56 錬金、それは生産職に与えられた奇蹟 7
戦闘職が剣や槍を握るように、生産職はそのスキルに合わせた生産道具を扱う。
このゲームで生産職は八種類。武具、鎧、雑貨、料理、裁縫、調薬、彫金、巻物。
それぞれのスキルに準じた生産道具を装備し、使用することでスキルやステータスがあがる。勿論、各生産道具にも耐久は存在し、ゼロになれば壊れ消失した。
イチルが最初にアランに選択したのは雑貨スキルである。
これには理由があり、これら八種類全ての生産道具を作成できるのが雑貨であった。そして、雑貨は一次生産の道具も作成できる。今後、どの生産スキルを上げる時にも雑貨スキルを押さえておけば道具の自作ができ、余分な出費はないのだ。
雑貨工房へ足を踏み入れたアランは我が目を疑った。
「こ、れは」
「そうなるなる」
イチルはアランの反応に自分もそうだったと頷く。
工房の中は、ひとつの広い空間で作業台が置いてあるだけだった。
だけ、なのだが。問題は、その並ぶ作業台がまるでコールセンターか意識高い系オフィスに見えるのだ。
「一瞬、自分が何をしにきたか忘れちゃう衝撃だよねー」
「工房というから、こう…釜とか炉とかあるものだと」
「わかるー。職人さんっていうと、ノミとかトンカチとか持ってトントンしてそうなんだけど、そんなことしてたら一本剣作るのに何ヶ月掛かるって感じのなので、ゲームでは一瞬で終わりますー。故に、量産が簡単に出来るのです」
イチルの言うことは判らなくもないのだが、しかし何とも味気ない。
「工房によって作業台の形は変わるんだけど、凡そやることは一緒だから」
袖を掴まれ、工房の中を進む。アランは歩きながら周囲を観察した。
雑貨の作業台は、長方形の机が十区画に間仕切りされている。
一人分のスペースは広く、両側も衝立で遮られている為、隣の作業が気になるということもないだろう。
一つの机で十スペース、その島が縦に七列、横に五列で等間隔で並んでいる。壁にも勿論、作業台が設えられており、そこで作業をしている人間も散見された。
出入り口に近いところから人が埋まるらしく、手前の方が人は多い。しかし、何故か間を空けてスペースを使用しているので一つの島で作業しているのは多くて五人ほどだった。
ガシャン、ガシャンと何かをプレスするような音が工房内の随所で鳴っている。
「ここでいいかな」
言われた場所で立ち止まると、作業スペースの中にアランはイチルと二人並んで入り込んだ。元のパーソナルスペースが広く取られていることもあって、イチルが横に立っていても窮屈さは感じない。三方向を仕切りと作り棚に囲まれたこのスペースは作業に集中できる仕様だと納得できた。
作業スペースのほぼ中心にカッティングボード代わりなのだろうか、プレースマットサイズの磨かれた黒曜石の石版が置かれている。その石版の手前、ちょうどプレイヤーの手元にくる位置に長方形に浅い窪みが彫られていた。
右の間仕切りには黒板。左の間仕切りには、右に掛けられていた黒板の半分のサイズのガラス板が嵌め込まれている。
「まず、この作業台の使い方から。雑貨は工具箱って生産道具を使って生産スキルを上げていきます。今、ちょっと作ってみるから見ててね」
そう言ってからの彼女の行動は素早かった。
黒曜石の石版に手のひらを乗せると、石が淡く発光し乳白色に色を変える。
色が変わったことを確認すると手を退け、横のガラス板に触れた。すると、今後はそのガラス板がアイテム一覧とばかりにインベントリの内容を映し出す。インベントリの内容は他者には見えないため、アランからはただガラスが照明のように発光しているとしか見えない。
ガラス板に指先で触れ、タッチパネルを操作するように指を動かし内容をスクロールさせる。目当てのものを見つけ、それをタップすると手元の窪みに工具箱が嵌め込まれた。
「机の上の板に両手で触れると、指紋認証されるみたいに作業台が起動して、アタシとこの作業台が紐付けされたの。で、左側のガラス板がアイテムウィンドウ代わりになるので、中身を確認したり、今みたいに使う生産道具をタップすると指定の場所にセットできちゃったりします。いちいちインベントリ開いてーとか面倒くさいでしょ。時短っすよ、時短」
次にイチルはアランに失礼と声を掛けながら、彼の後ろから手を回し右の黒板に触れた。石版が色を変えるまでは何も書かれていなかった黒板だが、今は品目名が並んでいる。
「こっちの黒板はレシピブックになるんだけど、斡旋所でクエスト探したりしたでしょ。あれみたいな感じ。上のインディックスタブが巻数、横のインディックスタブが章。二巻二章だったら先に二巻って選んで次に二章を選ぶと二巻の二章だけが表示される。巻数選ばず、二章だけだと全部の巻の二章のレシピが出るよ」
インベントリの内容とは違い、レシピはアランも見ることが出来た。イチルは指を動かし、表示されている内容を解説する。
「何がどこに入っているか覚えていたら、これを使ってすぐその頁を開けるし、覚えてなくても頁捲るみたいに進んでいけば一巻一章から順番に表示されていく親切設計。お気に入りって機能を使うと、指定したレシピが一番最初に一覧で表示されるから、何気に便利でオススメ」
言って、黒板の中から目当てのレシピを探し出す。
「黒板に表示されるのは、その章ごとの一覧だから作りたい名前の部分をタッチ。詳細に切り替わって、材料とか成功率とかが表示されるよ。材料の個数のところの文字が白かったら、条件クリア。赤かったら足りてない。黒かったらそもそも材料を持っていないか、成功率が0%」
工具箱
アイアンインゴット 2/2
軟木方形板 2/2
成功率100%
どちらの数字も白い。
イチルはレシピ画面の中の『作成する』という文字に触れた。
すると、それまで空だった正面の作り棚に次々と材料なのであろうか、四角く切られた木材やチョコレートバーのような形をした青黒い塊が姿を現す。
「使う個数に関係なく、材料一品目ひと枡って感じにあの棚に並ぶの。ぶっちゃけ、精神的ブラクラやるためにこのデザインにしたんだろうな。って思えるから開発はドS」
イチルの説明では、生産職とはシステムとの戦いであり、それはこのゲームに存在する成功率との戦いでもあるそうだ。スキルを限界突破させカンストしたら勝利ではなく、そこまで上げたプレイヤーであっても、成功率が45%といった物品も存在するらしい。
そして、このゲームは作成に失敗すると材料の半分を失った。
「昔は全消失だったんだけど、本サービスが始まる時に改善されて半分は残るようになったの。でも、二個使うなら一個残るけど、一個しかない材料使って失敗したら、それは全部なくなっちゃうから。すっごい高価なものとかすっごい苦労して手に入れたものとか目の前で跡形もなく消えていく衝撃に耐えられる鋼のハートが必要」
「鋼のハート……」
「で。作成するを選んだので、石版の上に完成予想図が浮かびます」
石版の上には3Dホログラムが如く工具箱が浮かんでいた。イチルが使っているものより簡素で色も違う。
「これを確定して完成になるんだけど」
イチルは工具箱に手をかけた。
「これを、こう」
ガシャン。
「……」
「わかるわー」
言葉を失うアランにイチルは、乾いた笑いにのせて同意を示した。
「な、なかなか斬新な演出だね」
「フォローしなくていいよ。工具箱に耐久がある段階で色々おかしいから」
工房内に響く金属音は、何かをプレスしているのではなく工具箱を作業台に押し込んでいる音だった。
押し込むのは手動だが、手を離すなり力を抜くと自動でせり上がってくる。
「よっと」
ガシャ、ガシャ、ガシャ。
なかなかシュールな光景だが、見ているとなんだか楽しそうでアランは自分もやりたくなってくる。彼がそわそわと落ち着きをなくした頃、イチルが動きを止めた。
「あー、方形板なくなっちゃったや」
材料が足りなくなると工具箱が動かなくなり押し込めなくなる。
「出来上がったものは、全部インベントリに収納されるから、こっちの画面で確認ね」
そういって、彼女はインベントリの内容が表示されているガラス板を指差す。
「んじゃ、交代しよう。作業をやめる時は、始める時と逆」
石版に手を伸ばし、両手を置く。すると、棚に残っていた材料が消え、工具箱も解けるように姿を消した。一つ一つが消灯するように元に戻っていき、最後に石版が元の黒い色に戻る。
「と、こんな感じです。今作った工具箱を渡すから、それでシャフトを作ってください」
イチルからトレードが申し込まれた。
インベントリから取り出して直接手渡しという方法もあるらしいが、量が多かったり高額取引を行う場合は持ち逃げなどを警戒し、トレードというシステムを活用すると馬場からも教えられた。
トレードシステムは徹底していて、お互いの取引内容に相違がなければ確定ボタンを押し、双方が確定すればトレードが行われる。
しかし、片方が確定した状態で、未確定の相手が内容を変更した場合、先に確定した側が自動で確定をキャンセルされた。その為、変更したあとに未確定側が確定ボタンを押してもトレードは成立しない。
最新技術なのに。や、何も旧世代のゲームのようなことをしなくても。といった声は上がったが、詐欺行為を蔓延させないためにも運営側はこのシステムを推奨していた。
生産職は個人取引も多く詐欺を警戒する部分もあるが、それ以上に自身の信用として普段からトレードを利用して物品の受け渡しをしているとのことだった。
「まずは慣れ」のイチルの主張から、アランもそれに従う。トレードを介してイチルから工具箱を受け取ると、彼女はアランが作業をし易いように通路に下がった。
「ほい。じゃー始めてください。馬場ちゃんから受け取った分の丸太もあるからシャフト大量生産できるよー」
雑貨スキル上げ、第一回シャフト地獄が始まった。




