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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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68 フロイデ防衛戦 6


 能面のように感情の欠落した顔で、レッドマーシュはドラコーレプリーが抵抗するプレイヤーを火炎に巻いて屠る姿を眺めている。

 各隊は彼の指示を待ち、沈黙していた。


 周りには彼らと、彼らに付随するプレイヤーの姿しかなく、第一MAPでは戦いに忙しく、こちら側に気づくプレイヤーもいない。

 例え気づいたとしても、彼らの存在を疑問に思う思考の余裕もないだろう。


『アタナの好きにするといいわ』


 猫耳を模ったカチューシャがトレードマークの女の姿を思い浮かべ、レッドマーシュの目の奥に冷たい焔が揺れる。


 第一MAPに進入する直前、時空門からドラコーレプリーが姿を現すのを見て進行を止めた。対攻城戦モンスターとの戦いしか想定していなかったこともあるが、彼の耳に黒猫からの囁きが届いた事も原因だった。


『悪い話ではないと思うの。<栄光の国(アナタたち)>が、外側にいたことも運命だと思わない? 』


 ドラコーレプリー程度(・・)、<栄光の国>なら簡単でしょう。


 黒猫という女は、油断ならない。彼女を評する時、多くは献身的で行動力があり、分け隔てすることなく接してくれるという。

 実際、そうだろう。

 だが、一歩踏み込めば、それは人誑しが巧いだけの話だ。


 レッドマーシュと黒猫は、やり方が違うだけで共に自分の王国を築いている。

 ただそれが、作為的か無自覚かの違いでしかない。


「まだ待機なのか? 」


 ドラコーレプリーが吐き出した火球が、既に火災が起こっている雑木林に飛び込み、火災旋風が巻き起こった。これ以上放置すれば、二次災害でエネミー討伐どころではなくなる。

 痺れを切らしたツヴァイ隊のキサキが、レッドマーシュに声を掛けた。

 本来なら少し落ち着きのないセイコウの役回りだが、彼はタモンを伴いドラコーレプリーに接近している。彼らだけを先に行かせた事も、キサキにとっては不満だった。


「合図がある」

「合図? 」

「我々への花道の対価は【魔法騎士(マギナイト)】二人分だそうだ」


 自分たちに加え、【魔法騎士】が二人もいれば、時間は掛かるかもしれないが現状を打破することは可能なはずだ。なのに参戦しないレッドマーシュにキサキは懐疑的な目を向ける。

 しかし彼は、自分を一瞥しただけでドラコーレプリーに視線を戻してしまった。

 クランマスターに、これ以上自分と会話をする気がないのだと判断したキサキは、黙って自分の持ち場へと戻っていく。キサキが立ち去る気配を背中に感じながら、レッドマーシュはドラコーレプリーの向こう側にいるであろう白と黒の【魔法騎士】を想像し、ゆっくりと目を細めた。


 【魔法騎士】二人分。


 黒猫が提示した条件は、決して軽くはない。【魔法騎士】には、九百秒ルールがある。

 ユーザーから最高火力とまで言われ、手間と時間と金さえかければ誰でもなれる【魔法騎士】。誰しもがなりたがり、なって当然の称号だが、それを冠にしているプレイヤーは少ない。称号制度は様々な恩恵をプレイヤーに与えるが、デメリットがないわけではない。


 【魔法騎士】の使用人口が、全プレイヤーの一パーセントに満たない理由がそこにあった。


 【聖賢(セージ)】はスイッチングという選択肢を与えられ、MP回復阻害という九百秒ルールが適用された。それに対し【魔法騎士】は、デスペナルティとして九百秒ルールが与えられた。彼らは死んだら九百秒間、一切のアーツが使用禁止となり、装備品が外れることはないがステータスは擬似的に初期値に戻される。


 いわば一種の戦力外通告。だから死ねないし、死ぬような真似もしない。

 死なないという絶対的自信とそれを裏付けるプレイヤースキルがなければ、【魔法騎士】ではいられないのだ。


 それを黒猫は、華麗に殺してくれるという。


 特に一人は、例えゲームの中でも死ぬことが大嫌いな人間。レッドマーシュの中では、今でも覚えている。自分を殺しに来た、あの時の顔を。

 死ぬことが一番嫌いな人間が、結果として<栄光の国(自分)>のために死ぬ。皮肉なめぐり合わせに、彼の表情に一瞬だけ感情が宿った。





「お届け」


 着地したユミは、抱えていたアデライードを丁寧に地面に下ろすが、下ろされた彼女は足腰に力が入らないのか、そのまま膝から崩れ落ちた。

 水の石切りが如くプレイヤーの頭上を飛び越え、速度に物を言わせた移動方法は、それに耐えうるステータスとパッシブアーツに補正された者だけが正常に受け入れられる。


「吐きそう……」

「お疲れ」


 口を押さえ蹲るアデライードを流石にましゅ麻呂もいじる事は出来なかった。


「来て早速のところ悪いが、アイツ凍らせろ」

「……」


 アデライードの手が、土にくっきりと指の跡を刻みながら握られていく。それを見たましゅ麻呂は、コミカルな小さな悲鳴を上げユミの背に隠れた。


「オマエラ、さっきから……私は、凍らせる殺虫剤じゃねーぞ」


 身体を左右に頼りなく揺らしながら立ち上がったアデライードは、髪が乱れ鳥の巣のようになった部分と解けてストレートに戻った部分とに分かれて凄惨な状態になっている。どこかの古城に住む怨霊騎士のようになった彼女と見た目が完全にアウトな死神が睨み合う姿は何かのアトラクションのキャスト休憩所だ。

 そんな二人の空気を読まず、飛んできたドレイクが二人の脇に落ちた。


「ユミりん……」

「え、落としちゃダメだった? 」


 止めとばかり急降下し、ギャアギャアと何十羽もの鳥の囀りを束ねたような声を上げ、羽ばたこうともがくドレイクの首の骨を折る。


「……OK、判った。事態収拾が最優先」


 何も見なかったことにしようとアデライードは、ユミとポリゴンとなって消えつつあるドレイクに背を向け、炎を吐き出しながら空を飛ぶドラコーレプリーに目を向けた。


 ドラコーレプリーの索敵範囲は、表皮から二十メートル、全身にヘイト感知を有し全方向に対応可能。

 フィールドボスは弓職などが範囲ギリギリで攻撃し、引き回し討伐戦に持ち込むのが主流だが、ドラコーレプリーの場合は空を飛べる為、ガイドとなるヘイト管理者に低空飛行で一気に距離を詰めてくる。

 その際、飛行しながら前方向に火炎を吐き出し、進行方向にいるプレイヤーを焼き殺したりと余念がなく、常に同じグループがヘイトを稼ぎ続けることは不可能に近い。巧くガイド役を交代させ、切り回すことが出来るとしたら、頭数と職バランスが取れている<ポーラスター>か<栄光の国>くらいだ。


 ドラコーレプリー戦は、死体を積みながらドラゴンの命を削る持久戦だった。


「例え低空でも、飛んでる相手は無理」

「判ってる。だから、落とす」


 グリム・リーパーが何をしたいのか察したアデライードは、色々諦めた表情を浮かべ小さな頷きを繰り返した。


「先に死ぬのは? 」

「俺とユミりん」


 ちびっ子二人が手を上げる。


「次は俺だ」

「はいはい」


 妙なのだ。この四人が集まっている周りだけ、他のエネミーが傍にいない。

 先ほどのドレイクは、単に打ち漏らしたのだろう。見渡せば、まるでサークルを描くように<ポーラスター>と<スケアクロウ>が周りを固め、エネミーが入ってこないようにしているのが判る。<SUPERNOVA>がいないところを見ると、ましゅ麻呂が西側にでも退避させたのか。彼は、言動から誤解されやすいが意外とグラスハートで他者に優しい。


 アデライードは、乱れた髪を手櫛で解いて整えると剣を引き抜いた。


「<永久凍土(パーマフロスト)>」


 切れてしまっていた自己Buffをかけ直す。


「どこに位置取ればいい」

「俺の右前、十五メートルって所だな。今、青い奴がプーカの相手してるあの辺りだ」


 移動先を確認し、頷く。現在位置からドラコーレプリーまでは目視で三百。ここまでユミとましゅ麻呂が引っ張ってくるということだろう。


「移動する」


 グリム・リーパーの指定した位置に向かいアデライードが駆け出した。それを合図に、ユミとましゅ麻呂は正面に向かって走る。


「<殺戮の饗宴(グランギニョル)>」


 鎌から吹き出た赤黒い霧がグリム・リーパーを包むように漂い、彼は鎌を構えた。


『 蘇生班は、まだ動くなよ! 』


 ドラコーレプリーが場所を移動するたび、元いた場所には死体が転がっている。彼らを蘇生するため、炎から逃れながらも機会を狙う魔法職に向かいましゅ麻呂は叫んだ。


『 ヘイト貰うぞ 』


 人と攻城戦エネミーが交錯する場所から、なんとかドラコーレプリーを引き出そうとしていたプレイヤーに宣言し、ましゅ麻呂はドラゴンの頭部にある角を狙い上空からアーツを落とす。二本ある大きな角の内、一本が彼の双剣によって斬り落とされた。


『 よし、いった 』


 角を斬られた痛みにか、ドラコーレプリーは長い首を仰け反らせる。ここで横からユミがもう一撃、攻撃を入れるはずだったのだが、彼女の動きを邪魔するようにモリグナが前に出た。


『 人ノ子! 』


 しかし、加速したユミはそれを避けようともせずその胸に飛び込む。

 ドラゴンの紅い目が、飛び去るましゅ麻呂を捉え、首を戻す反動を利用して口が開かれた。しかし、火球が発射されることはなく、開いた口の端から炎が漏れ出る。


『 ナ……ゼ、 』


「急に飛び出したら危ないって、言ったでしょ」


 モリグナをドラコーレプリーの口の中に押し込んだユミは、顎を蹴って即座に離脱した。咆哮とともに吐き出される筈だった火球が、ドラコーレプリーの口の中で爆発する。


 業火に燃やされる女の悲鳴が上がった。


『 バズヴ 』

『 バズヴ・バズヴ 』


 残った【戦いの女神】が金切り声を上げ、それまでとはうって変わり動揺のままに空を駆け巡る。


 首を振って口の中の異物を吐き出すとドラコーレプリーは空に向かって咆哮し、ユミとましゅ麻呂を追って羽ばたいた。


 一直線に飛行するドラコーレプリーの進行を邪魔するように<石の壁>が何層にも連なり出現する。それを物ともせず打ち破りながら、ドラコーレプリーは咆えた。


 自ら吐き出した火炎に視界が遮られる。それが晴れた瞬間、正面からましゅ麻呂とユミが飛び込んできた。額と左目に特攻を受け、翼の動きが鈍る。

 想定した距離より僅かに足りなかったが、これ以上は無理だと判断した二人はここでドラコーレプリーを落とすことにした。

 命を対価に<無私の勇気(クラージュ)>を使っても、ケイオスグランジのようにはいかない。だが、地上に落とせさえすれば生きている人間(グリム・リーパー)がなんとかする。


 ましゅ麻呂お得意の丸投げに、ユミは笑い同意した。


 重力に任せるまま、ましゅ麻呂とユミ、ドラコーレプリーが大地へと落ちる。


 役目を終えた二人に応えるようにグリム・リーパーは大鎌を握る両手に力を込めた。


『 巻き添え喰らいたくないヤツらは、全員退けーーっ! 』


 振り被った大鎌に放電するような赤い火花が散る。


『 <聖なる律法、不変な(ジャッジ・ザ・デス)る掟>!! 』


 横切りになぎ払う軌道に沿って、雷電を伴った真空刃が放たれた。


 細く長く、それは扇状に面積を広げながら起き上がりかけたドラコーレプリーに一直線に向かう。途中にいたエネミーたちは上下に分断され、瞬く間にポリゴンとなって消えた。

 振り抜いた鎌の先と雷電は繋がっている。


「おおぉぉ」


 下がった鎌の先が僅かに上がり、グリム・リーパーは叫びと共に鎌を再び振り被った。

 しっかり大地を掴んだ両足が、アーツの重さで土を削り埋もれる。


「全部持っていけ、魂の収穫者(クロノス)! 」


 繋がったままの雷電は鞭のようにしなり、蛇行し、再び距離を伸ばしてドラコーレプリーに届く。


 <ジャッジ・ザ・デス>は、彼が振るう【魂の収穫者】固有アーツで一度放たれれば使用者のMPが尽きるまで暴れ狂う線のような広範囲殲滅型魔法だ。中型エネミーまでなら、一瞬で屠ることが出来る。しかし、範囲を広げるほどにアーツに引っ張られる重さは増し、その力に負け鎌を手放したり、ラインブレイクしないように常に鎌を操り続けなければならない。


 <命脈変換(コンバート)>され無尽蔵に湧き出る彼のMPを喰らいながら、【魂の収穫者】はドラコーレプリーを捕らえた。


 硬い甲殻が真空刃によって傷付けられ、雷電に打ち据えられたドラコーレプリーは怒りに咆哮を上げると、グリム・リーパーに頭を向け大きく口を開く。

 

「アデ…… 」


 呼ぶ声は、吐き出された火球に飲み込まれ誰の耳にも届くことはなかった。


「いい気になるな、デカブツ!! 」


 <石の壁>が出現し、進路を妨害したことでドラコーレプリーの速度が想定より速いことに気づいたアデライードは待機位置をより前へと変えていた。


 僅かでいい、甲殻が抉れ肉が見えている場所さえあれば。


 ドラコーレプリーの足元に駆け込みながら、彼女の目はその一点だけを見つめる。


『 <回れ、風の(ウィンドローズ)羅針盤 乱流拡散タービュランスディフュージョン> 』


 <ジャッジ・ザ・デス>が抉った足の甲殻を狙い、氷刃を突き立てた。



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