65 フロイデ防衛戦 3
<栄光の国>は、煙たがる人間もいるがそれなりに実力として評価はされていた。そのクランの敗走に動揺が広がる。
『 マジか 』
『 <栄光の国>が押し負けるって、どんな量だよ 』
『 おい、こっちに残ってる<栄光の国>、向こうどうなっているんだ 』
進捗を問う叫びに<栄光の国>のメンバーが答えに迷っていると、流れを断ち切るようにましゅ麻呂の声が響いた。
『 それくれーで<栄光の国>が、草臥れるか! アイツわざとだ、挟んでくるぞ 』
『 そーだそーだぁ 』
『 レッドマーシュの性格捩れてるのは、マッシュといい勝負だぞー 』
『 どっちも勝つ勝負しかしない男ー 』
『 ま。うちのクラマスより、レッドマーシュの方が日本語通じるけどな! 』
日頃うるさい<SUPERNOVA>だが、気持ちの建て直しに彼らの存在は適している。彼らの叫びが、一瞬で人心掌握し目の前の敵へと気持ちを向かわせた。
『 うるさいぞ、<SUPERNOVA> 』
『 口動かすより、敵減らせ 』
『 やってまーす 』
緊迫した状態では、くだらない位が丁度いい。
「結構、ボコボコ落ちてきてるな。どうする」
インベントリから武器を取り出したアラベスクは、装備しながら隣のジェームズに問うた。
聞かれたジェームズは、いまだ杖も出さず、魔導書もホルスターに収めたまま戦局を見極めるように視線を動かしている。
「西が優勢。東側は、どちらかというと劣勢のようだ。DDは乙女を追うのをやめて、下の援護に回ったな」
「プーカやデア・ヴィルデ・マン相手はアイツらの方がいいからな。ユミを見失ったのか? 」
「彼女はマッシュたちと一緒にいるだろう。彼らは発言に問題はあるが、堅牢だ」
上空の時空門はまだ全て消えていない。一部、定数を排出し終わった門は空に溶けるように姿を消したが、まだ半数近く残っている。
このイベントは、最初から持久戦設定ということなのだろう。しかし、クリア条件は何なのか。単純に全てのMobを刈り取れば終了なのか、それとも他に何か条件が必要なのか。
今までの攻城戦は、キマイラを討ち取ることでイベント終了となり、残ったエネミーたちは一斉に攻撃をやめ引き上げていった。
だが今回は、今までいなかった【戦いの女神】という新Mobが投入されている。彼女たちは他のエネミーと違い、会話が出来るようだった。
会話が出来る。そのことには、必ず意味があるはずだ。
しかも、彼女たちは直接攻撃を行うことなく、ただ笑いながら空を飛んでいるだけ。その辺りも気になる。
渋い顔のジェームズに、アラベスクは眉を掻くと気持ちを切り替えるように息を一つ吐いてPT申請を飛ばした。
「とりあえず、目の前のことから処理していこうか。交戦範囲が広すぎる。人も多すぎるしな」
ジェームズの表情をどう捉えたのか、アラベスクはユミはあとから探せばいいと付け加える。
ユミはマッシュたちに預けておけば問題ないと答えたつもりだったジェームズは、会話が噛み合っていない気がすると疑問を感じながらも申請を受諾した。
「で、まずどっからいく。どこに混ざるよ」
「相性なら西、銀箱前提なら東だな」
「なら、東だ。マ……ルは呼び出せないから、走るぞ」
頷くとジェームズは、ホルスターから魔導書を取り出し、インベントリから呼び出した杖を掴んだ。
「アラさん、ストーーップ! 」
駆け出そうとした二人は、後ろから聞こえてきた声に何事かと振り返る。
「ま、待って、待ってぇ……」
全速力で駆けてきたのだろう。二人の目前まで走ってきたハヤトは、あと五メートルといった距離を残してその場に膝から崩れ落ちた。
「勘弁してくださいよー。気力ゲージ、ゼロっす」
「ハヤト? 」
どこから走ってきたのかは判らないが、ザブルーが使えなくなってからだとしたら其れなりに災難な距離だ。しかも、決して狭くはない土地を自分たちを探しながらだとしたら、どうしようもなく災難な距離だ。
「クラマス、見つけました。今から捕獲します」
ハヤトの後を追ってきたタケルの声にそちらを見て、走ってくるタケルの姿を確認すると、ジェームズとアラベスクは顔を見合わせ首を傾げた。
「アラさん、途中でクラチャ切っちゃったでしょ。カタリナさん、マジ怒髪天っすよ」
匍匐前進でアラベスクの足元まで来ていたハヤトは、彼の足首を掴むと恨みがましい目でアラベスクを見上げ訴える。
「お? あれ? あっ……」
ハヤトに言われ、そういえば途中から静かだったと気づく。マルが暴れた時に、どうやらイヤーカフスを触ってしまったようだ。落ち着けや静かにしろといった思考が、たまたま運悪く重なって通話を切る形になったのだろう。
発言しなくなった自分を探して、カタリナが足も速く<飛燕>が使えるハヤトを送り出し、彼と仲のいいタケルをオマケで付けたといったところか。
ハヤトはユミと同じ軽装近接で、伸ばしているのは投擲と格闘。クリーンヒッターのユミと違い、彼はインファイターな戦い方をする。楯役のタケルとの相性も良好だ。
「PT誘うんで参加してください。その後、リーダー渡します」
ハヤトと違い、彼の後を自分のペースで追ってきたタケルは余裕があるのか、息が乱れることもなく連絡事項を伝えるとハヤトを助け起こす。
「このバカ! ジェームズとユミは同じクランじゃないのだからPT組まないと話出来ないでしょ」
「ねぇ、ユミりんは? ユミりんどこ? 」
タケルから渡されたPTが、連結PTだと理解するのに一秒の時もいらなかった。
アラベスク、ジェームズ、ハヤト、タケルで一つのPTとなり、カタリナたち<TRUST>のメンバーと連結している。PTの参加者一覧を見る限り、バランスよく分けられているようでカタリナは有能だとアラベスクは改めて思った。
「ユミは、マッシュたちと一緒にいる」
ユミはどこだと騒ぎ立てるモカに、ジェームズは仕方なしに答える。
「は? なんで? なんで一緒にいないのよ、この役立たずーっ」
顔さえ見えなければ強気なモカに、役立たず呼ばわりされた彼は深く息を吐く。
「心中お察しします」
ユミたちと『時の城』に行ったと知れた時、散々モカに絡まれたタケルはジェームズを労わった。ハヤトは一人「モカちゃんユミりん好き過ぎ問題」とブツブツ言いながら笑っている。
「まぁ、アレだ」
鳴り止まないモカの声にアラベスクは唸ると、何かを思いついたのかニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「ジェームズ、明日にでもモカに壁ドンってのやってやれ」
「は? ちょ、アラさん何言って」
「あ、いいっすね」
「俺もいいと思います」
「そうね。ジェームズになら、私もやって欲しいかも」
「カタリナまで何いっ」
「じっと目を見つめて、名前とか呼んで貰えたら最高ね。こんな感じに」
カタリナとモカは一緒にいて、見えない場所で何かが展開しているのだろう。他に彼女たちと一緒にいるらしきメンバーの抑えた笑い声が聞こえる。
「……モカ」
「無理ーッ」
「うぉーカタリナさん、今の声ヤバイ」
「ちょっと今の声でオレの名前も呼んでください! 」
「誤魔化されるな、アイツは十七歳と百二ヶ月だ」
「アラベスク、後で踏むから覚悟しなさい」
いつも彼女に対し一言多い男は、お仕置きが確定したらしい。
「何が起こった? 」
「カタリナが、モカ抱き寄せて耳元で囁いた」
「笑える」
「後先考えないから」
「モカちゃんピーンチ」
「無理、無理、無理」
「お。モカが変な踊り始めたぞ」
「いや、あれは震えてるんだよ」
「無理ィィ!! 」
「屠られた」
「倒れた」
「マジで」
「死んだ」
「モカさん、生きて」
「あなた本当にジェームズの顔大好きなのね」
笑いを堪えるカタリナの声に、自分で振っておきながら女って怖い。と、この後のお仕置きも含めアラベスクは顔を青くした。
「モカがくそめんどくせー事になってるみたいだが、俺は西側採掘場手前で回復所貼ってるから、こっち側の奴等は休憩する時は来いよー」
「働け、キサラギ」
「ノーサンキュー。俺はみんなの癒しになるのー」
持久戦になると読んだ魔法職は、前線から少し下がった場所に常に範囲回復を展開する回復所を開く。
回復役を抱えたPT単位で行動しているのなら問題はないが、常にそうとは限らない。集中力が切れ、一旦前線から下がる者もいる。そういったプレイヤーが休憩するために、回復所を利用した。
辻斬りから転じた辻ヒール。通りすがりに体力が減っている人間に回復魔法を掛けて立ち去る行為だが、混戦状態では自PT以外のHPまで気を配ることはままならない。その為、このゲームでは辻ヒール以上に回復所が定着してしまった。
定点で回復所を開けば、勝手にプレイヤーがやってきて回復したら去っていく。自分の身の安全を図りつつ、周りに気を配って立ち回るより簡単で楽、しかも他者の役に立つのだから根っからのバッファーは前線に近く、且つ安全な場所を目敏く見つけ回復所を開いた。
時に回復所で休憩を共にし、雑談で盛り上がりそのまま即席PTを組んで再戦に挑む者もいる。回復所の横で、なぜか食事を取りながら観戦を始める者もいたりする。
回復所とその周辺は、平和ゲーと揶揄されるこのゲームならではの光景でもあった。
「ったく、アイツはマイペースだな」
「彼らしいよ」
肩を竦めるアラベスクに、笑いながらジェームズは補助魔法を掛ける。既に、ハヤトやタケルにも強化魔法は掛け終わっていた。
「うんじゃ、改めて行こうか」
「ういっす」
「はい」
アラベスクを先頭に、ハヤト、タケル、ジェームズの順で駆け出す。
「囲まれてる敵は無視。落ちてきたばかりか、劣勢になってるプレイヤーのチチェバチェかプーカを狙う」
器用にエネミーと対峙するプレイヤーの隙間を縫って奥へと進んでいく中、タケルは鎖を回し、自分に背を向けているプレイヤーを狙うデア・ヴィルデ・マンを見つけた。
横を走るタケルが、何かを見つけたことに気づいたハヤトもそちらを見る。
「ナマハゲは無視ですか? 」
タケルがアラベスクに問うのと同時に、<怒りの火>に因ってデア・ヴィルデ・マンは跡形もなく燃やされた。
「ああなるから放置」
「……」
「……」
魔法耐性とは。
問いたくなる気持ちを堪えて、絶対に振り返ってはいけないとハヤトとタケルは前だけ見て走る。
「ハヤト! 向かって左、プーカ。上から衝撃波当ててこっち向かせろ」
指示を出しつつアラベスクは矢を番え、回り込むつもりなのか距離を取りながらタイミングを計る。名指しされたハヤトは<飛燕>で空を駆け、襲われているプレイヤーが踏みつけられる直前、プーカの角に<衝撃波>を当てるのに成功した。
「ヒット」
ヘイトが移動し、ハヤトに向かってプーカが駆ける。
ハヤトが着地する場所に合わせ、タケルが彼の前に滑り込み楯を構えた。
「<主神の大楯>」
円環状の光の楯がタケルの前に現れ、彼をプーカの突進から守る。
「 <必 滅 破 砕> 」
角で打ち上げられないと知ったプーカが、タケルに前肢で殴りかかろうと後肢で立ち上がった瞬間、プーカの首が背後からの矢に射抜かれた。
サラブレットより二周りほど大きな体が、背後からの攻撃にバランスを崩し転がる。
「<水魔法・単体攻撃>」
いつの間にかプーカの頭上に待機していた八本の氷の矢が、螺旋を描きながら腹を見せたプーカに次々と落ちていく。最後の一本が落ちる前に、プーカはその姿を消していた。
「え、オレの出番無しっすか」
流れるような動きでプーカが一頭狩り獲られ、殴りかかろうと拳を固めていたハヤトはアーツのやり場に困りタケルを見る。
「まぁ、このメンバーだから」
「……」
「このメンバーだから」
「お、おう」
中ボスを単騎で凍りつかせたり、氷で串刺しにして閉じ込め、闇の炎で燃やしたり、大ボスを丸ごと凍りつかせて爆殺したりしない分、ジェームズは良心的なんだとタケルはハヤトに強く目で訴える。
「ハヤト、次ぎ見つけて釣ってくれ」
「うぃーっす」
今までにない真剣なタケルの瞳に気圧され、釈然としないままハヤトは次のエネミーを探して地を蹴った。




