71 フロイデ防衛戦 9
剣身が光刃により三倍ほど延長され、形成された長大な光剣がドラコーレプリーの頭部に打ち下ろされる。
『 ……っ、不発 』
ダメージエフェクトは出たが、効果は発動しなかったことを確認し、レッドマーシュはバックステップを繰り返し一気に後ろに下がった。その足元を狙い、滑り込ませるようにヒシボシが時空回廊を投げ入れる。
<時魔法・座標変換>の影響下でありながら、その拘束を物ともせず、身を立ち上げつつあるドラコーレプリーは、前のめりな前傾姿勢で正面に火炎を吐き出す。逃げたレッドーマーシュに火炎が届く前に、彼は時空回廊によって離れた場所に立つヒシボシの元へ瞬時に転移した。
転移魔法を利用してのヒットエンドラン戦法は、現実的ではない。転移方法が限られている上、効果圏内に入ってから転移開始までの僅かな待ち時間がある。
詠唱者のみ移動できる<瞬間移動>は即時発動だが、その前に詠唱時間が必要だった。先に時間をかけるか後に時間をかけるかの差だ。
そして何より、転移には座標指定が必要。事前に座標が記録されたアイテムが必要なのだ。
ヒシボシは途中までレッドマーシュと行動を共にし、彼のアーツが不発だった場合、逃れることが出来るように事前に退避する位置の座標を記録していた。
そして、レッドマーシュがアーツを放つ前に一気に安全圏となるであろう後方へと下がった。
あとは、タイミングを合わせ<時空回廊>を発動すれば、術者がいる場所と座標指定された場所が繋がり二箇所を自由に行き来できる。即断対応が出来る実力者が揃い、パターン化された戦い方の<栄光の国>ならではの緊急避難だった。
「死ななくてよかったよ、<不連続な境界面>」
ドラコーレプリーの伸びた首を狙い、スケアが脇から飛び込みグリム・リーパーが付けた傷跡に重ねるようにアーツを放つ。
アデライードが氷を主として扱うのに対し、同じ【魔法騎士】でもスケアは水そのものを扱う。砕け散った波のような派手な飛沫がドラコーレプリーの首で上がった。衝撃にドラゴンの頭が左右に揺れる。
『 お前に即死で獲られたら、俺たちの居る意味がないからな! 』
イツキが片手を挙げると待ち構えていたかのように彼の部隊員が動いた。その動きを受け、ドライ隊も一部がそれまでの待機位置から移動する。
角も結晶も失くし、耐性、抵抗ともに低下しているはずのドラコーレプリーが、それらを微塵も感じさせない動きをしたことでイツキ率いるツェーン隊は作戦を変更し、大楯を構える者がわざと横一列にドラゴンの前に並んだ。
彼らの楯スキルをもってしても、ドラコーレプリーの吐き出す炎を耐え切ることは出来ない。
狙いはただ一つ、<主神の大楯>を利用してのステータス低下。
『 ドライ隊、<蘇生>と<座標変換>準備 』
いつもならスケアとペアを組むヒシボシだが、今回はレッドマーシュのフォローに当っている。それでも常のクセで、スケアの行動を気にかけつつ自分の属する部隊に指示を出した。
『 オレの仕事、なくなるじゃなーいの 』
普段はヒシボシ任せだが、今回は自分が真面目に指示を出そうと思っていたスケアが目が合ったヒシボシに愚痴を垂れる。
『 アンタはもう少し下がれ、そこはまだ威圧の圏内だ。吹き飛ばされて死ぬぞ、貧弱HP 』
ヒシボシに言い返され、スケアは下唇を突き出し不承不承で後退した。
『 さぁて、仕切りなおしだ。頼むぜ、クラマス! 』
<座標変換>の効果時間が切れ、二足歩行状態となったドラコーレプリーが首を撓らせる。火炎ブレスを吐き出す予兆を感じながら、キサキは晒された胸に<攻撃連鎖>を撃ち込んだ。
直立状態から正面へ吐き出される火炎に楯役が煽られる。彼らを弾き飛ばすまで、ドラゴンは火を吐き続けるだろう。
その時間を狙い、<追撃待機>を携え、<豪気戦弓>を持つ者が心臓まで撃ち抜けろと一斉にアーツを放った。術後の硬直時間を考えない、これで終わらせると言わんばかりの攻撃にドラコーレプリーはよろける様に後ろに下がる。
『 <正義の剣よ、平定せよ> 』
光は、今度こそドラゴンの硬い甲殻を撃ち抜き、背中から天へと昇って消えた。
『 やったか 』
『 まだだ 』
『 ドラゴンの心臓は二つある! 』
HPゲージ全損。だが、それは瞬く間に回復し、新たなゲージが現れる。
バランスを取ろうと尻尾が左右に振られ、身を支えるように地面に付いた。それにより、ドラコーレプリーは仰向けに倒れることはなく、前のめりになるように四足歩行へと体勢を変える。
『 二度目は、最初の半分だ 』
タスクたちを起こし終わったマツが叫ぶ。ドライ隊から<座標変換>が落とされた。
『 一気にタタメ! 』
イツキの鬨に全部隊が一斉に動く。
「アンタも大概、無茶しすぎですよ」
最後の詰めに参加する気はないのか、剣を収めたレッドマーシュに回復魔法を掛けながらヒシボシは一言物申した。
ドラコーレプリーの火炎ブレスは熱風を伴う。炎に当らなくても風に煽られただけでダメージは受けた。
レッドマーシュが振るう【報復の死】は、特殊効果としてHP七十五パーセント以上で攻撃・防御・クリティカル百パーセント強化と高性能だが、デメリットとして被ダメージ二倍と代償を持つ。
まともに受ければVIT型であろうとHPの半分近くを持っていかれる熱風を被ダメ二倍の制約を持つレッドマーシュが受ければ、即死しかねない。今回はヒシボシの対応が早かったため掠め当りで済んだが、それでも彼のHPはデッドゾーンに突入していた。
「死ななければ、どうということはないさ」
倒れた大楯を持つ者も順に蘇生され、次々に戦列に加わっていく。その様を確認してから、レッドマーシュはヒシボシに視線を移し、彼に笑いかける。
「それに、ボクがいなくても<栄光の国>は、最高に強いだろ? 」
「……」
宝物を見せびらかすような満足げな笑みに、ヒシボシは溜息を吐きながら首を振ると、もう一人いる彼の担当する問題児を探してドラコーレプリーに視線を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「猫ちゃん、行かなくていいのぉー? 」
猫耳を象った明るい茶色のカチューシャをつけた少女が、隣に立つ同じくらいの背格好の少女の顔を覗き込みながら問いかける。
「行くって何処へ」
近すぎる顔に、思わず背を仰け反らせながら黒猫は声をかけてきたミケに聞き返した。
「何処ってぇ、キマイラとか、キマイラとか、ドラコーレプリーとか」
見た目より幼い仕草で、ミケは指折り数える。
「ドラゴンは<栄光の国>が何とかするし、キマイラはエースたちに任せておけば何とかなるわ」
「それは、そうだけどぉ」
ミケが首を傾けると肩を隠す程度に伸ばされた色素の薄い髪がサラリと流れた。透き通るとまでは言い難いが肌の色は白く、大きなアーモンド形の瞳も髪の色に合わせてセピア色をしている。
女性受けとしては真っ二つに意見が分かれそうな見た目だが、男性には満場一致に近い支持を得るだろう。ましゅ麻呂が一部性癖を狙い打つキャラメイクだとしたら、ミケは異性に対し全方位射撃だ。
「でも、猫ちゃん。さっきからずっと見てるだけで何もしてないじゃない」
あなたも私の横に居るだけで、何もしていないじゃない。言い返したくなるのをぐっと堪え、黒猫は目下の目的へと戻ることにした。
「私は、ちゃんと仕事をしているわよ」
「仕事? 」
「そう」
ミケという存在は、それなりに使い勝手がいい。彼女自身、それを判っていて<ポーラスター>にいるのだから、お互いに共存関係。言ってしまえばwinwinな関係だ。
「仕事ってぇ。皆のこと、見てるだけなのに? 」
両手を丸めて双眼鏡のようにすると、くるくると周りを見渡し、その格好のまま黒猫を見る。
「見るのが仕事よ」
自分の顔の前に突き出されたミケの手をやんわりと払った。
「攻城戦が始まって随分経つわ。この段階で引き上げている人間は、難しい人たち」
「難しい? 」
叱られた両手は背中に隠し、ミケは黒猫に擦り寄る。
「攻城戦は、割と形振り構っていられないから。皆、自分の一番使いやすい、火力のある武器を使う」
「……」
「あとは動きがいい人ね。クランのタグがついていなければ尚良し」
「……選別」
黒猫が何をしているか理解したミケは、一歩、彼女から距離を取った。
「戦い方が派手すぎても駄目。自己顕示欲が強い人はトラブルの元だもの。真面目で、律儀。自分より他人を優先して事故死するような人がいいわね」
「猫ちゃん、鬼」
「あら、あなたも同じ穴の狢でしょ」
自分では動かず、囲いに働かせてレアドロップを掠め取る。ミケの在りように黒猫は苦言を呈することはなかったが、時折釘はさした。
「私、お仕事してくる」
攻城戦を利用し、新しくクランに勧誘するプレイヤーを見定める。黒猫の作業を邪魔したことで彼女の機嫌を悪くしたのだと気づいたミケは脱兎のごとく黒猫の前から逃げ出した。
「あまり中まで入っては駄目よ、あなた弱いんだから」
黒猫の忠告に足を止め、一度だけ振り返るとミケは子供のように頬を膨らませ再び駆け出す。二人から少し離れた場所で様子を伺っていたプレイヤーが、ミケを追おうとして躊躇い黒猫の意思を確認するように彼女を見る。
ミケの囲いと目が合った黒猫は、無言で頷いた。クラマスの許しが出たことで、プレイヤーが三人ほどミケの後を追う。その後姿を見る黒猫の目は冷たかった。
「おい、あまりミケを苛めてやるな」
いつの間にか傍に来ていたサブマスであるアサミが、ため息混じりに黒猫に声をかける。
「キマイラ終わったの? 」
「いや。人数過多っぽかったから、こっちに引き上げてきた」
「そう」
<ポーラスター>は、このゲーム最大クランといっていい規模だ。積み上げてきた信頼、実力者も多く所属し、友好的。だが、綺麗ごとばかりでは巨大すぎるクランの運営は出来ない。
欲しいプレイヤーがいれば勧誘し、時にクラン単位での吸収も厭わない。そうして<ポーラスター>は肥大化してきた。
「どう、面白いのいた? 」
「何人かはね。でも、やはりグランカスター勢は強いわね」
「<スケアクロウ>と<SUPERNOVA>か」
「他にも幾つか。目を引くとその辺りだもの」
今回は、いつもの攻城戦と勝手が違いドラコーレプリーに翻弄された部分が大きい。いつもなら荒涼とした砂漠での立ち回りが、自然美観地域のような場所に召喚されたことで木々は延焼し予想以上にプレイヤーたちは混乱していた。
元から<スケアクロウ>に話をつけ、グリム・リーパーに犠牲になって貰う算段であったが、追い込まれた状態でよく動くプレイヤーは、どうにも手の届かないクランに属している人間ばかりだ。
「ま、ミケが適当に拾ってくるだろう」
アサミの暢気な発言に、黒猫は期待はしていないというように首を横に振る。
ミケの『お仕事』は、彼女の言動に庇護欲をそそられる人間を探して集めてくる作業だ。自由奔放、純真可憐。言葉をオブラートに包めばどうとでも表現できるが、結局は自分の囲いを増やす作業に他ならない。
「いつかあの子が、災いを持ち込むんじゃないかって心配だわ」
「今までだって、ミケみたいな奴はいただろ。全員、最後はお供を連れて出て行ったじゃないか」
「……」
「お前より上に行きたいってなったら、出て行くしかない。だが、残念だけど、あいつは頭がいいよ。<ポーラスター>に寄生していたほうが利があるって判ってる。だから、大丈夫だ」
「クラン的には、全くもって大丈夫に思えないんだけど」
胸の前で腕を組むと黒猫は顔を顰めた。そして、考え込むようにミケが消えた方向をじっと見つめる。
「……でも、そうね。あの子は巧くやってるわ」
女王蜂は一人でいい。よくある話だ。マウントの取り合いでクラン崩壊なんて、ありがちすぎて今更過ぎる。だが、ミケはその点、問題視されるほど目立った行いはせず、上澄みを薄くひと舐めして満足しているようだった。
彼女が何を考えているかは判らないが、髪型やアクセサリーなど自分と同じものを身に付けたがり、サロン・ド・リモでアバターまで自分に寄せてきた時はちょっとした恐怖を感じたものの、それほどにミケが自分に懐いていることくらいは黒猫にも判った。
「ミケは大穴当てる強運持ってるからな、とんでもないの引いて来るかもしれないぞ」
「えっ、ヤダ。トラブルの予感しかしないじゃない。呼び戻そうかしら」
耳飾に手を当てた黒猫を笑うとアサミは空を見上げた。
「おい、黒猫」
焦ったようなアサミの声に何事かと横を見る。アサミが空を見ろと目で示すのに従い、空を見た黒猫は怪訝そうに眉を顰めた。
アサミが何を見ているのか判らない。空には相変わらず【戦いの女神】が飛び回っているだけで、さしたる変化は見られなかった。
だが、彼は何かを確実に見つけている。
その変化を探そうと見える範囲を隅々まで頭を動かし、見回す彼女もあってはいけない事象に気づき短く声を上げた。
「なん……なの、何を召喚する気……」
既に攻防戦はプレイヤー優位で、キマイラが討伐されれば結審となりプレイヤー勝利となるはずだった。その後、【戦いの女神】がどのようなアクションをするかは未知数だが、それでもプレイヤー勝利の図は変わらない。
そのはずだった。
だが、今、黒猫たちが気づいてしまった事柄は、まるでクローズベータテストの最終日を彷彿とさせるもので、あの日を経験している彼女たちは言葉を失った。
注意深く目を凝らさなければ判らない。
それほど薄く、紫紺の空に溶け込むように不透明。しかし、それはそこに確実に描かれ、姿を現そうとしていた。
ドラコーレプリーを召喚した時空門の比にならないほど巨大な召喚を表す魔法陣が、鼓動を繰り返すように脈打ちながらゆっくり空に広がっていく。
アデライードもスケアも同じ水+風の複合なんですが、
アデライードは水を圧縮することで氷を作り出す構造
スケアは水を加圧し水流として扱うことで水流の当った部分を吹き飛ばす構造
アデルが乱流拡散を使えば、サッ○ロ雪祭りですが、スケアが使うとただの洗濯機です。




