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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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63 フロイデ防衛戦 1


「キサ……南無」


 アラベスクの呟きに、ジェームズは彼の横で首を傾げた。


 アラベスクとジェームズが乗る馬車は、馬場が飛び乗った乗合馬車とは異なりただの荷馬車だった。

 NPCの工房で作られた商品を各商店へと納品して回る定期便だ。


 乗合馬車に比べ速度は遅いが、それでも走るよりは早い。頼めばどの御者も気軽に乗せてくれるし、なにより彼らと彼らが扱うものはシステムの一員であり、壊れたりしない。

 既にこの馬車も明らかに重量オーバーといえる人数を載せているが、走る速度が落ちることはないし、車軸が折れるのではないかと思う振動を伝えることもない。

 ただし、乗り心地は最悪に近いのだが。


「親父、今武器屋の前通ったろ。荷物降ろさなくていいのか」


 流れていく風景に気づいたプレイヤーが、手綱を操るNPCに声をかけた。


「アンタら、外に出た化け物退治しに行くんだろ。まっすぐ正門まで行ってやる」


 王の声はNPCにも届く。城郭の中は絶対の安全圏であるため怯えることはないが、それでも非常事態であることは判っていたし、プレイヤーに協力的でもあった。

 プレイヤーの騎獣となるザブルーはモンスター扱いのため城郭された場所には入れない。街中の移動はNPCに頼るしかなくNPCも知識として、そのことを持ち合わせていた。


「ありがてぇ」

「ありがとよ」

「すまない」


 荷台で鈴なりになりつつあるプレイヤーからの声に御者は呵呵と笑うと、その声に反応するように馬車を引く二頭の馬は足を速めた。

 ステ振りや【称号】の恩恵などで身体強化がされているプレイヤーは、自力で走った方が早い場合もあるが、それは極まれである。だから、ショートカットとして屋根を上を走ったりして距離の短縮を図る。


 しかし、ジェームズのようにINT型プレイヤーは屋根に上ることは出来ても、そこから走り、また家屋と家屋の間の小道を飛び越えるとなると問題が生じた。

 結局、飛び越えられる幅の隙間を探さなくてはならず、下を走るのと変わらない事態になりかねない。となれば、馬車を利用するほうが早くて安全だった。


 アラベスクは難なく屋根の上を走る身体を備えているが、思わず目に入った馬車にジェームズを抱えて飛び乗ることを優先してしまったため、そのまま馬車に揺られていた。


「ユミはもう第二MAPへと向かったようだ」


 何かしら彼女から連絡が入ったのだろう、ジェームズは進行方向を見ながらアラベスクに報告する。


「ああ。混雑する正門無視して城壁飛び超えたらしい。一緒にキサラギ連れていってくれたが、空飛んだ余韻でアイツ精神的に死んでるってよ」


 クランチャットに流れてくるキサラギの生存報告に生暖かい声が掛けられていた。


「ユミは小さいからな。背負う余裕があればいいが、荷物のように肩に乗せられたら進行方向と逆向きになる。怖さも増すだろう」


 お前も過去にやられたのか。出そうになった言葉を飲み込む。ユミは丁寧で物腰も柔らかいが、行動理念がザルなタイプだ。アレは無理に色々教え込むより、好きにさせておいた方が逆に円滑に事が運ぶことが多い。

 本当に直さなければいけないことは、しっかりジェームズが修正している。


 他者の持ち運び方なんて、そうそう出会うシチュエーションではないし、コンマを争う非常事態に庇い方を考えていたら出遅れる。

 ユミの扱い難さはそこで、「こうすべき」と教えてしまうとそのようにしか行動できないところがある。そこを思えば、修正しない方が利があるとジェームズは考えたのだろう。


 今回は運がなかったな、キサラギ。アラベスクは改めて心の中で手を合わせた。


「グウィン王のCQコールから約十分、ア・バグだけとは思えないな」


 変色した空の濃度を見ながら、ジェームズは過去の【GM】イベントの進行記録を遡っていた。


 ア・バグは、蝉の体に蜻蛉の羽がついたモンスターエネミーで、羽の部分を除いた体長は三十センチほどしかない。ア・バグに似た体長が五十センチある色違いのB・バグを中心に、B・バグ一体、ア・バグが六体で一つの群れを形成し高速飛行する。


 過去のイベントでは、キマイラと共にイベントモンスターが複数種一斉に降下したか、プレイヤーが疲弊し始めた頃にキマイラが追加で落とされるやり方だった。

 だが、今回はキマイラとア・バグの群れだけ。<栄光の国>が早々に完全討伐を諦めるほどの数と思えば、種類が少なくてもバランスは取れていると思われる。

 が、ここの運営がそんなヌルイ展開を許すだろうか。


 先に<栄光の国>が配置されていた分、ア・バグの進行は遅れ、幾ばくか数も減らしているだろう。

 ア・バグ討伐の助勢として向かったプレイヤーも交戦を始めている頃合だ。すり抜けて第一MAPまでやってくるア・バグたちもいるだろうが、今日集まっているプレイヤーの数を考えれば、防衛の難易度は格段に下がる。


 キマイラを守るエネミーが少なすぎるのだ。


 キマイラは山岳部を進行している。魔法職なら狙い撃ち出来なくもないが、射程変更(スイッチング)できる【聖賢(セージ)】が複数必要となる上、効率も悪い。

 第一MAPまでキマイラを通し、降りてきたところを叩いた方が確実で早い。

 多分、プレイヤーの多くもそれを予測し、降りてくる可能性があるポイントに集まっているだろう。


 『中の人』的には、絶好のシチュエーションだ。


「必ず、追加がくる」


 今までのやり方を考えれば、ジェームズの考えは正しい。しかし、今回は質より量で攻めてきているのではないかとも思え、結局判断はつかない。

 相手の出方は時間経過に任せるしかないと判ってはいるが、後手に回れば負け戦になる。


「もし追加があるなら、どこに落とすと思う。第二MAPか」


 追加の懸念は誰しもが抱いていた。アラベスクの質問に、ジェームズの目が細まり、ややあって口が開かれた。


「いや……多分、先に(・・)第一MAPだ」


 フロイデに集まったプレイヤーの半数近くは既に外に出たか、すぐ外に出れる状態にあるだろう。既にフィールドにいるプレイヤーは、第二MAPを目指して走っている者とキマイラ討伐待機に分かれているはずだ。

 『中の人』は、この上なく目立つのが好きだ。人の多いところに現れたがる。

 第一MAPと第二MAPでは、確実に第一MAPの方が人が多い。


『 CQ! 第一MAP、正門前より直線三キロ上空、大型時空門が展開中 』


 計ったように響いたシャウトに、ジェームズはイヤーカフスに触れた。


「ユミ、今どこを走っている。空を見上げてくれ」

「もうすぐ第二MAPだけど、引き返すわ。空は、雨降りの水溜りみたいね」


 時空門は円形にエフェクトが展開する。それを波紋に準えて言っているのだとしたら、時空門の数だけ、外敵が投下される。


「アラベスク、まずい。落ちてくる種類が多い」


 すでに正門は見えており、荷台の外側に掴まっていたプレイヤーから順に飛び降り、御者に礼を言っては正門に向かい走っていく。 


『 CQCQ、追加訂正。正門から三キロ地点より一キロに亘って多数の時空門が展開中 』

『 外どうなってるんだ 』

『 頭悪そうな数の時空門が、ウェルカムしてんのが見えてるぞー 』

『 参加者が少ないってよ! 待っててくれてるみたいだから、お前らとっとと外でやがれ! 』

『 レッツパーリィィィィ! 』


「マッシュ……」

「彼らは、シャウトは必ず煽らなければならない。といった誓いでも立てているのか」

「似たようなことは考えてそうだけどな」


 二人、疲れた溜息を一つ吐くと揃って馬車から飛び降りた。


「親父、ありがとよ」

「助かった。協力感謝する」


 礼を言うと正門へ向かって駆ける。外に出ると皆、すぐにザブルーを呼び出し、背に乗って上空で時空門が展開している方向に駆けて行く。

 アラベスクたちもザブルーを呼び出し、その背に乗ったがジェームズのザブルーが駆け出そうとするのをアラベスクが止めた。


「待った。ザブルーが怯えてる」


 元々臆病な性格のザブルーはフィールドボスの周辺に近寄ることは出来なかったりと色々制約がある。

 ザブルーとプレイヤーが契約を結び、自分の騎獣とすることからも一定の信頼関係が成り立つ。ザブルーは自分の主人としたプレイヤーに協力的であるから、ある程度の無理は利いてくれるが、彼らの心の機微を読み取るのはプレイヤーの役目である。


「まだ、出てきてはいないようだが」


 待機状態の時空門を睨み、ジェームズはアラベスクに視線を戻した。彼らより後から町の外に出たプレイヤーは、次々とザブルーに跨り先に向かっている。


「わからん。“マル”どうした。何か、怖いことがあるのか? 」


 ザブルーの首を労わるように撫で、アラベスクは小さな恐竜に問いかけた。ザブルーは振り返るように頭を上げ、甘えるように前かがみになっているアラベスクの顔に鼻先を押し付けようとする。言葉で通じ合うことは出来ないが、互いに築いた信頼から何かしら通じるものはあった。


「よし、判った。お前が安全だと思う場所を通って、俺たちを連れて行ってくれ」


 言われたマルは、一度頭を下げる動作をした後、勢いよく駆け出しす。


「スティード」


 名を呼ばれたジェームズのザブルーも、即座にマルを追って駆け出した。自分の相棒となる相手に、名前を付けるプレイヤーも少なくはない。ただ、一旦捕獲した後、逃がすことも出来、自分が望む性格や体色、能力を備えていないと何度となくリセマラするプレイヤーも多い。そういったプレイヤーはザブルーに名前を付けることはしなかった。


 プレイヤーに面倒臭い事をさせたがる運営は、ザブルーに育成要素を付けていた。与える食事やそのタイミングにより体色が変化する。備える能力も基本の隠遁、遁走の効果は同じだが、僅かばかり走る速度差があったりとその程度だ。

 むきになって育成し直しなどするほどのこともないが、育て直しする理由の多くは色が気に入らない。だった。イチルに言わせれば愚行らしいが、スタイルから入る人間にとっては重要なポイントである。


 性格は元からのものか信頼関係を築くうちに変化するのか不明だったが、ユミのザブルーのように『ザブルーは臆病な生き物』が嘘に思える気性の荒いもの、アラベスクのマルのように人懐っこく甘えたのもの。ジェームズのスティードに至っては、ザブルーに見えない体色も手伝って性格は孤高の生き物の領域だった。


「一応は、時空門へ向かってくれているのだな」

「ああ」


 アラベスクに併走しながら、ジェームズは周囲を窺う。時折、マルは何かを避けるように蛇行するが、ほぼ一直線に空に浮かぶ時空門へ向かい疾走していた。


「マルよ、お前何を避けているんだ? 」


 返事がないと判っていながら口にしたアラベスクの疑問は、ジェームズによって解決される。


「鳥だ、アラベスク。マルはカラスを避けている」


 前を見て走るザブルーが、蛇行する瞬間、視線が空に向くのを見たジェームズがそちらを見て気付いた。彼が見ている方向にアラベスクも視線を向ける。


 三羽の白いカラスが、空を飛ぶことを楽しむように旋回していた。




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