52 錬金、それは生産職に与えられた奇蹟 3
彼らは金の使い方を知っている。
綿密な計画を立て、広い視野を持ち。自利利他の長いスパンで、このゲームを楽しんでいるはずの彼らは、自らをスクルージだと名乗り笑う。
そんな人間に、アランは今までの人生の中で出会ったことはなかった。
「君たちは、惚れ惚れするほど清々しいね」
「褒められたのかな。ありがとよ、うんじゃ行くか」
歩き出した馬場たちを追うように、背中から妙な声が聞こえてきた。
「んだぁ? 」
声に反応した馬場が足を止め振り返る。アランたちも何事かと振り、返り声が上がったであろう元の大正門のほうを見れば。皆、一様に大通りを空け何かが通りやすいようにしているように見えた。
その間にも、ざわめく人の声が漣のように広がっていく。
「<栄光の国>か……」
大正門から現れた人物を見て、僅かに馬場の目が厳しくなった。
雑踏の中からも同じ単語を拾い、状況が飲み込めていないアランだけが、とりあえず自分も参加しなければ。といった感じで馬場やイチルが見ている大正門を注視する。
「おお! 」
思わず、声が漏れた。
白い軍団が、一糸乱れぬ動きで徒歩行進をしながらこちらに向かい歩いてくるのが見えたのだ。アランにしてみれば、トルーピング・ザ・カラーで徒歩行進は見たことがあったが、まさかゲームの中でも似たようなものが見れるとは思っていなかった。
「あれは、軍隊かい? 」
「まぁ、そう言うやつもいるけど。ただの独裁クランだよ」
「独……」
「あそこは縦割りがしっかりしてるから、そう見えるだけ」
<栄光の国>の評価は、馬場とイチルの間では割れているようだった。
隊列を成し、大通りを闊歩する彼らの前に出る者は居らず、また横を歩いていく彼らに何かしら声を掛け手を振る者もいる。だが、周りを見渡せば馬場の言葉の印象どおり、どこか冷ややかな目で彼らを見る者もいた。
「クランマスターはレッドマーシュ。最初二列で六人歩いてっただろ、その後一人で歩いていた奴がマスターだ。うんで、少し間空けて二人並んで歩いてるのが何番隊とか番号ついてる隊の隊長と副隊長。続く四列がその隊員」
「詳しいのだね」
厳しい評価の馬場が、思いのほか詳しく知っていたことに驚く。
「この街を拠点にしてれば嫌でも覚えるさ。毎度毎度、団体様でお出かけした後は、あーやってお帰りになられるからな」
「ちょっとした名物になってるよね」
こればかりはイチルも同意見なのか、苦笑いといったところだ。
軽く人垣が出来、歩いていく彼らを見守っている。馬場たちは話し込んでいた場所が少し奥まっていたということもあり、人垣の外側から通っていく<栄光の国>を見ていた。
「彼らは、どこに行くんだい? 」
「『女神の宝冠』ってタヴァンだな。あそこが溜まり場になってる」
「随分と大人数のようだが」
アラベスクが『黄金の上で眠る黒猫亭』を根城にしていたように、彼らもまたそのような場所を設えている事は想像に容易いが、如何せん数が多い。疑問を口にするアランに馬場は肩を竦めた。
「『女神の宝冠』は、今じゃ<栄光の国>専用みたいになってるからな。他の奴は近づかねーよ」
「なんとも、それは……」
ゲームの中で不法占拠というのもおかしな話だが、誰しもが自由に使える施設を一つのクランが独占していいものなのかと新たな疑問が生まれる。
「心配しなくていい。どこのタヴァンも、国が同じなら出てるメニューも一緒。数も多いし、別にどこをどう使おうと大丈夫だ」
考え込むような顔を見せたアランに、馬場は「ゲームってのは、足りなくなったらポンとメンテで出来るからな」と付け加えた。
「それに『女神の宝冠』に近づかないのは、奴等のせいというより、奴等に関わりたくない周りのせいだしな」
「みんな仲良く。が、出来れば最高だけど、そうもいかないのが現実だしねー」
人である以上、起伏の差はあれど感情は付き纏う。こればかりはどうにもならないことだと納得せざるをえなかった。
「見ていても仕方ないし、いくか」
「そだねー」
移動を再開しようとする二人にアランも頷き同意を示す。
そんな三人と同じように見ているのに飽きたのか、目当ての人間が通過してしまったのかは判らないが、アランたちの前にいた人間が移動し人垣が崩れた。
風通しがよくなったことで、<栄光の国>の分列行進がよく見える。しかし、それは行進している側からも同じだった。
通り過ぎる列の隊長らしき金属鎧を身に着けた人間が、隣を歩くシスターに似た格好をした女性に何か話しかける。真っ直ぐ前だけを見て進む一団の中で珍しいこともあると見ていると隊列を離れ真っ直ぐ馬場たちに近づいてきた。
一人離脱しても列は乱れず、同じ足並みで進んでいく。
「ちょっと、イッチー知ってたんでしょ! 」
イチルの前に来た鎧騎士が突然彼女を責めた。アーメットに隠されているため顔は見えないが、声から女性であることは判る。
顔の見えない彼女が誰か判るのか、イチルはお手上げといわんばかりに肩の高さに両手をあげて首を横に振った。
「はーちゃん。いつも言ってるけど内容端折り過ぎ、何言ってんのか全然判んない」
「だから、黒マグスのことよ」
ハトリに言われ、彼女がジェームズを探していたことを思い出す。
「あ」
<栄光の国>は基本団体行動が多い。それに対し、職人であるイチルは単独行動が多い。露天を出すか、工房に篭るか。
露天を出している間にハトリがフラリと立ち寄るか、何かの依頼を受けてイチルが『女神の宝冠』へ出向く以外、顔を会わず機会がないのだ。忘れていたわけではないが、記憶の彼方に押しやっていたことは確かだった。
人はそれを忘却と呼ぶのだが、言われて思い出すレベルはイチルにとって『まだちょっと覚えてる』の領域である。
責められたイチルは、反射的に自分の後ろに立つアランを振り返った。つられ、イチルしか目に入っていなかったハトリも視線を彼女の奥へと向ける。
「はぁぁ!? 」
勢いよくアーメットのバイザーを両手で上げ、彼の顔に吸い込まれるようにハトリは二歩三歩とアランに近づいていく。
「だ、誰……」
「いや、それはアランの台詞だろうよ」
呟くハトリに、頭痛を覚えた馬場が額を叩きながら突っ込んだ。
「ああ、そうか。ごめん」
衝撃が強すぎて混乱しているらしく、何故か謝るとハトリはアーメットを外し、脇に抱え背筋を伸ばす。スイッチが入った瞬間だった。
<栄光の国>は役割を重んじる。
「私は、クラン<栄光の国>に所属している【聖騎士】のハトリだ。非礼を詫びる」
謝罪をされるほどの事をされたとは思えなかったアランだが、頭を下げるハトリにどうしたものかと馬場を見れば、彼は何か答えてやれと目で語っていた。
「いや、気にされますな。私はアラン、今はただの平民だよ」
「今は」
引っかかったのか馬場が繰り返し、軽く笑う。顔を上げたハトリも薄く笑った。
「失礼を承知でお尋ねしたいのだが、あなたによく似た顔の男性に心当たりは? 」
「ああ、あるとも。私の息子だ」
抜け目なく尋ねたハトリだったが、直球が返ってきて目を開く。
「彼があまりに楽しそうに、この世界の話をするものだからね。私もついやってみたくなったんだよ。あの子と面識が? 」
「あ、いえ。何度かフィールドで見かけたことがあるだけです。あなたに似ていて、なかなかの美丈夫なので目立ちますよ」
ハトリの中で、「これは危険だ」と妙な勘が働いていた。彼は、少しずらした回答をしてくる。
この大人は、駄目な方の人間だ。
「はは。褒めてもらって光栄だが、私よりあの子の方が随分背が高い。あれはズルイと思うよ」
人が良さそうな顔で笑う。多分、本心からそう思っているのだとは伝わる。だが。と、ハトリはこの場からの離脱を選択した。
「確かにあの身長も目を引きます。先ほど、馬場たちと同じクランのメンバーと一緒にいるのを見ましたが、頭一つ分飛び抜けているので彼だとすぐ判りました」
同じクランと言われ、イチルと馬場が顔を見合わす。
心当たりがないといった反応を示した二人を目の端に捉えながら、ハトリはアランに握手を求めた。それを快く承諾し、アランはハトリと握手を交わす。
「本日はお会いできて光栄でした」
「こちらこそ」
「それでは、また。我ら<栄光の国>は広く門戸を開いております。何かありましたら、遠慮なく声を掛けてください。そこにいるイチルなら私の連絡先を知っているので。<栄光の国>は、何時如何なる時も協力は惜しみません」
別れの挨拶として、染み付き始めている文言を口にする。<栄光の国>が、一部のプレイヤーにカルト扱いされる要因の一つがこれであることをハトリは知っていたが、何も悪いことをしているわけではないと誇りを持っている以上、止めることは出来なかった。
「また、連絡するから」
立ち去る直前、ハトリはイチルを見るとそう告げて大通りを駆けていった。白い軍団が消えた後を追っていったので『女神の宝冠』へと向かったのだろう。
「お前、何かアイツに隠してたのか? 」
ハトリの背中が完全に見えなくなってから、馬場はイチルに問いかけた。
「いやぁ……。隠してたかって言われると、隠してたんだけど。こう、言うタイミングがね、合わなかったっていうか」
「隠していたことを忘れてたのか」
「言われて思い出す程度には、忘れてはなかったんだけど。まぁ……広くいえば」
「人はそれを忘れていたって言うんだ」
「ごめん」
舌を出した顔の前で手を合わせ謝るイチルに、馬場はやれやれと首を振る。
「で、何を隠していたんだ。アランに驚いていたみたいだし、黒マグスってジェームズが着てる装備のことだろ」
「なんかー。ケイオスでジェームズ見て、お友達になりたくなったんだってさ。そんで探し回ってたんだけど、紹介してって言われるのが面倒で知らないって言っちゃった」
イチルはマイルドな表現をしたが、それが勧誘を意味していることだろうとは馬場も理解できた。厄介事の気配を感じる馬場だが、もう既に気配どころの話でなくなっている。
「ほう、うちの息子はモテるようだな。しかし、あの子はユミを盲愛しているぞ」
「盲愛……難しい言葉きたな。あれはどちらかというとなんかヤバイもん拾って捨てるに捨てられなくなった。だろ」
ケイオスと言われれば、ましゅ麻呂と一緒に見事に散った記憶が新しい。ゲームといえど、人はどこかで死を忌避する。あそこまで思い切りよく死んでくれるDDは少ない。
「危険なもの? とてもそうは思えなかったんだが……」
「常識はあるな、抜けてる部分は多いけど。イイ奴だし、俺も好きだが戦闘になるとなぁ」
「あー、アタシも知らない。ユミりん戦うとどうなるの? 」
「うるさくない<SUPERNOVA>で、察してくれ」
「あっ、察し」
自分たちのクランにも、その<SUPERNOVA>を驚愕させる女傑がいるのだが、灯台下暗しというべきか、それとも彼女が『生』に貪欲で絶対に死なないをモットーにしているため馬場の思考から外れたのか、ユミを例えるときにその名は出なかった。
しかし、イチルには<SUPERNOVA>で十分だったようで、馬場の説明に納得する。
「なんか横槍入ったけど、今度こそ行こうか」
「待って」
一歩を踏み出そうとする馬場をイチルが止めた。
「馬場ちゃんがそう言って、五歩くらい歩くとなんかあるの」
「って、俺のせいじゃないだろ」
「二度あることは、三度あるから。徒歩じゃなくて、ポルテ使おう」
そう言って彼女が指差す先には、円形に地面が輝く場所があった。




