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「クランプホーンって時間かかるって聞いていたけど、予想外に早く終わったな」
「ああ」
クエスト完了報告のため歩いて村に戻る中、一緒にクランプホーン狩りに参加した友人がタケルに声を掛けてきた。
お互いクランには属しておらず、このまま<TRUST>に入るか、同じ時期に始めた者同士、自分たちで立ち上げるか相談する仲だった。
彼にとっての予想外の早さの原因はユミとジェームズの存在なのだが、なんとも説明し難いあの二人の狩り方を口にするのは躊躇われ、タケルは短く返事をしただけで押し黙った。
アラベスク班同様に他の班も帰ってきているのだろう、続々と合流し村の門を潜っていく。先に戻ってきていた人間がクエスト斡旋人の前に屯し、後から戻ってきた人間にお帰りやお疲れ様、などと声を掛けている。
知り合いだけではない野良のパーティはクエスト完了報告をするとパーティメンバーに一言挨拶をし脱退するか即解散となる。素っ気無く感じなくもないが、お互い次の行動に移りやすくする為の気遣いだ。
だが、名残惜しかったり時間のあるものはパーティ脱退や解散後もそのまま話し込んでいたりする。それが今のこの混沌とした雰囲気なのだろう。タケルの友人もパーティ内に挨拶をすると脱退し、他の知り合いの所に話に行ってしまった。
タケルも挨拶をし、アラベスクのパーティを抜ける。
人だまりの中心が主催者であるアラベスクは当然として、その横にカタリナ、彼女と話しているジェームズ。ユミの姿が見えず、タケルはキョロキョロと周りを見回した。
「ユニバーサルアターーーーック!! 」
「きゃーっ、モカちゃん! 飛んでいく方向が違うわー! 」
振り返ると同時に視界に緑と黒の縞模様が飛び込んでくる。タケルは慌ててステップで脇に避けると彼の居た位置にスイカがめり込んだ。
「なん……」
「ごっめーーーーん! 」
「ごめんなさい、怪我はなかった? 」
キャーキャーと騒ぎ声と共に少し離れたところの集団からモカとユミが走ってきた。
「大、丈夫……です、けど」
「いやー、重心が真ん中にないから真っ直ぐ飛ばなくてさぁ」
笑いながらモカは落ちたスイカを拾い、ユミは小さな子の心配をするようにタケルの前にしゃがんで彼に怪我がないか膝などを確認している。
「何をやっているんだお前たちはぁ! 」
アラベスクの怒声にモカは悪びれもせず、人だかりの向こうの彼に見えるようにスイカを頭の上に持ち上げて見せ。
「バァレーーボォール」
笑って舌を出す。
「おま、それはナックルだろうがぁ」
「キャーーーーッ」
ユニーク武器に対するお約束の突っ込みにモカは歓呼の声をあげ、怒るアラベスクの声から逃れるように元の集団に駆け戻っていく。一瞬出遅れたユミは、モカを追おうか、タケルの心配をしようか迷い、結局タケルの前に残った。
「ごめんなさいね、悪気はなかったのだけれど」
「あ、はい」
「ユミ。ボール遊びは人がいないところでやらないといけないし、第一ナックルはボールではない」
いつの間にか傍に来ていたジェームズが静かにユミを叱る。
「反省してます」
項垂れるユミにタケルは笑ってしまった。どう見てもこの二人が、あんな物騒な狩り方をするとは結びつかない。
「迷惑をかけたね」
「あ、いえ」
整った顔に間近で見つめられると同性でもその迫力に及び腰になる。この迫力に動じないユミは、世俗からちょっと離れているのだろう。
タケルは少し驚いただけで怪我もないから大丈夫だと全力でユミを擁護していた。
「そうか、それでもすまなかった。あっちはあとで焼いておくから」
すっと細められた目が、元の場所でどこに飛んでいくかわからないナックルバレーに興じる集団に向けられる。彼の目線が一点に集中していることから、焼かれるのは一人だろうとタケルは心の中で手を合わせた。
「そういえば、カタリナとなにを話していたの? 」
反省の時間は終わったのか、ユミはジェームズに話しかける。
「ああ、少し早く終わったからね。今からでもケイオスグランジに間に合うんじゃないかと話していたんだ」
「まぁ。みんな行くのかしら? 」
一つ手を打って華やかに笑うユミが「みんな」のところで自分を見て、タケルは僅かに仰け反ってしまった。
「<TRUST>は全員移動するのではないかな。君はどうする? 」
話の流れから、立ち去るタイミングを逃したタケルにジェームズが話を振る。
ケイオスグランジは狩りの動きが早く、常に走り続ける引き回し討伐戦だ。楯と片手剣装備のタケルではダメージの通りも悪く、かといって前に出すぎればエネミーからの一撃で即死する厄介な相手だった。
「俺、まだ2回しか参加したことないんで……」
「それなら一緒に行きましょう? 大丈夫よ。皆と一緒に走って殴っていれば勝手に死んでいるもの、きっと楽しいわ」
暗に断ろうとするタケルをユミが誘う。
「勝手に死ぬって……」
「ユミ、君はもう少し言葉を……」
続くはずの小言は溜息に紛れて消え、ジェームズは軽く頭を左右に振るとタケルを見た。
「物見遊山のつもりで参加してみてはどうかな。不本意だが今回はモカがいるからね、面白いものが見れると思う」
見た目完全に外国人から四字熟語が出てくる違和感はさておき、タケルの中でこの流れなら二人と知り合いになれるかもしれないと欲が生じる。
ゲームは楽しんだモノ勝ち。似たような価値観、切磋琢磨できる協力関係で固まるのは常だが、そんな自分たちの常に先を行く先駆者は知恵者でもある。完全スキル制とLv+スキル制のゲームの違いはここに大きく現れる。
ベースレベルの高いプレイヤーほど強くなるLv+スキル性と違い、完全スキル性は常に模索が付き纏い、実践経験を積む方が強くなる。
リアルと同じだ。多くを知り、体験している人間の知恵は借りれるなら借りたほうがいい。タケルは背筋を伸ばすとジェームズとユミを交互に見た。
「なら、行ってみたいです。ご一緒してもいいですか? 」
「勿論」
ジェームズの答えとともに彼とタケルの間に広げたノートサイズのディスプレイが浮き上がった。ジェームズがタケルをパーティに誘ったのだ。
『 ジェームズ さんからパーティ申請されています。参加しますか? 』
見慣れた申請画面なのに『はい』を押す手が震える。タッチすると薄い板は現れた時とは逆回しに縮んで消えた。
『 タケル さんがパーティに参加しました』
ユミとジェームズの耳にシステムアナウンスが届く。
「タケルさんというのね。ユミです。よろしくお願いします」
「ジェームズだ、よろしく」
パーティ参加者だけに聞こえるアナウンスでタケルの名を知ったユミがペコリと頭を下げる。
『 ジェームズ さんと ユミ さんが参加しているパーティに参加しました』
タケルの耳にも聞こえてきたアナウンスに、心の中でガッツポーズをとりながら「よろしくお願いします」とタケルは二人に頭を下げた。
「注目ー! クランプホーン狩りが終わった後は焼肉大会の予定でしたがー!」
聞こえてきたアラベスクの声に、集まっていた人間の雑談が止まり何事かと彼に視線が集まる。彼は腰掛にも使える岩を足場に一段高い位置から、集まった人間を見下ろしていた。
「一旦焼肉大会は中止し、ケイオスグランジに間に合いそうなので移動したいと思います! 参加は自由、パーティも自由です。村の外で門を開くので参加する人は使ってください」
ケイオスグランジという単語にざわつきが広がる。所属国から貰える討伐報酬はウマイが、あくまで抽選に当った場合だ。参加賞といわれる凡庸レアに当れば労力の無駄となるため、プレイヤー全員が競って参加したがるフィールドボスでもなかった。その事を考慮したアラベスクは参加は自由としたのだろう。
その場に残る事を選択したプレイヤーとパーティを組みなおし、移動の準備を始めているプレイヤーに自然と分かれていく。その様子を黙って見ていたアラベスクが怪しげな動きをする人物を見つけ指さした。
「モカ! お前は俺と一緒だ! 」
ユミにパーティに誘って貰おうと、コソコソとジェームズの背後に移動してアピールしていたモカをアラベスクは容赦なく指名したのだった。
アラベスクの指先を追い、ジェームズが振り返る。
「・・・・・・」
至近距離でモカとジェームズの視線が絡まる。一瞬の空白。恋が始まる予感……になるはずもなく。
「いぃーやぁーっっ! 顔で死ぬーーッ!! 」
モカの絶叫がザフの村の空に響いた。
「アラさんもいるから、弓を使う人たちできっと引っ張り合戦ね」
「完スルーですか!? 」
ジェームズ、ユミ、タケル。このパーティでのタケルの役割が決まった瞬間であった。