66 フロイデ防衛戦 4
◆ ジェフサ王国・ユウリン湿地帯 ◆
「キマイラ。現在位置、宿営地より北西に七キロ、山肌を時速三十キロで進行中」
キマイラを追跡しているメンバーからの連絡に、レッドマーシュは目の前に表示している半透明の板にキマイラの位置をマーキングする。
「そのまま君達はキマイラを追ってくれ。万が一、ア・バグを見つけても交戦は極力避けて貰いたい」
「了解」
キマイラを追うように命じた部隊は、主街道を避け、獣道と言っていいような林道を進んでいた。
<栄光の国>は、クランメンバーを十の部隊に分けて行動させている。各部隊員は二十名前後。現在、キマイラを追っているのはアヤノが率いる第四部隊だ。
「レッドマーシュ。第六部隊、全員宿営地に入った」
第六部隊の隊長、タスクが地図を眺めるクランマスターに声を掛けた。
「無理をさせたね、済まなかった」
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
レッドマーシュに労われたタスクは首を横に振り、ここに来るまでに宿営地内で見聞きしたことをレッドマーシュに報告する。
「第十部隊と第二部隊の状況は? 」
「ツェーン隊は退却を始めてる。ツヴァイはギリギリまで粘るんじゃないかな、善良な市民が一人でも多く第一MAPに逃げ込むまで助ける気だろう」
「そうか」
頷くとレッドマーシュは自分より拳一つ分高いタスクから視線を外し、フィールドマップへと向き直った。
既にア・バグを排出していた時空門は閉じ、現在は進行するア・バグと交戦しながら第一MAPとの境目へ戦線を後退させている状態だ。後からやってきた<栄光の国>以外のプレイヤーも善戦したようだが、第一MAPに新たな時空門が出現したことで日和った。
死に戻りを選択し、街から第一MAPに出る者。<栄光の国>と行動を共にする者。数を減らしたア・バグに押し込まれる形で、第一MAPに戻される者と様々だ。
いくつかの群れが、宿営地の横を通り過ぎて行っているのをレッドマーシュも確認している。
NPCが生活をする場所は、謎バリアと呼ばれるシステムで守られているため、城郭された内側には絶対にモンスターエネミーは進入しないし、そこが破壊されることもない。
それがどんなに粗末な柵や石垣であっても、条件は同じだった。
宿営地周辺には、<栄光の国>によって開かれた時空門が点在し、それを使いクランメンバーが移動してきている。
「ツヴァイ隊が戻り次第、再編成。第一MAPへ進軍する」
響いたレッドマーシュの声に、それまで手持ち無沙汰と彼の周辺で体を休めていた隊長たちが自分の隊へと駆け戻っていく。
一人残されたレッドマーシュは、紫紺に色を変えた空を見上げると薄く開いた唇の間から歯を覗かせ声無く笑った。
今、レッドマーシュがいる宿営地より西北西に二十キロ地点にア・バグたちを排出していた時空門があった。
最初に発見したのは、フィーア隊。
彼らの報告によれば、時空門はア・バグだけを排出し、それ以外のエネミーは確認できない。そしてア・バグは動かず、その場に留まり数を増やし続けているとの事だった。
ア・バグは攻城専用エネミーだ。これが投下しているということは、必ず本命であるキマイラがいなければならない。
他にも時空門があるはずだと調べさせたら、南西に二キロほどズレた所でキマイラ用の時空門が見つかった。キマイラ用の時空門は他のエネミー用とは仕様が異なり見分けがつく。
その場でフィーア隊を二つに分け、アヤノたちは時空門の消失確認とキマイラを監視するために残し、副隊長のエミルに残りを率いて他の部隊と合流するように指示を出した。
ア・バグは高速で移動する。数的不利で戦っても無駄に死者を出すだけで、ア・バグの足止めにすらならない。
「レッドマーシュ。第八部隊が、フィーア隊に近いがどうする」
行動を共にしていた第一部隊のセイコウに問われ、レッドマーシュは空に目を向けた。
「まだ、空の色に変化はない。キマイラが落ちてくるまで時間があるはずだ」
「ああ、確かに」
セイコウも空を見上げ、唸る。
「エンゲージポイントを決めよう」
ザブルーから降りたレッドマーシュは、全体公開でフィールドマップを表示させた。
ジェフサに限らず、三国共に領地は広大だ。大陸を守るように聳える山岳部に、めり込むように作られた帝都マルガリテスは周囲に森林が多く肥沃。大陸を分割するように走る山脈に作られた首都グランカスターは、森よりも岩場が多い。グランカスターを作るにあたって、周囲を伐採した結果ではないかといわれているが、真相は不明だ。
王都フロイデは、大陸を守るはずの山岳が途切れ、町の三分の一を海に面している少し特殊な環境に立地していた。そして、そのフロイデを抱えるジェフサの領土も他の二国に比べて独特だった。
フロイデを出てすぐの第一MAPは平野であり、幾ばくかの森林もあるが、第二MAPはその面積の三分の二を湿地で占められていた。湿地には、原住人と例えていいのか迷うところだが、リザードマンが集落を作り住んでいる。
過去の攻城戦を鑑みても、湿地帯に攻城エネミーが投下されることはなかった。この事から、レッドマーシュは湿地を除き、且つ第二MAPに走る渓谷を一つの区切りと考え、陸続きとなる内側を警戒区域と定めてクランメンバーを配した。
エリアとしては、不恰好な長靴のような形だ。踝がくる辺りに宿営地があり、つま先が第一MAPへと続く。
「流石に一万の大群とか落としてこないだろうけど、湿地を除くフィールド全体に広げて飛ばされたら、対処出来ないな」
レッドマーシュが広げた地図を見ながら、セイコウは唇を親指の腹で撫でた。考え込む時の彼のクセだ。
「ア・バグは真っ直ぐ飛ぶことを好む。林も除いていいだろう」
いつの間にかセイコウの後ろに、同じアインス隊の副隊長であるタモンが控えており、セイコウに助言する。
「多少の討ち漏らしは構わない。街に残した第九部隊と第七部隊で対処させる」
レッドマーシュは報告にあったア・バグ用の時空門とキマイラ用の時空門の位置をマップにマーキングした。
「結構、距離があるけどあいつら速いからなぁ」
セイコウはマップの上を時空門から宿営地まで指で辿る。
「問題は数だな。今現在も増え続けているのだとしたら、一万もあながち笑い話じゃないかもしれん」
「うーん」
タモンの指摘に、マップから指を離したセイコウは隣のレッドマーシュを見た。向けられた視線に、一度彼の方を見て一つ瞬くと、レッドマーシュはフィールドマップに視線を戻す。
「障害物がなく、土地の幅が狭まるのが此処だ」
トン。と、セイコウの指が外れた代わりにレッドマーシュの指がマップを叩く。
「かなり宿営地に近いぞ。此処じゃすぐに第一MAPに進入される」
「数が未知数な上、大群が予想される。となれば、我々だけで処理するのは無理だ」
始まってもいない戦いに対し、敗北宣言をするクランマスターにセイコウの目が大きく開かれた。
「なら、手伝って貰った方がいい」
日頃、優しい印象を与えるレッドマーシュの目尻が僅かにつり上がる。我知らず、一歩下がったセイコウの背をタモンがやんわりと片手で支えた。
「各隊に連絡を。エンゲージポイントは宿営地、南西三キロ。第三部隊を先頭に魚鱗」
指示を出し、マップを閉じたレッドマーシュは移動のためザブルーを呼ぶ。立ち去る彼の背中を見送りながら、セイコウは首を捻った。
「どうした、ボウズ。俺たちも移動するぞ」
「ああ」
呼び出したザブルーに跨りながら、セイコウは先刻のレッドマーシュの意図を読み取ろうと思考を巡らせる。
多勢に無勢は確かだが、ア・バグ単体はそれほどHPがあるわけではない。厄介なのは速さだけで、各部隊に一人はいる【聖騎士】が「当たれ」で剣を振り回しただけでも一確できる。【聖賢】なら、もっと簡単だ。開けた場所であるのだから、範囲に入った途端、お構いなしに燃やし尽くせばいい。
今現在、配置されている位置から、アハト隊や第五部隊を下がらせてまで交戦する意味が判らなかった。もっと両部隊に近い、宿営地から遠い場所をエンゲージポイントに選んでもいいはずだ。
「ア・バグしかいないからだよ」
難しい顔をしたセイコウに、答えを教えるようにタモンが声をかけた。
「攻城エネミーは、ア・バグ、B・バグ含め十種類いる。キマイラとア・バグたちで終わるわけがない」
「だが、アヤノ達が見つけた時空門は二種類だ」
「だから、おかしい。運営は他の場所にも時空門を開く気だ」
「……」
「<栄光の国>が、ババを引かされたままで終わるわけにはいかない。って思っているんだろ」
タモンの言葉に、セイコウは目を閉じると深く息を吐き出す。攻城戦はイベントとしては花形。それが、<栄光の国>だけが蚊帳の外、というのは確かに気に食わない。
「他の門は何処に開く気か。第二MAPならいい。だが、第一MAPなら目も当てられない」
「なるほどな」
すぐに引き返せる場所。補給が出来、負傷者の手当てが合法で行え、敵をやり過ごせる場所。
宿営地は、なんと理に適った場所であろうか。
宿営地を背にして戦う理由が判ったセイコウは、随分小さくなってしまったレッドマーシュの背中を追うため、ザブルーで駆ける速度を上げた。
そして、キマイラの落下とほぼ時を同じくしてア・バグと<栄光の国>は激突することになる。
レッドマーシュの予測通り新たな時空門が現れ、それが第一MAPだと知れた時、彼は心底愉快と鮮やかに嗤った。




