42 おいでませ、ブルクカペレ 6
「この辺りかしら」
バンシーの泣き声を避け、張り出したリブの側面に右手の剣を突き刺すとぶら下がり、下を確認する。追ってきたバンシーが自分の目の高さに来るまで待ってからリブを蹴って剣を外し、自然落下に任せて降下した。
先に落ちるユミをバンシーが追い、ほぼ垂直に並んだのを確認すると<飛燕>で横に移動してから再び宙を蹴り上昇する。降下するバンシーとすれ違い、位置を入れ替えると体を回転させ、<迅雷>を発動すると共に下に向かい宙を蹴った。
「<我が剣が描くは、光、それ自体>」
<迅雷>で強化されたユミの速さにバンシーはついていくことが出来ず、彼女の狙い通りに交差された剣身がバンシーの顎を捉える。
「<戦闘禁止区域>」
ユミが空中で向きを変えた瞬間に、落下位置を予測したのだろう杖を掲げたジェームズの魔導書が輝いた。
落下物を受け止める衝撃吸収材のように<戦闘禁止区域>が広がり、中央にユミたちが落ちる。だが、<戦闘禁止区域>は決して軟らかいものなどではなく、魔法で範囲指定されただけのただの空気だ。ユミたちプレイヤーはエリア内で戦闘行為が出来ないだけで易々と通過できる。
真上から落ちたユミも本来なら通過するはずだった。それがバンシーと<戦闘禁止区域>の反発により、バンシーが実体を持ったかのようになって馬乗りになったユミを<戦闘禁止区域>の上に存在させていた。
<戦闘禁止区域>の中にシーは入れず、シーを閉じ込めるように<戦闘禁止区域>を展開しても、何故だか彼らは外へ押し出され捕らえることは出来ない。
だから、障害物として配置される。
そして、今も障害物としてそこに置かれた。
身動きが取れないように押さえつけて欲しいと言われたユミが選択した<我が剣が描くは、光、それ自体>は、剣身に幾重ものカマイタチを纏わせ多重に斬りつけるアーツだ。それを振り切らず、双剣を開いた鋏のように交差させたままの状態でバンシーの顎を捕らえ、<戦闘禁止区域>にバンシーを押し付けている。
啼泣であったはずの音が、短く聞こえすぐに途絶えた。
真下から<戦闘禁止区域>の効果で、正面からはユミの<我が剣が描くは、光、それ自体>でバンシーの体が削られていく。ユミから逃れようと盛んに手足を動かし暴れるも、鎖が当らなければユミにダメージを与えることは出来ず無駄な足掻きに過ぎなかった。
「サワ! 」
剣を抜いたアデライードの周囲には氷塊が漂い、既に彼女の準備は終わっている。
<戦闘禁止区域>の効果が切れる直前、沢蟹が宙を駆けユミの腰を抱くとそのまま退避した。
「<氷の剣林>」
魔法効果が消え、自分を押さえつけていたユミもいなくなったことでバンシーは沈むように浮遊し身を起こす。しかし、彼女が再び飛び回ることはなかった。
<戦闘禁止区域>と入れ替わるように白と薄青に輝く魔法陣が描かれ、そこから青い炎を吹き上げた剣樹が姿を現す。逃げる間もなくバンシーは氷の刃に貫かれ、隙間なく生え揃う剣樹の中に封じられた。
「何やったんだ、あいつら」
セオリー通り<戦闘禁止区域>でファーシーを囲い込み、行動範囲を限定させ一気に畳み込みに入っていたましゅ麻呂が、バンシーが落とされた音に反応する。
「わかんね。ユミりんが、ぶっ飛んでったんだと思う」
「いや、流石にないでしょ。あの人死んだら捌ける人いないじゃん」
ファーシーから目を逸らせない他のメンバーと違い、余裕のある豆丸が魔導具を投げ込むと同時に音のした方向に視線を走らせ驚きに目を開く。
「なんかよく判らないけど、ユミりんが<戦闘禁止区域>の上に乗ってるー! 」
「はぁぁぁ!? 」
「<我、天が落ちようと正義を為す>の方がよかったかしら」
「完全に首落としにいこうとしたのね」
荷物のように沢蟹の脇に抱えられたユミはバンシーを見て首を傾げ、どのタイミングでこの危険物を床に降ろすか沢蟹も首を傾げる。
「でも、この後どうなるの? 」
彼女の疑問に沢蟹が答えるより早く、石床を割って無数の氷の剣が姿を現しバンシーを飲み込んだ。アデライードの傍に着地した沢蟹は、ユミを床に降ろすとアデライードの顔を見る。
彼女は自分の考えが正しかった事に満足したのか、とてもいい笑顔を浮かべていた。
「アリ姉、あれナニ」
「<氷の剣林>」
「初めて見るんだけど」
「誰かの前では、初めて使ったからね」
複合魔法、<氷の剣林>。属性は水と闇。
対象を氷の剣樹の中に閉じ込め、樹の中を循環する闇属性の炎で滅殺する範囲固定・位置指定型魔法。前提条件は<冥府の炎>と<氷震>の取得。
使い所が限定されるため、アデライードも滅多に使わないアーツだった。
半目になる沢蟹を一瞥するとアデライードは握っていた剣を鞘に戻す。同じ頃、剣林が吐き出す凍気で白く煙っていた薄靄が晴れ、全貌が明らかになった。
無色透明な氷の刃はガラスのようにも見える。その中心で、バンシーが密閉されていた。
バンシーの背後はおろしかけの魚のように削ぎ落とされ、顔も下半分がカマイタチに切り刻まれた事により消失している。抉られた首は今にも千切れそうに細く、長かった髪も焼き縮れ短くなり向こう側が見えていた。
やがて剣樹の蒼い炎がバンシーに燃え移り、瞬く間に広がった炎は灰塵すら残さずバンシーを焼き尽くす。
バンシーが焼失したことで、剣樹もまた炎に溶けるように姿を消した。
それらを見届け、一仕事終えたとばかりに前髪を払ってからアデライードはファーシーと交戦しているましゅ麻呂たちに視線を向ける。
『 こっちの倍以上、人持ってってるくせに遅いぞマッシュー 』
人数ではなく能力差で単純に分けられただけなのだが、お構いなしで煽ることは忘れない。
『 お前ッ……あとで銀行裏に来い! 』
『 ハッハー。返り討ちにしてやらぁ 』
「お嬢、お嬢、剥がれてる」
傍に来た雪江に指摘され、高笑いをしていたアデライードは、笑うのを止め恐る恐る沢蟹の向こうにいるユミを見る。しっかり彼女と目が合った。
「元気がいいのは、いいことよ」
ニッコリ。ゴシック体でそんな文字が頭上に浮かびそうな笑顔を向けられ、アデライードは両手で顔を覆うとユミから見えなくなる沢蟹の後ろに隠れた。




