77 反逆と徒花。または、奪われし王冠と色彩の騎士 4
◇ ◇ ◇ ◇
「あぁーーっ、畜生。気づきやがったーっ! 」
モニタールームでUXリサーチをリアルタイムで行っていた道重は、キーボードが置かれたデスクを悔しそうに殴ると縁を勢いよく両手で押し、勢いで座った椅子をクルクルと回転させる。
珈琲を片手に隣で彼と同じようにモニターを立って見ていた彼の上司は、そんな子供のような反応を示す道重を見下ろし溜息を吐いた。
上部メインモニターには道重が悔しがった原因の女性プレイヤーが映し出されている。メインモニターの両脇、左のモニターにはプレイヤーが放ったアーツの直撃を受けているエネミーの姿が、右のモニターには俯瞰からのエリア映像が映されていた。
さらにメインモニターの上に並んだ小型のモニター群六機にもそれぞれ、一部プレイヤーの姿がランダムで表示されている。
下段にもモニターはあるが、これは作業用として切り替えることが出来るため、道重の前のキーボードとは別にそれぞれに用意されていた。
【GM】キャラクターは、人型ばかりではない。【GM】表示をつけて登場すれば混乱するような場所では、エネミーやNPCなどの目を通して世界を観察した。
所謂、天の目というやつである。
【GM】みっちょん。こと、道重がいるモニタールームは、隣接するテストルームやUXリサーチルームでの映像を見ることが出来た。
現在、彼らが開発している【The Stone of Destiny】では、メインストーリー進行のためのイベントが起こっている。ゲーム内と現実世界では時間経過が違うため、モニタールーム自体がMR対応となっていた。
「だから、早くプログラムを差し替えろって言っていたんだ」
道重の隣の席で、今もモニターを確認しながらプログラムを書き続ける技術屋に冷たく言われ、道重はますます子供のように椅子の背凭れに背中を擦り付け、足をバタつかせる。
「普通、アーツ三重重ねとかやらねーだろー。MPどうなってるんだよー」
「ぎりぎりでマギナイトなら、いけるだろうな」
初期のひな形から用意された職だ。『聖賢』のスイッチングのように追加要素として後から実装したものではない。
アーツコンボは元から用意されているシステム要素で、他者と協力することで過大なダメージを生み出すだけではない。個人でも、自己のアーツを巧く繋げれば、通常想定より与ダメージを数十倍に引き上げることが出来る。
だからこそ、ユーザーの検証班が存在し、情報拡散・収集ツールやSNSを使い、活発に情報交換や攻略法の開示などが行われていた。
「ハードルが高いと嫌厭したくなる理由は判るが、今までがマギナイトの人口が少なすぎたんだ」
「五関さんが魔法騎士推しなのは判りますけど、流石にこれは駄目でしょう」
アデライードの水準を以って、初めて実行できるコンボだとは判っているが、あの廃人がこれ以上有名になっていくのはいただけない。
「強さに憧れるのはいいと俺は思うがね」
暴れるのに飽きたのか、ぐったりと椅子に凭れ掛かる道重を横目に、五関はキーボードが並ぶデスクに片手をつき興味深げにモニターを眺め珈琲を啜る。
「賛成です」
道重を挟んで向こう、一人黙々と作業を続ける男は画面から目を離さない。
「あんなガチガチにまで育つ前にやめる人間の方が多いですよ。もっとライトに火力が出せないと」
両脇から反対意見を受け、道重は渋い顔だ。
「火力厨は、魔法騎士より別の職で頑張るだろ。探せばもっと手軽に似たような火力出せる組み合わせあるし」
「あんのかよ」
知らなかった情報に、道重は隣の秋山を見た。道重の熱い視線を受けても彼は動じることなく両手を忙しなく動かし続ける。
モニタールームの一角。道重たちがいる東側の壁沿いとは逆側に、打ち合わせが出来るスペースがある。フリーアドレスのため、エンジニアはどこでも作業が可能。今回は、ゲーム内の進行に合わせ、元々スタンバイさせていたデータを公式サイトに反映させるために開発室のメンバーが六人ほどこちらに来ていた。
通常なら、定期メンテナンスと同時にサイトの更新を行うが、今回は二時間前に緊急告知の元、メンテナンスと称してサイトを閉じている。運営元のユーザーサイトは稼動しているので、問い合わせ等の問題はない。
「チーフ」
「秋山さーん」
情報更新が正常に行われ、動作を確認するとサイトの更新班は、道重の横で黙々と作業する男に声をかけた。
「サイトトップ変わりましたー」
呼ばれた秋山が手を止め振り返れば、一人が手を上げ作業完了を報告する。
作業終了予定時間は、開始から三十分後と告知していたが、地球時間で予定より五分ほど早く終わったようだ。
「撮って出し感、半端ないね」
珈琲を啜りながら五関は手元のキーボードを叩き、モニターの一つをプレイヤーズサイトに切り替える。
見慣れたゲームのロゴの下、新しく設置された枠にムービーが流れていた。
「ユーザーとしては、いきなり黒いドラゴンが現れてどっからきたってなりますから」
リアルタイムで戦闘中に、『その時、この場所では』といった説明が出来るわけではない。
ダンジョンですら、ムビキャンといった行為をしたがるプレイヤーは一定数以上いる。それに今日、このイベントに参加していないプレイヤーもいるだろう。そのユーザーを疎かにすることは許されない。
プレイヤーが誰一人として入ったことがない白亜の城の上層階。初の顔見世が、ラスボス感溢れる女帝に五関は唸った。
「野中さんのシナリオどこまで入ってる? 」
「トリガー組んでます。『王』が死ねば順に、四騎士の話まで。続きは再来週のアップデートですね」
「いよいよもって、『新しき王の物語』閉幕……か」
五関と秋山の会話を聞きながら、道重は一人ごちる。
Lv制ゲームのように、キャップ開放とともに新章スタートといった明確な区切りがないゲームだ。それが一つの節目を迎える。
プレイヤーも、開発・運営側も、それぞれ違った意味合いで「ここまで長かった」と感じるだろう。
感慨深い面持ちでモニターを眺める道重の視界に、再びキーボードに伸びる秋山の手が見えた。
「待て、秋山」
その手を道重が掴んで止める。
「テスト鯖では、箱舟城までプレイヤーの攻撃は届かない計算だっただろ、これどう収拾つけるの」
「ああ……」
掴まれていない方の手で、冷たい印象を与える銀フレームの中央を中指で押し上げ、秋山はニヤリと笑う。
「想定内だから」
日本人たるもの、最悪の想定をし、更にその最悪の想定が破綻した場合の想定をし、三度、その想定が破綻した時のためくらいのリカバリを組んで置くべきだというのが秋山の持論だった。ゲームといえど、時代の進歩とともに精神転送なんて領域にまで進出しているのだ。これは、一つ間違えば健康被害にまで及びかねない。
人間が作ったプログラムをAIがブラッシュアップし、それをまた人間が精査し、AIに戻す。何度もその作業を繰り返し、システムは複雑に絡み合い、知恵の木を描き出す。
「想定……て、おま、まさか」
執務室にいる時から、彼は休みなく何か作業をしていたが、ドラコーレプリーを落とす前後から余裕が消え鬼気迫るものがあった。
「リアルタイム修正してたのかよ」
「いや。元々用意はしてあったんだ。ちょっと繋ぐのに手間取っただけ」
トン。と涼しい顔をして最後のキーを叩き実行指示を出す。
道重の脳裏に、過去に二度、見たことがある彼の今の笑顔が浮かんだ。
一度目はCβテストの時、二度目は野焼き事件の時。どちらも、とても清々しい鬼畜なイイ笑顔だった。
「五関さん、ちょっと相談があるんですけど」
一仕事終わった彼は、椅子から立ち上がると道重の肩を叩き五関を誘ってモニター前から離れる。
「秋山、マジで最後」
今回は、モリグナの即死魔法で広範囲に被害を出して終わるはずだった。
だが、胸騒ぎがしてならない。
「最初の予定通りだよ。ただ、モリグナ一体討たれたから、そこは変更した」
「ああ、そう」
さらりと言われ、それ以上は食い下がることが出来なかった。
道重は知っている。
秋山が簡易パスワードに指定する言葉は、常に『37564』であることを。
秋山たちと入れ替わるようにサイト更新班がモニター前にやってくる。プロジェクトに関わる人間は皆、実際のプレイヤーの動きに興味があるようだ。
道重は五関と話し込む秋山から視線をモニターに戻し、今度は秋山がどんな鬼畜を統括AIに仕込んだのかと眉間に皺を寄せながらゲームの成り行きを見守る。
◇ ◇ ◇ ◇
<正義の剣よ、平定せよ>の発動で、アデライードの視界が一瞬で黄色に染まった。<命脈変換>でMPを高速回復しているが、秒で減るMP消費量と回復量が拮抗しているらしく視界の色が戻ることはない。
<正義の剣よ、平定せよ>は、選定の剣シリーズに備えられている固有アーツだが、彼女はあまり使わない。
『純潔の氷刃』の自己Buffが<正義の剣よ、平定せよ>には乗らないため、火力が劣るからだ。それに【魔法騎士】は近・中距離職。遠距離攻撃に当る<正義の剣よ、平定せよ>を撃つ場面など、そうそうない。
「ヒット」
目の焦点が合わないため、キサラギの報告で状況を知るしかない。
眩暈を起こした時の気持ち悪さのような、貧血時に感じる脳が冷えたような感覚に倒れそうになる体をキサラギの手に背中を押され支えられた。
「もうちょい頑張れ」
背中に感じる掌と、彼の声に少し気は楽になるが、現実逃避をしたくなるくらいには気持ち悪い。それでもMP枯渇を起こすまでは、発動をやめる気はなかった。
「……」
何年経とうとも変わらぬアデライードの負けん気の強さに辟易しながらも、それが彼女らしさだと判っているので付き合いを止められない。
キサラギはあえて、彼女が狙った『王』ではなく、『王』を庇って前に出たモリグナにアーツが直撃したことは黙っていた。
<正義の剣よ、平定せよ>に押され、光に飲まれたモリグナの赤いドレスが散り散りに吹き飛ばされていく。
流石の馬火力と感心するのも束の間、まさかの地上からの攻撃に他のモリグナの挙動が変わった。
『 蛮行・暴戻・猛悪 』
『 弑逆・悪行・反情 』
「まず――」
一瞬の選択の遅れ。<戦闘禁止区域>で守れば、<正義の剣よ、平定せよ>が消える。その迷いをキサアラギが後悔するより早く、モリグナの視線をアデライードが集めた隙を狙い、黒いドラゴンが動いた。
自分の阻んでいたモリグナを翼で弾き飛ばし、急降下して『王』に迫る。
それは、あっけない幕切れというより、プレイヤーを巻き込んだ駆け引きの勝利。
黄金色に輝く『王』が、その威厳を発揮し、王冠を奪いし反逆の竜へ剣を向けるより早く、ドラゴンは大きく口を開き光を歯牙にかけ噛み砕いた。
モリグナの悲鳴がフィールドに響き渡る。
『 王よ―― 』
『 フラードゥリー!! 』
『王』を食散らした黒い竜が、アデライードを抱えたキサラギの横へ滑り降りた。
<戦闘禁止区域>内はシステム上、絶対に守られている。判っていながらも間近に見る巨躯に肝が冷え、友人を抱く腕に力がこもった。
領域外を削り、地上のプレイヤーを轢き殺しながら地上へ降りた竜は頭を天上の城へと向ける。黒い竜は『王』だけでなく、アデライードが途中までアーツで捕らえていたモリグナも地上へと降りる途中で始末をした様だ。尻尾にモリグナの残滓となる赤いドレスの切れ端が見えた。
「っ……」
ドラゴンの咆哮は、火焔熱風を含む。<戦闘禁止区域>は、あくまで戦闘を禁止するものであり、オブジェクトの延焼等までは防いではくれない。
残った二体のモリグナの開かれた口の前に、親指の先程度の光の球が浮かぶのが見えた。
咆哮と即死魔法の打ち合いになる。
<戦闘禁止区域>の残り時間。
再詠唱するためには領域の外に出なければならない。
即死魔法は阻めても、オブジェクト破壊からの延焼は逃れられない。
アデライードを引き摺って逃げる時間。
瞬き一つの間にキサラギの頭の中がフル回転する。
――駄目だ、こりゃ。
彼がそう結論付けるのと、モリグナの一体が両側から飛んできたDDに、挟まれるように殴りつけられるのは同時だった。
『 <正義の剣よ、平定せよ> 』
殴られたモリグナの光の球は不発となったのか消え、もう一体のモリグナは後方からの光線に押され体勢を崩し、こちらの球体も消える。
アデライードの望み通り、<栄光の国>が進攻してきていた。
「背中借りるぜ」
勝利を確信してか、攻撃挙動ではなくただ咆哮する竜の背中をグリム・リーパーが駆け上る。
アデライードが成功しても、失敗しても、次の一手として待機していた彼は、この隙を逃さなかった。
『 落としてやる! しっかり片付けろよ、王様!! 』
こちらの都合など考えず、容赦なく飛んでくる<聖なる律法、不変なる掟>を体を捻って避けたましゅ麻呂に対し、ユミはモリグナを楯にして雷刃から逃れる。
「ユミりん時々鬼だよね」
「ん? 」
ユミとましゅ麻呂、二人は申し合わせて飛び込んだわけではなかったが、考えたことは同じだったらしい。自然落下に任せ、地上に降りた二人は即座に次の行動に移った。
別々の方向から黒い竜を避けて回り込み、アデライードを抱え座り込んだままのキサラギを腕の中の人間ごと掴むとジェームズが待つ方向へと走り出す。
『 退避ーー! 』
ましゅ麻呂の号令に、蘇生が間に合わなかった人間を残して一斉に黒い竜の周囲からプレイヤーが離れていく。
「痛い痛い痛い」
上半身をユミに、膝をましゅ麻呂に抱えられて移送されていくキサラギは、腹の上のアデライードを運ぶ担架のようになっていた。
「うるさい、キサ」
MP残量は枯渇状態から回復していたアデライードだったが、宿酔したような吐き気と戦う彼女は、耳元で鳴るキサラギの声が堪えがたかったらしい。容赦なくキサラギの顔面を掌全体で掴み黙らせる。
「久しぶりの脳天締め……ガクッ」
少しだけ、懐かしい情景にましゅ麻呂は淡く笑った。
『 モリグナ落下! 』
『 ラインブレイク 』
モリグナたちを巻き込み、地上へと叩き付けると彼女たちを拘束していた雷刃が砕けて消える。
『 グリム降りろ 』
「動かないでいてくれて、ありがとよ」
足元に向かって礼を言うとグリム・リーパーは角の隙間から地上へと身を躍らせた。
竜の頭部は、マンションの四階の高さに相当する位置にあり、その高さから飛び降りれば、自然落下でも地上へ落ちる頃には時速五十キロには到達する。
プレイヤー同士の関係は、信頼の上に成り立つ。彼に降りろと言ったDDが落下するグリム・リーパーを追いかけ、空中で受け止めるとそのまま地上に降りた。
「どーも」
足先が土につくと、すぐに竜の周りから退避するために走り出す。
モリグナを落とすところまでが自分の仕事だとグリム・リーパーは決めていた。あとは野となれ山となれ。
グリム・リーパーと、彼を迎えに来たプレイヤーが自分の周囲から離れたことを確認した黒い竜は、先ほどのやり直しとばかりに天上の城へと頭を向け口を開いた。
頭部に生えた忌わしく黒光りする四本の角は枝角、側頭部を守るように細い角が無数の針のように生えている。それらが、すべて発光した。




