61 神殿祭がやってきた 3
「イチにキンニクーーっ」
シュバーン。
「ニにキンニクーーっ」
シャキーン。
「サン、シが無くてッ」
ギュギュギュギュッ。
SEが鳴り響き、ステージの上で筋肉自慢たちがポージングする。
『 ゴにキンニクーーッ 』
溜めに入ったタイミングを見計らい、観客から合いの手が入った。
それにあわせ、筋肉自慢たちは全体の決めポーズで応える。
「キレてる、キレてるよー」
「よっ、冷蔵庫」
「詰まってる、詰まってるぅー」
見ている側も、やっている側もノリノリである。
今、ステージを盛り上げているのは優勝マンズShow。課金要素の一つである、サロン・ド・リモの常連たちで結成された筋肉美を布教する集団だ。
サロン・ド・リモ。リモはリモデリングの略らしい。
化粧筆など、生産アイテムを使用し顔にメイクを施す無料コースとアバターメイク自体をやり直せる課金コースがある。
基本、装備は身に着けるとそのアバターの体型に添って変化する。全身鎧などは、体格によって美しく見えるラインが違うらしく、拘るプレイヤーは装備を刷新するたびに課金して微調整を行う者がいた。
筋肉自慢たちは、これが高じて発生した副産物の一つだった。
「筋肉は好きな方だけど、あそこまで盛り上がってるとちょっと気持ち悪いわね」
率直な感想を述べるカタリナにモカとユミは苦笑いする。
「タケルたちは、今時の子だけど、アラさんは詰まってる感じで、ハゲちゃんは膨らんでる感じだよねー」
自分のクランメンバーを思い浮かべながらモカは呟き、ユミはその言葉を聞きながら、目の前の筋肉ダルマと彼らの体型の違いを想像して頷く。
「キサラギさんは細いわね。後ろから助走つけて蹴ったら折れちゃいそう」
「ユミのステでそれをされたら、多分、重量級以外は全部折れると思うのだけど」
たまに飛び出すユミのボンクラ発言に、カタリナは悩ましげに息を吐き出した。
既に目当ての買い物を終えた三人は、アラベスクたちの合流を待って交流エリアで時間を潰していた。現在は人出も落ち着き、ひきりなしに聞こえてきていた誘導スタッフの声も鳴り止んでいる。
このまま、ゆったりとした時間を過ごし、閉会へと流れ込むだろう。そんな一同の予見を裏切るようにシャウトが響いた。
『 ヒャッハーーッ、盛り上がってるかぁーーい 』
「うるさいのがきた」
「きた」
「マッシュは元気ね」
ユミたちがいる場所からは入り口は見えないため、姿を確認することはできないが、響いた声に誰が来たかは否応なく判別された。
『 俺もっ混ぜてくれーーッ 』
『 ウッセェ 』
『 黙れ 』
『 だっ…ひぃぃ 』
<SUPERNOVA>の取り扱いとして、彼らのシャウトには罵声で応えるという変なルールがある。ルールというより、放っておくといつまでも叫び続けるので、自然とシャウトで応戦する形となっただけなのだが。
今回も即座に反応した人間がシャウトで応える中、その途中で悲鳴が混ざり声が止まった。
「ん? 」
不自然に流れが止まったことに、ユミたち三人が顔を見合わせるより早く、神殿街の入り口方向から轟音が響いた。
「え。」
「何!? 」
三人のうち、真っ先に行動を起こしたのはユミで、一瞬で入り口が見える箇所まで移動し、飛燕で宙を駆けのぼる。上空から入り口を見れば、何かのエフェクトだろう黒い靄の中に赤い稲妻が渦巻いているのが確認できた。
何が起こったのかと、参加者の視線も神殿街入り口に集中している。
『 ちょっと、危ないじゃない 』
『 ここはグランカスターじゃない。静かに楽しめ 』
聞こえてきたましゅ麻呂の声に、不安からのざわめきが安堵のものに変わるが、次に聞こえてきた声に水を打ったような静寂が訪れた。
『 しけるわー 』
ましゅ麻呂が移動していたのだろう、違う場所に同じアーツが放たれ、再び赤黒く炎上する。
二度目となると慣れてきたのか、クスクスと笑い声が聞こえ始めた。
『 皆様、大丈夫です。今のはアーツの空撃ちですので、気になさらず神殿祭をお楽しみくださーい 』
『 グリムさん、アーツの使用は控えて。黙らせるなら肉弾戦でお願いします 』
スタッフのフォローとなるシャウトが入るが、結局は身内のノリの延長であり、興味がない人間は既に自分の目的に意識が向いている。
『 よし来い、グリム 』
『 グリム! マッシュ、捕まえてやたぞ 』
『 ちょ、裏切りモノーーッ 』
ユミも知っている鈴木さんとオミの声が聞こえ、それを最後にシャウトが止んだ。
静かだった神殿祭は再び活気を取り戻す。
「ユミりん、今の何だったの? 」
消えるのは一瞬だったユミだが、戻る時はのんびりとした足取りでモカたちの元に帰ってくる。
「グリムって人が、マッシュを焼いたみたい」
見たことがないアーツだったが、ジェームスの<火球>に似ていた。そのことも付け加える。
「燃やしたってことは、やっぱりグリム・リーパーかな」
シャウトの中に含まれていた『グリム』という名前だけでは絞りきれなかったが、『燃やした』という追加情報から、モカは自分の知るプレイヤーの中から一人を導き出す。
「<スケアクロウ>だから、きっとグリム・リーパーね」
カタリナもモカに同意した。
「有名な人なの? 」
「有名……まぁ、一部の嗜好には突き刺さるわね」
カタリナは趣味ではないらしく、相手の顔を思い浮かべるも首を横に振る。
「ジェームズと同じ黒いマグスコート着てるんだけど、全然別物に見えるの」
そんなカタリナを尻目に、モカは守備範囲なのか自分の独壇場とばかりに、グリム・リーパーについて語りだしだ。
グリム・リーパー。クラン<スケアクロウ>に所属し、グランカスターを拠点に活動する男性プレイヤー。
元高校球児で、現在大学二年。テスト期間中以外は割とゲームにいる。引き締まった筋肉質の体躯は、推定身長185cm、体重72kg。
名前の先入観を除いても、大きなアーモンド形の瞳と、頬がこけているために見る側に骸骨に似た印象を与え、付いた渾名は『死神』。
現在の称号は【魔法騎士】、相棒となる武器は長柄武器に見える大鎌。
『救済執行人:魂の収穫者』。
「この『魂の収穫者』が、すっごいかっこいいの。普段はハルベルトなんだけど、アーツを使う瞬間だけシャキーンって鎌の形に刃が出てきてね。それでズバーッってMob狩るんだけど、まさに収穫。いやーッ大量虐殺兵器ーッってなるんだよ」
拳を握り、鼻息荒く説明するモカの頭に影が落ちる。ユミとカタリナの目線が上がった。つられ、モカも振り返る。
「よく調べたな、お前。個人情報も何もあったもんじゃねーな」
目深にフードを被った男が、腕を組んで彼女の後ろに立っていた。鋭い眼光に晒されたモカの顔が見る間に蒼褪めていく。
「ぐ……」
「ぐ? 」
「グリム・リーパーぁぁぁ」
「あ? 」
「……さん」
「ヨシ」
ハルベルトは長モノ武器に分類されるため、彼は装備を外している状態だが、それでもその出で立ちから『死神』に相応しい威圧感を感じる。
目差し代わりに翳を落とすフードの中で、グリム・リーパーの白目が目立つ大きな瞳がモカ、カタリナ、ユミと順を追って動き、カタリナに戻った。
「ま、噂話は程ほどにな」
バツが悪そうに眉間を左の指先で掻くと彼はそれ以上何も言わず、背を向けその場から立ち去る。残された三人は顔を見合わせた。
「不器用系男子って感じかしら」
人混みに紛れていく背中を眺めながら、カタリナがぽつりと感想を漏らす。
「……」
その感想を受けたモカは自分の足元を見、顔を上げるとユミの顔を見た。モカと視線があったユミも彼女が何を言わんとしているのか察し、自分の足元を見てからモカに視線を戻す。
今度は二人でカタリナを見た。
「え、何? 」
状況が判っていないカタリナが一歩後退る。
「『死神』グリム・リーパーも男の子でした。って、新しい情報ゲットの代わりに負った心の傷は深い」
「遺憾の意」
二人は自分の胸に手のひらを当てると、そのまま真っ直ぐ下に下ろした。
マーガレット・マルガリテスを頂に信奉する彼らの神という概念は、統一神であり唯一の存在である。
それに対し、神殿街に座する神々はそれぞれに得意とする役割が分かれており商業なら商業、技能なら技能と祈りを捧げる神が違う。
あえて称するなら、新しい神と旧い神となる。
なぜ、この二つが渾然と人々の暮らしと同居しているか。
初代マーガレットの長きに渡る君臨により、異教徒は弾圧され回教を余儀なくされた。しかし、それを由としない勢力もまた頭角を現す。結果、旧きも新しきも神は神。として、現在まで伝えられることとなった。
ジェフサは新興国である。
マルグリット帝国により、置き去りにされる形で分離したワルター公国。
ワルター公国より決死行を言い渡され、見事『赤き竜』の討伐を果たした騎士たちが建国したジェフサ王国。
騎士の矜持を果たすため、多くの仲間を失いながら彼らは戦った。
もう故郷に帰ることはないだろう。
彼らは命潰えた同胞のために、涙を堪え穴を掘り続ける。
この地に眠る仲間を捨て置くことなど出来ず、小さな集落を作り生活を始めた騎士たちの元に、この土地に暮らす逸れ者が集い始めた。
やがて小さな集落は、集落といえないほどの大きさへと長い時間をかけ発展していく。
フロイデの神殿街が他の二国に比べ大きい理由はそこにあった。
ここは逸れ者の地。互いを助け合い、または救いを求めた人々が集まった場所。
マーガレット・マルガリテスが信奉する神より、遠い昔から信じられていた神が民に近い場所。
そして、それは。
『正しき王の帰還』を宣言するに相応しい場所。
三羽の白いカラスが、フロイデの空を舞う。




