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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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72/103

72 フロイデ防衛戦 10


「よし、これで終わりィ」


 アラベスクの矢によって狩り獲られたエネミーをハヤトが己が手柄のように宣言して小踊る。

 今倒したチチェバチェを最後に、アラベスクたちの周り半径三十メートルほどはエネミーの姿は確認できなくなっていた。


 彼らがいる場所から目視で確認できる範囲も、プレイヤーに囲まれたエネミーが点在するだけで、ほぼ制圧が完了しているといって過言ではない。

 <ポーラスター>と<スケアクロウ>の介入は勿論だが、幸か不幸か、ドラコーレプリーに屠られたエネミーも存在し、僅かながらもフィールド最強ボスに助けられた形だ。


「ジェームズ、ユミ回収してくれ」


 ここまでくれば、プレイヤー優位。あとは<ポーラスター>辺りがキマイラを討伐し、その報告があがれば攻城戦はプレイヤー勝利で終了となる。

 溢れるほど周囲にいた<ポーラスター>の人間が、潮が引くように消えたことからアラベスクはそう考え、戦闘終了とばかりに弓を背負った。


 アラベスクに言われ、頷くとジェームズはユミを探して空を見上げる。

 空を飛ぶドレイクも、今では数えれるくらいに頭数を減らし、すっきり空を見ることが出来た。相変わらず、ユミはモリグナと追いかけっこをしているようだが、何か考え事でもしているのか、少しばかり精彩を欠いた動きをしている。


「ユミ、そろそろ厭きたならこっちにおいで」


 ジェームズからの囁きに反応したのか、ユミはそれまでの進路から大きく逸れ、モリグナから一気に距離をとると空中で宙返りし逆さまに地上を見た。


「なんつーか、あそこまで進化すると楽しいんだろーなー」


 まだまだ発展途上となるハヤトは、彼が目指す完成形とは違うが似たような位置にいるユミを羨む。


「お前、動きだけで言ってるだろ。常にヘッドショットとウィーク突かないとまともに火力が出ないって話だから、ムチャクチャ神経使うし覚えること沢山あるぞ」

「わーってるよ」


 隣に来たタケルの突っ込みに唇を尖らす。


「ま。このゲームは、アーティファクト作ってからが本番って言う奴もいるしな。最終目標なんて、あってないようなもんだ」


 地上に降りていくユミをぼんやり見ていた二人の横にアラベスクが立つ。寛ぎムードの三人を背に、ジェームズはユミが自分たちの元に戻ってくるのを待った。


「そういえば、さっきから流れてるこの音楽なんっすか? 」


 当初から流れていたのかもしれないが、プレイヤー同士の声や戦闘音などで聞き取りにくかったものがドラコーレプリーが<栄光の国>に連れられ姿を消した辺りから微かに耳に届くようになり、次第に音を大きくしている。

 ハヤトに問われたアラベスクは、曲名までは判らないと首を傾げた。


「クラシックですよね」


 芸術関係に疎い三人が首を捻り、最後の望みと目の前の長身の男に視線を注ぐ。その視線を感じてかは判らないが、ジェームズは流れてくる音楽に耳を傾けた。

 彼の目が、記憶を探るように泳ぐ。


「死と……」


 思い当たるフレーズがあったのか、唇が動いた。


「死と乙女」


 何かに気づいたジェームズは息を呑むと一度アラベスクたちを振り返り、今度は空へと視線を投げる。そこには目を凝らさないと見えない悪逆非道が似合う運営らしい時空門が広がっていた。


「ユミ! 」


 彼女の名を呼び駆け出す。

 突如として走り出したジェームズに驚きつつも、アラベスクたちは理由を問うより早くジェームズを追って走り出した。


「おい、死と乙女ってなんだ」


 走りながらアラベスクは、PTチャットではなくクランチャットで誰か答えろと問いかける。


「死と乙女ぇ? 」

「クラシックでしょ」

「シューベルトだな」


 反応したのはキサラギとカタリナ、そしてフェルトン。もしかしたらフェルトンが一番、このクランの中では博学かもしれない。


「なぁ、死と乙女ってなんだ」


 キサラギは、突撃準備とばかりに軽く準備運動を始めた目の前の【魔法騎士】に声を掛けた。


「は? 」

「さっきから流れてるこの音楽のことか? 」


 今更? と言いたげな視線を二人から浴びてキサラギのハートがブレイクしそうになる。


「死は安息」

「死は恐れるものではない。ってやつだろ」

「お前ら頭いいな」


 即答で返ってきた答えに感心するのも束の間。


「アニメで使われてた」

「ドラマで使われていた」


 テレビっ子の知識にキサラギの膝が折れた。


 キサラギの心のHPを全損させたことを確認した二人は、顔を見合わせしたり顔で笑いあう。


「じゃ、行くか」


 フードを被り直し、大鎌を手にしたグリム・リーパーにアデライードは頷き返すと剣を引き抜いた。

 二人とも、ただ時間経過を待って過ごしていた訳ではない。


「全部ペイしてなかったことにしようなんて」

「そんなご都合主義、通用するかよ」


 白煙と赤黒い霧が巻き上がる。そのまま二人は、キサラギを振り返ることなくモリグナを討つため駆け出した。


「死は安息、死は恐れるものではない。だってよ」


 回復所から出て行った二人を見送りながら、キサラギは今聞いた言葉をそのままクランチャットで伝える。


「ああ、そうだな。死を恐れ拒絶する少女に、死神が死を受け入れるように諭すんだ。死は怖くない、死こそ安息だって」


 補足するフェルトンの声に、ジェームズを追いながらアラベスクは空を見た。


「ジェームズが空見て、慌ててユミんとこに行こうと走ってる。なんか見えるか」

「なんかって……あっ」


 アラベスクとモカは、パッシブアーツである【鷹の目】を持っている。走るのに必死なアラベスクは気づけなかったが、静止しているのだろうか、モカはすぐに何かに気づいたようだった。


「なんか、よく判んないけど時空門っぽいのがある」

「えっ」


 クランチャットが途端に騒がしくなった。


「でっかいよ。洒落にならないくらいでっかーい」

「色判りにくっ」

「でかすぎるだろ、あれ」


 聞こえてくる姦しい声をBGMにキサラギは空を見上げ考えていた。


 全部ペイ。ご都合主義。二人が残していった台詞を頭の中で反芻する。

 死と乙女、死は安息、死を受け入れろ。見えない時空門。慌てるジェームズ。


「まさか最悪、即死魔法とか降ってくるんじゃないだろうな」


 思わず零れたキサラギの声に、クランチャットが静まり返った。


「ありえる」

「やりかねない」

「流石、人はゴミ」

「早々にモリグナ倒さないとやばいじゃん」


 目的が出来れば、動きは早い。それぞれ動き出したのか、クランチャットに今後の行動についての一方的報告がなされる。

 時空門の範囲外に逃れることが出来そうな位置にいるものは、外に出ることを。モリグナ討伐に参加する者は、中心に向かうと次々に宣言しクランチャットから一時離脱していく。


「ユミさん、ユミさん」


 クランチャットが騒がしくなると同時に、タケルはそこから離脱しジェームズを追いかけながらユミに囁きを送る。

 ややあって、ユミののんびりした声が返ってきた。


「タケルさん? どうかしたの」

「どうって……よく判らないんですけど、ジェームズが凄い慌てていてユミさんの所に向かってます。ユミさんからこっちに来てもらえませんか」


 彼女が降りた場所からなら、アーツを繋げれば五分も掛からずにやってこれる距離のはずだ。なのにまだ姿が見えないということは、多分マイペースに寄り道をしながら移動しているのだと察した。

 もしくは、一緒にいたましゅ麻呂たちと何か話していてこちらに歩いてくるのが遅れているのかもしれない。


 実際、タケルの考えは当っていてジェームズに呼ばれ、アラベスクたちの元に行くとましゅ麻呂に伝えたユミは、彼らのPTを抜け、途中寄り道にならない程度に近くのMob狩りに参加しつつ、空から確認した彼らがいた場所へ向かっていた。


 アデライードを運んだ時のように、<迅雷>と<飛燕>を駆使すれば一足飛びの時間で行ける距離ではあったが、プレイヤー優位のこの状態ではそれほど急ぐこともないだろうと感じての散歩気分であった。


「まぁ。あの人が慌てるなんて」


 珍しいわね。


 状況の変化に気づいていないユミが暢気に笑い、ジェームズに何があったのか聞こうと囁きで彼を指名しかけた時、背後から迫る気配に反射的に横に飛び退いた。

 ユミがいた場所をモリグナの一人が地を抉りながら飛び去っていく。


「あら嫌だ。御指名? 」


 ユミは双剣を握り直すと<飛燕>で空に上った。


「タケルさん、ごめんなさいね。オマケを連れて行くわ」


 イヤリングから指を離し、会話を切る。


「あなたの名前は、なんだったかしら」


 自分に向かい爪を立てるモリグナに対し目を凝らせば、ヴァハと個人名が表示された。


「人ノ子・終ワル」


 常の鳴り響くような声ではなく、ユミにしか聞こえないような声量でヴァハがユミに話しかける。


「どうかしら。意外と皆しぶといわよ」

「愚カ・王ガ来ル」


 繰り出される爪を双剣で弾きながら地上と空中を行き来するユミの姿に、他のプレイヤーがモリグナが攻撃に転じたことを知って声を上げた。


 ヴァハだけではない。傷を癒すため空中に留まっていただけだったバズヴも、ましゅ麻呂が追い掛け回していたネヴァンも、突如豹変し纏まって地上で戦闘行為を行っているプレイヤーを狙い襲撃を始めている。

 アーツを駆使して飛び回るDD以上の速度で、空から急降下してはプレイヤーを一撃して去っていくモリグナたちに対処が間に合わず、煩わしさを感じながらも放置するしか手がない。


 一部、彼女たちの速さに対応できるDDが後を追うが、<飛燕>で追える距離に限界があり、高度が届かず地上に帰らざるをえなかった。それでも幾人かは、モリグナたちの動きを先読みし、迎撃に成功はしている。

 だが、やはり自由に飛び回るモリグナとは違い各プレイヤーが抱えるMP問題から阻む手が疎らになっていく。


 それはユミも例外ではなく、【死者と死の精霊の眼(サザンクロスエッジ)】の特殊効果を狙い、途中でMP回復量にブーストをかけるため納刀し、逃げの一手となった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 白目を剥き、涎を垂らしたチチェバチェの顔を間近で見てしまったミケは、あまりの気持ち悪さに悲鳴を上げ、自分を守ってくれるクランメンバーたちを置いて一人逃げ出した。


 ただ、あの顔が恐ろしくて。少しでもその場から離れたいという本能のまま碌に前も見ず、ひたすら走る。


 やがてパニックが収まりかけた頃、今度は横から現れた何かに真正面からぶつかってしまった。

 何に当ったのか判らない。またあのエネミーだったらどうしようかという恐怖と、ぶつかった衝撃でかたく目を閉じる。


「すまない、大丈夫か」


 倒れると思ったが、長い腕に抱き留められ転倒は免れた。聞こえてきた声に、恐る恐る目を開く。

 まず自分を守るように抱きしめてくれているプレイヤーの装備が目に入り、推測されるその価値にミケは瞬きを繰り返した。エネミーへの恐怖は一瞬で立ち消え、打算が彼女の思考を冷静にする。


 待って、背が高い。いくつくらい?

 私がすっぽりってことは、百九十くらい?え、ヤダ、合格。


 右手に杖で、左手に魔導書ってことは両手持ち! ヤバイ、合格。


 しかも、このマグスコートってオージンローブ?

 絶望(レア)装備じゃん、合格!


 顔……って、ちょ、ま。なんで外人?

 しかもイケメン、ヤバイ、イケメン! マジ合格!!


 声ぇぇ。死ぬ。

 どこから出てるの、どこから出たらそんなイケボになるの。

 ちょっとボタン連打したい! 合格ボタン連打ぁ!!


 自分を見上げる腕の中の存在に、ジェームズは微笑みかける。


「急いでいたからね、ぶつかってすまなかった」


 謝罪を口にすると、腕を解きミケを解放した。


 しかし、ハートを撃ち抜かれたらしいミケは言葉を発することなくただジェームズを見上げる。彼女が何も言わないことに少し困った顔になったジェームズが、アラベスクたちに救いを求める前に、彼はミケの名を呼びながら走ってくるプレイヤーに気づいた。


「PTの人かな。今度は、はぐれないように気をつけたまえ」


 先を急ぐジェームズはミケに背を向けようとするが、彼女は彼のローブの袖口を掴んで離れるのを拒む。


「ま、待って。私こそ前を見ていなくてごめんなさい。あと、転ばないようにしてくれてありがとう」


 両手を重ねるように一点を握ることで腕でV字を作る。この状態で両脇を締めると装備の隙間から見える胸が強調され、不自然に豊か過ぎないむっちりとした谷間が際立つ。身長差を意識し、顎の引き加減を調整しながら上目遣いにジェームズを見上げた。


「なら、お互い様だ。気にすることではないよ」


 自分の瞳を覗き込んでくる彼の瞳は、青とも灰色ともつかない不思議な虹彩をしている。だが、自分の目を見て微笑んだだけで、すぐに彼の友人たちに顔を向けてしまった相手は、折角演出した胸の谷間に一瞥すらくれなかった。


「アラベスク、ユミの方向は」

「判らん、だいぶズレた」


 むむ。この四人は、PTってことかしら。


 矢を番え、周りのエネミーを警戒するマヒガン装備の男に目を向け、さらに近寄ってきた残り二名の容姿も確認する。


 やっぱり、メインはこの魔法職ね。断然、イイ男。


 ミケはスルスルと掴んだ布を伝い、ジェームズの腕にそっと自分の指を重ね置く。ミケが近づいたことに驚いたのか、再びジェームズの意識が彼女に向いた。


「あのぉ」

「俺判ります、あっちです」


 ジェームズを繋ぎとめようと紡ぎかけた言葉をタケルが遮った。

 完全な不可抗力であったが、自分を見ていた瞳が再び逸らされてしまう。その事にミケは、彼らから見えない位置に顔を向け、薄く下唇を噛んだ。


「私たちは、もう行くから」


 頭の上から降ってきた声にミケが顔を上げるのと、ジェームズに触れていた彼女の手がやんわり払われるのは同時だった。


「え、ちょっと」

「タケル、案内を頼む」


 追いすがるミケの声など興味がないのか、振り返りもせず楯を装備した剣士に先導されるまま走っていってしまう。


「待っ……クソ楯」


 走り去る四人組の背を見つめながら、ミケは歪む顔を隠そうともせず忌々しく下唇を噛みしめる。


「大丈夫か、ミケ」

「怪我はないか」


 既にミケに追いついていたが、ジェームズと何か話しているようだったために声をかけないでいたクランメンバーが、彼らが立ち去ったことで漸く彼女に声をかけた。

 その声に振り返った彼女の顔は、いつものおっとりとした無邪気な笑みに戻っている。


「遠くに行っちゃダメって言われたのにぃ、猫ちゃんに怒られちゃうね」


 花が萎れるように笑顔を消し、項垂れる彼女にクランメンバーが大丈夫だからと口々に慰めの言葉をかけた。


「ここは危ないから、皆のところに戻ろう」


 反省しきりといったミケの肩に一人が手を回し、彼女が歩き出すことを促す。


「うん。ごめんね、ありがとう」


 その腕からスルリと抜け出すと、ミケは一人で歩き出した。




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