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途中、3匹ほどクランプホーンを討伐し、音がした方向に移動していけば5分と掛からずジェームズを見つけることが出来た。元々が移動しながらの狩りだった為、かなり北上していたようだ。
小高い丘の上から見下ろすと、やや遠くに杖を構えたジェームズが見える。周囲にユミの姿が見えず、アラベスクの言うようにクランプホーンを集めに行っているのだろうかと考えていると、ジェームズから少し離れた場所に光の粒子が集まり始めた。間を空けず薄い光の膜が剥がれ落ちるようにしてクランプホーンが現れる。
ポップした気配に気づいたのかジェームズがそちらを向き、自然な仕草で杖を掲げる。すると彼の頭上に見たこともない大きさの火の玉が生まれた。
ただ、杖を上げて下げる。
ジェームズが行った動作はそれだけだった。
杖を持たない手に開かれた魔導書が煌めき、同時に頭上の火球が瞬く間にクランプホーンに迫ってその存在を消し飛ばす。
「俺の知ってる火魔法じゃない」
広域判定を持っているのか、クランプホーンがいた場所の地面が溶け赤く変色している。
「なぁ、牛一頭相手にあんなでっかい火の玉ぶん投げるものなのか? 」
顔を青くしたタケルの反応は至極当たり前のもので、アラベスクはジェームズを語るのは自分しかいないといった匠の風格で何度も頷いてみせた。
「<破壊魔法・火球>使ってるって事は、スキルよりステ戻しだろうな。あのくらいやらないと判定がないのかもな」
「完全にオーバーキルだろ。しかも、やたら詠唱早くないか? 」
「<常時効果>の『<詠唱短縮>』にINTとDEX、あとは装備効果か。アイツのコートやたら刺繍入ってるだろ、袖とか襟とかレースついてるし。見た目が豪華な分だけ、補正も凄い。その辺は判りやすくていいよな」
NPCの店売り装備を基準に考えるならば、やはり値段の高いものは補正値も高く、絢爛な見た目になっている。
アラベスクは、いつだったか新調したばかりのマグスコートを着たジェームズをカタリナが何か悍ましいものを見るような目で見ていたことを思い出していた。
「俺はやったこと無いから判らんが、カタリナがあのコート見た瞬間、「SAN値直葬」って叫んでいたぞ」
「SAN値直葬って……」
普段、姐さんと呼ばれる彼女の絶叫を忘れられるはずがない。そして、その隣で打ち上げられたマグロになったモカの姿も。あの姿を思い出すたびにアラベスクは今でも笑いがこみ上げてくる。
「迷宮探索に潜った時の現物ドロップをリビルドに出したって言っていたけど。そもそも、時の城に挑める連中自体レアなんだから、ソコ産なんて絶望装備だろ。そりゃ同職なら叫びもするさ」
「ああ、それは……」
時の城はワルター公国領の東南端、大陸の端に聳え立つ元は巨人が住んでいたという棄てられた城だ。城の形や材質がマルグリットの白亜の城に似ていて、関連性を疑うプレイヤーがNPCから情報を集めているが『巨人を討ちし英雄』の話に終始し、マルグリット帝国との関連は解明されていない。
「うんで、<両手持ち>だ。杖にしろ魔導書にしろ、あの辺りを使う奴らはカタリナと違って純系だからな。普通は杖だけ、魔導書なら片手はペンの筈なんだよ」
「あ、ああ。確かに」
タケルは自分の知り合いの魔法職の姿を思い浮かべた。
ジェームズのように杖と魔導書を装備している魔法職は知り合いの中に勿論いないし、両手持ちを見た事はあるが、それはマルグリットの帝都で時折見掛けるくらいで稀だ。
杖は『魔法』発動が音声入力になるため決められた文言の詠唱が必要となり、魔導書の場合は専用のペンと触媒紙と呼ばれる消費アイテムを使用し、『魔法』ごとに決められた図形を触媒紙に書き込んで発動させる。
呪文詠唱を必要とせず、ペンも使わない両手持ちの魔法発動原理が判らず、タケルは唸った。
「多分だけど、あいつ等<両手持ち>は魔導書自体に登録してある『魔法』を『<詠唱短縮>』で呼び出して使ってるんだよ。だから、キャストタイムをほぼゼロで発動してると思うぞ。キラッと魔導書が光っただろ」
「は? 」
もし、そんなことが可能ならもっと魔法職が溢れるはずだ。タケルが口を開く前に、アラベスクがそれを言葉で制した。
「<両手持ち>の条件はINT100・DEX100。メリットは、ほぼ無詠唱での魔法発動。デメリットは魔法消費MP30%増加だ」
「な……」
ステータスの最低値は5であり、それ以下には出来ない。INTとDEXに200取られ、STR・AGI・VIT・LUCに5ずつ。手持ちで自由になるのは30しかない。
生命力に直結するVITはHPや防御力に影響し身体の頑丈さ、持久力を表す。筋力のSTRは、打撃属性の攻撃力だけじゃない。HPにも僅かに影響がある。どちらかに多く振っているか、均等に振ったところでどちらも20。そんな数値では、クランプホーンに突撃されたら簡単に消し飛ぶ防御力とHPしかない。
<両手持ち>なんてピーキーな選択をする人間が『練成』したとして、INTやDEX以外にポイントを増やすものか。
「だから1確なのか……」
ありえない。と、首を横に振るタケルの耳に地響きが聞こえた。
「ユミが帰ってきたみたいだな」
音がする方向を見れば、うっすらと砂埃が立ち上っているのが判る。暴走するモンスターの群れを引き連れるように、前をぴょこぴょこと飛び跳ねながら走る白い服の少女がいた。彼女の手にした武器が閃くたびに、クランプホーンが嘶く。タケルは片手剣の剣士だが、同じアーツは使える。ユミが衝撃波を使っているのは一目で判ったが、飛距離が自分より長く正確なコントロールに目を見張った。
「また随分集めたなぁ」
呆れとも感嘆ともとれる声色でアラベスクが呟く。タケルは言葉を失い、ジェームズの元へ一直線に走ってくるユミを見ていた。
「20匹以上いるだろ、アレ」
見慣れているのか横に立つ男は軽く笑っているが、笑い事ではない。近づくにつれ、群れの全体像が見えてくる。確かに1匹なら先ほど見た魔法で焼き殺すことは可能だろうが、あれほどの大群を屠る事など出来様ものか。
「笑ってる場合かよ! 」
慌て、助けに行こうと踏み出すタケルの足をアラベスクは自分のそれで引っ掛け彼をその場に転ばした。
「あぶねーから、ここで見てろ」
転ばされた事に驚き、四つ這いの姿のまま相手を睨み付けるが、アラベスクはそんなタケルを気にすることなく顎をしゃくって見てみろと促す。
「……」
憮然とした顔で視線を戻すと空を翔る少女の姿があった。
「……空って走れるものなのか」
「ユミだからな」
「……」
一歩、二歩、と片足でジャンプするたびに足元が輝く。多分、何か空中に足場を作るアーツを所有しているのだろう。何段飛びかで階段を駆け上がるように空中にユミが逃れるとジェームズの杖が上がった。
「え……」
今見たこれは何だろう。
一人のプレイヤーが集めてきたモンスターを、待っていたもう一人が一瞬で蒸発させる。確かにクランプホーンのHPはそこまで高くないし、硬すぎる敵でもない。盾役がヘイトを集め続ければ、範囲殲滅を得意とする魔法職なら焼き切れないわけではないだろう。
だが、たった一人で、一度の詠唱で、あの数は無理だ。
まるで炎の高波だ。一瞬で立ち上がった炎の波は、走ってくるクランプホーンを全て飲み込み押し流す。いや、炎に飲まれた段階で既にクランプホーンは焼失していたのかもしれない。波が引いた後の大地は、やはり溶けて赤黒く変色していた。
あまりの光景に感覚として汗が噴出し、タケルの体温が一気に下がる。
「いくらPvPが無いとはいえ、あれに巻き込まれたら生きた心地がしないからな」
アラベスクはジェームズを元『聖賢』と言った。今のジェームズの称号は『聖賢』ではないのだろう。ならば、『聖賢』に戻ったら、一体どんな事になるのかと空恐ろしさにタケルは冷えた体を震わせた。
「あ~、討伐数が今ので120超えたわ」
言われ、確認すると127となっている。この丘に着いたとき確認した数は100を超えていなかった。あの後、喋っていた時間分増えているとしてもあの二人が押し上げた数が多い。
「やっぱアイツらいると早ぇな。僥倖、僥倖」
一人頷き、アラベスクは行くぞ。と座り込んだままのタケルに声を掛けた。
「アイツらお人好しだから、道中狩りながら村に戻ると思うけど、さすがに自分のノルマ終わってまで、今みたいな仕事しないだろうからな。俺らは作業戻ろうぜ」
「ああ」
立ち上がり、身体についた土や草を払う。タケルは丘を下っていくアラベスクを追おうとして一度振り返りジェームズたちを見た。アラベスクの言うように村に戻るのだろう、二人連れ立って歩いていく。
背の高い魔術師に身振り手振りを交えて楽しそうに何かを話している小柄な双剣士。そして、そんな彼女に微笑みながら頷く魔術師。
「やっぱ、犬にしか見えねーわ」
肩を竦めると、タケルはアラベスクを追って走った。