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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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60 神殿祭がやってきた 2


「ごめーん、遅れちゃった」


 カタリナが、行き交う人を避けながら歩いてくる。


「カタリナお待たー」

「お仕事お疲れさま」


 待ち合わせ場所の花壇の縁に、腰掛けて彼女を待っていたイチルとモカは彼女を見つけると手を振った。


「今歩いてくるとき、南工房のところで大漁って書かれた旗がはためいていたんだけど」

「今日、釣り大会やるって書いてあったよ。カタリナ、ブログ読んでないの? 」

「釣り……。いよいよもって原形とどめなくなってきてるわね」


 パンフレットをチラつかせるモカに、小さく舌を見せたカタリナは鼻を鳴らして豊満な胸を反らせる。


「そういえば、ジェームズは? 」


 ユミがいるのに彼女の保護者が視界に入らないことを不思議に思い、カタリナは周りを見回し彼を探した。


「ジェームズ……」


 カタリナの言葉に、数分前の出来事を思い出したモカが固まる。笑いたいのに、笑えない。笑いは込み上げるのだが、どうしてもその光景を思い出すと胸騒ぎに似た妙なテンションに襲われて身体が固まってしまった。


「モカ? 」


 カタカタと変な動きを始めた少女に、カタリナは一歩下がって距離を置く。


「モカちゃんね、ジェームズのこと思い出すと照れちゃうのと面白かったので今日は駄目なの」

「いつものことじゃない」

「ううん」


 首を横に振ったユミも何かを思い出しているのだろうか、口元を隠して笑いを堪えている。


「しばらくは駄目だと思うわ。あと、ジェームズはアラさんたちと一緒に釣り大会に運ばれて行ったわ」

「は? 」


 時は20分ほど前に遡る。


 ユミたちは、神殿祭に行くため会場に近い広場で待ち合わせをしていた。


 この場所に、一番乗りをしたのはモカだ。次にジェームズ。二人の微妙な空気を物ともせず、割り込んできたのがキサラギとフェルトン。どうやら、ログアウトした宿屋が一緒だったらしく、ロビーで一緒になったらしい。

 やがてタケルが、彼の元からの友人たちと固まってやってきた。順調に人が集まり「祭りに出かける中学生の集団……」と、キサラギとタケルたちの謎のじゃれ合いを見ていたモカがこぼした所で、縁日でよく見かけるりんご飴を手にしたユミが登場した。


「ユミりん、その飴どうしたの」


 存在しない猫耳がピンと立っている幻覚がみえるほど、モカはユミが持っている飴に反応した。

 料理の生産レシピの中に、りんごを丸ごと使用したりんご飴のレシピはない。常に食べられるものではなく、提供してくれる生産者がいなければ口に出来ないレア物だった。


「銀行で荷物整理をしていたら、隣に出海さんがいて貰ったのよ」

「えっ、あの人料理まで始めたの」

「ううん。出海さんのクランの人が作ったんですって、今日はクランで出店するからよろしくって言われたわ」


 このゲームにはルールがある。

 生産スキルを使用してのアイテムの作成は、プログラムされたもの以外、ゲーム内で再現することは出来ない。


 とても単純な話なのだが、生産スキルで作成するものには能力がつく。つまり、一つの規格として元々の雛形が用意されているということだ。


 これを念頭において考える。


 現実世界と同等のものを作成しようとしたならば、この世界で同じ材料を調達し、同じ手順、時間をかけて製作すればいい。素材自体に設定されている役割がそのまま機能すれば、生産スキルを持っていなくても誰でも出来る。

 作られた製品は、あくまで部品の寄せ集めであり、そこに付与される能力はない。


 つまり、レシピ外の物品を作ろうと思えば作れることは確かなのだ。

 但し、生産スキルを利用しての能力付けが出来ないので、ただのオブジェクト扱いとなる。


 だが、ここで別の問題が起こる。

 スキルを持たなくても作ることが出来るなら、一番身近で、誰でも手軽に手を出すことを検討する料理についてだ。


 料理とは、素材を調理すること。これには別の問題が発生した。味覚に反応する旨味成分だ。調味料の組み合わせ、素材の組み合わせ、火加減、調理時間など現実同様関係してくる。これを計算し、その一つ一つに『味』を付与する。これが難しいのだ。


 生産スキルで作成されるもの、タヴァンや他の飲食店で提供されるもの。これらは調理されたものの旨味成分を測定し、データ化してゲーム内に反映したものであり、すべて同じ味に作られている。

 プレイヤーに言わせるとレンチンなのだが、同一規格であるから同じ味で、同じ旨味で作られていた。プレイヤーが口にした時、それを美味しいと感じるか、不味いと感じるかは、プレイヤーの味覚次第だ。


 もしも、現実同様に個人差があるアドバンテージを持ち込んで料理を再現したいというのなら、このゲームではなく別のそれらに特化したゲームをプレイされることをオススメする。というのが、運営側のスタンスだった。


 しかし、ゲームというのは不自由を楽しむものである。


 野菜などの素材は、野菜そのものに味が設定されている。生のままプレイヤーが口にしても味を感じられるよう設定されているからだ。

 これを組み合わせ何か料理を作ったとしても、味が素材のままなの料理として美味いと感じない。舌が調理されることで引き出される旨味成分を感知しないからだ。

 だが、素材自体の旨味は感じる。


 ゲームというのは、不自由の中に自由を見つけるものである。


 訓練されたプレイヤーは、システムの穴をつく。それがバグやデュープを利用したものなら違反行為だが、開発側があえて残した可能性ならば、そしてそれに気がついたならば、利用しない手はない。

 生産職の謎増殖のように。


「あの人のクランって、段々なんかの実験施設というか、研究者の集まりみたくなってない? 」


 ユミに一口せがみ、見事りんご飴自体を譲ってもらったモカは、パリパリとしたべっこう飴の感触とシャリシャリとしたりんごの食感が織り成すハーモニーに身を震わせながら、りんご飴にかじり付く。


 りんご飴のレシピは存在しない。だが、イチゴ飴のレシピは存在する。りんごはジェフサ全土で栽培されていたし、フロイデ前では生成りの物があり、シーズンが来れば誰でも収穫できた。NPCの食品材料店でも、一日の入荷数は限られているがシーズン外でも手に入る。

 材料は揃った。


 イチゴ飴を生産し、それを水で煮て溶かす。あとは串に刺したりんごを煮えたカラメルでコーティングして冷ませば、りんご飴の出来上がりである。


 素材の味だけで成立する食品は、旨味が存在する。


 プログラムされたもの以外は、ゲーム内で再現(レンチン)することは出来ない。それは、開発が残した可能性を見つけて追求すれば、再現(アレンジ)可能なものがある。という示唆でもあった。


「それも一つの楽しみ方だよ」


 背後でジェームズの声がして飛び上がる。口に含んでいたりんごの欠片が喉に詰まり、モカは激しく咳き込んだ。


「大丈夫、モカちゃん? 」

「モカ」

「だ、大丈夫。大丈夫、だいじょぉぉぉーぶぅぅ」


 海老が逃げるように体を折曲げ、目の前のユミと背後にいるであろうジェームズに挟まれた場所から高速で抜け出す。


「君って子は……」


 フェルトンの後ろに隠れたモカを目で追っていたジェームズがため息を吐いた。


「おーい、おつかれさーん」


 神殿祭に向かう人出が多くなった頃、アラベスクがその人波を縫うようにしてやってきたのだが、肩に何か担いでいる。


「おつかー」

「ちっすー」

「おせーよ」

「お久しぶりです、クラマス」

「アラさん、おひさー」


 クラマスの登場に、それぞれが挨拶をし彼を交えるのだが、視線は彼の肩に集中していた。


「わりぃー、アラ。俺の目には、それが釣竿に見えるんだが」


 誰もが思っていても、口に出来なかった質問を釣竿を指差しながらキサラギが切り込んだ。


「おう。神殿祭が始まる前から釣り大会やってんだよ。面白そうだから参加したんだけど、コレがなかなか楽しくてよ」

「はぁ。ってか、いつの間に釣竿実装されてて、しかも何本抱えてンだよ」


 アラベスクは釣竿を十本近く担いでいた。


「釣り大会にあわせて、ハンドメイドしたんだってよ。一応、お前らの分も貰ってきてやったから今から行こうぜ」

「むちゃくちゃな」

「俺、行きたいです」

「オレも」


 急な予定変更を申し出るアラベスクにキサラギは呆れた顔をしたが、若者たちは乗り気のようだ。


「なら、行って来るといい。神殿祭は長いのだから、釣りを楽しんだ後でも合流できるだろう」


 神殿祭は地球時間で二時間とされている。ゲーム内では六時間、十分に余裕はあった。

 ジェームズの後押しもあり、まだ体験したことがない釣りをやってみたいメンバーに押し切られる形でキサラギも不承不承で承知する。


「そういや、ジェームズ。お前、釣りとかやったことあんの? 」


 憮然としたキサラギが、たまたま横に立っていたジェームズになんとなく聞いた。英国では釣りをするのに免許がいる。と、聞いたことがあったのを思い出したからだ。

 英国は川の周りなど私有地が多く、入漁券を買わなければならなかったりと日本とは随分事情が違う。淡水魚を釣る場合は、釣りのライセンスも必要だった。


「いや、ないな」


 何のことはない、普通の会話だった。だが、それを普通と捉えなかった人間たちがいた。

 男子ならば、小中学生の頃、一度はフナ釣りにハマるものではないのか。玉網で川や池の魚を掬おうとして、滑って転んでびしょ濡れになり、友達に笑われたことがあるのではないのか。

 それらが面倒で係わり合いになりたくないと避けていたのに、野外学習や体験学習で半強制的に鮎の掴み取りをさせられた過去はないのか。


 過去を背負う彼らの目が、チーズを狙うネズミが如く光った。


「Go、フェルトン! Go! 」

「おう! 」


 アラベスクの号令にフェルトンが駆ける。


「ちょっ」

「あら」

「待て、何を……」


 大盾を構える重戦士たるフェルトンにとって、縦に長いだけのジェームズは、ただの柔らかい丸太だった。


「タケルたちは足だ! 」

「イエッサー! 」


 <TRUST>の結束力は固い。一瞬でジェームズを拘束し、持ち上げるとそのまま「エッサ、ホイサ」と妙な掛け声を掛け合いながら釣り大会の会場へと移送していく。


「持ってった……持って……」


 持ち上げられた時のジェームズの表情が、モカの脳内でフラッシュバックする。


「もっ……」


 カタカタとモカの体が妙な振動を始めた。


「ふふ。男の人もモカちゃんも面白いわね」


 天敵のあられもない姿に興奮するモカの横で、ユミは微笑む。彼女はどんな時も平常運転だった。


「あー……駄目だこりゃ。俺も行ってくるわ」


 カタリナを頼むと言い残し、キサラギはやる気のない足取りでアラベスクたちを追い歩いていく。彼もまた平常運転の男だった。




「って、事があったの」


 ことのあらましをカタリナに語ったユミは、彼女に買ってもらったブルーベリー&ヨーグルトのフラッペを一匙掬って口に運ぶ。


「だから、運ばれて行った(・・・・・・・)のね」


 何をやっているんだか。と、カタリナは椅子の背に凭れるとテーブルの上に置いていたミントティーのカップに手を伸ばした。


 三人が暢気にお茶会を開いているのは、神殿祭の会場内にある飲食ブースだ。

 ここは<ポーラスター>が直営しているバザーカウンターが並ぶブースで、一旦各タヴァンで持ち帰り用で購入し、それをNPCと同じ値段で販売している。


 飲食ブースと隣接して、簡易調理キットを使ったBBQ大会が開催されていた。

 時々「肉で肉を挟んだ肉」や「神をも畏れぬ所業」など、声が聞こえてくる。


「ジェームズがね、ジェームズがねッ」


 その時のことを話そうとするモカだが、すぐにカタカタと震え始め言葉が続かない。


「もう。モカは、話さなくていいから。で、この後どうするの? 」


 神殿祭の目的は買い物であるが、出店エリアを見る限り人が多く混沌としている。


「こちら、一方通行となっておりまーす」

「長モノの武器は、装備を外しインベントリに収納して下さーい」


『 本日、<スケアクロウ>の皆さんが警備に参加してくれてます。たっぷりDカップの熱い抱擁を受けたくない方は指示に従ってください 』

『 今日は情熱的なキッスもオマケするぞ。新しい扉を開きたくない奴らは係員の指示に従えー 』


 誘導するスタッフの声に<スケアクロウ>の誰かが答え、漣が広がるように笑いが起きた。

 優勝マンズの構成員に、数人<スケアクロウ>のメンバーが含まれている。

 豊満ボディ(たっぷりDカップ)の意味が違った。


「<スケアクロウ>来てるのね」

「今日は、おっきいところ全部来てるよ」


 なんとかジェームズの呪いを振り払ったモカは、椅子に膝立ちになって周りを見回す。彼女は動画を配信している分、クランやプレイヤーについて詳しかった。


「さっき、<GIULIETTA>のメンバー見かけたし。白いのもいたから、<栄光の国>も来てると思うよ。でも、まだ<SUPERNOVA>いないねー」

「あそこは、姿見る前に声が(シャウト)するから判るでしょ」


 ましゅ麻呂たちの存在確認はカタリナの認識が正しい。<SUPERNOVA>=うるさい。は、このゲームを始めて運がよければ三日のうちに覚える豆知識だ。


 彼女たちが座る席から北側に視線を向けると幻想歌劇団の舞台が見える。幕が開いたのか、女性プレイヤーの歓声が響いた。

 その声につられ、カタリナたちもその方向へ視線を向ける。


「こんな時間からやるの? 」

「今日は二回公演だってー。書いてあったよ」


 モカから差し出されたパンフレットを受け取るとカタリナは紙面に眼を落とした。そんな二人のやり取りを見ていたユミは、もう一度舞台のほうへ視線を向ける。


「あら? 」


 組まれた舞台セットの上に鳥がとまっているのが見えた。最初はセットの一部かと思っていたのだが、動いたので生きている鳥だと気づく。


「鳩……より、大きいわね」


 なんの鳥かしら?


 教会前の広場では白い鳩がよく見かけられたし、街中ではスズメが、街を出てすぐのフィールドにはコマドリがいるのは知っている。

 しかし、あの鳥はその三種類のどれとも色も大きさも違った。


 ジェームズがいたら判ったのだろうかとユミが考えている隙に、鳥は神殿街から飛び去った。




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