84 眼光紙背に徹す
◆ マルグリット領・『迫害されし民の迷宮』内・書庫 ◆
『迫害されし民の迷宮』は、少し歪な成り立ちをしているダンジョンだ。元々は有角人の都市であり、テレネウンネフェルからの難民を受け入れた心優しき人々が集う街であった。
【The Stone of Destiny】は、プレイヤーの種族を選ぶことは出来ない。すべて人族である。これは種族間紛争など、PvP要素が入ることを除外した結果であるが、各種族が抱える設定背景がメインストーリー進行より早く漏洩することを防ぐ目的でもある。
フレーバーテキストは、あくまでフレーバーでしかない。だが、その香りの濃淡は物語に深みを持たせ、より世界観に引き込もうとする。
旧マルと呼ばれる『迫害されし民の迷宮』は、地下に広がる巨大都市型ダンジョンだ。旧マルは、大まかに三つの層に分かれている。一つは表層。スキル上げダンジョンと言われるそこは、防御力が異常に高く、攻撃力が非常に低いモンスターエネミーが跋扈するエリア。
もう一つは、特定のアイテムを消費することで辿り着ける深層。こちらは上級者向けの攻略ダンジョンである。難易度は『時の城』が来るまでは、ここが一番とされていた。
そして今、雪江が滞在している表層第二。ここは、深層へ向かうための通過地点であるため、探索目的の人間以外が立ち止まることはない。旨みのある宝箱が置かれているわけでもなく、登場するモンスターエネミーもそこそこの強さを持ち、滞在時間に対して実が伴わない。
そのため、ダッシュで走り抜けられてしまう層でもあるのだが、深層への主通路を外れると過去の有角人の生活に触れられるエリアがあった。
「雪江殿、左ウィングの探索は終わられたか」
「一階は終わってまーす」
「了解した、二階に行く」
第二層には居住区と思われるエリアがあったが、主通路以外でプレイヤーが立ち入れる場所は殆どが倒壊し、物理的に進入することが出来ない。唯一、無事となっているのが市井の人々が住む場所というより研究施設やそれに準じた人々が、一時的に滞在していた簡易宿泊所のような建物が密集しているエリアだった。
多分、ここを無傷で残したのは意図的なことだろう。なにより、雪江たちが現在散策しているのは、旧文明のフレーバーが多く残された書庫なのだから。
「やっぱり、新しく読めるようになってる本が多いな」
本を開いたような形をした建物は、見た目のまま図書施設だった。下層一階、上層三階建てのその建物は、下層は薬草などの標本が置かれているところから、薬学の研究施設か何かだったのだろう。上層階はその殆どが書庫となっていた。
『至る門』が開放されるのは、夜の零時となっている。建物の門が開くのを待つ人々が、かの土地へと急ぎ集まる中、スロースタートを選んだプレイヤーたちは各々自分の好きにゲームを楽しんでいた。
雪江は生放送を見た後から、この施設に篭っている。理由は、配信内容にドワーフが出てきたからだ。かの種族は有角人と仲がよく、この都市も有角人に乞われドワーフたちが建設した。地上は人に、地下は有角人が暮らす場所と棲み分けがされていた。というのは、今までの文献でも出ていた。だが今回、新たに判明した中にマーガレットを恐れ、地下の逃れたと記載された個人の日記が見つかった。
雪江と一緒に書庫を探索しているのは、クラン<グラッタージュ>のメンバーだ。彼らは全員、ゲーム内の歴史を探るのが好きな人間で形成されている。所謂、生き字引プレイが好きなプレイヤーたちで、ロールプレイにも余念がない。何かに扮するというのは、中途半端では冷たい視線を浴びることになるが、彼らは徹底していた。空気感を大切にする彼らは、口調は勿論、容姿もすべて老年なのだ。
歩くナレッジベースと言われる彼らだが、何せその特殊性から構成人数は少ない。雪江が彼らに出会え、行動を共に出来るようになったのは僥倖だった。
「雪江さん、そろそろ降りていらして。お茶にしましょう」
梯子に登り、本棚の上段の書籍を漁っていた雪江に、足元から声がかけられた。
「はーい。今、降ります」
背筋がピンと伸び、ヴィクトリア朝風のドレスを鮮やかに着こなす彼女は、その風貌から老婦人然として違和感なくゲーム世界に溶け込む。<グラッタージュ>のメンバーをNPCと間違えて、声をかける初心者プレイヤーがいるというのも致し方ないことだろう。
先を歩く彼女について、本棚が立ち並ぶエリアからテーブルと椅子が並ぶラウンジまでやってくる。雪江に声をかける前に用意したのだろう、一つのテーブルの横にティーワゴンが置かれ、その上にはサンドイッチやケーキが並ぶティースタンドが乗っていた。勧められるまま席に着けば、テーブルの上にワゴンの上の物が順々に手早く並べられていく。
「成果は、お有りになって? 」
「少しは。でも、新しい謎も出てきました」
大人の悪ノリに、雪江自身どこまで付き合うかは悩むところであったが、人間、丁寧な言葉で話されたら、やはり丁寧な言葉で返してしまう。
「アイブライトとビルベリー。どちらがいいかしら」
「今日は、ハニーバニラは無いのですか? 」
「勿論、ありますよ」
彼女が、昔ながらの魔法使いのように立てた指を一振りすると雪江の前にティーセットが現れた。単にインベントリから直接そこに出しただけなのだが、彼女の見た目と相俟って、判っていてもつい驚いてしまう。そんな雪江の反応に満足したのか、愉しげに微笑むと彼女も席に着いた。
「野鶴が不在で、ごめんなさいね」
「いえ、色々教えていただいて助かってます」
野鶴というのは<グラッタージュ>の中でも、特にこの旧マルの書庫を担当しているプレイヤーだ。彼が一番、旧マルの書庫の内容に詳しく、どのエリアにどんなフレーバーが隠されているか記憶している。その彼が、現在インフルエンザに罹患し休養中となり、ゲームはお休みとなっていた。そのため、雪江が旧マルを探索するのに他の<グラッタージュ>メンバーがサポートとしてやってきたのだった。
七人しかいない<グラッタージュ>の内、雪江に付き合っているのは、目の前のローテン女史と現在二階を調べているウォルターとイーサン。生き字引を三人も引き連れての図書館篭りは贅沢極まりないが、逆にそれだけのメンバーがいないと探しきれない蔵書量と情報の取捨選択量だった。
お茶の席で無粋とは思いつつも、雪江はノートを取り出すと調べたことにもう一度目を通す。
「ローテン女史。マーガレットとグウィンの関係はどう見ますか」
雪江の質問にローテンは、口元まで持ち上げたカップを飲まずにソーサーに戻す。
「グウィンの生い立ちは、どこまで知っているのかしら」
「在り来たりの部分だけです。元ワルターの騎士で、ジェフサの土地に住み着いていた赤い竜を討伐したと。その時に竜の血を浴びたため、不老になったということくらいです」
「そう」
彼女は話す順番を考えているのか、琥珀色をしたハーブティーの水面を眺める。
「『時の城』関連のフレーバーの中に、グヴィンは巨人の娘の血筋というものがあるわよね」
「はい」
「巨人の娘は、元々がテレネウンネフェル……カレルケロスインクースの民なの。マーガレット・マルガリテスが最も畏れた正統な神の血筋よ」
キュウリのサンドイッチを手にしままま、固まった雪江を見て頬を緩めるとローテンは自分もスタンドからスコーンを一つ取り、食べやすい大きさに分けクロテッドクリームとジェムをたっぷりと塗りつける。
「王の帰還後『時の城』のクリアメッセージが変化したわ。王の帰還を称え喜び、自分たちは戻ることはないが力を貸そう。そういった内容よ」
【The Stone of Destiny】のダンジョンは、ゲーム内で何か変化があればクリアメッセージの内容が書き変わる。目先の謎に気を取られて、基本を押さえるのを忘れていたと痛恨のミスに渋い顔をする雪江に、ローテンは一度お茶を飲むことを勧めた。
「巨人が力を貸すというのは、きっとドワーフの事ね。姿を小さくして、この地に残った巨人たちがいる。彼らが、出てきてくれるということでしょう」
「確かに、鉄道を通すのにドワーフが協力してくれると放送内でも言っていました」
なぜその種族が現れたのか、知識で過去を潰せば、今に繋がる。幾万、幾千といるプレイヤーがそれぞれに、それぞれの楽しみ方で遊べるように、話が作りこまれている。一体どれだけライターが動いているのかと、喉を通る液体の熱を感じながら雪江は思った。
「βテスト期間中に消されたダンジョンの話はご存知? 」
不意に問われた話に、曖昧に頷く。聞いたとこはある。だが、詳細は一切知らない。それを知っているといっていいのか、その自信の無さが雪江に瞬きの数を多くさせた。そんな彼の迷いを察してか、ローテンは一人話し始める。
「CβからOβに移行した際に、色々なものが変わったわ。その中の一つに『朽ちた神殿』があるの。旧名、『若き龍が眠る神殿』。運営が、どういった意図でCβであったダンジョンを消したのかは判らない。場所も変わり、名前も変わってしまった。けれどね、中が一緒なの。あれは『若き龍が眠る神殿』。私が初めて担当した書庫があったダンジョンよ」
「……」
『若き龍が眠る神殿』は、ドラコーレプリーが出るマップにあったダンジョンとして名前だけ記憶している。テスト当時はダンジョンがあり、現在はフィールドボスに代わった。それで相殺ということでプレイヤー間では流されてしまっている話題だ。
「『朽ちた神殿』には書庫は無い。でも、私は覚えているのよ。次代の王となるはずだった赤ん坊が、巨人の国に逃がされたという話をね」
ゆっくりとローテンは、彼女が知るグヴィンの血筋を巡る物語を話し出した。
「巨人の娘、メイール。彼女が生まれた日、カレルケロスインクースは滅日を迎えた」
マーガレット・マルガリテスが彼女を支持する民に守られ、厄災から逃れたように、メイールもまた彼女を抱いて逃げる側仕えによって救い出された。側仕えの者たちが、何を考えていたのかは判らない。だが、メイールを守ることだけを望む彼、彼女らは、マーガレットと行動を共にせず、巨人が暮らすリッシュ平原へと逃れた。
一年と少しの旅を経て、メイールと供の者は命辛々巨人の長の元にたどり着く。そして、側仕えたちは長に娘を託し、彼女が成長する姿を見守ることなくこの世を去った。
以後の物語は『時の城』のフレーバーで語られる。
メイールは、グランカスターの騎士と恋に落ちる。だが、彼女は巨人の長との命の契約の元、若き騎士と結ばれることなく灰と消えた。しかし、彼女の亡骸の中から赤子が見つかる。生まれて二年に満たない幼子が、眠りから覚めて泣き声をあげたのだ。
「この『死人と生者の間の子』が、グヴィンの血筋というのは、以前から風の噂として聞かれていたわよね」
「はい」
冷めつつあるハーブティーの甘い香りだけが重く残る。まるで誰かの怨嗟のようだと雪江は瞼を伏せた。
「あくまで私見なのだけど。ドラコーレプリーの心臓が二つあるように、メイールは巨人の長によって、新しい命を与えられたのではないかと考えるわ」
ローテンの話に集中する雪江は、ラウンジに入ってきた人影に気づかない。ウォルターとイーサンは、ローテンの話を邪魔しないように柱の影に隠れ、聞こえてくる女史の声に耳を傾けた。
「元の赤子、無垢なメイールの魂を巨人の長の命で覆った。だから、巨人の長が死ぬと赤子の殻であるメイールも消えた」
「確かに、そうなると話は通じますが……」
「海の果ての島に転送された後のムービーを注意して見て御覧なさい。灰の中から抱き上げられる赤ん坊が、少し大きいの。とても、生まれたばかりの大きさではないわ」
子供以前に、結婚すらしていない雪江には、比較基準がないため判らないが、子育てをした事がある人間ならば引っ掛かりを覚えた箇所なのかもしれない。初見殺しやムービー製作者の意地と揶揄されていたが、理由があったことに驚く。
この一つ一つの謎解き要素に嵌まり込むと<グラッタージュ>のような遊び方になるのだろう。既に彼らが住む沼に片足を踏み入れた状態の雪江は、この足を引っ込めるか、それとも中に進み行くかと、現実逃避をするように考え始める。
そんな雪江の思考を落ち着いたローテンの声が引き戻した。
「巨人を討ちし英雄が生まれた時代は、まだワルターは建国されていなかった。ワルターの首都となるグランカスターは、マルグリットの防衛都市でしかなく、そこに住む人々もマーガレットの統治下にあった。つまり、何をするにもマーガレットの意向が反映されていたということ」
グランカスターは、巨人を畏れたマーガレットが防衛目的で築いた砦。あくまで、防衛なのだ。こちらから攻める目的ではない。だが、そこに住む騎士たちが巨人の国へと攻め込んだ。巨人の報復を畏れるならば、止めなければならない行動をマーガレットは黙認した。
「巨人との争いを避けたかったはずのマーガレットは、なぜか騎士たちを止めなかった」
深い鳶色の瞳が雪江を見つめる。
「彼女は知っていたのではないかしら、巨人の元に自分と同じ神の血筋がいることを」
「……」
「どのような形でもいい。マーガレットは巨人たちがこの地から消え、その加護が潰えれば神の血筋を手中に収めることが出来ると判断した」
「だが、娘は死んだ」
ローテンの話に割って入った低い男の声に、座ったまま雪江が振り返ると、そこにはウォルターとイーサンが並んで立っていた。ウォルターはジェームズにも負けない長身で、細身。ファントムマスカレードというセット装備で身を固めている。その名のとおり、オペラ座の怪人のファントムが劇中のマスカレードで身に着けた衣装をモチーフにしているのだが、なぜだろう彼が着ていると貴族というより海賊に見えてくる。
「娘は死に、赤子は残ったが、赤子についてのその後は言及されておらん」
ウィルターに比べ、彼の横に立つイーサンは随分と小柄だ。雪江よりは上背はありそうだが、彼は恰幅がいい。横幅も手伝って実際の身長より小柄に見えた。
イーサンは、オージンローブをクラシカルにリビルドし、わざと裾を引きずって歩くようにしている。古き良き魔法使い然とした風貌を演出しているのかもしれないが、どう見ても出会い頭に巨大な火の玉を放ってきそうなタイプだ。
「どういった経緯があったかは判らんが、結果として赤ん坊の存在は秘匿された」
ウォルターは悪戯っぽく片目を閉じ、探し当てた戦利品を掲げてみせる。彼の手には、二冊の本が握られていた。
「探し物は見つかったようね」
立ち上がったローテンが、近付いてくる二人に席を勧める。ウォルターは、本を雪江の前に置くと空いていた席に腰を下ろした。
「同じものでいいでしょ? 」
置かれた本を雪江が手にするのを横目に、ローテンは二人の返事も聞かず、新しく席に着いた彼らの前にハーブティーを並べる。置かれたカップを手にしたイーサンは、一度香りを確認した後、熱さなどものともせず一気に中身をあおった。
「無作法ね」
「匂いは確認したろう」
「次は、優雅さを身に着けて」
チクリと言葉の棘で刺されたイーサンは肩を竦め、テーブルの上のスタンドからスコーンを無造作に掴み取り口に運ぶ。彼は、ライオンの鬣のような髪型に無精ひげを生やした無頼の学者キャラだった。
「優雅さとか面倒なことを言うな、ローテン。これでも日々のお前の躾のおかげでマシになったほうだ」
テーブルに肘をつき、組んだ指に顎を乗せたウォルターは、イーサンを庇いながら夢中で頁を繰る雪江を楽しそうに眺め目を細める。ウォルターが持ってきた本の中には、付箋代わりに細く千切った触媒紙が挟み込まれていた。目印となるそこを開けば、カレルケロスインクースやライラ、鏡面世界、神が愛した楽園、といった単語が目に入る。
「そもそも、巨人の娘とジェフサ王グヴィンを結びつけて考えられるようになったのは、グヴィンが赤い竜を討伐してからだそうだ。それまでは、娘の中から赤ん坊が出てきていたなんて話、これっぽっちもなかったってマルガリテスの神官が言っていたぞ」
一人でティースタンドにのる軽食を食い尽くしそうな勢いのイーサンが、自分に向いた矛先を収めさせようと話を戻す。
「マルガリテスではそのようだな。グヴィンに神性を与えようとした逸れ者たちが吹聴したとなっておる」
ローテンの視線に臆することなく、並んだ物の中からブラウニーやケーク・サレ、ジンジャークッキーと目に入ったものを適当に皿に盛るイーサンに、いつ彼女が怒り出すかと面白がりながら、ウォルターはマルガリテスでのグヴィン評を雪江に話して聞かせた。
ウォルターの話を聞きながら、雪江は頭の中で時系列に整理していく。
メイールが生まれ、カレルケロスインクースが滅び、テレネウンネフェルとなる。
メイールは巨人と娘となり、人の寿命以上の生命を生きるが、これは長命たる巨人の長の命を反映していたから。
巨人の長が討たれ、メイールが死に、本来のメイールの命が現れた。預けられていた姿のままだったってことは、きっと赤ん坊のまま時間が止まっていたってことだ。なるほどね『時の城』ってだけの事はある。
ここで、昔は娘は死んで終わりとなっていた。巨人族はこの地を去り、マーガレットが恐れるものは何一つなくなった。
然る後。無理に重ねる必要はないけど、Cβテストでプレイヤーが親しんでいた土地はこの時代のものと推測されている。全体MAPの違いもそうだが、ローテン女史の証言もある。
Oβでは、テレネウンネフェルにあるダンジョンの名前が『若き龍が眠る神殿』から『朽ちた神殿』に変更され、場所も移動した。
これは、些細な誤差で流されていたけど、これからまた別方向に何かをぶっ込んでくる準備かもしれない。
フィールドボスの一体であるドラコーレプリーが出現する旧『若き龍が眠る神殿』があったエリアは、ジェフサ領にありながら砂漠地帯だ。湿地が多いジェフサの中にあって、砂漠という不思議な風土も、隣接するのがテレネウンネフェルだからとか、ゲームだからとかで勝手に納得していたけど、そうではなく理由があったんだ。ゲームをやりなれている人間は、勝手に過去の体験から都合よく情報を保管する。そこを逆手に取られ、見過ごすように隠された。
これ、ライターがクズなのか、開発がクソなのかどっちだ。まぁいいや。
そして、旧マルグリットは、攻城戦モンスターの来襲により崩壊する。
このあたりの時系列は曖昧だ。まだまだ出てきていないフレーバーがあるんだろうけど。それは置いておいて、多分、この時既にマーガレットは北上するように兵士たちを派遣し始めていたのではないだろうか。旧マルグリットが崩壊し、今のマルグリットが建設され、マーガレットは死を迎えた。
マルグリットが遠く離れたことで、グランカスターは衛星都市としての役割を放棄し、ワルター公国となる。
なぜマーガレットは、脅威が去った豊かなリッシュ平原ではなく、グランカスターから遠く離れた山岳地帯の今の場所へ逃れたのだろう?
リッシュ平原には、フィールドボスであるケイオスグランジが出る。この辺りが関係していると見るべきか。そして、巨人の娘。
グヴィンは、ワルター公国出身だ。彼が巨人の娘の血筋、神の血筋であってもおかしくはない。となると、マーガレットはメイールの子供たちを恐れたとも考えられる。そして、ワルターは神の血筋を守ることにした。
「なぜ、当時の大公はグヴィンをジェフサの地へ送ったのだろう」
決死行といわれた竜討伐だ。血筋を守るつもりなら、どうして死地に向かわせたのか。
頁を繰る手が止まった雪江を見て、ローテンがウォルターに目配せする。ウォルターは、自慢のカイゼル髭を指で摘んで形を整えながらイーサンを見た。順繰りで回ってきた視線に、イーサンは口の周りについたクリームを指先で拭い口の中に放り込む。
「そりゃー、あの土地が古き神の神慮に守られた場所だからだろうなぁ」
投げやりなイーサンの言葉に、ハッとした雪江は顔を上げた。
マーガレットは、ファルモアの民がそれまで信仰していた神ではなく、新しき神を信仰に選んだ。故に、今、ファルモアでは、新しき神と古き神が混在している。とはいえ、古き神は殆ど形ばかりとなり、祭りや生業に関係がある慣わし事以外で、その名を耳や目にすることはない。ただジェフサの土地では、それが色濃く残っている。
カレルケロスインクースの神の血筋は、新しき神ではなく、この失われつつある古き神の血筋だ。
自信に溢れたアデライードの顔が、雪江の脳裏に浮かぶ。
「赤い竜は、白い竜を討つ」
いや、その前に。何かが抜けていると雪江は再び開いた本に瞳を落とした。
「ウォルター、貴方はあの本を読んだのでしょう」
本に答えを求める雪江同様に、ローテンもウォルターに答えを求める。多少のズルかもしれないが、雪江が本の内容を理解し、答えに行き着くまでの時間を待っていたら、時間の無駄だと彼女は考えた。女性と男性では、脳の傾向から浪漫を求める場所とリアリストな振る舞いをする場所がま逆だ。ワクワクの冒険心を一刀両断で切り捨てる。趣味趣向が同じだから、同じゲームを楽しんでいるが、ローテンもご多分に漏れず合理主義であり現実主義であった。
やれやれと言いたげにウォルターは肩を竦めると髭をひと撫でする。
「ワルターは、結果としてメイールの存在を秘匿した。これは、灰から出てきた子供が神の血筋と知っていたわけではないだろう。何かしらの因果関係は疑ったかもしれないが、愛した女の残した命を若い騎士が自分の子として育てることにした。と、俺は考える」
「仮説はいいわ」
「少しは話させてくれ」
自分の時は、随分と織り交ぜていたくせにと言いたかったが、口で女に敵うわけはないとその辺は弁えていた。
「メイールの血は、マーガレットの知らないうちにワルターの人間に混ざりこんだ。それがどういった経緯で善良公が知ることになったのかは判らんが、彼はグヴィンを守ることを優先……否、違うな。ワルターそのものを守ることにしたのだろう」
「殺戮と侵略の国、マルグリット」
前史を彷彿とさせるワードに、文字を追っていた雪江の瞳の動きが止まる。神秘と奇蹟の国、マルグリット。それは、表向きでしかない。あの国は、血の歴史の上に成り立っている。
「マルグリットの侵攻を懸念した善良公は、グヴィンをジェフサの地に封じることにした。竜は、神の血筋には抗えない。もしかしたら、それを確認するためだったかもしれん。グヴィンが竜を討てば、正統な神の血筋だとな。思うところは色々あっただろうが、グヴィンはあの地に残り結果として国を作った」
「神慮に守られた土地だから、マーガレットも容易く手が出せなくなった。というところかしら」
神の血筋に、竜は抗えない。逆らえないとなれば、アドニスがマーガレットに付き従っている理由にもなる。だが、マーガレットは襲名のはずだ。今のマーガレットは初代とは血縁関係がないはず。
ならば、なぜ……。
「マーガレット・マルガリテスは、ただ一人」。手紙を最後に受け取った貴族が言った言葉は、そのままの意味だったのかもしれない。
「フロイデ周辺は特にそうだろうな。近くに『赤き竜の洞窟』がある」
一人アフタヌーンティーを楽しんだイーサンは、ローテンにお茶のおかわりを要求する。顔を顰めたローテンは、ティーポットごとイーサンの前に置いた。
『赤き竜の洞窟』。ジェフサ第二マップにあるそこは、グランカスターを拠点に選んだプレイヤーが最初に篭る『イダルゴの風車』のように、フロイデを拠点にしたプレイヤーが必ず訪れる廃墟迷宮だ。グヴィンが赤い竜を討伐したことで内部の大半を失い、かつて赤い竜がいた場所へは通路が塞がれ辿り着く事は出来ない。
グヴィンがフロイデをあの場所に設けたのも、竜を倒しきれず封じただけであり、いつか来る復活のときを懸念してのことだと、建国にまつわるフレーバーに記されている。
「もし、もしもです」
本を閉じた雪江は、三人の知恵者の顔を巡り見た。
鏡面世界、アクムレイトデモニア。本来なら、世界樹から等しく光を与えられるべき存在だった世界。熱量を奪われ続け、荒廃した土地に住む人々は、境界を越えることで、禍難の悪鬼へと姿を変えた。
新しき神が、歴史上に現れ始めるのは、鏡面世界からデモニオが姿を見せるようになってからだ。同じ頃、有角人たちも注目を集め始める。彼らの見た目が、デモニオに酷似していたからだ。迫害を恐れた彼らは、まだ人の手が届いていなかったルン平原にひっそりと移り住んだ。
時代は変化する。新しき神への信仰もまたゆっくりと浸透していく。古き神の血筋を持ち、信仰も篤いはずのカレルケロスインクースでさえ、新しき神は時の流れとともに受け入れられた。
この頃には既に、ファルモアは元の世界樹からもライラの世界樹からも切り離され、理の海を漂流していた。
「マーガレットが信奉する神が、鏡面世界の神だとしたら」
マーガレットは常にファルモアの熱量を捧げ続けていた。
「終わったはずの前史が、終わってなかったとしたら」
あの時、モリグナは言っていた。「始まりは偶然、継続は偽計」。枝葉が外れたのは、何らかのアクシデントがあったから。だが、そのまま理の海を漂うようになったのは、誰かの意思があったとしたら。
その可能性に彼らが気づいていないはずがない。
「『至る門』を掘り進み、元の世界へと繋がり、今の物語がエンディングを迎えて終わりだなんて、GMは一言も言ってなくてよ」
片眉を上げ、したり顔で微笑む老婦人は淑やかで上品な女性というより、甘いお菓子を配る優しい魔女に見えた。
話があちこちにいってしまって申し訳ないです。
ゲームのサブシナリオとか掘るのが好きだったりします。
NPCの交友関係とか仕込まれていたりとかして面白かったり。
先日、課金一年放置してるから期限切れで消滅すると某ゲームからメールが来まして、久々にログインしました。
後回しにしていたメインシナリオ進めよーと、ボス戦に挑んだのですが、は?被ダメ1??1???と、予想の斜め上を行き過ぎたヌルゲーになっていて全然笑えない状態に。
多分、低Lvでもクリア出来るように調整した結果なのだと思うのですが、カンスト勢に同じ調整でぶつけてくるなよ……と、涙目になってしまいました。
難易度調整って難しいですね!




