33 氷結の魔女 2
次々に腹の護石に着弾していく魔法エフェクトの中、アデライードはアーツによって作り出した氷の上を駆け上り、素早くスプリガンの肩へ飛び移る。
「<咲き誇れ、大輪の花>」
翻された白刃が煌めき、アデライードは額の護石を斬りつけた。瞬間、スプリガンの頭部に弾けた氷の花が咲く。それはすぐに砕け散るが、残滓のような雪煙が渦巻くように残った。
数度、護石を斬りつけ失ったMPを回復させると再び構える。
「<復氷>! 」
剣身の輝きが一度目より増し、煌めくと同時に剣先を護石に叩き付ける。再び花開く氷の花が大きくなった。
「<復氷>! 」
花開くたび氷の花はその花弁を増やし、スプリガンの額の護石は砕けて既にない。彼女が氷結の魔女と呼ばれる所以となったのが、このアーツだ。
<咲き誇れ、大輪の花>は六度の重ねがけで真価を発揮する。
【魔法騎士】は、その特性として魔法を物理攻撃のアーツに置換するため詠唱を必要とせず、一般的な魔法職なら途中で息切れし六度目まで繋げることが出来ないこのアーツを通常攻撃を挟むことでMPを回復し最後まで走りきる。
初撃はほころび始めた蕾だった氷の花が、<復氷>されるごとに花弁の数を増やし、ダメージ量も増加していく。更に別計算でダメージを蓄積しており、これが一番重要だった。途中起爆も可能だが、六度目のダメージ倍率が200%であることから重ねることが推奨されている。
<咲き誇れ、大輪の花>はリキャストなし、チャージタイム1秒で再装填される。受付有効時間は5秒。効果が消える前に<復氷>して繋げ、六度重複すれば大爆発を起こす仕様だ。時間内に<復氷>出来なければ、そこで途中起爆する。
このアーツのダメージ計算は独特で、起爆で発生するダメージはそれまで与えたダメージ総量に六度目の倍率200%を加算する。つまり、六度目以前に与えたダメージ合計が二万だとしたら、それの200%になる四万ダメージがプラスされ計六万のダメージが爆発で与えられるというものだった。
途中起爆した場合は、残念ながらそのままの数字しか反映されないため、五千なら五千しか追加ダメージは発生しない。
『 30 』
部屋の中に入れないジェームズはシャウトを使い経過時間を伝える。
スプリガンを拘束する氷楔が、火力が集中したことで既に軋み始めていた。
「<汝、死を以って贖罪となせ>」
宙を駆け上ったましゅ麻呂が、左肩の護石を狙い直下する。
『 左、一つ目!! 』
ましゅ麻呂が護石を一つ砕くのが<飛燕>の中継ぎで床に下りていたほっぴーの目に映った。
「マッシュ、おま。腕拘束してる氷まで砕いてンじゃねーよ! 」
「あっ、ごめーん」
勢い余って。というより、火力の調節が面倒くさかったのだろう。一撃必殺とばかりに放ったアーツの余波でスプリガンの左腕を覆う氷も消えた。
「<我、天が落ちようと正義を為す>」
自由になった腕が持ち上がり、もう一つの護石を狙っていたユミが方向を変えその腕にアーツを落とす。衝撃にスプリガンの左半身を覆う氷まで砕け散った。
「やりたい放題、馬鹿なの!? 」
「ユミさん! 」
「ユミりん、俺ら守るより石砕いて欲しかったー」
スプリガンの腕が動いたことに、それまで足元で具足を殴っていた近接が一斉に魔法職を守るため後ろへ下がる。
『 40。効果もたないな、退避準備を』
「<復氷>! 」
五度目となる大輪の花が咲く。氷の花はスプリガンの頭全体を覆うほど大きくなっていた。
『 腹割れた! 』
杖を掲げたデミオが、腹の護石が砕けたことを確認すると叫んでスプリガンから距離をとる。
「お嬢! 降りろ!! 」
足場が崩れれば、滞空アーツを持たない彼女はそのまま落ちる。焦る雪江の声に呼応するように氷楔の凍解が始まった。
「<復氷>! 」
氷楔が崩れる中、六度目の花が咲く。それまでとは違う爆音を轟かせスプリガンの頭部が爆発した。
「アリ姉!! 」
爆発と同時に上に向かって飛んだのだろう、薄れた雪煙の中からアデライードが姿を現す。既に戻るべき足場はなく、いつもの彼女なら即座に新しい足場となる氷を練成するのに、彼女の目は、スプリガンの頭部があった場所を捉えて動かない。
「何? 」
そこに見えた何かは、すぐにスプリガンの中に埋もれて消えた。
「っ。<犀利な星よ、墜ちて貫け>!」
空中の不安定な体勢から剣先をスプリガンに向ける。周りに漂っていた雪煙が、新たに発生した冷気に巻き込まれるようにアデライードの周りに渦巻くと氷塊となって固まり、スプリガンに向かって無数の氷の矢となり降り注いだ。
「アデル! 」
自ら放ったアーツに圧され飛ばされるアデライードを追って、ましゅ麻呂が宙を駆ける。横抱きに彼女を捕まえるとそのまま床に降りた。
「きゃーっ」
デミオの黄色い悲鳴を皮切りに女性陣が色めき立つ。
「合・法・BL!! 」
「ヤバイ! マッシュが王子に見える! 」
「SS撮った!? 」
「撮った!! 」
「魔女マジ王子!」
スプリガンと交戦中だということより、脳内デッドガールの本能が勝ったらしい。あらぶるガールズたちは無視し、アデライードを降ろしたましゅ麻呂は即座にスプリガンに向き直る。スプリガンは氷瀑に封じられ、僅かに両手の先が氷から出ている状態だった。
「凍ってんなぁ」
「ジェームズも怖いけど、氷結の魔女も怖ぇ」
「浪漫職の本気……」
ガールズたちとは対照的に男性陣は呆然と凍りついたスプリガンを仰ぎ見る。
「お嬢、無茶すんな」
「アリ姉、大丈夫か」
沢蟹と雪江がアデライードたちに駆け寄り、ましゅ麻呂と同じくアデライードを捕まえようと空を駆けたユミも少し離れた場所に着地した。
「頭、吹っ飛ばされてポリゴンになんねーとか、どんなけ丈夫なんだよ」
凍結したスプリガンを見上げるましゅ麻呂の肩をアデライードが掴む。
「吹き飛ばした頭の下、首の中に『核』のようなものが見えた」
「は? 」
突然、不穏なことを言い出したアデライードに剣呑な視線を向ける。
「『核』だ。時限が仕掛けられてる」
ましゅ麻呂の目が、言葉の意味を理解したのか大きく見開かれた。
『 割れるぞ 』
ジェームズの声に全員の目がスプリガンに向けられる。一拍の間のあと、氷が破られスプリガンが前のめりに倒れた。頭部を失いバランスが取れないのか、長い腕を前につき転倒は免れるが動きは鈍重で過去に相対してきたスプリガンとの違いに武器を構え、スプリガンを囲む面々に戸惑いが生じる。
「スプリガンって頭なくても動くのね」
「どーすんの、コレ」
「とりあえず、護石全部砕くか」
「Buffちょーだーい」
前衛の声に魔法職が杖を掲げる。
「待ちなさい! 」
「待て、アデルが『核』を見てる! 」
『核』という言葉にジェームズが反応した。
『 詠唱をするな 』
だが、既に時遅く、じりじりと伸ばされていた左手が脈打つように震え、表皮に浅く刻まれた亀裂から発せられる光が斑に色を変える。スプリガンの左肩は内側から沸騰するように膨れ上がり、それは左腕全体へと瞬時に広がった。
「なん……」
弾けた左腕は毒霧を噴き上げ細かな肉片となって千々に飛び散る。薄暗かった部屋は広がる霧と瘴気によって暗闇に閉ざされた。
『 ユミ!! 』
「入っては駄目!」
スプリガンは魔力に反応する。
アポトーシスが始まった。




