50 錬金、それは生産職に与えられた奇蹟 1
◆ マルグリット帝国・帝都マルガリテス ◆
『時の城』の前で、<SUPERNOVA>と<栄光の国>がにらみ合っている頃。
<Schwarzwald>のクランマスター兼生産組筆頭であるスキンヘッドの巨漢、馬場とかぼちゃパンツな巻物屋、イチルがマルガリテスの一角でアランに生産職についてのHow toを行っていた。
彼ら生産職の殆どは、原材料調達で街の外に出る以外は工房と生産品売却のために大通りを行き来するだけでその日のプレイが終わることが多く、アラベスクたちのように店屋で休憩する。という考えはあまりない。
故に街角に座り込むことに抵抗はなく、フロイデでユミから紹介されたアランを連れマルガリテスに戻ってきた後も、いつもの癖でそのまま大正門脇の空いたスペースに座り込んでしまった。
余談だが、露天を出したまま動かない生産職が並ぶ通りは『地蔵通り商店街』と呼ばれ親しまれている。
「いいか、金を握るのは生産職だ」
「ほう」
「戦闘職ってのは確かに華やかで、俺カッコイイが出来る。それに比べ、生産職は地味だし目立たない。だが、金だけは持ってる。世の中、金だ。それは、この世界でも変わらない」
力説する馬場にアランは興味深げに頷き先を促す。
「生産職の強みっていうのはな、何もないところから作り出せるってことなんだ。これは強い。そして、無限に金を稼ぎ出す」
「振り切ったバカでない限り、戦闘職と一次生産職を兼ねてるプレイヤーは多いよ。ジェームズは……選ばれし前者だから、お金持ってるだろうけど」
「選ばれし前者? 」
イチルの不思議な言い回しに首を傾ける。
「振り切ったバカの中でもトップクラスはちょっと狩りに出掛けただけでアホみたいにドロップ品集めてくるから」
「アイツは、まぁ……そうだろうな。ユミがいない時とか一人山奥篭ってひたすら骨狩ってとんでもない事になってたしな」
心当たりがあるのか、馬場も辟易とした顔になった。
「あの子は何をしたのかな」
四角四面に育ってしまった面はあるが、人様に迷惑をかけるような子ではないはずだと不安になるアランを馬場は豪快に笑い飛ばす。
「価格崩壊ってやつだよ、旦那」
「アレだけの量を良心価格で出されたら、ぼってた連中は涙目」
「とはいっても、アイツも気紛れだからな。安定供給してくれるわけじゃないし、ゆっくり値戻しはしてるよ」
『気紛れ』というワードに、ジェームズにそんな気持ちのふり幅が生まれていたのかと驚く。
「そうか……それは……あとで戻ったら本人に聞いてみるよ」
この遊びを始めてから、あの子は本当に変わった。
何かをかみ締めるように顔を綻ばせるアランを馬場は目を細め見ていた。
彼を引き受けるにあたって、馬場はアラベスクに連絡を取っていた。先に連絡が来たのはユミからイチルにだったが、彼女の話を聞き一応アラベスクに連絡を取ったのだ。
彼はあくまで憶測だが、と前置きしながらアランとジェームズの微妙な距離間について話してくれた。
難儀なことをと最初は断ろうかと思ったが、もしも何か問題を抱えていて、それを修繕しようと父親から歩み寄ったのだとしたら。それは同じ男親として微力ながらも協力すべきではないかと思い直した。
三歳になる娘に最近言われた「パパ臭い」は本当に辛い。嫁の「ゲームは一日一時間まで」より辛い。
今のアランの様子を見るに引き受けて良かったと思えた。
「話を戻すぞ」
仕切りなおしとばかりに馬場は胡坐をかいた膝を叩いた。
「手っ取り早く金を集めるなら、雑貨屋で木こりのオノとツルハシを買う。それを持って街の外に行き、その辺に生えてる軟木って木を切る」
素振りをする要領で座ったまま馬場は木を切る真似をする。
「一回ヒットすると一本、軟木丸太ってのがインベントリに入る。木こりのオノ一つで大体三十本か、それを持って帰ってきて街の入り口周辺で買い取り露天出してる奴に放り込む。軟木だと大体5Gとかで買い取ってるから150Gにはなるな」
「ツルハシも似た感じで、街の外で人が集まってる岩を叩くと鉄鉱石と御影石ってのが出るの。どっちも買い取り露天に放り込むと鉄鉱石は一個10Gで御影石は5Gかな。どっちが多く出るかは運だけど200G辺りにはなるよ」
「そういうことをコツコツと繰り返すのかい? 」
随分気の長い話だと驚くアランに馬場は肩を竦めてみせた。
「まさか。これは手っ取り早く金が欲しい戦闘職の日銭の稼ぎ方。生産職は、その取ってきた材料でツルハシとオノを作るんだよ」
そこから先の馬場の説明は、消費削減、再使用、再生利用、尊敬のMOTTINAI精神の塊で、アランは「これが日本」と事ある毎に繰り返してイチルを笑わせていた。
「まさに捨てる部分がない。素晴らしい」
感動に瞳を潤ませるアランに馬場は誇らしげに胸を張る。
「しかし、そのようにシステムから通貨を引き出したら、インフレが起こって物価が上がるのではないのかね」
尤もなアランの疑問に馬場はしたり顔になると顔の横でチッチッチッ。と立てた人差し指を横に振った。
「そこで登場するのが献上隊だ。献上隊っていうのは生産職が主体となった組織でな、毎回有志が集まって形成される。費用は職人の持ち出しと寄付だな」
「ユミりんたちからどこまで説明されたかは知らんけど、このゲームには国に貢献したことで上がる個人の国家ランクと献上品を納めたことで上がる国自体の国家発展度ってのがあるの。国家発展度っていうのは、生産職には結構大事な部分で、発展度が上がると工房で買えるレシピが解禁されたり、NPCのお店で買える素材が増えたりするん」
最初は地面に座ることに抵抗があったアランも、今ではすっかり馴染んで二人の話に興味津々とばかりに胡坐をかいた体を前のめりに傾けている。
「発展度は固定できないから、毎週ごとに判定されて上下する。なんでかっていうと週ごとに国家が指定してくる献上品をプレイヤーが納めることで計られるからなんだ。これが一定量保持されていれば維持、足りなければ下降、満数達成以上で上昇する。この維持、上昇っていうのが結構頭脳戦な部分があって、各国の職人は献上サイクルに目を光らせてるんだ。今。って時を狙ってな」
「うんで、献上隊が組織されると大々的に告知されて、一斉に人と物とお金が動く」
無限にシステムから通貨を引き出せるとなれば、ゆっくりとインフレが進み、やがてデフレに突入する。雇用社会というシステムがない代わりに職格差が生まれ、貧富の差が激しくなり、どちらにしろ共倒れするしかなくなる。
「なるほど。つまり、自分たちが生活する取り分を除いた資金が献上隊で使われるというわけだね」
「そうだ。外に金は溢れ続けない。適宜、回収されるってわけだ」
誰が考え付いたのかは判らないが、溢れすぎた通貨を献上品に換えることで市場から回収する献上隊はよく出来たシステムだとアランは唸った。
「工房は物凄いことになるぞー、自国だけじゃない。三国から職人が集まるからな、てんやわんやで24時間フル稼働だ」
「二箇所ある工房がどっちも一杯になると、他の国の工房も間借りさせてもらったりね。皆判ってるから文句も出ないし、戦闘職も頑張るよ。素材無料提供してくれたり、手が空いてる人とかは献上品を城へ運ぶの手伝ってくれたり」
「ユーザー主体のイベントはいくつかあるが、献上隊と神殿祭は別格だな。特に献上隊は」
まんまと馬場の術中にはまり、生産職に浪漫を感じたアランは献上隊をやってみたくて仕方がなくなる。子供のように頬を上気させる壮年の紳士が、ジェームズの親だという重要事項を甘く見た馬場の失策が発覚するのは、この日から半年後であった。
人は、育った環境に準拠する。
子は親の背中を見て育つ。それは、子を見れば親の人柄が見えるということだ。勿論、反面教師という部分もある。だが、根本は概ねそのままなのだ。それを本人の自助努力で改善していく。
果たして、彼の場合はどうだったのだろう。
百体狩って一本出るかどうかと言われたスケルトンのレアドロップである凶骨を暇だからという理由で半日篭もり、五十本近く持って帰ってきた男の親が、まともな生産職になるなんて何故期待した。
今はまだ、ただの町人Aでしかない彼だが、スキル上げというシステムとの戦いを有り得ない早さで制することになる。




