35 氷結の魔女 4
頷くタケルにユミが言いつけたのは、落雷と同時に<鋼鉄の肉体>を使い、スプリガンと入り口の間に移動。スプリガンは必ず二次形態に移行直後、入り口に向かって突進するので楯スキルの<主神の大楯>を展開しろというものだった。
余分な情報は一切入れない。むしろ、変に入れば欲が出て余計なことをする。判っているから、それ以上はタケルもユミに聞かなかった。
タケルと同じく、初見だと言っていた人間に判っている者が何か説明し、自分の立ち位置を調整するため戻っていくのが見える。妙な緊張感が心地よかった。
「ごめん、もう少し待って……」
群がる芋虫に染みの床に縫い付けられたせいで、瀕死まで追いやられていたデミオが自分を守るタケルに声をかける。彼女はほっぴーに渡されたPOTをディレイごとに使いHPを優先で回復していた。
「大丈夫っすか? 」
背後のデミオを狙い、飛びかかろうとする芋虫を楯で弾くと片手剣で突き刺しポリゴンへ変える。
「状態異常なんとかしないとねー、これ辛いわー」
デミオは起き上がると杖を支えにその場に膝立ちになった。
「あー」とも「うー」ともつかない声を上げる彼女の長い前髪の間から覗く両目は充血し、状態異常に侵食され斑に変色した肌の色も手伝ってゾンビ一歩手前のクリーチャー化している。
「まーじーでー……」
「ヒィ」
あまりの形相にタケルは小さな悲鳴を上げて飛び退いた。
「あのスプリガン、絶対殺す! 」
杖を両手で掴み直したかと思うと勢いよく立ち上がる。
『 天井は私がやる!! 』
響いたデミオの声にチラリと彼女を見たましゅ麻呂は、満身創痍の様相に苦笑いした。
スプリガンだった物体は、体積を増し倍の大きさに膨らんでいる。既に、いつ膜が破れて中から変態した本体が飛び出してきてもおかしくない状態だった。
『 時間がない。雪の代わりに誰か、<光魔法・光束発散> 』
『 やるよ 』
脳内デッドガールの一人、豆丸が声を上げる。彼女は魔導具使いだったことが幸いしてか、他の魔法職より毒の侵食度が浅かった。
『 一発勝負だ、アデル。いけるか 』
ましゅ麻呂に問われた彼女は芋虫を斬るではなく、剣先で弾き飛ばして回っている。
『 k 』
『 サワ! 』
呼ばれた彼は既にアーツを展開していた。
『 チェインの受付時間は初撃着弾から10秒。頼むぜ、アリ姉! <攻撃連鎖> 』
弓術士だけが持つアクティブアーツを宣言する。本来の使い方とは違ったが、相互不干渉のアーツをぶつけ合う為に必要だった。
『 <疾風掃射> 』
スプリガンの分体や本体ではなく、床に向かい矢を放っていく。千本の矢がスプリガンの後方に立つアデライードの周囲に打ち込まれた。
『 <永久凍土> 』
剣を構えたアデライードの周りに氷塊が浮かぶ。
『 <回れ、風の羅針盤 乱流拡散> 』
クルリと剣を回転させると床に突き刺した。アーツに反応した分体が彼女に飛び掛るが、その身に触れる前に凍結して床に落ちる。
ジェームズが使った精霊魔法・禍殃に似て非なる魔法。
彼女を中心に巻き起こった風花は石床に突き刺さった弓矢一本一本に氷の薔薇を咲かせていく。一瞬で花開き敷き詰められた薔薇の花を<迅雷>を使うましゅ麻呂たちが縦横無尽に走り砕く。
粒子となった氷が燦爛と輝き舞った。
雪江が<神聖魔法・日雷>を書き付けた触媒紙を宙に投げる。
一筋の雷がアデライードの目前に落ちるとそれは放電され、砕け散り宙を舞う氷に衝突し新たな電流を生んで雲間放電が始まった。
暴れまわる雷電は、スプリガンの分体だけでなく、毒の霧を生み出す黒い染みを次々に焼失させていく。
『 天泣描く虹彩鮮やかに広大無辺、輝きわたる <精霊魔法・再帰反射> 』
掲げたデミオの杖の先から円環状の虹が広がり盾となると雷を反射する。打ち返された雷は真っ直ぐに天井へと向かい天井の染みを焼いた。
『 全く、何も聞こえませぇぇぇんんっ 』
それが誰の声だったか。
「シャウトの声は聞こえるでしょう? 」突っ込みたかったタケルは、跳ね飛ばされた中空から走り去るサンショウウオの尻尾を見ていた。
雷光に映し出されたスプリガンは一瞬で膜を破ると四足歩行の化け物へと姿を変え、入り口へと突進した。
進路を遮るため、肉壁となった楯持ちが瞬く間に跳ね飛ばされる。
スプリガンと接触した瞬間、<主神の大楯>を展開していたにも拘らず、タケルのHPは全損し一秒たりとも足を止めることが出来なかった。
接触すると同時に真っ赤に染まった視界と全身が鉛のように重くなる感覚。
死んだのだと気がついたのは赤から開けた視界がありえない角度で物を映していたからだった。そのまま石床に落ちる。床と接触する瞬間、恐怖から目を閉じるが何の感覚もなく。ただ、卵が落ちて割れるような嫌な音だけが自分の耳に響いた。
「どっ、せーーいっ!! 」
重楯を構えた春Pが正面からスプリガンを受け止める。重量級の彼ですら、錯乱したスプリガンの勢いに押し込まれるが、堅牢たる彼も譲らず、力のぶつかり合いにスプリガンの体が粘土のように崩れ始めた。
『 <無私の勇気> <汝、死を以って贖罪となせ> 』
霧が晴れると同時に状態異常を回復したのだろう、ましゅ麻呂が長い胴体の横っ腹に突っ込んだ。しかし、<無私の勇気>は対価にHPを支払う。今まで受けていた状態異常で減ったHPではスプリガンを浮かせることすら出来なかった。
しかし、彼が狙ったのはスプリガン本体ではなく一次形態時に割り切れなかった護石だった。
ましゅ麻呂の特攻を皮切りに、背中や腹に移動したそれに次々と<無私の勇気>を持つDDが特攻を掛ける。五度目にユミが特攻し、最後の護石を破壊した。
あらゆる耐性が消え去る。好機とばかりに矢を番える者、杖を掲げる者、剣を翻す者それぞれに、次の行動に移るより早くスプリガンの尾が八つに裂けた。
槍の穂先となった尾は、なぎ払うように生き残ったプレイヤーに向かう。
『 〈破壊魔法・絶界〉 』
なぜ、スプリガンが入り口に突進したのか。
なぜ、死人を出すことを恐れていたましゅ麻呂たちが簡単に死んでいったのか。
答えは簡単すぎた。
最高の囮が【守護の楯】に護られ、そこに立っていた。
ジェームズの魔法により、スプリガンの体が後方へ引きずられるように春Pから引き剥がされる。プレイヤーに迫る尾も彼らに触れることなく引き戻された。
小さな黒点が、球体状にエネミーを吸引するフィールドを作り出し、スプリガンを飲み込もうと口を開けている。
吸い込まれまいと抵抗し、剥がれ落ちる表皮の内側から新たな腕が次々に生えジェームズへと伸ばされるが、すべて春Pが<必中強打>で打ち落とす。
外鰓に見える器官から、咆哮ともとれる耳障りな不協和音が発せられたが、それすらも黒点は吸収していく。
「このままミンチになるの見てるとか、勘弁して欲しいんだけど」
剣を収めたアデライードが〈破壊魔法・絶界〉の外殻に沿い、歩いてきた。殻の外側に倒れている人間は魔法職が既に蘇生を始め、起き上がっている者もいる。
「女性には、少し刺激が強いかな」
球体の中、足掻き続けるスプリガンは体積の半分を削ぎ取られ無残な姿になっていた。それでも、ジェームズを噛み砕こうと裂けた口を開け前へ進もうとする。
「……なんか、イラッとした」
抜刀すると同時に〈破壊魔法・絶界〉の外殻に剣を突き立てる。
「ちょ、おま! 」
「<氷化>」
まだ殻の中で半透明の幽体となっていたましゅ麻呂が止めるより先に収斂する世界でスプリガンは爆散した。
「グロい……」
「お嬢、流石に惨い」
「精神的ブラクラ」
「魔女容赦なし」
「あの位置、マッシュもろに被ってンな」
「殻の中、生きてるー? 」
あがる非難の声に鼻を鳴らすと再び剣を収める。黒点は何事もなかったかのようにすべてを吸引し終わると解けて消えた。
「超磁場に水入れちゃ駄目って教わったでショーー!! 」
ましゅ麻呂の魂の叫びはもっともで、彼を含む四人は蘇生された後も死に体で、あの内側で起こった現象が外側から見るより悲惨だったことが見て取れる。同じく殻の中にいたはずのユミは、陸に打ち上げられた魚のようになったましゅ麻呂の横にしゃがみ込み心配そうに彼を見ていた。
「ユミりん、元気そうね」
「マッシュは死にそうね」
「アレ見て平気とか、ユミりんマジ鋼のハートね」
「ん? 」
「ん? 」
ユミの微妙な反応にましゅ麻呂は起き上がると彼女の答えを予見したように引き攣った笑いを浮かべ問いかける。
「ユミりん、さっきの見た? 」
「ううん。死んだ時、蘇生されるまで目を閉じてなさいってアデルとジェームズの声がしたもの」
「そっかー」
ユミの答えを受け、ゆらりと立ち上がるましゅ麻呂の背後に鬼炎が浮かぶ。
「おーまーえーらぁぁーーっ」
アデライードとジェームズを交互に追うが、面白がった周りに邪魔され捕まえることが出来ない。
デミオにより蘇生されたタケルは、そんな負けず嫌いの鬼と悪魔しかいないPTを見回し、自分のゲームライフに絶対この傾向は間違ってると改めて肩を落とした。




