76 反逆と徒花。または、奪われし王冠と色彩の騎士 3
プレイヤーを一瞬で屠ることが出来たモリグナの即死魔法も黒い竜には効かないのか、もしくは死んでいるのに死なないのか。
干渉色が消え、消し炭となった甲殻を身を震わせることで振るい落とし、真新しい漆黒の鱗を纏ったドラゴンが折れた塔に掴まり翼を休めていた。
<戦闘禁止区域>で即死魔法をやり過ごしたプレイヤーたちからは、落胆とも安堵ともとれる声が上がる。一部のプレイヤーは納得の結果だったのだろう。双方健在であることを確認するとすぐさま次の行動に移っていた。
逃げ遅れたプレイヤーたちの救済だ。安全を確認しながら蘇生を行い、起き上がったものは即座にその場から離れ、回復所なり仲間の下へと走っていく。
黒い竜のフォルムは、ドラコーレプリーに似ていた。だが、砂漠の王子より角の数は多く、体も大きい。モリグナもプレイヤーに比べれば大きいとはいえ、せいぜい五、六メートルといたところだ。
上空では今も、子供が観る怪獣番組のような戦いが繰り広げられている。
アラベスクたち一行は、空中の城を大きく迂回し西側への退避ルートを行く。
雪江が、アデライードと合流したいと申し出た為だった。
既に馬場からは、自クランのメンバーを連れフロイデ前まで移動すると雪江の下に連絡が来ている。
ともにジェフサの第一MAPへ出てきた<Schwarzwald>のメンバーで、現在馬場と別行動となり所在不明となっているのがアデライード。彼女だけが、クランチャットにも個人指定の囁きにも応答しない。フレンドリストを確認する限り、現在位置はティエラバイシャ。ジェフサの第一MAPにいる事は確かなのだが。
最終手段としてシャウトで名前を呼べばいいと沢蟹は笑っていたが、そんなことをすれば後が怖い。
囁きを無視している段階で、何か思惑があっての別行動なのだ。
二度も死ぬような愚かな真似はしないだろうが、アデライードの検証癖を知っている身として雪江は気になっていた。
特にグリム・リーパーと組んで何かをやらかす気なのではないか。若しくは既に失敗して再びデスペナルティを食らっているのではないかと胃が痛い。
彼女はいつでも、事が起こった後がいちばん怖いのだ。
「アデライードは、無茶をするところもあるみたいだが、才気煥発な人だ。今はどこかで息を潜めているのだろう」
気遣うジェームズの言葉に、彼は頷きはするが愁眉を開かない。太平楽とした沢蟹とは正反対の雪江に、ジェームズは斟酌し半ば睫毛を伏せた。
「お前がそんなにハラハラしだすってことは、そろそろなんじゃねーの? 」
沢蟹はおざなりに、上空のモリグナに対し弓を射る。黒い竜と戦うモリグナは地上のプレイヤーのことは頭にないのか一切見向きもしない。地上にいるプレイヤーから時折、沢蟹のように矢を放ったり、魔法が飛ばされたりしているが、モリグナたちの高度まで届いていないのが実状だ。
いつまでも蚊帳の外というのは、苛立ちを生む。
「そろそろって何さ」
お互い、アデライードの性格は知っている。雪江は沢蟹が何を言っているのかも察していた。だが、最悪の場合、それが引き金であの規格外のヘイトが一斉に地上に向く危険性に、それは認めたくなかった。
「アリ姉の舌打ちが、俺には聞こえるよ」
舌打ちと聞いて雪江よりタケルの方が渋い顔をする。
「舌打ちって何」
「マッシュさんでも恐れる氷結の魔女のキレる合図」
雪江たちの会話を黙って聞いていたハヤトが、反応を示したタケルに問うと、この世の終わりのような顔を向けられた。
アデライードを問題児のように扱う会話を聞きながら、ジェームズは半歩分走る速度を落とす。後ろを走るユミが、ジェームズが下がって来たことに気づき彼の斜め後ろに身を寄せた。ユミが自分の意図に気づいてくれたことに薄く笑うと、ジェームズは彼女に右手を差し出す。
《どうしたの? 》
その手を取ったユミから、接触感応が入る。
システムに落とし込んだ時の技術屋のお遊びだったのかもしれないが、指名チャットの変則で接触したもの同士が音声を伴わず会話することが出来る小技があった。
街中でイチャつく連中を見ると爆殺したくなる。という理由から、「お前らは一生見詰め合ってろ」、「耳が腐る会話を道端で垂れ流すな」ということで、秘密裏に実装された。というのが【GM】みっちょんの暴露話としてユーザーに広がったが、真実かどうかは定かではない。
《あの城まで、君は飛べるかい? 》
《高度制限があるから<迅雷>を使っても難しいわね。でも、どうして? 》
<迅雷>と<飛燕>を組み合わせることで、通常の<飛燕>より高く跳ぶことは出来るが、高度制限を基づけなければ、どこまででも上昇し続けることが出来る。開発上、それは問題があるとプレイヤーが跳躍できる距離には制限があった。
<迅雷>は一方向のみに進行する。湾曲したりは出来ず直進のみ。発動した状態で方向転換をする場合は、ましゅ麻呂は根性で曲がると言い、ユミは気合で頑張ると言った。
誰しもが、条件を満たせば平等に扱えるスキルアーツの付加価値の部分がPSとなる。先の戦いで、飛ぶモリグナに追いつけないDDがいたのも、そこの部分の問題だった。
《今はモリグナたちが相手をしてくれているが、もし黒い竜が勝った場合、あの高さでの戦闘となる》
《確かにそうね。そうなったら困るけど……でも》
《でも? 》
《多分、大丈夫だと思うわ》
楽観視するユミにジェームズは首を捻る。
《どうして》
《だって、攻略できないエネミーなんて楽しくないもの》
ふふ。と、声に出して笑いユミは繋いだ手を離した。
「思うんだが、あそこに入り込もうとするモカちゃんは勇者じゃね? 」
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
微かに聞こえたユミの笑い声に一瞬だけ振り返ったハヤトは、何も見なかったことにしようと前を向き。タケルは心の中の青空で、いい笑顔とともにサムズアップするモカに対して胸の前で十字を切る。
二人の楽しそうなやり取りに興味を示した沢蟹が、会話に混ざろうと体の向きを変えたところで、非情にも捜し求める相手の声が第一MAPに響いた。
『 いい加減、いつまで眺めてる気だ! レッドマーシュ!! 』
舌打ち確定。
足を止めたアラベスクたちは、アデライードがどこにいるのか確認する。
遠く疎らになった人垣の向こうに求める相手の姿が見えた。
向かっていた方向は間違っていなかったが、やや北寄り。キサラギが回復所を開いていると言っていた採掘場近くに彼女はいた。
「なにやってんだ、キサ……」
回復所を開いているはずの人間が、定位置を離れアデライードの傍らに立っている。彼は骨の髄から動きたがらない性格だ。強引に引っ張り出されたといったところだろう。
そんな彼が、珍しくやる気を見せた顔つきになっている。
滅多に見ないキサラギの真面目な表情に、感心するアラベスクや普段の彼を知るメンバーは面白いものを見た顔になるが、雪江は間に合わなかったと天を仰ぎ、沢蟹はそんな彼の肩を力なく叩いて慰める。
「行ってきていいかしら? 」
目を輝かせるユミに、ジェームズは黙って補助魔法をかけ直し、彼以外は揃って溜息とともに項垂れた。
『 プレイヤー放置でエネミー同士がやりあう姿なんて、滅多に見れる物ではないだろう? 』
どこまでも穏やかで、微笑んですらいるのだろうと伝わるレッドマーシュの声がアデライードに答える。
移動に夢中になっていてアラベスクたちは気がつかなかったが、<栄光の国>は遠く北側に陣形を整え、いつでも戦闘を開始できる状態になっていた。
『 もう十分に堪能しただろ 』
『 我々は、もう一仕事終えてきたのだけどね 』
「アイツの性格形成、イチから叩き直してやりたい」
舌打ちとともに吐き出された言葉に、キサラギは口を歪める。
「俺は、お前が捻れに拍車をかけたと思うがね」
「あ?」
「なんでもないです」
肩を竦めるとキサラギは上空の城を見上げた。
黒い竜は、城を壊しながら下の『王』を狙うが、モリグナたちに阻まれて巧くいっていないようだった。
「本当にやるのかよ」
心配するというより、アデライードが行おうとしていることを憂いたニュアンスが強い。キサラギの確認にアデライードは頷き、腰に佩いた剣を引き抜く。
「やってみなければ判らないけど、多分、大丈夫」
グリム・リーパーで実験した結果、確証は取れている。だが、アレは同属性だから永久機関に成りえた物だとも判っている。今から行おうとしているコンボは、有効時間が切れればそこで終わりとなるだろう。
机上の空論かもしれないが、成功すれば通常より時間は長く効果も高い。
彼女が言い出したらきかない性格なのは、身に染みて判っているキサラギはそれ以上何も言わず、黙って補助魔法をかけ直していく。自己Buffがかけられないわけではない。ただアデライード自身が掛けるより、専門職が掛けたほうが効果が高いからだ。すべてが倍率に支配されるゲームでは、より効果がある方を選ぶ。
アデライードは地上と城の狭間に浮かぶ、今は殆どプレイヤーと変わらない造形となった『王』に狙いを定めた。
両手でしっかりとグリップを握りなおし、切っ先を固定する。
一度発動すれば、方向を変えることは出来ない。飛び回るモリグナを狙ったところで外れるに決まっている。だったら、動かないものを狙えばいい。
「<氷震>」
アーツの空撃ち。天に向けた『純潔の氷刃』が星を貫いたように氷に包まれた。
「<命脈変換>、<乱流拡散>」
立て続けにアーツを発動する。アデライードに合わせ、キサラギも魔法を唱えた。
「<風魔法・攻撃活性>」
効果時間は九十秒。術者を中心に攻撃活性フィールドを生み出す。
弓術士が扱う<攻撃連鎖>に似ているが、あれは受付時間内に入ったダメージをまとめて追攻撃するのに対し、こちらは一秒間に一回、秒間に与えた累計ダメージの二十パーセントを追撃ダメージとして与える。これは最低保障で、基本が二十パーセント。それに使用した術者のスキル値が乗算されて、最終倍率となる。フィールド設置型魔法で効果は重複不可。攻撃を行ったプレイヤーがフィールド内にいれば攻撃対象に追撃が発生するが、半径三メートルと領域はそこまで広くない。
風魔法スキルを百五十まで上げていたキサラギは、これと万が一の<戦闘禁止区域>のためにアデライードに引っ張り出されたのだった。
『 次の仕事を与えてやるよ! 働け、軍隊アリども!! 』
初めて遭遇するアデライードの煽りに、ハヤトはムンクの叫びのように両手で頬を包み声なき悲鳴を上げる。
いつもと違う構えにタケルが疑問を持つより早く、彼女の体から氷の飛礫ではなく、淡い光の粒子が舞い上がった。
『 <正義の剣よ、平定せよ> 』
常ならば、剣の周りを光が渦を巻き、肥大化して一直線に放たれる光輝は一過性であり、持続性があるものではない。
だが、彼女が放った<正義の剣よ、平定せよ>は、本来の発動終了時間が来ても光が途切れることはなかった。




