64 フロイデ防衛戦 2
「よくカラスってわかるな」
上空を旋回する鳥を見分けるジェームズに感心しつつ眺めていれば、確かにカラスが飛ぶ軌道を膨らませると、マルはそれを避ける様に走る方向を変える。
「偶然じゃないな。つまりアレは【GM】が用意したエネミーってことだな」
「ああ。それに、先ほどから飛ぶ軌道が……」
気ままに飛んでいるようにも見えたカラスの軌道が、一定の文様を描き始めたのを合図とするように白いカラスの体が解け始めた。
カラスの変化に反応したのか、マルは急に走るのをやめ仰け反るような仕草を見せる。アラベスクはマルの背から振り落とされないようにその背にしがみ付いた。
「ま、待てマル。落ち着け」
突然暴れだしたマルに驚き動揺を見せたスティードだったが、それは一瞬ですぐにマルから距離を取り、ゆっくりとその場で足踏みをして停止する。
「どうどう」
マルの首を撫で、どうにか落ち着かせるとアラベスクはマルの背から降りた。
その間も、スティードの傍らに降り立ったジェームズは、上空の時空門を視界に入れつつカラスの変化を注視する。
カラスの翼から白い帯が棚引き、回転しながらそれを大きく広げ長く、長く、その帯を流していく。
やがて体を解ききったカラスの中から、今度は女性が姿を現した。
他にも空を見ていたプレイヤーがいたのだろう、各所で上を見ろといった叫びがあがる。
何の飾りもない質素な白いドレスを纏い、膝まである灰色の髪を風に遊ばせ三人の乙女たちは空を飛び交う。人型に変態した彼女たちの笑い声が空から降ってきた。
「おいおい、変身バンクかよ」
マルの頭を撫でながら、呆然とアラベスクは呟く。
「魔法少女にしては、少しカレイが行き過ぎている気がするが」
「おい、そのカレイって」
『 時ガ・キタワ 』
『 望マヌモノヨ・オ退キナサイ 』
『 アナタ達ノ・生命デミタシテ 』
笑い声の中に混じる甘い声にプレイヤー達に動揺が広がる。人型のモンスターエネミーであっても、はっきり人語を話すものは『迫害されし民の迷宮』の有角人のみだったからだ。
その有角人ですら、恨み言を連ねるだけで意思の疎通が諮れるような状態ではなかった。
飛んでいた乙女達が時空門を背に横並びになり、プレイヤー達を見下ろす。
下から見ても、その姿や表情をはっきりと見て取れることから、彼女達はそれなりに大きい個体だと思えた。
『 今・コノ時ヨリ・吾等ハ 』
『 王ノ帰還ヲ求メ 』
『 コノ地ヲ・平定シマス 』
彼女達の台詞に、これがただの防衛戦ではなくゲームそのもののシナリオが進むイベントなのだと察したプレイヤーから呻る様な歓声が上がる。が、中に違う歓声が混じっていた。
『 逝けーー、羽虫ー!! 』
右端にいた乙女が、横から飛び込んできた白い弾丸に殴り飛ばされる。
『 ナ・ニヲ 』
プレイヤーがあがって来れる高度とは思っていなかった乙女達に動揺が走った。
『 虫じゃねぇぇぇーー 』
その隣の乙女を蹴り飛ばそうとしたましゅ麻呂が、乙女の体を通過して反対側へとすり抜ける。
『 アレ? 』
『 ダサッ 』
障害物で勢いを殺すことが出来なかったましゅ麻呂の体を同じく飛んでいたDDが左右から受け止め地上へと降りる。
『 好戦・好戦 』
『 愚カ 』
『 触レタ・吾ニ・触レタ・万死 』
彼女達の怒りに同調するように背後の時空門がエネミーを排出しだした。
『 万死上等、余裕カマしてんじゃねぇよ! 』
『 魔法職、でっかい火の玉投げてやれー 』
ザブルーに乗り駆けていたプレイヤー達が次々と飛び降り、落ちてきたエネミーと対戦するため臨戦態勢を取っていく。
数対数の戦いの火蓋が切って落とされた。
『 ユミりん、どうして殴れたの? 』
『 普通にポコって 』
『 ポコ 』
『 ポコ 』
『 ポコ? 』
『 ポコの勢いじゃなかったぞー 』
笑いが起こり、イマイチ緊張感が足りない状態だが、一部では既に交戦が始まっている。
『 畜生、あいつら名前見えねぇ 』
『 ユミりん、ログ! 』
落ちてくるエネミーに向かおうとするユミをましゅ麻呂が叫んでとめた。現在、あの乙女達に触れたのはユミだけで、彼女のシステムログには攻撃を当てた相手の名前が残っている。
呼ばれたユミは、慌ててログを確認した。
『 【戦いの女神】バズヴ 』
『 三つ子は、【戦いの女神】! 』
名前が認識されると、それまで文字化けのように見えなかった彼女達の名前が、他のプレイヤーにも反映されていく。
『 吾等ノ名ヲ・呼ブカ・人ノ子 』
乙女の一人がユミに向かって突進した。
「<氷の剣林>! 」
『 チィ 』
目の前に突然、生え揃った剣樹にバズヴは方向を変え、天へと昇る。
『 己・人ノ子 』
上空に控え、睨み付ける先には彼女と負けず劣らぬ白い【魔法騎士】が立っていた。
「そういう物言い、負けフラグっぽいよ」
彼女の周りには常に六花が舞う。
「来ていたのね、アデル。私は今、助けられたのかしら」
「どうかな。少しばかり、派手に登場したかっただけ」
ユミは、飛び込んでくるパズヴを迎え撃とうと低くしていた腰を上げる。彼女が立ち上がるのを見てからアデライードは、パズヴに向けたままだった純潔の氷刃の切っ先をゆっくりと左下に下ろした。
「ジェームズは? 」
「多分、何処かにいると思う」
「そう。なら、私が手伝おうか」
パキリと、氷が割れる音がする。
「飛んでいけ、羽虫! <氷楔>」
左下から右上へ。切り上げられる切っ先の動きに合わせ、人が駆け上がるに十分な太さのある氷の槍が天に向かって伸びた。
「マッシュ! 」
傍で二人のやり取りを見ていた彼の名前を呼び終わる前に、ましゅ麻呂もユミの後を追って氷の槍を駆け上る。アデライードの横を駆け抜ける際、ましゅ麻呂は何かを彼女の胸元へ投げつけていった。
「何? 」
困惑気味に、左手で胸に押し付け受け止めた物を見ると縁日でよく見かけるりんご飴だった。
「子供か! 」
あのやり取りの最中、静かだった理由はこれを取り出していたのかと思うと、緊張感の無さに呆れるを通り越して笑ってしまう。
「お嬢、寄り道はそのくらいで」
「アデル、戻って来い。バイコーンが出てる」
足場も無く滞空時間が限られ、華麗とは言い難い空中戦を繰り広げるDDを一度だけ見上げると、アデライードはりんご飴をインベントリにしまい自分を呼ぶクランメンバーの元へ走った。
『 向かって正面、右、時空門。バイコーン、ルンプクネヒト、アポピス、ドレイク排出 』
『 左、チチェバチェ、デア・ヴィルデ・マン、プーカ 』
落ちてくるエネミーを確認したプレイヤーから報告が叫ばれる。
バイコーンは馬ではなく鋭い牙を持つ太った豹のエネミーで、大きさは三メートルほど。尻尾部分も入れれば5メートル近くなる。見た目と異なり初動は遅いため、バイコーンが本気になる前に叩くことが推奨された。
ルンプクネヒトは人型。全身を藁で覆われ、隙間から長い髭が溢れる。魔法を扱う長い棒を携えたコーンヘッドの等身大藁人形と考えると判り易い。藁の所々に鈴が埋め込まれており、移動するたびにガラガラと不快な音を立てる。見た目どおり火に弱く、魔法の撃ち合いに競り勝てば簡単に燃やすことが出来た。
アポピスはキングコブラに似た外観で全長五メートルほど。首のフード部分が折り畳まれた羽となっており、開くとそこから範囲毒を振りまいた。動きは早いが、プレイヤーに巻きつくような攻撃は行わないため、楯役が注意を逸らしている間に背後から攻撃するのが主流の狩り方となる。
無印のドレイクは、冠があるドレイクに比べて攻撃力は劣る。とはいえ、炎や毒、麻痺霧といった特殊がつかないだけで魔法を伴う咆哮、空中からの突進、鉤爪を使った引っ掻きは健在で、厄介な敵であることは変わりなかった。
チチェバチェは痩せた牛型のエネミーで凶暴性が高く、白目を剥き、常に涎を垂らしている姿から生理的に受け付けないプレイヤーも多い。涎には麻痺の効果もあり、噛まれると状態異常が付与されるため致命傷にならない傷であっても対峙する際は注意が必要である。
ヤギの角が生えた鉄の仮面を被り、成獣となった熊に似た大きさで全身毛むくじゃらの人型エネミーはデア・ヴィルデ・マン。鐘がついた錆びた鎖を腰に巻きつけており、それを武器に殴打する。鎖を鞭のように巧みに使い、攻守ともに優れているのが特徴でヴェナトルほどではないが素早く魔法耐性も高い。
プーカは月光色の鬣が美しい艶めく黒馬で、金色の瞳が特徴的だったが『金目』は強暴種の特徴でもある。脚は太く、僅かな間なら空すら翔るこの妖馬に、踏みつけられれば容易く命を奪われた。見た目に騙されてはいけない敵の代表格のようなエネミーだ。
踏みつけや後ろ足での蹴り上げる攻撃だけではなく、勢いよくプレイヤーに突進しては頭に生えた二本の角で掬うようにプレイヤーを背中に乗せ、そのまま高く飛び上がる。そして、そこから背中のプレイヤーを落とした。
この行為には、何かセンサーでも内蔵しているのではないかと思われるほど、プーカは肉体面で脆弱な魔法職ばかりを狙った。
時に硬い楯役が身代わりになった場合は、落とした後に丁寧に踏みに戻ると余念はない。
『 攻城エネミー、出し惜しみなしで落としてくるぞ 』
『 中央、まだ出てない一番でかいの気をつけろ 』
『 時空門の真下にいくな、踏まれる 』
『 トカゲは弓とDDが落とせ、被害拡大されるな 』
散らばったプレイヤー達は、各々自分が得意とする相性のいい相手に向かい駆けて行く。
『 ハ・ハハハ・ハハ、愚カ・愚カ 』
頭上すれすれを飛び去っていく白い乙女達に思わず身を伏せる。ザブルーに乗ったまま、成り行きを見守っていたプレイヤーが地面に投げ出された。
「イッてっ」
「ったッ」
落ちたプレイヤーも周りにいたプレイヤーも何が起こったのか判らず呆然としていたが、少し離れた場所で見ていたジェームズとアラベスクは息を呑んだ。
アラベスクのマルも、ジェームズのスティードもほぼ時を同じくして消えたのだ。
「……」
「……今のって」
「ああ、アレはシーと同じだ」
シーと同じなら、ユミだけが触れることが出来た理由は判る。
ジェームズの同意を得て、アラベスクは大きく息を吸い込んだ。
『 【戦いの女神】は、シーと同じか上位種! 笑い声に範囲アリ、ザブルーを強制送還! 』
アラベスクの叫びに呼応するように、そこかしこから奔放に空を舞う乙女達に<魔除けの矢>が撃ち出された。
『 ヒット! 』
『 ナイスでーす! 』
試しにと射った矢が当ったのだろう報告に、気の抜けた相槌が入り笑いが起こる。
だが、その余裕も次に響いたシャウトに霞のように消えた。
『 CQ、CQ! 第二マップ決壊、取り残されたプレイヤーは宿営地に避難中 』




