34 氷結の魔女 3
アポトーシス、プログラムされた細胞死の発動条件は様々ある。討伐数であったり、DPSであったり。
スプリガンは、ボス部屋へと続く前哨戦のようなもの。アポトーシスが仕込まれている可能性は十分にあった。だが、アポトーシスを起こすMobは特殊個体でも未知種として現れる。今回対峙した破滅種が第二形態に移行するとは誰も予想できなかった。
『 やりやがったな、クソ運営ーーーーっ 』
闇に閉ざされた部屋にましゅ麻呂の罵声が響いた。
「ちょ、痛い」
「イタッなに!? 」
「なんだコレ」
「待って、ヤバイ死ぬ」
暗闇の中、闇雲に動くことは出来ないと足を止めれば、あらゆる角度から刺す様な痛みに襲われる。
「ぐぁっ、噛まれた!? 」
「嘘、待って待って」
上がる悲鳴は女性の方が多い。魔法職が狙われていることはすぐに判ったが、視界が奪われた状態では状況が把握できず打つ手がない。詠唱しようにも痛みに中断を余儀なくされ、手元が見えない状態では触媒紙に図を書くことすら出来ない。
『 全員、動かないで! <舞い散れ、百の花弁> 』
アデライードの声がした方向に無数の小さな光が生まれ、それは光度を増して周りを照らし出すとあらゆる方向に飛散した。
本来のアーツの使い方とは違うが、一瞬でも闇を払うという条件では最良の手であった。彼女のアーツは氷が砕けるまで持続性がある。部屋をすべて照らすには足りないが、それでもその光は瘴気を切り毒霧に霞む部屋を照らす。
一瞬の光を利用し、雪江が光魔法を触媒紙に書き付け宙に放った。
<光魔法・光束発散>により、今度ははっきりと部屋の中が照らし出される。
「なん……じゃ、こりゃ」
元凶たるスプリガンの姿を見たましゅ麻呂が余りの凄惨たる姿に頬を引き攣らせた。
「なんつー、ホラーゲー」
左上半身を失ったスプリガンは床に伏せ、残った体も皮膚の下、ぶくぶくとあわ立つように膨れては萎むを繰り返している。
飛び散った肉片も小さなものは溶けて床に黒い染みとなったようだが、大きなものは脈動を繰り返し、膨れ上がると割れて中から人の手首から肘までの大きさの芋虫のようなエネミーとなって飛び出してきた。それがプレイヤーたちを噛んでいたのだろう。頭部と思われる膨らんだ先はその殆どが口でやすり状の細かな歯がみっちりと生えている。
「無理、無理キモイ」
魔力感知する能力は分体となっても受け継がれているのか、保有量の多い者へ身をくねらせ一直線に進む。
「<舞い散れ、百の花弁> 」
背に雪江を庇いアデライードが広範囲で芋虫を駆逐するが、中には消失まで至らず残った肉片が再び寄り集まって成形し直す。
「絶対、開発に性格悪いの一人いるよな」
沢蟹が<疾風掃射>で周囲の芋虫を消し去った。
「サワ、あと何発撃てる」
「回復なしなら、あと2発が限界」
「雪ちゃん守りながら固まってる所狙って」
「k」
離れるアデライードと沢蟹が入れ替わる。彼女は染みに囲まれ孤軍奮闘している魔法職のもとに走った。
「<衝撃波>」
ひたすら目の前の芋虫を薙ぎ払うタケルの背後を狙い、飛びかかろうとする芋虫をユミが打ち落とす。
「ユミさん」
「倒れてる人助けて」
彼女が指差すほうを見れば、変色した床に倒れているデミオを庇い、芋虫に噛み付かれながら彼女を抱き起こしているほっぴーが見えた。
頷き二人の元へ向かう。飛んでくる芋虫を避け、染みに足を踏み入れた瞬間、状態異常によるドットダメージではない痛みがその身を下から貫いた。
「イッ……」
膝から力が抜けるも倒れまいとよろけながら走る。
『 床気をつけろ、踏むとダメージとおるぞ! 』
各所で同じことが起こっているのだろう、注意する声が上がった。
『 床だけじゃない、天井もだ 』
見上げた沢蟹が天井の染みから赤黒い雫が滴り落ちるのを見て叫ぶ。
ポタポタと天井からはまだらに毒の雨が降り、所構わず変色させた染みからは毒の霧が立ち上る。
「手伝います」
周りの芋虫を剣で払い、タケルはほっぴーを手伝ってデミオを染みの外へと引きずり出した。
「誰か、状態異常解除を」
「霧を何とかしないと無理だ。解除してもすぐに戻る」
既に試したのだろう杖で芋虫を払いながら魔法職が答える。彼も毒による状態異常を表す赤黒い痣が顔や手に出ていた。
『 入り口どうなってる!? 』
無駄だと判りつつもましゅ麻呂は外へと退避出来るか確認した。
『 進入禁止エフェクト出た! 』
『 ですよねー 』
一度入室したら対象を倒すまでは部屋からは出れない。ここがシングルエリアだったなら、フロア中を逃げ回るという手も使えたのだろうが、マルチであるため、部屋単位で隔絶されていた。
変態が完了したら厄介な化け物になるのは明らかだ。それまでに無限ループの状態異常を解除したい。
忌々しい心情を表わすようにましゅ麻呂は芋虫を踏み潰した。
アポトーシスを引き起こしたエネミーにより全滅した場合、フラグがメンバー全員につく。同じメンバーで倒せば一度で済むが、フラグを持ったメンバーがパーティにいると常にアポトーシスしたエネミーが出現する。プレイヤーではなく、エネミー側が強くてニューゲーム仕様だ。
『 見てのとおりだ、ジェームズ。どうする 』
彼のことだ、歯痒い思いをしているだろうと、立ち入ることの出来ない最強の魔法職に問いかけた。
『 <神聖魔法・日雷>使える人間は? 』
『 いるけど、死んでんな。いや、生きてるけど死に掛けてる 』
タケルに守られ、石床に転がったまま、まだ幽体は出ていないデミオを見やる。ほっぴーの姿は既になく、彼はアデライード同様崩されそうになっているメンバーを助けに向かっていた。
『 雪、<神聖魔法・日雷>使えるか? 』
もう一人の賢者を見れば、彼は定期的に<光魔法・光束発散>を投げて部屋を照らしている。
「使えるけど、範囲は狭いから部屋全部とかMPもたないよ」
『 部屋全部は無理だそうだ 』
『 一度撃てれば、君たちなら床半分は掃除できるだろう? 』
<神聖魔法・日雷>は空中から落雷させる雷の魔法で円錐型に範囲効果がある。芋虫を焼くには効率が悪い気がすると、魔法については門外漢のタケルは首を捻るがベテラン勢は理解したのか動きが変わった。
「春P、雪江守れ」
「ユッキー、春Pが走りこみやすいように入り口近くへ移動してくれ」
「どっからやる? 」
「サワ、矢が消えるまで何秒? 」
「動ける魔法職は雪江のほうへ移動。無理そうなら手を上げろ、盾持ちじゃない近接が守りに行く」
それぞれが自分の役割を全うするために動く。
デミオを守るタケルのもとにユミが空から落ちてきた。
「タケルさん。放電したら、きっとスプリガンは一気に二次形態になるわ」
何を始めるのかタケルが問う隙を与えずユミは言葉を続ける。
「だから、ごめんなさい。死んで」
「え? 」
唐突に結論だけ話すのは彼女の癖だ。一瞬動揺するが、すぐに自分に何かをさせたいのだと脳内で補完した。
「わかりました」




