地形により前後はするものの、道幅が百メートル以上ある坑道では通用しない。一度倒したら二度と沸かない、なんてルールはなく。何か条件があり、それをクリアして初めて光る苔がその輝きを増した。多少の前後はあっても、全体的に同時に戦線を押し上げなければ、安置は確保されないのだ。
更にもう一つ、残念なお知らせがある。この坑道にはセンサーとタイマーが仕込まれており、戦闘を行っているエリアからプレイヤーが離れ、安置となった場所で休息していたりすると、一定時間経過とともに、その場にモンスターエネミーが湧き出た。元の木阿弥である。このギミックに気づくまで、かなりの無駄な時間が消費されている。
「皆、鉄道通そうな! 」みっちょんの言葉の意味は、距離だけではなく、このギミックに対処する方法でもあるのだろう。鉄道開通は、プレイヤーたちの最優先事項となった。
「一日で随分進んだなー」
<SUPERNOVA>のメンバーと合流した一同が、坑道を歩き始めて三十分ほど経過している。
前回ましゅ麻呂がログアウトした時は、フラットスペースから出て二百メートルも進んでいなかった。現在、先頭となる戦闘区域は坑道に入って三キロほど進んだ位置になっている。今、歩いているましゅ麻呂たちの位置からも、戦闘風景を見ることが出来た。
最初はエネミーに慣れる事から始まり、次にギミックのせいで梃子摺ったプレイヤーたちだったが、謎が解明された明け方からは順調に距離を伸ばし進んでいる。
「安置となった場所に、非戦闘状態で一定時間滞在し続ければエネミーが沸く。移動、もしくは戦闘状態ならば、この限りではない」
ましゅ麻呂がログアウトしている間に判明した情報をジェームズが彼に教える。アデライードが坑道内ではなく、ホールまで戻された理由はこれだったのかと話を聞きながら、ましゅ麻呂は氷結の魔女を盗み見た。アデライードは、デミオたちに囲まれいつもの調子で笑顔を振りまいている。だが、目が笑っていない。
絶望的に怒っていると察したましゅ麻呂が、明後日の方向を見ると沢蟹と目が合った。彼も、アデライードの感情に気づいているのだろう。無言で頷かれた。
再戦にあたり、緊張感が溢れ出ているタケルやモカは普通の反応だ。フェルトンや鈴木さんのようなどっしり構えるタイプですら、うっすらと緊張が見える。
アラベスクやカタリナ、ほっぴーといった面倒を見るタイプの人間は、周りを気遣うので精一杯で自分が緊張している場合じゃないのかもしれない。感情が見えないジェームズは除外し、オミやキサラギ、沢蟹といったタイプはいつも他人事だ。よく言えば、肩の力が抜けてる。彼らが慌てた時は危ない。
「ムカデの属性は、地が四割で、他は風と時を除いて全部出る。特攻ジェム一つで何とかなるわけじゃないから、複数個属性武器を用意するか、当る確率が高い地用に水ね」
再戦組は見知った情報だが、初見組には再確認するようにとカタリナが念を押している。彼女の艶っぽい声を聞きながら、ましゅ麻呂は武器属性より、まずあのグロテスクさに耐性があるかどうかの方が重要だろうとぼんやり思った。
「そういやユミりん。戦ってみてどうだった? 」
ふとユミのことが気になり、ジェームズの向こう側にいる彼女に話しかける。
「そうね。グネグネ動くし、背中は殆どダメージが通らなかったわ。お腹の方が甲殻が柔らかいみたい。狙うとしたら頭だけど、楯さんのこと考えるなら、前から三つ目までの足を先に壊した方がいいかもしれないわね」
同じ滞空型のDDで、アデライードを逃がすために既にムカデと対戦しているユミの意見は、ましゅ麻呂の考えと一致していた。しかし、彼女の口から一言も怖いとか気持ち悪いといった感想は出てこない。
「ムカデ怖くない? 」
「どうして? 」
きょとんとした顔で小首を傾げられれば、ましゅ麻呂は笑うしかなかった。
遠距離職は、対峙するモンスターエネミーとの距離が遠い。その容姿が如何に気持ち悪いと感じても、自分に向かってこなければ耐えられる範囲だ。直近で対峙する盾職は、自分がヘイトを稼ぎ続け、他者にタゲを飛ばさないようにするのに必死だ。エネミーの顔を間近に見はするが、気持ちはそれどころではない。しかも、距離が近すぎるため正直どんな形状なのかとかじっくり観察することもない。
こういった場面で、一番割を食うのはユミやましゅ麻呂のような滞空するDDだ。全体像を視野に入れ、弱点を狙わなければならない。生理的嫌悪が生まれないわけではないが、男性はこういった類に強い。ユミはといえば、昆虫には異様に強かった。ましゅ麻呂とユミの出会いが、彼女がセミを鷲掴みにした瞬間をましゅ麻呂が目撃した所から始まったのだから。
二人の出会いは、ユミがこのゲームを始めて半年ほど経過した頃だった。
ケイオスグランジの沸き待ちをしていたましゅ麻呂は、自分が凭れている木の隣の木をじっと見上げている背の高い見た目外国人のプレイヤーが目に入った。
食い入るように木の幹を見つめる彼が気になり、何がそんなに男の興味を引いたのかと、ましゅ麻呂は視線の先に目をやる。
セミ?
何の変哲もないただのセミが一匹、木の幹に止まっていた。
ゲーム内の季節は夏で、そこかしこでセミの鳴き声は聞こえる。現実世界では、セミファイナルというEX技を持つ彼らだが、ゲーム内ではただの煩い夏の風物詩で、珍しいものではない。それを小さな子供のように目を輝かせて眺めている大人がいるのだ。暫くすると、彼を探して自分と背丈が変わらない女の子がやってきた。彼女は、男と二言、三言話すと木を見上げ、次の瞬間跳躍していた。
一瞬の出来事で、何が起こったのかとましゅ麻呂は目を開く。
そしてそれは、ましゅ麻呂の周りに集まっていた<SUPERNOVA>のメンバー全員も、同じ反応だった。突然黙ってしまったクラマスが、誰かを見つめているのに気づき、クラメンたちも外人プレイヤーを見ていたのだ。
木から下りてきた少女は、手にしたセミを男性に見せる。セミを見せられた彼は、少し驚いた仕草を見せながら、恐る恐るといった感じに手を伸ばし、セミに触れては指を引っ込めるという、初めての昆虫ふれあい体験のようなことをしていた。
男性プレイヤーの反応はさておき、セミを素手で鷲掴みにするという行為は、一瞬にして<SUPERNOVA>のメンバーの心を捉えた。
そこからは、ケイオスグランジ討伐はどうでもよくなり、手掴みによる虫取り大会が催されることとなる。参加者は<SUPERNOVA>のメンバーとユミだ。昆虫を捕まえてきてはジェームズに見せ、彼が喜んだら標本箱にピンで留められる。この標本箱、オミが繰り返しクエストで昆虫採集というものをたまたま受けており、NPCから貰ったものだった。クエストは途中破棄してもペナルティはない。渡されたアイテムも消失したりしないため、快くオミがジェームズに譲り渡した。今でもこの標本箱は、ジェームズの銀行に大切なものとして鍵が掛けられ保管されている。
「さて、いよいよかな」
足元を見れば、光る苔の濃度が増し茶色い地面が見えなくなっていた。押され気味となっている戦闘箇所を目指して歩いてきたこともあり、戦闘を行っているプレイヤー同士の間隔も随分開いている。ここからは空いている箇所に一気に駆け込み、湧き出たムカデを処理する脳死プレイだ。
既に戦闘状態のグループに「横殴りいいですか? 」と声を掛けて混ざるには人数が多すぎる。先に自分たちで湧かし、処理した後でもまだ戦っているようなら手を貸せばいい。何より先に示すのは実力。処理が早い団体が来たとなると、モチベーションが上がるのもやぶさかではない。
身内の贔屓目ではないが、ましゅ麻呂は今いるメンバーが本気でタイムアタックを始めたら、一匹沈めるのに五分も掛からないと思っていた。
◆ 坑道第一区画攻略メンバー ◆
<SUPERNOVA>
ましゅ麻呂(双剣)
ほっぴー(盾・片手斧)
鈴木さん(格闘/剛拳)
オミ(大剣)
デミオ(魔/長杖)
カレン(魔/魔導書)
<Schwarzwald>
アデライード(魔剣)
沢蟹(複合弓)
<TRUST>
アラベスク(複合弓)
カタリナ(魔/魔導具)
フェルトン(大楯)
キサラギ(魔/長杖)
モカ(長弓)
タケル(盾・片手剣)
ハヤト(格闘/剛拳)
他……
ジェームズ(魔/両手持ち)
ユミ(双剣)




