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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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81 反逆と徒花。または、奪われし王冠と色彩の騎士 8


 【ファルモア世界】の成り立ち。


 【The Stone of Destiny】の舞台となる【ファルモア】が、【ファルモア】となる前の時代の物語。


 公式のストーリーに前史として書かれ、前置き扱いだったそれが、アラベスクたちの前知識となり混乱させていた。



 旧時代。


 世界の中心には、世界樹があった。


 世界樹の枝は九つに分かれており、それぞれの枝の上には一つの大陸(せかい)がある。だが、枝の下にも世界はあった。表裏一体の鏡面世界。どちらかが富めば、もう片方が飢える。

 世界樹が作り出す熱量には限りがあり、鏡面世界は限られた熱量を互いに奪い合う。


 ある日、世界の均衡は崩された。枝の上の世界が、長く熱量を奪いすぎたのだ。

 虐げられ続けた枝の下の世界は、種の存続のため枝の上の世界へと繋ぐ門を開いた。定められた境界を越えれば、そこに人としての意思はなく、ただ殺戮と破壊を望む異形の者と化す。


 英雄王と呼ばれた少年は、有り体に言えば勇者だ。ただの村人。それがある日、神からの宣託を受け、人々を導く先導者となった。

 彼は同じく宣託を受けた仲間たちと、異形の者を退けるために戦いへと身を投じていく。


 彼らはのちに、『英雄王と四人の騎士』と呼ばれる存在となった。


 そんな彼、勇者ライラに最期まで付き従ったのが、黒き森の白き魔女(フロイライン・ヘクセ)


 精霊に愛された彼女は、ライラたちと共に九つの枝を渡り歩きながら、木々の声に耳を傾け、真実を知ってしまう。自分たちがいる世界が、熱量を奪っていたこと。そして、それは意図したことではなく、世界樹自体が弱りすべての世界を支えるだけの熱量を作り出すことが出来なくなっていたことを。


 神々は、ただ新しい世界樹となる若枝を求めていた。


 上と下。二つの世界を支えるだけの熱量がないのなら、分けてしまえばいい。ライラは新しい世界樹となることで、枝の上の世界を下の世界と切り離した。


 この時、【ファルモア世界】の枝だけが、根元で折れてしまう。円環で繋がる枝の上、鏡面となる枝の下、すべての世界から外れ、【ファルモア】は、理の海を漂い続ける。


 新しき世界樹の幹へと辿り着く、その日まで。再び、九つの大陸(せかい)の一つに戻る、その日まで。



 【The Stone of Destiny】は他社のゲームに比べ、初期国が三つしかなく増えることもない。

 プレイヤーは土着的コミュニケーションで、同じプレイヤーやNPCたちと信頼関係を結び、所属する国にへもある程度執着を感じる遊び方に偏っている。

 その理由は、この『閉ざされた世界』設定にあった。


 いつか、まだ見ぬ大地へ。

 いつか、あるべき姿へ。


 それが【ファルモア世界】の悲願であり、メインシナリオとしてのプレイヤーの最終目標。




「なんかキモい」


 一人笑うキサラギに冷ややかな視線を送り、インフォメーションを閉じるとアデライードは雪江へと向き直る。


「それで、『色彩の騎士』が『ユニオン』だとしたら何。騎士団とか作る気? 」

「流石にそれはないだろ。クランがすべて戦闘職で作られているわけじゃない。純生産だっているわけだし」


 キモいと言われたキサラギが反論した。一つ何かが繋がれば、そこからまた新しい不足部位が出てくる。


「ユミさんたちみたいに、クラン入ってない人もいますしね」


 それまで黙って話を聞いていたタケルがポツリと零した。七輪から視線を上げるとジェームズと目が合う。彼の表情は、思案に暮れる他のメンバーと違いひどく落ち着いたもので、タケルは彼が何か知っているのではないかと直感する。

 タケルの反応に、ジェームズは周りに気付かれないように片目を瞑り、口角を僅かに引き上げ笑んだ。


「考察するにしても、足りてない情報があるから限界はあるわな」


 どこか突き放した言い方をするましゅ麻呂にアデライードの目が細くなる。


「確かに今はまだ細かいことは判っていないんだけど、判っている情報で確実な話の軸は『英雄王と四人の騎士』。そして、『至る門』の実装と『ユニオン』」


 言うと雪江はインベントリの中から、一冊のノートを取り出した。

 イチルお手製の上質紙を絡げ綴じ(リンクステッチ)にした簡素なものだが、これも出海同様、勝手に実装シリーズだ。ルールを理解した職人は、レシピにあるものを使い、レシピに無いものを作り出す。

 ノートには、今まで彼が調べたことが細かく記載されていた。

 少し待てば、おのずと答えはやってくるのだが、何事も出足が肝心と、この五日間、彼は彼自身が思いつく限りの方法で情報を集めノートに綴った。


 雪江は、起こってしまえば、なるようにしかならない派だったが、起こる前は、出来る限りの準備をしておきたい派でもあった。


 該当するページを捲り、ゆっくりとその場にいる人間の顔を確認する。


「街の噂を総合すると『ユニオン』は、クランが独自に結ぶことは出来ない。ある条件の下、勝手に編成されるそうだよ」


 『ユニオン』は、クラン同士で同盟を結ぶのではなく、条件を満たしたクランが自動で編成される。

 『至る門』に挑戦するためには、『ユニオン』に参加していることが前提条件。


 新しく『ユニオン』関係の称号が実装される。


 雪江から齎された情報に、困惑が広がった。


「あと『ユニオン』は、クラン未所属のプレイヤーでも、未所属のまま参加できる救済措置があるっぽい」

「そうなの? 」

「うん。だから、ユミりんもジェームズも……」


 今いるメンバーの中で、ジェームズとフェルトンは喋らない性質だろう。だが、それにしてもジェームズは沈黙がすぎた。


「もしかして、知ってた? 」


 干物と珈琲の食い合わせについては、個人の味覚の問題があるので追求はしないが、悠揚迫らぬ態度で一人食後の珈琲を嗜んでいるジェームズに疑いの目を向ける。


「遊べるコンテンツかどうかはね」

「ですよねー」


 このゲームの絶妙に嫌な所は、掲げている【称号】によって立ち入れる場所やNPCの会話内容が微妙に変わってくるところだ。現実世界でも、立場が変われば立ち回りも変わる。

 【賢者】の雪江と【聖賢】のジェームズでは、ジェームズの方が誤差範囲だが神殿街で集まる情報は多く詳しい。【魔法騎士】は、マルグリットの元老院に絶大な信頼を得ているし、ましゅ麻呂の【撃剣(スフェノス)】やユミの【剣理(ルーサー)】は、ワルターの武人たちが好む。子供たちに人気なのは、ハトリの【聖騎士】やフェルトンの【守護の楯(イージス)】。装備からして、カッコいいのだそうだ。

 どの称号も一長一短。どれが一番優れているとかはなく、その称号なりのコミュニケーションが用意されている。


 彼が何をどこまで調べたのか興味はあったが、ユミの反応を見る限り、彼女にすら調べたことは話していないようだ。

 自分の判らない内容で通じ合う雪江とジェームズを交互に見たユミは、向かい側に座るアラベスクに首を傾げてみせる。そんなユミを見て、アラベスクも自分も判っていないと伝えるように首を捻った。


 そんな二人のやり取りを見て、少し困ったような笑顔を浮かべたジェームズが口を開く。


「クラン未所属のプレイヤーは、請負人(コントラクター)として契約することで希望の『ユニオン』に参加が可能」


 雪江の示した救済措置が、確定された。


「新しい単語が出てきたぞ」

「いつの間に調べたんです」

「……」


 床の民は一瞥するだけに留め、雪江は話を進める。


「『ユニオン』は、プレイヤーの自由意志で全員参加が可能なコンテンツってことでおk? 」

「ああ」


 ジェームズの了解を受け、雪江はノートに視線を落とした。


「うーん。よく判んねぇなぁ」


 右手で耳朶を引っ張りながらキサラギが唸る。考え事が煮詰まってきたときに、耳を弄るのは彼の癖だ。


「『英雄王』と『色彩の騎士』は仲間のはずだろ。『至る門』に挑戦じゃ、やっぱ攻め込むってことになる」


 そこをまた蒸し返すかとアデライードの眉が一瞬寄ったが、文句を言うより先、視界の端に入った赤色に僅かに目を開き、視線をフェルトンの背後の壁へと飛ばした。


 装備の入手法には様々種類があるが、その中でも国の貢献ポイント交換品は能力値も高く、繋ぎ装備としては優秀で愛用者も多い。ポイント交換で貰った装備には、その国の紋章が入る。

 壁に立掛けられていたフェルトンの大楯には、ジェフサの軍旗と同じ赤い竜が描かれていた。


 『王』と『黒い竜』は敵同士。『竜殺し』は、何か事情を知っている。ファルモアの成り立ち。ジェフサの赤い竜。ぐるぐると彼女の頭の中を判明している事象が回る。


 円環と鏡面世界、創世と破壊。

 この舞台(ゲーム)の始まりであり、旧世界からこの世界が離された元凶。


 ―― 閉ざされし世界よ、時は正しく刻まれるべきだ。


 『王』は外れた一枝を巨人族との約束通り迎えに来た。


「ああ、そうか」


 めぐる言葉を一度頭の外に出し、必要なものだけグループ化して戻していく。


「攻めるんじゃない。こっちから出向くんだ」

「ん? 」

「あ? 」


 アデライードが零した呟きを彼女の左右に座るキサラギと雪江が拾った。


「『至る門』は『王の帰還』を望んで作られた。そして、『王』は帰ってきた。すぐ死んだけど」


 『王』はエストラゴンによって噛み千切られ、呆気ない最後を迎えている。


「アレ、死んだと思う? 」


 問われれば、是とは言い難い。顕現する途中だったからと理由をつけても、モリグナがあれほど粘ったのに『王』は一瞬だった。


「そもそも、『英雄王』は人間じゃない」


 彼は人を捨て、世界そのものとなった。


 アデライードは、自分を挟む二人を交互に見る。

 テーブルに肘をつき、耳を弄りながらどこか値踏みするような視線を向けてくるキサラギと、自分が辿り着いた答えを自身も導き出そうとして、思考と連動した瞳が忙しなく動いている雪江。


「『真王は戻られ、大樹へと繋ぐ道筋は結ばれた』」

「イエスっ」


 モリグナの台詞を先に記憶から掘り起こしたのは雪江だった。

 アデライードは力強く頷くと、優雅に前髪を払い勝ち誇った微笑を浮かべる。


「そのドヤ顔ムカつくわー」


 圧倒的美形のドヤ顔は、三倍増しで底意地が悪く見えた。悪態をつくましゅ麻呂に歯を剥くと直ぐに普段のすまし顔に戻り、アデライードは野菜スティックからキサラギが避けて残したセロリを一つ摘み口に入れる。


「『至る門』の中身がどんなのかは判らないけど、行き先はわかる」

「世界樹の幹……」


 『王の帰還』により『道は繋がり』、『此処より先に、道はない』と刻まれた門扉が開かれる。


「ファルモアの悲願! 」


 タケルとハヤトは顔を見合わせると互いを指差し、ハイファイブを始めた。


「で。『至る門』が新世界への道だとして、ジェフサとマルグリットの問題はどうすんの」


 今日のましゅ麻呂は、どこかいつもと違いテンションが低い。串代わりにしていたシャフトで七輪の中の炭をつつく姿に、タケルとハヤトの盛り上がりが一瞬で萎む。


「なぜ、ジェフサだったのか。ジェフサじゃないといけないんだよ」


 アデライードは再度、壁に立て掛けられたフェルトンの大楯に視線を投げた。


「<栄光の国>から隕石食らいまくった後のエストラゴンの色覚えてる? 」

「黒から白くなって、また黒に戻ったわね」


 顎に立てた人差し指をあて、ユミが答える。誰しもがあの時、今後の展開の布石となると注視していた。


「真皮は白で、黒いのは鎧みたいなモンか? 」

「の、割には苦しんでたみたいだったけど」


 アラベスクの問いかけに雪江が律儀に答える。


「なら、呪いとかですかね」


 この流れで、どうしてその単語が出てきた。


 そんな一同の視線を集めたタケルは、一人焦ったように挙動不審に陥る。


「えっ、アレ? 」

「あながち、間違っていないかもしれないな」


 そんなタケルを擁護する呟きをジェームズが零したことで、タケルは安心し胸を撫で下ろす。


「あの竜が黒じゃなくて白だったとしたら、話はややこしくなるぞ」


 アデライードがフェルトンの楯を見た理由がわかったアラベスクは、胸の前で腕を組み考え込む。


「白だとなんかあんの? 」

「ジェフサの軍旗が、赤い竜なんだよ」

「えーっと」


 本人にしては、素朴な疑問だったのだろう。だが、答えたタケルの目はハヤトを責めるように冷たい。何もかもを記憶しろとは言わないが、自分たちが所属する国の旗くらいは覚えていて欲しかった。そんな目だ。


「赤い竜は、白い竜を退ける」

「えっ!? 」


 動揺するハヤトに微笑みかけるとジェームズは珈琲を一口、口に含みカップをソーサーに戻した。


「お国柄、ジェームズは気がついていたみたいだね」


 とりあえず、事の成り行きを見守ろう。そんなスタンスだったであろう英国紳士にアデライードが皮肉めいた笑顔を向ければ、彼はそれを肯定するように唇の端を上げる。


「赤い竜は、ジェフサ。白い竜は、マルグリット」


 ポツリと雪江が呟いた。

 この地にモリグナが現れた理由がジェフサにあるなら、国の歴史そのものを洗いなおさなければならない。

 雪江自身、薄々は感じていたが、これはレイヤーのように何層も別の問題が折り重なっている。


「でも、モリグナは私たちの敵よね。引きこもり王も、帰れって言っていたわ」


 物事が急速に進めば、必ず揺り返しが起こる。ユミの発言にジェームズを除く全員が、ため息混じりの小さな唸り声を上げた。


「ばぁさんや、ラスボスは誰かのう」

「いやだわ、おじいさん。運営がラスボスに決まってるじゃないの」


 悟りを開いた聖人のように穏やかな顔のアラベスクに、同じように穏やかな顔のキサラギが答えた。



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