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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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73 フロイデ防衛戦 11


「王ガ来ル・我等ノ王ガ」


 執拗にヴァハに追われながら、タケルたちがいるであろう方向へと移動を続けるユミだったが、思った方向にばかり進めるわけでもなく位置関係が疎かになりかかっている。


 <SUPERNOVA>のメンバーから受けたアーツによるBuffは既に効力を失い、残るは料理のBuffだけとなっていた。だが、それも残り時間が少ない。


 能力の底上げがないと、モリグナの相手は厳しい。


 マイペースなユミには珍しく、妙な焦りが心に生まれつつあった。


「王様だったらもういるわよ。真っ白いのと、引きこもりのドラゴンスレイヤーが」


 引きこもり王とプレイヤーに揶揄されるジェフサの王は、フロイデ攻城戦のたびに毎回「出て来い」とプレイヤーたちに叫ばれている不遇の御仁だ。

 NPCはNPCで何か制約があるらしく、国を守る騎士たちであっても特殊イベントとなる戦闘に参加することはない。

 それを判っていながら、敢えてそこを弄りにいくのがお約束となっていた。


「人ノ子ヨ・糧トナレ」


 地上を走るユミに加速したヴァハが迫る。両手を広げ五指を開くと、研ぎ澄まされた爪で彼女を抱きすくめようと腕を閉じた。


 爪先が交錯する直前、爪が石の剣に弾かれる。そのまま迫り上ってくる刃に押し退けられるようにヴァハはユミから引き離された。


 ユミも突然足場が揺らいだことで勢いのまま前に倒れこむ。何とか受身を取ろうとするも、そのまま急勾配の岩肌を転げ落ちた。


「ごめん、荒っぽかった」


 <石の壁>を放った雪江が、地面に倒れたままのユミを気遣う。


「<魔除けの矢>」


 空に残されたヴァハが体勢を整える前に、沢蟹がアーツを放ち更に彼女を上空へと追いやった。


「ユミりん、生きてるか」


 引っ切りなしに矢を放ち、ヴァハを牽制しながら沢蟹はユミに近づく。


 たまたまユミが逃げてくる方向でアポピスを狩っていたグループの中に雪江たちがいた。二人はユミに気づくとグループから抜け出し、間一髪で邪魔に入ったのだった。


 強かに体を打ち付けたのだろう。そこらじゅうが痛むのか、起き上がろうと腕をついたところで彼女の動きが止まる。

 普段は、過剰なまでに重ねられたジェームズの補助魔法にコーティングされている彼女だ。肉体強化系魔法は痛覚も鈍らせる。このような中途半端な痛みに苛まれたことは珍しいのだろう。久しぶりに十割で感じた痛みに声が出ないようだった。


「生きてるわ……ちょっと痛くて痺れてるの」


 猫が丸まるように、体を引き寄せ蹲る。

 雪江が回復魔法を放ちユミの減ったHPを補うが、不慣れな痛みに苛まれたことによる気力の問題か、蹲ったままユミは細く長い息を吐き出しただけで、まだ立ち上がろうとはしなかった。


「雪! 」


 沢蟹の求めに応えるように<戦闘禁止区域>を書き付けて放つ。モリグナたちに通用するかは判らなかったが、ゲームのルールが絶対なら効果時間内はユミは守られる。

 半透明のドームがユミの周りに張られた。これにより、彼女にエネミーが攻撃を行うことは出来ない。


 標的を取り上げられたことで、ヴァハが吼えた。


「うわっ」

「うるせ」


 金切り声を上げるヴァハに、沢蟹たちだけではない、ヴァハの声が届く範囲のプレイヤーの動きも鈍る。


「うっせーぞ、ババァ」


 崩れる<石の壁>のエフェクトに紛れさせ、沢蟹が<神罰執行>を放つも易々と避けられた。だが、ヴァハの叫び声を止めることには成功し、一先ず安堵する。

 次の一手をと考えたところで、背後からうねる様に広がり聞こえてくるプレイヤーの声に、雪江も沢蟹も手を止め、その方向を見てしまった。


 この一瞬目を離した隙を作らなければ、何かが変わっていたかもしれない。だが、防ぎ様がないから災害なのだとしたら、きっと結果は変わらなかった。


「あの人たち、何やってんの」

「海釣りか? 」


 鋭角にそそり立つ氷峰の先端に人影が見える。


「画期的というか」

「斬新だな」


 届かないなら、届く位置まで上ればいい。一人で上れないなら、上る術を持っている人間に手伝って貰えばいい。当たり前のことだが、ただ何となく【魔法騎士】の無駄遣いのような気がしなくもない。


 と、いうより。よくアデライードが承知したと沢蟹と雪江は顔を引き攣らせた。


 そんな二人の憂慮など露知らず、アデライードは自分の扱うアーツの検証に夢中になっていた。


 <乱流拡散>は、単発か継続かで消費されるMPも違えば威力も異なる。そんなアーツに、もしかしたら他にも使い方があるのではないかと彼女は考えた。


 現在、アデライードはグリム・リーパーを上らせるための氷峰を <氷楔>で作り出し、その氷の根元に剣を突き刺して定期的に<乱流拡散>を発動している。


 <氷楔>の効果時間は意外と短い。それはそうだ。プレイヤーにとって障害物となるような実体を伴うアーツを顕現させ続けたら邪魔になって仕方がない。

 だが、一時的にでも<氷楔>は実体として存在する。と、いうことは、これはもしかしたら固定し続けることが出来るのではないだろうか。


 そこで件の<乱流拡散>の使い道だ。


 グリム・リーパーの <聖なる律法、不変な(ジャッジ・ザ・デス)る掟>は、かなりの負荷が掛かる。彼がアーツを放ち終わるまで、その重さに耐え切れるか不明だったが、そこは隠して話を持ちかけた。


 グリム・リーパーに色々未承諾の協力のもと、持続時間の検証と耐久テストを密かにしている彼女は、実に清々しい笑顔をしている。

 現実は、沢蟹たちの憂慮とは真逆なのであった。


「いけるか、アデル」

「何時でもどーぞー」


 グリム・リーパーの確認に、アデライードは剣を握っていない方の手をひらひらと振って彼に了解を示す。


 氷の頂に立った彼は、大鎌を振りかぶり身を撓らせた。


「<聖なる律法、不変なる掟>」


 振り抜く軌道にあわせ、赤黒い稲妻が鎌の先から放たれる。


 障害物のない常より高い位置から、更に高い位置への発動は、ラインブレイクを気にする必要もなく、中空をわが物顔に闊歩するモリグナに向かい存分に切っ先を伸ばす。


 軌道上にいたドレイクが巻き込まれ、次々と地上に落とされていく。


 落ちたドレイクは地上のプレイヤーがしっかりと処理し、ほとんど残っていなかったドレイクだったが、これでほぼ全滅となった。


 稲妻が伸びるほどアーツは重さを増し、グリム・リーパーの足元の氷に亀裂が走る。それを氷に刺した剣を通して感じ取ると、アデライードは<乱流拡散>で傷みを補強した。


「結構、もっていかれるな」


 今はまだ<命脈変換>を行うほどではないが、このままグリム・リーパーの重さが増せば発動することになる。


 どちらのMPが尽きるのが先か。


 アデライードは上唇をひと舐めすると、両手で剣を握りなおした。


「当てるぞ」


 次にくる衝撃に備えてだろう、グリム・リーパーが下にいるアデライードに声をかけると同時に、刃を切り返した事でラインが伸び、バズヴの腹を捕らえた。


 アーツを操るグリム・リーパーの重量が増す。足元の氷が彼の足型に砕け、足首まで身が沈む。


「クソ重ぇ!! 」


 バランスを崩し倒れないように堪えながら、グリム・リーパーは鎌を振り抜いた。

 その動きに、鞭のように撓った稲妻は捕らえたバズヴを弾き飛ばす。


「うわー、飛んでったよ……」


 グリム・リーパーが放ったアーツを器用に避けながら、ましゅ麻呂は見事アーツに腹を殴られる形で跳ね飛ばされたモリグナに心の中で手を合わせる。

 あの程度で、どうにかなる相手でないことは判っていたが、プレイヤーが一方的に蹂躙される存在ではないと学習させるためには、いいデモンストレーションだと感心した。


「しかし、手詰まり感半端ねぇな」


 『時の城』のシーと同系統だと判断したプレイヤーたちが、対策を講じてはいるが結果は芳しくはない。


「悔しいが、王様任せになるんじゃねーの」


 聞こえてきた鈴木の声に、ましゅ麻呂は唸ると自由落下に任せ落ちていきながら、どうしたものか首を捻った。



「殴り飛ばしたかー」


 沢蟹たちの場所からでは、グリム・リーパーが放ったアーツの雷光をはっきりと見ることは出来ないが、プレイヤーを追っていたモリグナが突然、弾き飛ばされるのは確認できた。


「あっちはもういいよ、若。こっち、何とかしないと」


 自分たちの上空にも一体、モリグナがいるのだと雪江が沢蟹をせっつく。

 彼らの上にいるモリグナは、この間にも攻撃を仕掛けてこようとはぜず、なぜか天を仰いでそこに留まり続けていた。僅かだが、彼らが目を離している隙に少しだけ上昇したようにも思える。


「こっちはこっちで、どうしたものかね! 」


 急かされた沢蟹は、<追撃待機>を無関係な方向に放って待機させると弓を引き絞り、ヴァハに標準を合わせた。彼女がこのまま動かなければ好機となる。


 蹲ったままのユミを守る<戦闘禁止区域>が、上から下へ、点滅するような淡い虹色の光を放ち効果時間が残り少ないことを示した。沢蟹の援護に回るか、再度ユミのために<戦闘禁止区域>を張りなおすか一瞬迷った雪江だが、彼女のためにペンを走らせる。


『 オォ・オ…… 』


 弦から指を離そうとした沢蟹の動きが止まり、彼のさして大きくない瞳が目一杯開かれた。


 ヴァハの開かれた口の上に、親指の先程度の光の球が浮かぶ。それは一瞬にして握りこぶしの大きさに成長し、更に彼女の頭と同じ大きさになった。そこで、光の球が割れる。


 閃光は、一瞬にして周辺を焼き払った。


『 アぁ、王よ……オ帰りナサいマセ 』




「即死魔法か」

「随分死んだぞ」

「範囲が広いな、どのくらいか判るか」


 パッシブアーツを持つキサキが目を細め、状態を分析する。彼の目をもってしても、今<栄光の国>がいる場所から災害が起こった箇所までは遠く見難い。


 ドラコーレプリーを屠り、第一MAPまで戻ってきていた<栄光の国>だったが、モリグナの動きを把握するため移動時間を有効に使い、観察しようと進行する速度を落としていたのが幸いとなった。


「多分……半径五十。いや、もう少し狭いかも」

「どっちにしろ、固まっていたら一撃だろ」


 キサキからの報告をセイコウが無碍なく切り捨てた。

 広範囲の即死効果。それだけで厄介だ。準備段階から魔法発動までの間に到底退避出来る距離ではない。


「死にに行くようなものね」


 隣から聞こえた抑揚のないジーニーの声に、ハトリは彼女を一瞥し、視線を正面に戻すと忌々しげに眉を寄せた。


 モリグナのあの速さに対抗できるアーツを持った人間がクランにいるだろうかと必死に思考を回転させるが、たとえレッドマーシュでも真っ直ぐに一方向にしか進まない<正義の剣よ、平定(フォーアンサー)せよ>では、正面に標的が来てくれない限り当らない。

 自由に光刃を動かせる<悪しき願いは三度まで(グロリアスホラーズ)>では、レッドマーシュが死ぬ危険性がある。


 グリム・リーパーが扱う<聖なる律法、不変なる掟>のようなアーツなら、空を飛ぶあのエネミーを捉えることは出来るかもしれないが、倒すところまでは辿り着けないだろう。

 エネミーの耐性やHPの問題だけではない。広範囲対応のアーツは総じて攻撃力が低いのだ。一点集中、もしくは使用者にマイナス条件が発生して高火力となる。


「少し、困ったね」


 困っているようには微塵も見えないレッドマーシュが、顎に手をあて目を閉じた。

 彼の頭の中では、三体のエネミーに対する攻略法が組み立てられているのだろう。黙ってしまったクラマスに、セイコウたちはそれぞれ顔を見合わせると彼の判断を待つことにした。



「嘘だろ」

「マジか」


 閃光に晒された。そう思った次の瞬間には地に伏していたプレイヤーたちは、状況が理解できず呆然と幽体となって立ち竦んでいた。


 光の球が炸裂する瞬間を見ていた沢蟹も例外ではなく、何の痛みもなく死亡した事に言葉を無くし、雪江は触媒紙が彼の指を離れる前であったことから、ユミが無事であるか動きが制限された幽体の体を必死に動かし彼女が蹲っていた場所に首を向ける。


 光を放ったヴァハは、多くの命を狩り獲ったこの場所にはもう用がないのか、恍惚とした表情でふわりと風に身を任せ、残りのモリグナがいる方向へ飛び去った。


「ユミりん、生きてる? 」


 雪江の声に、閉じていた瞳を開く。


 ゲームをやっている間だけは、日常で感じる身体の痛みを感じないで済んだ。どこも痛くない体。自由に動き回れる体。現実とかけ離れた自由な空間で過ごす時間は、ユミにとって夢のひと時だった。


 それが、日常と似たような痛みに襲われた。ただ椅子に座り、立ち上がっただけで背中や腰が刺し込む様な痛みに襲われる時がある。

 棚の上にあるものを取ろうと手を伸ばしただけで、肩や肩甲骨の下が引き攣るような痛みを訴えるときもある。


 強かに身体中を打ちつけ、転がり落ちたユミは仮想に現実が重なった気になり、痛みがひいても動けないでいた。


 だが、雪江の声にエフェクトがかかり、いつもと違っていたことで、ぼんやりとしていた思考がはっきりと冴える。


「雪さん? 」


 顔を上げ身を起こしたユミは、約束の丘を目指す亡者の群れのようになったプレイヤーたちを見て大きく目を開いた。


「k、生きてた」


 ユミの反応に雪江は胸を撫で下ろす。秒の差だったのだろうが、閃光が放たれ、即死の当たり判定が下されるよりも<戦闘禁止区域>の効果が消失するのが遅かったのだろう。


「まぁ、こーゆー状態なんで。オタクんトコの色男呼んできてくれる? 」


 沢蟹のライトな物言いに、振り子のトラのように小刻みに何度も頷くとユミは立ち上がった。


「あと、<戦闘禁止区域>で即死は回避可能。これ、重要だからちゃんと伝えて」


 蹲っていたユミには何が起こったのか判らなかったが、雪江がそう言うのだから大事なことだろう。ユミはもう一度頷くとジェームズを求め駆け出した。




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