67 フロイデ防衛戦 5
『 ア・バグきたぞ 』
『 思ったより少ない 』
シームレスになっているためマップの境目は明確ではないが、時空門を通り過ぎた第二MAP寄りに位置取りしていたプレイヤーから声が上がる。
『 出来る限り数を減らしてくれ 』
『 休憩してる人たち、ア・バグ手伝いに行ってよ 』
ア・バグの移動速度を考えれば、空に開く時空門を挟んで向こう側とこちら側。どう考えても、こちら側で休んでいた人間が向こう側に到達するより先にア・バグがこちらにやってくる。
「なかなか無茶言う奴いるなー」
「観戦も観戦で、命懸けなんだけどな」
チラリと後方で開かれている回復所を見て沢蟹が笑う。
回復所が常に安全であるとは限らない。捌ききれず漏れたエネミーやタゲを維持していたプレイヤーが事故死し、一瞬タゲが跳ねて索敵範囲内で一番HPが低いプレイヤーが狙われてしまうこともある。
そんな突進してきたエネミーを『飛んできた火の粉はきっちり払う精神』で、処理するのが観戦しているプレイヤーの仕事だった。
だから、観戦組は常に回復所の傍にいる。
「<ポーラスター>は何をやっている」
お前の仕事はエネミーの足を凍らせることだ。と、馬場に言われたアデライードは、腹立たしげに舌打ちを繰り返しながらも常に範囲魔法で周囲を凍らせ続けている。
そんな彼女は、精神的な限界がそろそろ近いのか低く呻いた。
「神殿祭の後片付け」
「は? 」
「嘘。一部は神殿祭に残ってるけど、生産職に薬剤作って貰うように依頼して、死に戻ってきた人たちに配布してたり色々やってる」
フロイデの街に残っていたイチルがアデライードに状況を伝える。
「黒猫は」
「いないみたい。多分、そっち向かってる」
「k」
<ポーラスター>の実行部隊がこちらに向かっているのだとしたら、あと半刻もしない内にこの混乱も鎮圧されるだろう。
そう思えば、この単調な作業の終わりも見えて気持ちが楽になる。
攻撃により凍結から解放されたバイコーンが跳躍し、アデライードの前に着地した。そのまま左前足を振り上げ、彼女の首を刎ねようと爪を出す。
「邪魔ッ」
アデライードがバイコーンを睨み付けると同時に、彼女の横髪を掠めるように背後から放たれた矢がバイコーンの右目を貫いた。続けて、雷がバイコーンの背を打つ。
衝撃によろけつつも、アデライードを歯牙にかけようと口を開けたバイコーンはその瞬間、咥内を正面から氷の槍で貫かれポリゴンとなって消えた。
「凍結は攻撃したら解除される。しっかりタゲとってから殴れ」
下手を打ったプレイヤーにアデライードが吼える。
「こっわー」
「お嬢の性別詐称疑惑は、アレが原因だと思う」
肩を竦め身を震わせる沢蟹の横で、雪江はやれやれと首を横に振った。
「チッ」
二人の会話に舌打ちしながら、再び周囲に凍結魔法を展開する。彼女は彼女で、言われたことはしっかりこなす律儀な性格だった。言った本人である馬場は、和太鼓を串刺しにしたような見た目の両手槌を振り回し、足止めされたバイコーンの頭を楽しそうに叩いて回っている。
孫の顔が見たいばぁばと結託し、なんとか嫁と子を嫁の実家に週末の間、里帰りさせることに成功した彼は、時間制限のない今とても生き生きとしていた。
しかし、やることがない。
常に<乱流拡散> を撒き散らし、ただただ凍らせるだけの作業は単調で飽きてくる。
再詠唱の合間を縫って、アデライードは空に視線を向けた。
「……」
相変わらず、乙女たちが飛び交っているが最初見た時と印象が僅かだが変わっている事に気づく。
足を凍らされ、動きを封じられたエネミーを射抜くことに夢中になり始めた沢蟹と違い、常に周りを見ている雪江はアデライードが上を向いたまま動かなくなったことに疑問を持ち、同じように空を見上げた。
「……あっ」
彼と彼女が見ていたものは違ったが、気づいた重大な変化としては同等。だが、緊急性では雪江の方が勝った。
「時空門活性化! 」
雪江の声に、彼の声が届く周囲のプレイヤーが一斉に空を見上げる。今まで沈黙を守ってた時空門のエフェクトに変化が生じていた。
『 中央、時空門開いた! 』
一番大きいと注意喚起されていた時空門が、一際まぶしい光を放ちエネミーを排出し出す。今までのそれと違い、なぜかゆっくりと足先から姿を現してきた。
「おい、あれって」
「あの足……」
回復所からのんびり観戦していたプレイヤーから怪訝な声が上がりだす。
彼らが記憶の奥から見覚えのあるエネミーの名前を掘り返すのを阻止するように、白いドレスを薄く汚し始めた乙女たちが彼らの視界を遮るように飛んだ。
「邪魔だな、見えねぇ」
高らかに笑い声を響かせる乙女に眉を顰め、なんとか時空門が見えないかと頭を動かす。そんなプレイヤーが多い中、飛び交う乙女に意識を移したプレイヤーが彼女たちの変化に気付いた。
「なんか、【戦いの女神】の服汚れてないか? 」
誰に聞かせるわけでもない呟きだったが、彼の声を拾ったプレイヤーが同じように乙女を目で追う。
「赤く、なってるのか? 」
「多分」
その場に居合わせただけのプレイヤー同士だが、顔を見合わせ確認しあう。【戦いの女神】のドレスの裾が赤く染まり、その色を吸い上げるようにスカート部分にまで薄く色が広がっていた。
周りの会話を聞きながら、キサラギはPTメンバーに至急時空門から排出されるエネミーの落下範囲から撤退するように伝える。
彼の目は、鋭い爪を持つ後肢より先に一瞬だが垣間見えた尻尾の結晶を捉えていた。
「まさかぁ」
「本気で言ってんの? 」
「兎に角、離れろ」
「と、言っておりますが」
巨大な何かが落ちてくる。とは判るものの、キサラギが言ったエネミーであるとは思えないモカたちが半信半疑といった反応を示す。
「君は一度、潰された方がいい」
平坦なジェームズの声に、それまで騒がしく聞こえていたメンバーの声がピタリと止んだ。
キサラギと同じく空を見たジェームズは、既にアラベスクたちを伴いメインとなっている交戦場所から移動を始めている。
「退避しマース」
茶化した返事をするモカだが、危機管理といった面ではジェームズは確実だ。彼がキサラギの肩を持ったということは、キサラギの言うことが正しいということ。
モカは自分と行動を共にするクランメンバーを引きつれ、落下が警戒される圏内から急いで脱出を図る。
『 来るぞ 』
完全に後肢が露出すると共に、誰もが一度見たら忘れない尻尾が姿を見せた。
『 出現、ドラコーレプリー! 』
『 はぁぁ? 』
『 アホかーーッ! 』
尻尾に結晶を持ち、予測される大きさのモンスターエネミーは一体しかいない。その名をプレイヤーが言い当てると同時に、滑り落ちるようにドラゴンが姿を現した。
『 下のやつら逃げろーーっ 』
空から落ちてくる二十五メートルプール大のドラゴンを前に、どうにかできる人間がいるだろうか。
運悪く真下でエネミーと交戦中だったプレイヤーの多くは、対峙するエネミーと共に敢え無く押し潰され、運よく落下位置やその周辺から免れたとしても、ドラコーレプリー自体を初めて見るプレイヤーは、その大きさに圧倒され立ち尽くし、その隙を狙って他のエネミーにより命を狩り獲られた。
ドラコーレプリーは、本来攻城戦エネミーではない。
ジェフサ領の端、テレネウンネフェルとの境界に位置する荒廃した土地に出るフィールドボスモンスターだった。
『 判ってるヤツ以外は退け 』
『 運営、馬鹿だろぉ! 』
『 頭、森に向けさせるな! ブレスで燃える! 』
エネミーの数に対して、プレイヤーの数の方が僅かに上回っている状態が、ドラコーレプリーの登場で一気に逆転される。
ファンタジー=ドラゴン。その期待を裏切らないデザインは美しくも凶悪。
小さな頭部には、特徴的な大きな角と小さな角が合計六本生えており、紅い目と鋭い牙。全身は禍々しく黒光りする鱗と甲殻に覆われ、長い首と太く強靭な尾を持ち、背中にはその巨体を飛ばすに十分な巨大な翼を有する。
『 攻城関係ないだろ 』
『 退け、ヤバイ。退け! 』
『 <ポーラスター>蘇生班到着しました。遅くなってすみません 』
『 誰か、指揮取れ 』
『 弓、引っ張って頭の向き固定しろ 』
『 正面はブレスで死ぬ、無理! 』
『 尻尾回避ーーっ 』
後方を振り返る予備動作に気づいたプレイヤーが叫んだ。
ドラコーレプリーは戦闘で二足歩行と四足歩行を使い分ける。二足歩行状態なら、尻尾を鞭のようにしならせた後、叩きつけ薙ぎ払う攻撃だが、四足歩行状態なら体を捻るようにその場で回転し、周囲を一掃した。
落ちて来たばかりのドラコーレプリーは、不運にも四足歩行状態だった。
阿鼻叫喚、地獄絵図。この世の地獄、凄惨たる光景。初見殺し、無理ゲー、毛根死滅。どれでもお好きな単語をどうぞ。
フィールドボスとは、本来そういう存在である。
特にドラコーレプリーは、討伐時間に出遅れても点々と砂漠に落ちている死体を追っていけば、本隊に追いつけるとネタにされているボスなのだから。
『 ハ・ハハ、死ヌワ・死ヌワ 』
『 沢山・死ヌワ 』
『 愚カナ子・死ンデシマウワ 』
『 うっせぇぇぇっ 』
笑いながら飛び交う乙女たちに四方から矢が放たれた。それを器用に避けながら、彼女たちは尚笑い、時に歌を口ずさむ。大量に死者を出したことで、更に彼女たちのドレスが赤く染まった。
『 クソがぁ 』
『 吐瀉物に排泄物呼ばわりされるとか、相当のクズだな 』
悪態を吐いたましゅ麻呂の顔が、忌々しさと愉しさを混ぜた感情を表すように奇妙に歪む。
『 来るのがおせーんだよ、骨格標本 』
『 悪いな、お前ほど暇じゃないんだ 』
満を持して。というより、<ポーラスター>と共にやってきたのだろう。振り返ると、少し離れた場所にグリム・リーパーが大鎌を片手に一人立っている姿が目に入った。
彼の周りに動くエネミーの姿はない。周りにはいないが、彼の足元や彼が歩いてきたであろう道筋には、今にも姿を消しそうなチチェバチェやプーカが倒れていた。
「掃除しながら着たら、時間かかった。ザブルー使えねぇし」
言いながら、靴底で捉えていたチチェバチェの頭を踏みつけて潰す。
「怖っ。お前、ホントやめたほうがいいよ。そのビジュアル、マジで怖いから」
舌を出して不快感を表すましゅ麻呂を鼻で笑い、彼の向こうに見えるドラコーレプリーを睨む。
「死人だらけだな」
「そう思うなら、何とかしろよ」
「k」
大鎌を構えながら歩くグルム・リーパーの周りに、鎌から噴出した禍々しい赤黒い霧が漂い始める。
『 アデライード、どこにいる 』
響いた自分を呼ぶ声に、アデライードは頬を引き攣らせた。彼女にとってグルム・リーパーは、関わりたくない吐瀉物その二だ。
「お嬢、ご指名」
「アリ姉、その顔放送事故」
アデライードたちがいた西側は、ドラコーレプリーの落下位置からは比較的遠く、落下の影響は一瞬でバイコーンたちと交戦状態が続いている。
「こっちはいい、行け」
ルンプクネヒトを殴り飛ばした馬場が指示を出す。見える範囲で彼の皮膚は紫色に斑に変色しており、アポピスと一戦交えた後なのだろう。もう少し周りを気にした戦い方は出来ないのかと突っ込みたくなるアデライードの横で、雪江は諦めているのか、何も言わず解毒魔法を紙に書きつけ放った。
ドラコーレプリーの攻撃範囲内と頭が向いた東側は壊滅状態に近いが、エネミーの数は東側の方が極端に減っている。到着した<ポーラスター>や<スケアクロウ>が、あちら側に介入したということだろう。
自分を呼ぶなら、こちら側にも人を寄越せと叫び返す前に、白い集団が視界の端に入り言葉を飲み込む。
「黒猫のヤツぅ……」
切れる手札の数は決まっている。
こうしたやり取りの間も、二足歩行の状態になったドラコーレプリーが前方に向けて、咆哮すると共に火炎放射とばかりに広範囲へブレスを吐き出しプレイヤーを焼いていた。
『 仲良く逝くぞ 』
『 てめぇだけ、死にやがれ 』
『 早く来い、時間がない 』
死者が増えるほど、モリグナたちのドレスが赤く染まっていく。
『 無駄・無駄 』
『 愚カ・焼カレテ消エロ 』
ドラコーレプリーに向かい駆け出すアデライードを阻止するように、モリグナの一人が舞い降りた。
「<我、天が落ちようと正義を為す>」
だが、乙女に驚いてアデライードが足を止めるより早く、彼女の目の前から障害物が消える。
「急に飛び出したら危ないわよ」
モリグナが降りてくるのを狙っていたのだろう、ユミは殴りつけた反動を利用し、空中で器用にターンするとアデライードの前に下りた。
「マッシュに言われて迎えに着たわ」
空から見れば、髪も含め全身が白いアデライードは見つけやすい。
「失礼するわね」
問答無用で、小さな子供を抱き上げるようにアデライードを抱えるとユミは馬場たちに手を振り、宙を駆け上った。
「空行くのが、一番早いな」
「ドローン配送」
「ユミりんって、メンタルすごい強いよね」
殴られたモリグナがユミを追うが、彼女が低空を駆けるため、それまで高度問題から手が出せなかった他のDDが狙い易く、すぐに囲まれ上空に逃れるしか術がなくなる。
「天然ゆえの嗅覚ってか」
ユミがモリグナから逃げ切った姿を確認すると、馬場たちは周囲のエネミーを討伐する仕事に戻った。




