58 白いカラスと黒の王
「おいーっす」
「ぃよーう」
マルガリティスにある学校の時計塔、そこから街を見下ろしていた男に後からやってきた男が声を掛けた。
「悪いな、お待たせ」
そのままPT申請し、会話を秘匿会話に変更する。こうすることで誰かが彼らの周りにいたとしても、会話を耳にすることは出来ない。
「『ユニオン』どうよ」
「ボチボチってところかな。『時の城』に比べて反応は鈍いよ」
マルガリティスの街は坂が多い。
町全体の大きさも他の都市に比べ大きく作られているが、背の高い建物は少なく、彼らがいる学校の時計塔と女帝が座す城が抜きに出て高い建物だ。
この二つだけが、街を一望できる。
「まー、神殿街だからなぁ。どうせクラン関係だろって読みやすいわな」
先にいた男の名は、イグニス。別名、【GM】みっちょん。このゲームの開発チームの一人でもある彼の担当はウェポンデザイナー。武器全般を担当しているが、彼のデザインが多く採用されているのは剣だ。
後から来たのはキサラギ。一般プレイヤーであり、元みっちょんの同僚。元々フリーのライターであった彼は、いくつかのゲームシナリオも手がけている。
一人のライターがじっくりシナリオを書く作品も多いが、原作が有る作品はエピソードごとに何人かのライターが分担して作業したりもする。
彼は、以前イグニスが所属していた別のチームが開発したゲームで一緒に仕事をした仲だった。年齢も近く、その時住んでいた場所も近かったため、飲み仲間となった二人だったが、チームの解散やキサラギの引越しなどあり、今は年に二、三度会って飲む程度だ。
「『運命の三女神』は、いつお披露目するの」
「次の神殿祭がジェフサだろ、そん時おろすんじゃね? 」
「ザックリしてんなぁ」
イグニスの横に並んだキサラギが、彼と同じように街を見下ろす。
「ま、元々五年を目途にって会社からは言われていたしよ。あと二回、大型乗り越えた先は、まだ予定たってねーんだよ」
「結構、いいゲームだと思うんだけどなぁ」
街明かりは、夜の帳に包まれた白亜の都を仄かに浮き上がらせていた。
「前回の組織改変で、半分近く開発のメンバー入れ替わったしな。五関さんは十年選手を目指したいって言っていたけど、正直どうなるかわかんね」
「世知辛い世の中だねぇ。まぁ、企業的には売り上げが伴わないとなると、どうにもならんのだろうけど」
守秘義務がある以上、ゲームの内容については友人といえどイグニスがキサラギに語ることはない。
話すといえば、既に公表されている内容とちょっとした愚痴くらいのものだ。
サービス開始から三年目。一つの節目である。
サービスインから半年はプレイユーザーが流れ込み、満員御礼となるが、そこから徐々に減り始める。
一年はオープン景気は続くが、二年目からは新しいタイトルがサービスを開始するタイミングで顕著に人が減っていく。そこからは増えたり減ったりの繰り返しで、それでもプレイ人口が伸びていればいい。
三年目も二年目と同じだ。だが、何もしないでも増える時期は終わっている。常に何か目新しいイベントを催し、過去にプレイしていたユーザーや興味があってもプレイまで至らなかったユーザーの目に留まるようにしなければ人は増えない。
Lv制のゲームになれた人間が、完全スキル制に馴染むのは少しハードルが高い。
やればやるほど強くなる。原理は同じだ。だが、完全スキル制はふり幅が大きい故に個性が出しにくく、やれることが多い故に強さのマニュアルを求める人間は戸惑う。
強さが一目瞭然のプレイスタイルは、紆余曲折の先にある。最短コースで最強への一本道がないのが特徴だった。
「そういや、キサ。お前、最近アリスに会ったか? 」
「いいや? なんで」
「あいつのプレイ動画見たやつらからメールが届いてるんだよ」
「『時の城』か? 今更じゃん」
『時の城』のスプリガン単騎撃破は、動画公開当時波紋を呼んだ。
「ちげーよ。どうやら隠し撮りみたいなんだが、『至る門』で、爆殺してるところ撮られていたみたいなんだ」
「あー。湖畔の乙女とは、相性いいだろうからなぁ。そりゃー乱獲もするだろうよ、アイツ素材集めてたし」
『至る門』。
今後、実装が予定されている迷宮の一つであるが、詳細は決まっていない。『至る門』は湖の中央に建てられた建物であり、建物と湖畔を結ぶ長い橋がある。教会から転移出来る場所の中に、この橋の袂があり採取職が利用することが多く人の出入りは盛んだった。
「まーなー。映像はオレも確認したんだけどさ、特に問題なんてないの。人が飛んでくるような場所は避けるし、あいつが取りこぼすようなことはないと思うけどさ。万が一のこと考えて、自分が死んでタゲが外れても通行人襲われないようなトコ選んでんの」
「用心に用心を重ねる心配性だからなぁ」
湖畔の乙女は『至る門』周辺に出没するモンスターエネミーの一つだ。陸地と水上どちらにも姿を現すが、HPが一定以上削られると水上に逃げ、魔法で一方的に攻撃してくる。討伐は遠距離職のプレイヤーに向いたエネミーだった。
【魔法騎士】は近中距離に数えられる職だが、アデライードは水属性に特化している。氷を主に戦う彼女なら、余裕で湖ごと乙女を凍らせて殴りに行くだろう。
ありありとその様が想像でき、キサラギは低い声で笑った。
「笑い事じゃねーよ。迷惑行為してるわけでもなし、外部ツール使ってるわけでもなし。全部あいつが長い時間かけて集めて作って、頑張った結果の【魔法騎士】と装備じゃねーか」
「なに、【魔法騎士】弱体化希望とか来たの? 」
自分より強い人間が許せないタイプは少なからず存在する。
装備を同じにしようが、スキルやステ振りを同じにしようが、まったく同じ人間でない限り同じ強さは出せないものだが、それが理解できないタイプと、それより厄介な『自分は努力をしたくないから、簡単に強くしてください』、『強くなれないなら、強い人を無くしてください』だ。
「【魔法騎士】弱体化しろは判るが、『選定の剣:純潔の氷刃』店売りしろって来た時は真顔になったわ」
「あれ、カッコイイもんなー。花籤の景品にでも模造品出してやれよ。めちゃくちゃ課金するやつ現れるぞ」
「オマエナァ……」
キサラギとイグニスは元仕事仲間。キサラギとアデライードは同じゲームで知り合い、それから遊ぶ舞台を変えながら八年の付き合いになる腐れ縁的友人だ。キサラギを介して三人は共通の知り合いとなる。
三人が連れ立って、ファルモアの地を歩くことはない。イグニスがこの地を訪れるのは、収集データ上の数値だけでなく、ゲーム難易度が想定通りに可動しているかの確認であるし、テストプレイでは判らない一般プレイヤーの視点からゲームを楽しんでみたいからだ。
彼の素性を知っている元からの知り合いで固まるより、野良としてPTを組んで楽しみたい。それがイグニスの考え方だった。
「んで何。【魔法騎士】弱体化すんの」
「しねーよ。そんなことしたら、【聖賢】やら何やら全部弱体化しないと駄目だろーが」
「じゃー他職強くすんの? 」
「しねーし、そんなことして強さ飽和させてどうするよ。ゲームの寿命縮まるだけだろーが」
歯軋りするイグニスにキサラギは腹を抱えて笑う。
今日の彼は自分に愚痴を聞いて欲しかったのだろう。そんな風にキサラギは解釈した。
ゲームバランスというのは難しい。何か一つ頭が出れば注目され、羨望と批判の的になる。
何か新しい性能を持たせた強い武器やスキル、アーツを投入すれば、みなそれを扱うために群がる。人の常だ。それは悪いことではない。ユーザーを満足させるという意味では、常に刺激を提供しているのだから。
けれど、それらを投入し続けるためには新しいコンテンツも提供しなければならない。
そうなるとユーザー間での溝が顕わになる。現状で満足し、声高に喧伝するほどの不平不満を持っていなかったユーザーが、今までの状態では新しいコンテンツに挑めないのだ。
そしてユーザー離れが起こり、人が減れば自分たちの強さを誇示したかった人間も離れ始める。結局残るのは、何があろうとどこ吹く風だったユーザーのみ。
今までやってきたことが、全部無駄であったということになる。そして、離れた人間は戻らない。
多くの会社は採算が取れなくなる前に、企画を畳む。
「開発死ぬかもだけどさ、適当にアイテムコードでも付けた攻略ガイドとか出せよ」
「はぁ? 」
「公式監修アーティファクト一覧とかさ。かかる費用とか、素材はどこで集めるみたいなさ。もう絶対、『純潔の氷刃』店売りしろとか言われねーよ。あれ、百パー成功するとはいえ『遺物』を材料にした『遺物』ってバカの極みなんだから」
『純潔の氷刃』店売りは、ただの悪ノリだろう。しかし、あれが『遺物』と気がつかないで噂にのせられた正義の味方が混じっていないとは限らない。
『遺物』の必要素材は、レアドロップアイテムのみで形成されている場合と準レア扱いのアイテムを使用して作成された武器なら武器、防具なら防具の高難易度の職人しか作れないアイテムが元になったりする。
ここが最初の関門で、材料を集めレシピを持つ職人に依頼し、どんな品質でも成功すればいい。しかし、失敗したらまた最初から集め直しとなる。
そして装備を作り出し、他のアイテムを揃え神殿街の神官に依頼し専用工房で作り出す。『遺物』の作成成功率は100%。なぜなら、プレイヤーの魂の欠片である聖霊輝石を使用するからだ。必ず一つは使用し、最大三つ要求するものもある。
アデライードは心配性だ。石橋を叩いて叩いて叩き割るタイプだ。知識に貪欲で知りたいことはとことん知りたがる。代わりに興味のないことには一切食指が動かない。
彼女がこのゲームのあらましを知って、最初にしたことは『遺物』の材料を調べることだった。『遺物』は神殿街で作られる。ヘルプに表示されたこの一文を頼りに神殿街に赴き、『遺物』を作成する工房までたどり着いた彼女は、神官に尋ね『遺物』一覧を見せてもらった。
神殿街の工房まで行けば誰でも閲覧可能な本なのだが、多くのプレイヤーは聖霊輝石の入手が近づいてから、この工房へやってきた。ログイン初日にやってくる人間は少ない。
そこで彼女は、白く輝く氷の剣に一目惚れをした。
それが、彼女が「氷結の魔女」などと呼ばれるようになった原因である。
どうしてもあの『遺物』を使いたい。あの『遺物』を持ちたい。どうしたら、あの『遺物』を巧く使えるだろうか。
『遺物』の装備条件、性能、効果。それらを満たした先が【魔法騎士】だった。
気合が違う、根気が違う、執念が違う。何より、頭の螺子の外れっぷりが一線を画していた。
ただ一本の剣のために、それが自分の好きなアニメキャラが持っていたら、最高に萌えるという常識から逸脱した拘泥から辿り着いたのだ。尚、この事実を知っているのは、誰よりも付き合いの長いキサラギだけである。
「ガイドブックは今度の会議で出してみるよ。ま、当面は次のアプデだ」
キサラギの適当発言は流すことにしたイグニスは、窓の縁に手を掛け、猫が伸びをするように背中を伸ばした。
「公式に分割データダウンロードのお願いとか出てただろ。何やる気かしんねーけど、しっかりテスト鯖で動作確認してからにしてくれよ」
「任せろよ。俺は何もしてねーけど、目の下にクマ作ったゾンビがフロア徘徊してるから滅茶苦茶頑張ってると思うぜ」
「手伝ってやれよ……」
何もしていない。は、嘘だろう。チーム全体でマスターアップ直前までデバックを繰り返すのは当たり前だ。
実装が未定となっていても、データだけ先に仕込まれていることも多い。
星明りが建物に反射し、イグニスの顔を照らし出す。照明の加減ではないクマが彼の目の下にも見えた。
「ま。お互い体に気ぃつけてがんばろーや」
キサラギの気遣いにイグニスは頬に手を当て笑う。妙に忠実にバイタルが反映される。本体の疲労具合が他者にも判る技術は、事故を未然に防ぐためでもあるが見栄を張りたい時は少し邪魔になった。
「ああ、今度飲みに行こうぜ。アリスも呼んでさ」
「別にいいけどよ。繁忙期はやめとけ、鬼の形相でブチ切れるぞ」
「あいつも大変だ」
社会人組が、次の飲みの日を決めている頃。彼らのいる時計塔の屋根に一羽の白いカラスが止まった。
紅い目を瞬かせながら、周囲を見回す。
このゲーム世界で紅い目は、『夜の眷属』とされている。
屋根の上を跳ね回り、見たいものを見、探したいものが探せたのか、鳥は来たとき同様音を立てず羽ばたき、夜の空へと翼を滑らせ飛び去った。
―― 今週末、フロイデの地で神殿祭が催される。




