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「ユミりん、ユミりん。今、暇? 」

 

 駆けつけた弓術士、ユミと同じ撫子装備を身に付けた彼女は名前をモカと言う。


 撫子装備、通称キャバドレス。

 現実世界で和風ドレスとかミニ着物、花魁ドレスと言われ、夜の世界に生きる女性たちが着用するドレスに似ていることからそんな呼び名になってしまった装備だが、ユーティリティベルトを帯に見立てたデザインは秀逸で、スカート丈もSMLと三種類あり、カスタム幅の広さからも裁縫を主としている生産職に受け、腕を競い合うジャンルに発展した。

 可愛らしい物から大人っぽいシックな物まで、職人のセンス次第で印象が変わるそれは純生産品であり、装備効果は基本全ステータス上昇+5とワンピース型では可もなく不可もなくだが、サブ効果で魅了やHP吸収が付きやすいとあってプレイヤーにも人気があった。

 ショート丈で両袖を外し、タイトなシルエットに辻が花模様のユミは隠れる気のない女忍者のような印象。変わってモカは沈んだ赤に金の刺繍、黒と白のレースをふんだんに使ったミディ丈で、薔薇モチーフの飾りがベルトに付いていたりとゴシックな印象を受ける。


 身に付けるものからも性格は表れるのだな。と、ジェームズはテラス席に乗り込んでくるなり、ユミに抱きついた来訪者を見ながらそんな事を考えていた。

 



 ユミとモカ。二人が出会ったのはユミがゲームを始めて3ヶ月ほどした頃だった。その日はジェームズが居らず、ユミは他の友人に誘われるまま野良のミッション消化パーティに参加していた。


「もっともかわいい、の最可! モカって呼んでね! 」

 と、ポーズをつけて自己紹介をされた時、その場にいたパーティの面々は辟易とした顔をしたのだが、ユミだけは「珈琲みたいなお名前ね」と首を傾げたのだった。


 以来の付き合いである。


 モカは、おっとりしているのかしっかりしているのか掴み所のないユミを気に入っていたし、なにより現実世界で彼女は長女であった。

 長女が背負う業、おねーちゃん気質はゲームの中でも如何せん発揮されてしまったということだろう。ユミが自分よりずっと年上だと知っても態度が変わることはなかったし、寧ろ世話を焼きつつ甘える。という高等テクニックを取得したかもしれない。ユミにとってもひ孫に近い実年齢のモカは可愛いらしく、何かと彼女の好きにさせていた。


「こんにちわ、モカちゃん。今日も元気ね」

「うん、元気だよ! で、暇かな? 暇だよね? 今からクランプホォー……」


 椅子に座るユミに抱きつき、丁度いい位置にある頭に頬ずりしていたモカの声が小さくなり動きが止まる。ユミと同じテーブルにいたジェームズの存在に気づいたからだ。


「ハ、ハハ、ジェームズ。コンニチハ、今日モ、オ綺麗デスネ! ッテ、ソノ凍てつく波動みたいな目で見ないでぇぇぇぇっ」


 ユミを離すと一歩飛び退き、顔の前に両手を翳してジェームズの視線から逃れる。


「あのね、アラさん主催でクランプホーン狩りするんだって。メンバー募集してるからよかったら二人とも来て、フロイデ正門前集合だよ」


 適当に集まったら移動するからぁ~! と、言いたいことだけ言ってモカは逃げ去った。用件だけなら指名(コール)でもよさそうな話だが、単にユミの顔を見たかっただけだろう。

 誤算といえば、ジェームズも一緒にいた事。モカは、何故か一定以上の整った顔にアレルギーを持っていた。綺麗な顔を見ると照れてしまうらしい。

 初めてジェームズを見たモカは「イケメン! 無駄にイケメン! うわぁぁ目がぁぁぁ目がぁぁぁっ」と両手で顔を覆い地面を転がってみせ、ジェームズの優しそうな垂れ目を冴え冴えと酷薄そうなものに変えた剛の者である。


「まだ返事もしていないのに。もう、モカちゃんったら」


 同意を求めるように、モカが消えた先を見ていたユミがジェームズへと向き直る。


「彼女が慌しいのはいつもの事だよ。逆に、彼女が静かな所を私は見たことがない」

「それは、明るくて元気ということ? 」

「君はいつも前向きだね」


 静かに笑って珈琲カップを口に運ぶジェームズに、ユミは不満を示して頬を膨らませる。が、すぐに何か思いついたのか小首を傾げ。


「でも、クランプホーンって何かしら? 」


 自分の興味のある、楽しいこと以外に記憶領域を割く気がないユミは、普段遊ぶマップ以外の知識を全く覚えない。だが、それでもどうにかなってしまうのは、ユミが足りない分ジェームズがこのゲームの知識を網羅しているからだ。


「マルグリット領と重なるジェフサの第四マップにいる大きな牛みたいなモンスターだよ」


 出会った頃はハーフアップだったユミの髪型も、今では動きやすいようにギブソンタックへと変わっている。ジェームズはモカによって乱されたユミの髪を手櫛で器用に直しながら、このあと出るだろう彼女の言葉を予想し溜息をついた。


「私、まだ見たことないわ! 」


 祈るように両手を顔の前で組み合わせ、期待に満ちた瞳で彼を見るユミの頭からは、先ほど相談していたフィールドボスのことはすっかり抜け落ちているのだろう。それをジェームズが咎めることはない。


「なら、アラベスクに私たちも参加すると伝えなければね。置いていかれてしまうよ」


 予定が変更になった瞬間だった。



 【the stone of destiny】での移動は三種類ある。

1.乗り物や自分の足で歩いて移動。

2.教会で献金して任意の町の教会へ移動できる『教会の扉』。

3.座標記録した場所へ移動する魔法アーツを使うファストトラベルだ。術者一人ならば『瞬間移動』、制限時間以内なら何人でも移動できる設置型魔法『時空門』。一方通行の『時空門』に対し、行き来できる『時空回廊』である。


 現地での即席パーティでない限り、狩場と集合場所が違えば移動は主催者側が『時空門』を開けるのが慣習となっていた。


 当てが外れたジェームズとは対照的に、満面の笑みのユミは白い小花の耳飾りに手を当てた。主催者であるアラベスクに連絡を取るためである。イヤリング、ピアス、イヤーカフなど耳飾りの形をしているものに触れ、音声コマンドを入力する事で指定の相手と会話が出来る。


フレンド指名(コール)、アラベスク」


 数回の呼び出し音を経て通話が繋がり、ユミは二人参加することをアラベスクに伝えた。



「牛さんのお肉が取れるんですって! あとでアラさんが焼いてくれるって言っていたわ」


 アラベスクとの会話に喜色を滲ませたユミは正門へ急ごうと立ち上がり、浮かれる彼女を横目にジェームズは冷めてしまった珈琲を一気に飲み干した。

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