54 錬金、それは生産職に与えられた奇蹟 5
ゲームというのは本当に面白い。
無事、クエスト納品アイテムを集め街に戻ったアランだったが、クエストの完了報告をする時に驚くべき事態が発生した。
クエスト報告とともに、インベントリの中から納品分のアイテムが消失したのだ。
彼にとっては驚くべき事態なのだが、ゲームをやり慣れている人間にとっては然程気になることではない。
クエスト受注窓口は、報告受付も兼任する。タブレットサイズの黒板が各受付窓口のカウンターに設えられており、プレイヤーのほうを向いていた。
そこに受注できるクエストの一覧が一行表示され、行に触れると黒板の内容が書き変わり詳細が表示される。あとはそのクエストを受注したいとその場で伝えるか、表示内容の下段に用意されている『受注する』を選んで触れれば完了となる。
クエストの完了報告の場合は、まず窓口担当者に「報告をしたい」主旨を伝える。すると、今度は黒板の内容が現在そのプレイヤーが受注しているクエストの一覧に変わり、文字の色が変わっているものが条件を満たしたものとなっていた。
あくまでファンタジー世界の概観を保つためなのだろうが、見えないペンが書き綴るように順に文字が浮かび上がってくる様はなかなか面白い演出であると思う。
システムとして動かしがたい部分はSFなのだが、ファンタジーに落し込める部分はそうあるように見せようとする。手法としては面白いのだが、これをクリエイトしている人間はさぞや死ぬ思いをしているだろうと中の人に思いを馳せた。
そんな中、馬場に教えられたとおりに黒板に表示された『報告する』に触れる。すると、カウンター内にある黒板を見ていた担当者が「確認しました。お疲れ様です」と声をかけてきたのだ。
アランとしては報告はしたが、まだ納品すべき物品は渡していない。どうなっているのかと隣で見ていたイチルを見れば、彼女は逆に不思議そうな顔をアランに見せ、その後合点がいったのか、「大丈夫、減ってるから。エプロンは、もうインベントリに入ってるよ。あと、鉱石の報告もしてね」と笑った。
言われるまま、鉄鉱石の報告もする。これは先ほどとは違い「確認しました。こちらが報酬になります」と今度は黄玉の耳飾が三種類カウンターに並べられた。どうやら好きなデザインを選べるらしい。
「性能は皆同じー。男の人だから、イヤーカフスがいいかもねぇ」
イチルと同意見だと、迷わずイヤーカフスを選択する。
「では、そちらをお持ちください。お疲れ様でした」
事務的ではあるが、微笑を浮かべアランを労う担当者にアランは礼を言うとカフスを受け取りカウンターから離れた。
「うんじゃ、工房行こう。カフスは今つけてもいいよ。それ、このゲームで電話代わりになるものだから。手で触れて、フレンド指名誰々~って名前言うか四番誰々~でも繋がるから」
彼女の説明に、耳介にカフスを付けつつ斡旋所を出る。馬場はゲームは一日一時間という約束事があるらしく、町に戻るとすぐにログアウトしてしまった。
「嫁が、怖いんだ」
大きな体躯を丸め、身を震わせながらそう言う彼の顔は、言葉や態度と裏腹に笑っていたので夫婦仲は良好なのだろう。
「馬場には悪いことをしてしまったね」
「ん? 」
「君もそうだが。今日の彼は、私に付き合って一日が終わってしまったのではないかい? 」
「あー、気にしなくていいよ。どうせアタシもあの人もやることないから」
あっけらかんと笑うイチルに、少し気持ちが軽くなる。
「今日の目標は、アランに採掘と伐採、工房の使い方と作った物のNPCへの売却。そこまで教えるつもりだったから」
「工房で終わると思ったのだが、続きが増えてないかい? 」
「その日のことは、その日のうちに。後回しは身を滅ぼすんだから。荷物整理は毎日やらないと生産職はすぐに銀行も鞄もパンクしちゃうよ」
「なるほど。ならば、今日は売却までやってからログアウトすることにしよう」
ログアウトする前に、まだやることがあるんだけどねー。そんなイチルの呟きは頷くアランの耳には届かない。
「ってことで、ここが工房です」
足を止めたイチルが五指を揃えて通りから少し奥まった建物を指し示した。
建物は煉瓦造りで、一体何を運び込むためにそこまで大きくしたのかと問いたくなるような鋼鉄製の両開きの引き戸が正面中央に嵌っている。人が出入りするのはそこではないらしく、戸袋となる位置に一般的な大きさの扉が設えてあった。
建物の前には空いたスペースがあり、隣の建物の外壁ギリギリに丸太や樽が積み上げられている。他に日よけのハンキングパラソルもテーブルセットとともに三組置かれており、そこでは休憩している者や商談らしきものをしている人間もいた。
「基本、工房は出入り自由だから勝手に入ってオッケーなんだけど、レシピがないと何も作れないので先にレシピを購入します」
言って工房の敷地の中に入っていくイチルの後について行く。
「手慰み程度に何か作るって言うならレシピとかいらないんだけど、ちゃんとした機能するアイテムってなると駄目ね。はーい、ヨハーン」
玄関ポーチの脇で一人、ハーフパラソルの下で事務仕事をしていた痩せた年配のNPCにイチルが声を掛けた。
彼が座る小ぶりなテーブルの上には、工房へ入ろうとする人間側に向け斡旋所でも見た黒板が置いてある。
「暑くても寒くても、雨でも雪でも、24時間休み無く彼らはここでレシピを売るのです」
「お前、少しでもオレらを労おうという気があるなら、他の奴らがよく言う『メルバク』ってやつで工房の中に受付作るように『うんえー』って奴に訴えてくれ。『うんえー』ってぇのはお前らの『神』なんだろ」
「えー、そんなことしたら通りすがりに今日もヨハンは元気だなーって顔見れないじゃん」
「オレはダメだせ、嫁さんがいるからな。フッ」
「ごめん。アタシ、アドニス様命だから」
ニヒルな笑みを浮かべた前方後円禿げの老人にイチルは真顔で無碍も無く断りを入れた。
「カーッ、どうして女って奴ぁはアイツがいいって言うんだろうな」
「顔」
「……」
「顔。」
「……」
「顔です」
「三度も言うな! 」
普段もこのようなやり取りをしているのだろうか。『初級者訓練場』にいた案内役もそうだったが、なかなかに性格付けがされていて面白い。
興味深げに自分たちを眺めるアランの視線に気づいたヨハンが、イチルと彼女の斜め後ろにいるアランの顔を交互に見る。
「おっと、失敬。コイツの事は気にしないでくれ。用件はなんだい」
アランに反応したヨハンに、イチルは彼を紹介した。
「ほー、ご新規さんかい。これからは、この工房もよろしく頼むぜ。国はどこに所属してるんだい? マルグリット以外だと同じ値段で買えるレシピは初歩の初歩、基本の基本の奴だけだ」
ヨハンは通路側に向けられた黒板を上から掴み、ここに表示されている中から選んでくれと促す。
NPCが販売するものすべてが、レジスターを使った決算方法ではない。
国が運営する施設や販売員に関しては、この黒板タイプが採用されていた。昔ながらのゲームシステム。と、馬場は最初に斡旋所でアランに説明していたが、直接プレイヤーのインベントリに収納されたり、またそこから引き出されたりするものらしい。
聞いてはいたが、実際に丸太や鉱石がインベントリから無くなったことは驚いた。
「今更なんだけど、アランって今いくら持ってるの? 」
二次生産レシピには、大きく分けて二種類ある。
どの国に所属していても買えるレシピと所属国ではないと買えないレシピ。このうち、所属国を問わないほうのレシピは、ヨハンが言ったように同じ価格で買える物と割高になるものとがある。
低価格のものについては、この割高も気にならないが、成功難易度が増す上級レシピになるほど元の値段が上がるため、出費を抑えるためにも一旦出奔し、仕官しなおすのが一般的だった。
献上隊はその最たるもので、その国限定のレシピ=所属国ではないと買えないレシピを公開させる目的である。「人が動く」と言ったのは、ただ街に人が集まるだけではなく、その国の所属人口が増えることも意味していた。
「今、財 布に入っているのは10万Gかな。ここに来る前、銀行に預け」
「チョーーットマッタ。おかしい、おかしい、その数字」
このゲームはココロヤサシイ運営様が無一文から始めるように設定している。
最初の『初級者訓練場』でチュートリアルミッションを受け終わると、一般ミッションの『畑のウサギを退治しろ』が発生した。これの報酬として500G貰える他、ウサギから取り返したニンジンを訓練場内にある雑貨屋に売り払うことで余分に資金を手に入れることが出来る。
普通にクリアすればウサギ二十匹分、最大二十本のニンジンが手に入り、それを雑貨屋で売れば一本5Gで100G財布が豊かになった。
実はこれ、途中破棄という小技を使えば、ウサギの討伐数がリセットされるためドロップ品のニンジンだけが残る。破棄をニ、三度繰り返し、少しだけ財布を豊かにして『初級者訓練場』を後にするのが最近のデフォルトだ。
しかしだ。
10万Gとアランは言った。
『初級者訓練場』にいた所をモカがフロイデに連れてきて、その後は何もしていないと聞いている。
実際、彼はチュートリアルをきちんと受けたのかと聞きたくなる範疇でシステム把握すら怪しい部分があった。だが、ユミのような例もある。気にしないし、覚える気がない人間ならば、そんなものかもしれないと流してしまっていた。
だが、10万G。
100kだ、100k。100,000G あり得ない。
一体、どれだけニンジン集めたらそんな金額になるという話しだし、流石に、そんなことある訳がない。
詰まるところ、馬場やイチルが悩み、そうしない方がいいと判断したことを軽ーく超えていった人間がいるということになる。
感情に反応するアバターが、青筋を立てないよう気持ちを抑えながら口を開く。
「つかぬ事をお伺いしても」
「何かな」
聞くだけ無駄だと判っていながらも、聞かずにはいられない。
「ジェームズから、いくら貰ったのかな? 」
「ふむ。1,000,000,000Gかな」
「馬鹿かアイツは!! 」




