31 火種の在り処
ましゅ麻呂がシャウトを使ったことで、全員が指示に従った。
アデライードでさえ、あと一撃で刈り取れるオーグリスから即座に距離を取り、目を閉じ耳を塞いだ。
暴風雨の中に晒されているような鳴動とピリつく肌の痛みに、吹き荒んでいるのが雨ではなく雷雪なのだと気づく。確かに火炎系と違い、燃えた敵と接触して炎が燃え移ることはないが、だからといって味方ごとスーパーセルの中に放り込む選択と、それをさせたましゅ麻呂に腹が立つ。
やがて音が止み、肌への痛みも薄れるとアデライードは目を開けた。
「やべぇ、これって氷点下の世界? 」
「全部凍ってら……」
見事にプレイヤー以外が凍りつき、ただの城から氷の城にリフォームされた状況にそれぞれが感想を漏らす。どこにもエネミーの姿は見えず、凍結した状態で死亡判定が下り消失したのだろう、大きな氷塊の中にオーガやオーグリスだったのではないかと思われる空洞が残っている。
「どこまで凍らしたー? 」
のんびりとした声が聞こえ、ましゅ麻呂が前方から歩いて戻ってくるのが見えた。もう一人の元凶も、ゆったりとマグスコートの裾を揺らしながら後方から歩いてくる。
「判らない。この一角は凍ったと思うが、どこに何体隠れているか判断できなかったからね。範囲解除してMPが枯渇するまで展開しておいた」
「おいおい、物騒だな」
さらりと事も無げに言うジェームズにましゅ麻呂は肩を竦めた。
「下手したらブロック半分凍ってね-か? 」
「その暗に面倒くさいから全部凍らしました。っていうのやめてッ」
「俺らも精一杯頑張ってンの、役立たず扱いしないでッ」
文句を言いながらも笑っている面々に今度はジェームズが肩を竦める。いつの間にか戻ってきていたユミがジェームズの傍に寄り添った。
「とりあえず、魔法効果が残ってるうちに進もうか。下手したら3層の階段まで行けそうだけど」
ほっぴーの提案に同意し、誰ともなしに2層の出口に向かって歩き出す。
気が殺げたのか、滅多に見れない光景に走って先に急ぐ事はせず、それぞれが幻想的な氷の世界を堪能し始めた。
「床も凍ってるけど、小鬼とかバリーン氷割って沸くのかな? 」
「どうかなー、アレってスイッチ踏んだら沸くんだっけ? 」
「氷で膜はってるようなもんだから、直接は踏めなくね? 」
「下で小鬼が出してーッって床叩いてたら笑えるな」
だらだらと会話をしながら通路を進んでいく。
「お嬢、顔怖い」
「ん? ああ、すまない」
無言のまま歩くアデライードの顔が強張ったままなのに気づいた雪江が、タケルたちの輪から離れ彼女に話しかけた。
「何考えてんの? 」
「何って、……あの巻物作ったの誰かなーって」
「えっ、ソコ!? 」
予想と違う返答に雪江が驚いてみせる。
「えっ!? だって上位魔法作れる巻物職人なんて限られてるじゃない」
「確かにそうだけど。うちにはイッチーいるじゃん、お嬢貰ってないの? 」
「持ってるよ。流石にリスク高すぎて使わないけど」
「ですよねー」
乾いた笑いを交わしながら、アデライードは別のことを考えていた。
本来、ゲームはあらかじめ決められたプログラムに沿って動く。その穴をつき、プレイヤー優位に事を進めるのが廃人たちなのだが、それに対し多くの運営は予期せぬ動作やバランス調整といった名目で一強を作らないためにそれらを修正する。
普通は、修正する。
しかし、【the stone of destiny】の運営はそこを逆手に取った。
聖賢まで上り詰めた廃人なら、逆に魔法職の頂点に君臨しろと選択肢を増やしてみせた。Lv制ではない、完全スキル制だからこそ実現できたことなのか、それとも考えがザルだからこそやらかした事なのかは判らない。
魔法という動作は、範囲固定型、放出型、位置指定型とこの程度だ。それを聖賢は種類は限られるがスイッチングできる。勿論、リスクは伴う。だが、決まった形でしか使用できなかったものが、違う形で運用できるということはパワーバランス崩壊上等、寧ろ、やってみろ廃人ども。という運営からの挑戦だった。
ジェームズが使った精霊魔法・禍殃は範囲固定型の魔法だ。術者を中心に最大半径10m、ドーム型に展開する。それを彼は建物の中であったことから放出型にスイッチングした。彼の前方向に鉄砲水のように魔法を押し流したのだ。放たれた魔法は当り判定の核を持たないため彼が途中でキャンセルするかMPの供給が止まるまで放出し続ける。
魔法展開中は一歩も歩けず、スイッチングの代償はMP回復阻害。MP回復速度30%減が900秒続く。INT値を底上げする薬剤は存在するが、お手軽にMPを回復するポーションやアンプルは存在しない。そんなゲームで、ジェームズは全体のリスクヘッジのために即断で自己にリスクテイクした。
有能にして有用。ましゅ麻呂が好きそうなタイプだ。けれど、それはレッドマーシュにも言える。
時の城の前に来たとき、ましゅ麻呂とレッドマーシュがにらみ合っていた。
元々、そういうタイプだったのか。人望を得たと錯覚し、そうなってしまったのか。今では確かめる術はないが、レッドマーシュは出会った頃の彼から随分と変質してしまった。
今の彼は自分の王国を作るのを楽しんでいる。
気の合う仲間と馬鹿騒ぎしたいましゅ麻呂とレッドマーシュでは考え方が違いすぎる。あいつらの火種に、今更一つ追加されたところで何も変わらないだろう。
けれど、それまで蚊帳の外だった<TRUST>が遅かれ早かれ巻き込まれるとなると話は別だ。
「人のものほど欲しくなるとか、女子かよ」
「お嬢? 」
面倒くさいことになるとアデライードは溜息とともに丸めた指で額を軽く叩いた。
「うぉっ、これ巡回のオーガじゃね? 」
「歩いてる状態で固まったのかー、災難だったなぁお前」
正面から氷点下のメソサイクロンを受け、歩行した状態で固まったのだろう、斜めに傾いた三本の氷塊が通路を塞ぐように立っていた。
「ツララが横に向かって生えてるよ」
「こっわ」
氷塊の隙間を縫うようにすり抜け、先に進むと2層の出口が見えた。
「マジか」
「本当にフロア全部凍らしやがった」
最後尾を歩くジェームズたちを一斉に振り返って見る。
ジェームズはちょうどユミからメロン飴を受け取るところだった。その横でタケルと沢蟹はマツタケの串焼きをほお張っている。
「ん? 皆も飴ちゃん食べる? 」
完全に観光をしていた最後尾に沢蟹を見るアデライードの目は据わり、他は一気に脱力する。ましゅ麻呂だけが手を叩いて爆笑した。




