82 幕の内
「みんなーっ、オレだぁーっ! 」
【The Stone of Destiny】のタイトルロゴが開けた瞬間、【GM】みっちょんのドアップから番組が始まった。
お決まりの挨拶を済ませると、そそくさと決められた立ち位置へと移動する。
その間も、カラムで分けられた画面右端に閲覧しているユーザーからのコメントが高速で流れていく。
「今日は、いつものセットとちゃうでー」
鼻息荒く胸を張るみっちょんの宣言どおり、いつもの簡素なニュース番組のセットのようなスタジオから、今日は飛び出していた。
企業の力でぶん殴るいつもの放送では、出演者全員をモーションキャプチャーし、アバターに置き換えて配信するという方法を取っている。それが、今回はゲーム世界を模したどこかを背景に配信していた。
「今回は、みんなが気になって仕方がない『至る門』の中をチラ見せ配信です」
バーンとジングルが鳴り、みっちょんたちを映していたカメラが切り替わる。画面は大型アップデートとなる『至る門』の新しい紹介ムービーが流れ出した。
前回、同じような放送を行ったのは『時の城』だった。あの時もだったが、モニタールームで番組を制御する秋山たちはピリついている。
通常の放送では、全身タイツのような専用スーツを着た道重たちに【GM】のアバターを被せるだけで済む作業だが、今回は放送スタジオとなっているシュミレーターの中を歩き回る。
ゲーム内に実装される実寸大の建物をそのままVRとして再建するのではなく、要所要所で切り抜いた建物を道重の解説にあわせ一瞬で転換しなければならない。秋山たちが座標を間違えるというより、道重が立ち位置を間違え壁や柱に埋もれるのではないかとヒヤヒヤしているのが実情だ。
彼らが見つめるメインモニターには、現在、放送にのっているムービーが流れ、サブとなる左のモニターには黒タイツの道重たち、右のモニターにはアバターを纏った道重たちが映し出されている。
出演者でMCを勤める道重は【GM】みっちょんのアバターを使い、五関はデザインを特別仕様にした目玉型モンスターエネミーのステュクスを使用していた。
リアルのイベントでは顔出しをしている彼らだったが、ネット配信では番組の都合上、キャラクターアバターを使用することが多い。画面上は、バインダー片手に物件案内するどこかの不動産屋のように見えるみっちょんたちだが、舞台の裏側に回れば全身黒タイツの大人二人が、秋山たちからの指示が聞けるようにインカム付のVRゴーグルをつけた状態で歩いている。
ゴーグル越しには、秋山たちが投影している建物が実際にそこにあるように見え、画面の向こう側の視聴者と視点は違えど同じの景色が見えていた。
「えー、はい。今、観ていただいたムービーは『至る門』の紹介動画となっております」
秋山からムービーが終了し、自分たちに映像が移った連絡を受け道重が喋りだす。ここで変な間が空くと放送がグダグダになる。過去の体験から学んでいる道重も秋山同様、緊張していた。
進行を間違えないよう、普段の放送以上にバインダーに目を落とす。開いたバインダーの中には進行表と薄型のモニターが埋め込まれており、視聴者からのコメントが見える仕様になっていた。
「キャラ守れとか言うな。今はいっぱいいっぱいなの」
バインダーから顔を上げた道重が、苦笑いをしながらコメントを寄せた視聴者に苦情を言う。コメントは道重の元に届く前にある程度精査され、拾うと面白そうなものは秋山が赤文字でピックアップしていた。
「はい。では改めまして、【GM】みっちょんと」
「The Stone of Destinyプロデューサーの五関です」
1m大の一つ目おたまじゃくしが、ペコリとお辞儀する姿はなかなかシュールだ。
「前回、フロイデで行われたね。神殿祭が戦いの女神の襲撃にあいまして、色々あーだこーだあったわけですが」
「ユーザーイベントにお邪魔する形になってしまって、主催者及び関係者の方、参加されたユーザーの皆さんにはご迷惑をお掛けしました」
「五関さん」
「はい」
「どうやって、バインダー持ってるのってコメントが」
画面には、スティクスの前にバインダーが浮いているように見えている。
「スティクスはエスパー型なんで、サイコキネシスで浮かせてます」
単に手で持っているだけなのだが、そこは秋山たちが巧く画像処理をしていた。
「ちょっと元ネタが古くて、若い世代にはわかりませんね」
ぬるく流す道重に、スティクスの目がしょんぼりと半ば閉じられる。
「話を戻しまして。今回の大型アップデートは『至る門』、ユーザーの皆さんも色々考察してくださっていたみたいで、攻略ブログとか拝見させていただきました」
「なかなか鋭い意見とか、よく調べたなぁという内容まで書かれていて正直驚きました。皆さんよく遊んでいただいているようで有難うございます」
「考察の中でも、最有力とされていた世界樹の幹へ続くんじゃないか説。正解です」
カメラ目線で、キリリとキメ顔を作る道重を見るスティクスの目が、今度はゲーム内で状態異常を付与する時のように冷たく光った。
「あ、痛い。何か痛い。ゲームじゃないのに色々痛い」
静電気を痛がる芸人のように、道重は小刻みに体を跳ねさせる。
「今回の『至る門』については、ムービーを見て頂いて判るように、インスタンスダンジョンではありません」
一人悶える道重を置き去りに、五関は粛々と話を進行させていく。
「極端な話、ただの一本道です。道幅は滅茶苦茶広いですけど」
体をあちこち摩りながら道重が復活した。
「一本……。まぁ、そうだけどね」
五関的には言われたくなかったセリフらしく、再び大きな目玉がしょんぼりとする。
「今回の『至る門』は、言ってしまえば、ただの拡張エリアです。それなりに冒険要素……モンスターエネミーの討伐とかもありますが、ひたすら木の枝の中っぽい、岩の中っぽい所を進んでもらうことになります。中には何箇所か関所みたいな場所があって、必要アイテムなどを揃えないと通れなかったりします」
「専用のお使いクエストがいくつかありますので、ちょっと大変かもしれませんがアイテムを是非揃えて進んで頂きたい」
「アイテムって門の中だけで揃うんでしたっけ? 」
「いや、ファルモア内でドロップする物の方が多いので、篭りっきりとかにはなりません」
二人、大聖堂のような建物の中を奥へと進む。
「ここは『至る門』のスタート地点、入り口の扉が開いた最初の部屋です。前回の『時の城』は、ちょっと意地悪をしてしまったので、今回はちゃんと何処が入り口か判りやすくなってます」
道重の言うとおり、建物の突き当たり、天井まで届くのではないかと思われる高さの女神像が飾られた前にマルガリテスのポルテに似た転送用ポートが床から淡い光を放っていた。
「移動用ポートは、正面に見えるだけではなく」
カメラがターンし、聖堂内をぐるりと見渡せば、壁沿いすべてにポートが用意されているのが見える。
「全部で二十以上用意されているので、順番待ちで長蛇の列とかにはならないと思います」
「ここから入っていただくと」
いくつか並ぶポートの一つに、二人が入ると同時に背景が変わり、坑道のように岩がむき出しの薄暗い空間に転送される。
「こんな感じに移動できます」
「転送先は、混雑緩和のために小さな小部屋が幾つかあってランダムになります。同じポートから入れば、同じ場所に出るように振り分ける仕様になってはいますが、混雑具合によって出た先が別々という事態も起こるかもしれません。ですが、小部屋を出ると同じフロアに繋がっていので、最初からはぐれたり迷子になることはないはずです」
小部屋から出ると、安置と思われるホールフロアに繋がっていた。『時の城』もそうであったが、窓がない場所でも壁や天井が淡く光を放つことで全体的に明るい。更にこの場所では、天井から無数のクリスタルが生えており、それが光源となってフロア全体を照らしていた。
「ここは、まだ安置なんでしたっけ」
「そうだね。転送されてすぐのエリアは安置となり、エネミーは出ません。このような場所が、ある程度の距離を移動すると現れるので、そこでプレイヤーが露天を開いたり出来ますし、開拓が進むとNPCが店を開店させたりします」
道重たちが訪れた最初のフロアは、野球のスタジアムのような広さと作りをしている。カメラは道重たちをフレームから外し、最初のフロア内をゆっくりと映していく。壁際となるむき出しの岩肌には階段のような段差があり、そこを昇れば更に上階の平坦な場所へと行くことが出来る。
下の広場となる場所でも露天は開けるだろうが、腰を落ち着けてとなると上階の方がいいのかもしれない。NPCが店を開くと明言していることも考慮に入れると、上階にNPCたちが店を開いていくのだろう。
「この場所の作りは上から見て貰うと判りやすいのですが、前方後円墳のような形をしています。周りを囲む壁が途切れている場所から先が、エネミーが出没する仕様になっており……」
バインダーを覗き込んだ道重は『至る門』の詳細を確認する。
「基本は一本道で、そこまで入り組んだギミックとかはないのですが、多少は迷路状になっているのでそこは歩いてもらわないと駄目ですね」
うろ覚えの道重の説明を五関が優しく補完した。
「歩く……」
「歩きます。『至る門』内部はダンジョン扱いなので、ザブルーは呼べません。自分の足で歩いて移動していただくことになります」
「鉄道とかも通るんでしたっけ」
鉄道の駅舎の様な場所へと瞬時に背景が変わる。
「一応。ムービーの中にドワーフが沢山いるのが確認できたと思うのですが、彼らがワルターの馬車鉄道みたいなものをこの場所に作ってくれます。これも発展度というか、まぁ色々」
「ごにょごにょするんですね! 」
「……」
「あ。後で会議室来なさいとかやめてくださいね」
「……」
冷たくステュクスの目が光った。
「痛い。やっぱり痛い。クセになりそう」
ビクビクと身を震わせる道重に、五関はため息を吐くと首を横に振った。五関の動きと連動するスティクスも体を横に振る。
「鉄道が通ると多少は移動が楽になりますが、これも順番に開放されていくので、漁夫の利を求めるより関連クエストを進行させて、少しでも早く鉄道が開通するように協力して頂いたほうが良策かと思います」
「『道』自体の長さはどのくらい? と、質問きてます」
大きく肩を上下させた道重が、バインダーを覗き込みながら五関に質問する。新たな扉を開いてしまったのだったら、容赦なくお仕置きを下していた秋山の責任だ。
「スタート地点からゴールまで、千六百スタディオンなので直線距離で二百八十八キロあります」
「違う世界に行くのに、意外と短いですね」
「違うといっても、元は同じだから。大体、九州新幹線の博多、鹿児島中央間が同じくらいの距離です」
「微妙に判りにくい例えですよ、ソレ」
「そうかな? 」
放送に乗らないようにヒソヒソと声を潜め、距離を例えるならと会話をする二人だが、殆ど放送に乗っているため駄々漏れだ。
「巧い例えが見つからないので、直線距離でそんなに遠くないと思ってください」
協議の結果、諦めたらしい。他にも説明しなければならないことがあるので、一つの話題をいつまでも引っ張ることは出来ない。五関は、距離はそう遠くないと断言し、話題を切り上げることにした。
「直線距離で……ん? 」
一瞬納得しかかった道重だったが、怪訝な顔をして隣に立つ五関を見る。
「かなり道が入り組んでいたりしますよね。こう、ぐねぐねと」
「してますね」
「実キロは、どのくらいなんですか? 」
にっこり。一つ目が伏せた三日月のような形になり笑顔を表した。
「次の説明に行きたいと思います。直線では短いみたいだが、実キロはすっごく長いぞ、皆、鉄道通そうな! 」
◇ ◇ ◇ ◇
「なんというか、個性的な生放送だね」
プロジェクターが壁に映し出すライブ放送を観ながら、トウコは新しいVR筐体の設定を行っていた。
彼女の名は、新居十子。ユミの曾孫である。
ジェームズの保護者であるアラン・ウォーデンから、ユミへのプレゼントとして筐体が送られてきた。某ネット通販の欲しいものリストにゲーム機を入れていて、ファンからゲリラ的にプレゼントが贈られてくるとか、節税目的のあしながおじさんからプレゼントされたとかは稀に聞く話だが、ネットゲームで知り合った相手から実機が送られてきたなんて話は聞いたことがない。
まさか曾祖母が姫プレイでもしているのではないかと、呼び出しを受けた時は内心焦ったりもしたが、彼女からの話をよくよく聞けば、そうでないことは理解できた。
よく判らないが、曾祖母はもっているタイプの人間なのだろう。
随分、元気なご長寿様だ。ゲームの中でもそれなりに、はしゃいで生きているのだろう。
「みっちょんは人気があるわよ。でも、今日はいないカロゥシーの方が女性の人気は高いかもしれないわね」
「過労死って何。もう、どんなゲームなのよ」
カロゥシーは、【GM】として登場する時の秋山のキャラクターネームだ。運営はとことんブラックネタを詰め込んでくるが、そこがウケている面もある。
因みに、秋山は秋山なので、ゲーム内に降臨しても秋山だ。プレイヤー相手だからといって態度を変えることはなく、孤高の塩(対応)と呼ばれ親しまれている。閑話休題。
「トウコちゃんも始めてみればいいのに」
「うん。最初はやろうと思ったんだけどね」
就職先が決まり、実家を出て新しい生活にも慣れた頃。曾祖母が待っていてくれたらと自分が勧めたゲームのことをそれとなく聞いてみたのだが、彼女は一人で既に始めてしまっていた。
何たる展開。と、驚きはしたが、ゲーム内の出来事を楽しく語る彼女を見て、自分が後から合流するより、今一緒に遊んでくれている人間と交流を深めた方がいいと思いプレイすることをやめた。
同じタイトルを始めたら、必ず一緒に遊ばなければならないというルールはないが、ユミのことだ。自分がゲームを始めたら、絶対一緒に遊ぼうとするだろう。
新しい出会い。新しい交友関係。ユミが自ら築いたそれらに、水を差すような真似をトウコはしたくはなかった。
少しだけ、塞ぎがちだった彼女の生活は、暫く会わない間に外に出かけるオープンな物に様変わりしていた。すべて、ゲーム内で知り合った若い人たちからの助言だったらしい。今の彼女はとても生き生きとしていて、見ていて気持ちがよかった。
「三ヶ月もあれば、古参と言われる人たちと一緒に遊べるわよ」
「スキル制のいいところは、そこだよね」
レベルカンストだの、開放だの。転生だの、覚醒だのと、どこまでも先があり、追いついたと思ったら引き離される後発が先発に追いつけないゲームより、決まった数値でスキルシーソーする方が、するめの様に長く味わえ、先発と後発の差が広がらないことは確かだ。何をどう取るか、伸ばすかで個性が出るゲームは、生き急ぐタイプより気の長いやりこみ系が好きな人間にあってる。ただ、それでも自分に合った完成形にたどり着いてしまうと、新鮮味はなくなってしまうものだが。
「リーグ戦とか言ってるよ」
「あら」
放送は『ユニオン』についての解説へと話題が移っていた。
『ユニオン』=リーグ戦
固定ではなく期間限定イベント。開催期間は次回、大型アップデート翌日、零時から十二日間。開催期間内に含まれる定期メンテナンス日は除外。
『白き騎士』『赤き騎士』『青き騎士』『黒き騎士』の四つに、神殿にて管理、登録されているクランの所属人数から自動で振り分けられる。
・クラン未所属のプレイヤーは、請負人として契約することで希望の『ユニオン』に参加が可能。
12時間をひとつのラウンドと数え、その都度クエスト目標が設定される。
・『アイテム収集』、『指定モンスターエネミー撃破』他、『指定生産品作成』など。
目標をクリアすることでポイントを獲得し、イベント限定アイテムと交換ができる。
・期間限定ドロップアイテム及び個人得点は、『ユニオン』に属していなくても獲得します。(イベント限定アイテムとのポイント交換には、『ユニオン』に所属している必要があります)
各ラウンドが終了すると得点の集計が行われ、順位により各『ユニオン』に属しているプレイヤーに報酬得点が支払われる。
・個人で獲得したポイントが、ユニオンの得点として合算され反映される。
・報酬得点は、自動で個人得点に加算されます。
・請負人が選択した『ユニオン』は、期間中変更できません。(クランに正式加入した場合は、この限りではありません)
画面に映し出されたフリップを読み上げながら、進行している二人が内容を詳しく解説していく。その声を聞きながら、トウコは新しい筐体を元あった筐体と入れ替えた。ユミがVRを遊ぶためにと設えた部屋は六畳の和室だった。元々は亡くなった曽祖父の書斎だったらしいその部屋は、それなりにAV機器も揃っておりネット環境も整えられていた。
トウコがVR筐体を持ってやってきた時、最初は驚いたようだったが曽祖父も自分と似たような性格だったらしく「あらあら」といつものテンションで迎えてくれ、この部屋にセットするといいと言われた。
畳に散らかしたままだった梱包材を片付けるトウコを見て、ユミは一仕事終えた曾孫のためにお茶を淹れようとソファから立ち上がる。
「ばーちゃん、見なくていいの? 」
部屋から出て行く曾祖母の背中に気づいて、トウコはユミに声をかけた。曾祖母が席を外している間、自分が代わりに番組を観ても、実際にゲームをしていないのだから、後から内容を聞かれても巧く伝える自信がない。
「大丈夫よ。私、最近覚えが悪くなってしまって。あとで皆に聞くわ」
トウコの不安を察してか、ユミは気にすることはないと笑って部屋を出て行ってしまった。
一人暮らしをするユミを心配し、トウコの親は日済しにユミの家を訪ねている。トウコが就職するにあたり実家から独立すると、彼女の両親はユミの家の近くにさっさと引越ししてしまった。
高齢のユミを心配したトウコの父親は、子供の頃かなりのおばーちゃん子だったらしい。
本当はもっと早く引越ししたかったらしいが、いい物件がなかったそうだ。ユミの家とトウコの実家は歩いて十分ほどの距離にあり、様子を見に来るのは彼女の母親の日課になりつつある。
そんな母親から、最近のユミの物忘れと、たまに不思議なことをすると聞かされていたトウコは、一人残された部屋で顔を曇らせた。
公式の生放送って、意外と出演者が多いですよね。
今回限りのゲストを増やすのもどうかと思い、人数は削らせていただきました。
あと、生放送中って予想外の事故も起こりやすいので(大体、運営がやらかす)
語り草になる出来事もちらほら。




