75 反逆と徒花。または、奪われし王冠と色彩の騎士 2
「いやー、参った参った。ありがとさん」
ジェームズによって蘇生された沢蟹は、バンザイするように両手を天に向けて体を伸ばす。
「思ったより早い到着で有難かったよ」
沢蟹と違い、雪江は会釈とともにアラベスクたちに礼を言った。
「しかし、なんだ。バカスカあの魔法撃ってくるかと思ったけど、あっち案外平和じゃん」
アデライードたちがいる方向を不満げに沢蟹は眺める。既に氷山の姿はなく、MP効率の悪い二人は現在、地上戦に戦いの場を移しているのだろう。
「平和……」
モリグナたちが動きを止めないように飛び回るDDや、MP効率を考えなしで矢を射り続ける弓術士の頑張りがあってのあの状態を平和と言われたらやるせない。
両肩に疲れを感じるタケルに気づいた沢蟹は、どこか含みのある笑いを浮かべた。
「そうだ。お前たち、空の時空門に気づいているか? 」
「時空門? 」
お互い次の行動に移る前にと、情報交換するつもりでアラベスクは雪江たちに確認する。聞かれた二人は顔を見合わせた後、空を見上げた。
「うわー……でかいわー……」
「大きいな」
沢蟹は見上げた途端、面倒くさいと目を閉じて後ろに倒れそうになり、雪江はそんな隣の男を無視して、彼の目では見難い時空門をひたすら観察する。
大きさはさておき、形状は確かに時空門だが、通常の時空門とも違う。
攻城戦エネミー召喚用ともどこか違う未知なるソレが、なんとも雪江の中では気持ちの据わりが悪く落ち着かない。
彼はどこかで見覚えがあるような気がする文様に目を眇め、必死に記憶の引き出しを漁る。
あのような形が刻まれているような場所は多くはない。そう思うが、もし記憶のすり替えが起こっていたらどうしようかと不安にもなる。
似たような、だけでは不確かで、実は全く違う物だったかもしれない。
何処だろうか……。
魔法として見たのではない。あれはきっとレリーフだ。思い出そうとする雪江の真剣な顔に気づいた沢蟹は肩を竦め、もう一度空を見上げた。
「あっちの方でも、気づいてる奴らがいるな」
罵声や怒声だけではない。互いに次の行動を確認しあうシャウトが響いている。珍しく<SUPERNOVA>のシャウトが真面目で笑ってしまうが、それほどに余裕がないのかもしれない。
そんな事を考えているアラベスクの横で空を見上げていたユミが、彼女の後ろに立つジェームズを振り返る。意見を求めるような視線に、彼は緩く首を横に振った。
判らないというジェームズの反応に、再びユミは空を見上げる。
「何か召喚してくるにしても、地味なんですよね」
「あのねーちゃんたち、愚か、人の子、王が来る。しか、言わねーし」
ユミが空を見上げたのに釣られて、同じように空を見たタケルやハヤトが呟く。
その呟きがヒントになったのか、雪江の目が閃きに輝いた。
「そう、ソレ。たっくんたち偉い」
突然、褒められたことに二人は動揺する。
「雪? 」
「お嬢だよ、若」
記憶の中の靄が晴れたのか、雪江は一人興奮気味に身を震わせて話し出す。
「お嬢が入り浸ってる『至る門』。あの建物って湖の真ん中に建ってるだろ」
「ああ、それが」
「あそこに渡るための石橋の壁石だよ! 」
アデライードは最近、素材を集めるため『至る門』の周囲に出る湖畔の乙女を狩っていた。クランの人間はそのことを知っていたし、彼女の姿が街にない時は、どうせ『至る門』だと思って放置している。
雪江は沢蟹と違い、暇が出来ると何かとソロで活動するアデライードを気にして彼女の顔を見に現地に出掛けていた。その時、たまたま湖の水位が計算された位置にあったのだろう、水面に反射するアーチ型の壁石と水から出ている部分とで、綺麗に見たこともない魔法陣を描いているのを一度だけ見た。
クエスト斡旋所で受けることが出来る『至る門』周辺のクエストは一次生産職のものばかりで、かの地形はジェームズやユミには馴染みが薄い。
景色は美しいため観光目的で散歩する時以外、アデライードのように素材回収を目的とする場合は別だが、戦闘職が訪れることは殆どなかった。
故にジェームズの記憶にはなく、雪江も持ち前の記憶力の良さが幸いし覚えていたが、たった一度の目撃だったため直ぐには思い出すことが出来なかったのだ。
「王は、永久に旅立たれた。旅人よ、引き返されよ」
「此処より先に、道はない」
『至る門』の閉ざされた門扉に書かれた言葉を思い出し、ジェームズが口にする。最後の一文を雪江が引き受けて続けた。
「つまり、どういうことだ? 」
アラベスクは判っているのか判っていないのか微妙な反応だったが、沢蟹以下四名は完全に判っておらず、代表して沢蟹が雪江に問いかける。
「だから、ゲームの設定。世界観。あの石橋は、後からあの建物が建ってる小島に架けられたの。王はあそこから旅立った」
「わりぃ、雪。全っ然、話が見えない」
お手上げと手のひらを上に向け、肩を竦める沢蟹に冷たい視線を送りつつ、雪江は人差し指を天に立てた。
「つまり、後世の人間が王の帰還を望んで作ったって事。ずっとモリグナ達が言ってるだろ、あの模様は召喚じゃない帰還用の魔法陣ってことなんだよ」
そう彼が言い終わると同時に硝子が砕け散るような音が響き、それまではっきりと見えなかった時空門らしきものが発光し巨大な姿を現した。
「え……」
「雪、お前……」
「俺のせいじゃなーい」
煌々と光を振りまきながら、魔法陣の中に書かれた文字列が回転しだす。
雪江の説明から、やってくるのは『王』であり、突然即死魔法が降り注ぐといった危険はないだろうが、『王』が一人でやってくるとも思えずタケルとハヤトは身構える。
ジェームズから補助魔法がかけ直され、二人の焦る気持ちが逸らされた。
ユミやアラベスクたちも、これから何が起こるのか武器を手に天を見上げ成り行きを見守っているが、タケルたちのように構えてまではいない。
バツが悪そうにハヤトと顔を見合わせたタケルは、そっと剣と楯を下ろし周りを真似て空を見上げた。
魔法陣の回転する速さが増し、ただの光の渦となると中心から尖った何かが頭を出す。
「何か出た」
「建物……? 」
何を期待していたかと問われると答えに困ったが、建物は想像していなかったタケルとハヤトは、ゆっくりと降下してくるソレを呆然と眺める。
キマイラを討ち取ったというシャウトすら掻き消えるほどの動揺と歓声にも似た叫びがフィールドに広がった。
「まぁ。お城だわ」
天から逆さまに生えた城を見て、ユミは顔の前で祈るように指を組み合わせ、ときめきに声を上げる。
煌びやかに輝く城から零れた光が、城と地上の間に留まり、人の形を成そうとしていた。モリグナたちは喜びに声を上げ、その光の周りを飛び回る。
『 閉ざされし世界よ、時は正しく刻まれるべきだ 』
老若男女の声が混ざり合った無感情に聞こえる合成音声が、ヒトガタから発せられた。
『 漂いし世界樹の小枝よ、苦難の時は我の帰還とともに終わる 』
ヒトガタの声に応えるように、地理上、この世界の中心に聳える大樹から真っ直ぐに光の柱が立ち上り、場に立ち会ったプレイヤーたちを驚かせる。
拓けた場所からならば、どこからでも見ることが出来る世界の中心。幹は岩肌のように硬く、伸び広がる枝葉の先は雲に隠れ誰もその全貌を見たことがない。
ほぼ山と称される其処こそが、根に当る麓に『はじまりの丘』があり、『はじまりの丘』には正当な王にのみ叫びを上げ予言を齎す『運命の石』がある場所。
光の柱が叫びを表すものだとしたら、それが何を意味するか。
プレイヤーズサイトの『はじめに』の項目を読んだことがある人間ならば判る。たとえ読んでなくとも、公式配信で散々ネタにされ、オープニングムービーにも記されているため見たこと、聞いたことがないユーザーはいないはずだ。
正当な『王の帰還』が今なされたのだと、この場に居合わせたプレイヤーたちは思った。
『 我は、王冠の返―― 』
ヒトガタは最後まで言葉を紡ぐ事は出来ず、モリグナの歓喜の声が悲鳴に変わる。
どこから飛来したのかわからない黒い竜が、一番最初に姿を現した主塔に飛びつくと咆哮し、塔の最上階部分を後肢の鋭い爪で粉砕した。塔を砕かれたことで、城全体がバグを起こしたようにぶれ始める。
落ちてくる破片に、下にいたプレイヤーたちが逃げ惑うが、それらは地表に衝突する前にポリゴンとなって消えた。
ヒトガタと城は繋がっているのか、城の一部が破壊されるたびにヒトガタの形も崩れ光が散じる。しかし、離れた光は消えることなく再び集まり人の形を取ろうとした。
黒い竜を追い払おうとするように抗戦を始めたモリグナたちだったが、大きさが明らかに違いすぎる。
「城もデカイが、ドラゴンもデカイ」
「ドラコー・レプリーの何倍あるんだよ」
別のゲームのプレイムービーを見ているような若者二人の肩を掴んだアラベスクは、ここにいてはまずいと伝え、沢蟹たちと共にドラコー・レプリーの炎から焼け残った林へ向かい移動を始めた。
アラベスクを先頭にハヤト、タケル、沢蟹と続き、三歩ほど距離を開け雪江とジェームズが後を追う。ほぼ団子状態での移動だが、不測の事態に対応するには固まっていたほうが何かと有利だ。
ユミは後列二人と併走するように駆けながらも、時々二人の後ろに回り周囲を警戒する。第一MAPでは、恐れるような通常エネミーは出現しないが、これはほぼクセのようなものだった。
「この場合、あのドラゴンは味方なのかしら」
お城がどんどん崩れてしまう。と、明後日の方向を心配しながらも黒い竜に対する疑念を口にするユミに誰も答えられない。
状況として、プレイヤーと敵対するモリグナと敵対しているのだから、あのドラゴンはモリグナの敵だ。だが、モリグナの敵だからといってプレイヤーの敵でないとは限らない。
「味方だったらいいが……」
誰もが抱える懸念にアラベスクが言葉を濁す。
「敵だった場合は、それこそドラゴンスレイヤー出て来い。っすよ」
NPCは、出てこない。判っていながら恨み言を言うハヤトに少し場の空気が緩む。そうしている間にモリグナの一人、パズヴが動きを止めた。
即座にジェームズが杖を掲げる。
「止まれ、アラベスク」
ジェームズだけではない、彼女たちの動きを観察していた一部の無詠唱者が一斉に<戦闘禁止区域>を発動した。回復所を貼り続けてる魔法職は、いつ何が起こってもいいように、追加情報が伝達されてからは回復フィールドだけでなく<戦闘禁止区域>も追加で周囲に設置している。
前回の大惨事が嘘のように、死者数は不運な逃げ遅れのみに抑えられた。
「学習能力たっけぇ」
烏合の衆だけでは、こうはならなかったかもしれない。今回は、錚々たる有名クランが集結していた事がアドバンテージとなって全体に影響している。
「キマイラ獲っても終わってねーし、<栄光の国>は帰ってこねーし、なんなのよ」
沢蟹の指摘どおり通常の攻城戦は、キマイラが討ち取られれば終了となる。攻城戦エネミーはそのルールに則り、時間切れとなったものから順に姿を消しつつあった。程なくして、すべての攻城戦エネミーが姿を消すだろう。
だが、それらを召喚した大元は今も元気に空中戦を展開している。
「<栄光の国>は、戻るタイミングを計ってるんだよ」
「俺、やっぱあの王様無理」
『時の城』でのやり取りから、沢蟹の中でのレッドマーシュの心象は最悪だった。
子供のような反応を示す沢蟹に、過去のやり取りを知らないハヤトはタケルに物言いた気な視線を送る。タケルは首を横に振った後、深く肯く様に縦に振った。




