27 時の城にきたものの 1
神話に巨人が出てくると、必ずそれを打ち倒す英雄がセットで現れる。
巨人は通過儀礼的な敵として表現され、それを打ち倒す英雄は開拓者の祖とされることが多い。
『時の城』の話が語られる時は、『巨人を討ちし英雄』の話がもれなくついてくる。だがそれは、リッシュ平原に住む蛮族たる巨人をワルター公国の祖となる英雄が打ち倒し、国を作った国作りの話などではなく、物悲しい勘違いとすれ違いから起こった悲劇の物語だった。
巨人はこの地を棄て去り、城だけが残った。
◆ リッシュ平原・時の城 ◆
ましゅ麻呂に呼び出され、ユミは以前の約束どおりジェームスとタケルを伴い『時の城』の前に来ていた。
<SUPERNOVA>は全体的にフリーウェイな人間の集まりだ。集合時間もぴったり何時とは決めず、20分程度の猶予を持つ。故に彼らが仕切る場合は基本現地集合だった。
町の中では戦闘行為は行えないため、魔法も勿論規制されている。『時の城』への時空門を開くためフロイデの外に出れば、クエスト帰りのタケルと遭遇した。
『時の城』に挑んだ事がないと彼が言っていたことを覚えていたユミは、ましゅ麻呂に連絡を取り、人数に空きがあることを確認した後、タケルを誘った。
そして、今に至るのだが。
「なんか、雲行き怪しくありませんか? 」
困惑するタケルの声に、ユミは困った顔で頷き、ジェームズは無言のまま成り行きを見ている。
ジェームズが開いた時空門から出て来てみれば、統一性のない個性的な装備の面々と白で統一された集団が睨み合っていたのだ。何があったのだろうと戸惑いながら、<SUPERNOVA>の陣営へと紛れ込む。睨み合いに興味がない数人が、ましゅ麻呂に気付かれないように小声で「いっせいのーせ」と親指を立てて数字を当てるゲームをしていた。
「ねぇ、<栄光の国>と何かあったの? 」
攻略以外興味をもたないユミですら、<栄光の国>の見分けはつく。
「6。いや、なんか人数集まるの待ってたら、アイツらも来たんだよ」
「2、マッシュとレッドマーシュって昔から仲悪いからなー」
「1。よし! 」
数を当てたプレイヤーが小さくガッツポーズを取り、腕を下ろす。
「あれだろ。元ゲ、一緒だったんだろ? 7」
「7、元々ゲな。なんかばったり再会したらしいぜ。機嫌悪くなるから話聞いたことないけど」
「マッシュなー」
「なー」
乾いた笑いがあがる。
「これで<Schwarzwald>来たら最高じゃね? 」
「ここで馬場ちゃんはヤバイわ」
ひそひそと話す声が更に潜まった。
「馬場ちゃんがどうかしたの? 」
悪意なく切り込むユミにシーッとさっきあがったメンバーが口に指をあてて声を潜めるように示す。
「馬場ちゃんと、レッドマーシュとマッシュ。あと<TRUST>の……」
「キサラギ」
「そうそう、あの辺が因縁あるんだよ。2」
「<Schwarzwald>は氷結の魔女もだろ」
「アイツは魔女なのか王子なのかはっきりして欲しいよな」
「とはいえ、馬場ちゃんはどっち付かずって感じだけどな、6。キサラギはどっちかっつーと、マッシュ寄り? 」
「3。いや、<TRUST>はアラベスクがコミュ力高いから巧いことバランスとって中立だろ」
「初心者支援してるから敵作るわけにはいかねーしな。0、おっし」
話を聞きながら、ユミはジェームズの後ろに立つタケルを見た。少し離れてはいるが、彼の耳にも会話は聞こえていたようで、知らないと首を横に振る。
「あの二人の話し合いが終わらないと、中に入れない訳ね」
あの雰囲気を話し合っていると表するユミに指遊びをしていた一同の動きが止まった。
「お、おう。そうだな」
「ユミりん……」
「ジェームズ、お前何気に苦労してんな」
溜息と共に向けられた憐憫の眼差しに、ジェームズは薄く笑むとユミのセーフティベルトを掴んで彼女を回収した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハトリ的には<SUPERNOVA>も、ましゅ麻呂も嫌いではない。居合わせれば「うるさいな」とは思うけれど、その程度だ。
けれど、彼女が属するクランのマスターはその性格からか、<SUPERNOVA>を好ましく思っていないらしい。
<栄光の国>は規律正しいクランだ。規則の多さに勧誘しても敬遠される事が多いが、その規則だってよく読めば、他人に迷惑をかけない。邪魔をしない。困っている人がいたら助けましょう。交流は大切なので、週に一度は全員で集まりましょう。個人都合で会合に出れない場合もあるでしょう、その時は事前に連絡を。といったものだ。特に厳しくは無い。
言葉遣いについては注意されることもあるが、人として会話をするのにみんなが皆、ざっくばらんな話し方が得意なわけではない。見た目と中身が違うことは当たり前なのだから、相手を敬いましょう。親しき仲にも礼儀ありです、お互いを尊重しあいましょう。だ。
これを厳しいか厳しくないか感じ方はそれぞれだから、共感できる者だけが参加すればいい。無理に加入させることはない。が、マスターであるレッドマーシュの考えだ。
レッドマーシュはいつも穏やかで、ハトリたちが何か下手を打っても怒ることは無い。叱られることはあるけど、怒られたことはない。彼は決して怒らないのだ。それほどに、彼の感情はいつも凪いでいる。
そんな彼の唯一の例外が<SUPERNOVA>だ。<SUPERNOVA>というより、クランマスターのましゅ麻呂と限定していいだろう。
自己の方向性が決まり、アーツやステータスの育成がひと段落ついたメンバーを募り、<栄光の国>は定例として迷宮探索を行う。
いつもなら『迫害されし民の迷宮』の最深部を目指すのだが、『時の城』が実装されてからはこちらに出向くことも増えていた。マルガリテスを出る前に多数決を取ったのがいけなかったとハトリは天を仰いだ。
場所を同じとすることはあるだろう。けれど、時間まで被るとは誰が予想できようか。
転移して最初に目に入った光景が、円陣を組んで踊る<SUPERNOVA>の不思議な踊りだった瞬間の気持ちを誰か判って欲しい。そして、同じく転移してきたレッドマーシュの周囲を瞬間フリージングさせる殺気を。
殺気なんてハトリ自身知らないけれど、「やばい。今、絶対怒ってる」という空気くらいは判る。その「怒っている」の振り切りが半端なかったのだ。
そして、その「怒ってる」は、目の前の<SUPERNOVA>からも感じられた。
―― ここは地獄か。それは、ハトリ以外もこの場にいるメンバーの多くが抱いた感情だろう。
<栄光の国>のメンバーが全員、転移が終わり続々と集まる中、後から来た者に先に来ていた人間の戸惑いが伝染して空気が乱れる。だが、余分な会話をしないのが普段から統率が取れている証拠だ。すぐに口を噤み、隊列を成す。
ハトリも定位置に移動し、傍らにジーナが立った。
『なかなか、面白い展開ね』
平坦なジーニーの囁きに、アーメットで顔が完全に隠され見えない事をいいことに、ハトリは放送禁止ギリギリの辟易とした顔を晒す。
フルフェイス装備の場合、耳に手を触れる事が出来ないため、装備を身に纏った段階でガントレットにその機能が自動で移る。甲の部分にチャット機能を表す紋章が浮かぶので、それに触れれば使い方は耳飾りと同じだ。
ハトリは大剣を自分の前に突き刺し、鍔を両手で包み込む態でガントレットの紋章に触れた。
『出会い頭に<SUPERNOVA>とか、有り得なくない? 』
『生きていれば、こんなこともあるわよ』
『いきなり人生規模で語られましても』
『……』
『ごめん』
やってらんないなぁ。と首を回したところで、<SUPERNOVA>の陣営の近くに新しい魔法陣が広がるのが見えた。増援だろうかと見ていると、縦方向に発育のいい中学生みたいな女の子が飛び出してきた。彼女の姿は覚えている。ついこの前、ケイオスグランジにましゅ麻呂と一緒に爆死特攻を仕掛けた子だ。
彼女は<SUPERNOVA>だったのかと思っていると次にタケルが彼女を追って現れた。ハトリの瞬きが多くなる。
彼はフレンドメールで<TRUST>に入ったと教えてくれていた。混乱するハトリの視線の先に、彼女が探し回っていた黒マグスが現れた。
『あ』
『あっ』
ジーニーも見ていたのだろう、声が被った。
『まさかの<SUPERNOVA>? 』
地を滑るように歩く魔法職は<栄光の国>を気にすることなく真っ直ぐにタケル達の元へ向かい<SUPERNOVA>の中に紛れてしまう。
『なら、潰さないと』
『その発想おかしいよねぇ? おかしいって判ってて言ってるよねぇ!? 』
『……』
『やめてッ、その無言が否定で肯定ですみたいなのヤメテッ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時空門のエフェクトが展開し、ユミたちが来たのかと思えば予想外の人物の登場にましゅ麻呂は固まった。それは相手も同じだったようで、自然と二人睨み合う形となる。
「相変わらず、金魚のフンを引き連れて豪勢なこったな」
「人と会ったら、まず挨拶からと教わらなかったのかな」
睨み合っていても始まらないとましゅ麻呂から口を開けば、小馬鹿にしたような返事が返ってくる。ましゅ麻呂は大げさに下唇を噛んで顔を歪めた。
「そいつはどーも、育ちが悪いんでね。で、お育ちのいい<栄光の国>の皆様方も時の城攻略デスカ? 」
「キミは変わらず口が悪いね」
「は。テメーだって腹ン中はグッチョグチョのデロデロだろーが。なに善人ぶって王様気取ってンだよ」
ましゅ麻呂の言い様にレッドマーシュの後ろに控えていた近接が前に出ようとする。それを彼が左手を上げて制した。
「躾が行き届いているようで」
揶揄するように嗤うましゅ麻呂とは対照的にレッドマーシュは眉一本動かさない。
「ましゅ麻呂、ゲームは自由だ。好きに遊べばいい、そうだろ? 」
「……」
「ボクも、キミも、自分がしたいように、このゲームを愉しんでいる」
「オメーのは」
レッドマーシュの視線が動く。ユミたちが来たのだと背中で感じた。
間が悪いにも程がある。
ましゅ麻呂は眉間に皺を寄せた。
「おい、人とお話しする時は相手の目を見なさい。って教わらなかったのかよ」
なんとか自分に意識を向けさせようと言葉を紡ぐが、レッドマーシュの視線は、ましゅ麻呂を通り越し何かを追って動いていく。
「やめろよな」
それは、ましゅ麻呂にとっては一種の敗北宣言だったのかもしれない。怒気を抑えた声が、ジェームズを見ているだろうレッドマーシュに掛けられた。
「何を」
「その、両手持ちは全部自分トコの。って考えだよ」
「別段、そんな事を思ったことはないよ? 」
「態度に出てるんだよ」
ましゅ麻呂が一歩、レッドマーシュに近づく。
「気持ち悪ぃーんだよ、両手持ち見ると勧誘しまくって」
「変な言いがかりは止して欲しいな」
「はぁ? 」
更に距離を詰めようとするましゅ麻呂を警戒し、先ほど動きを止められた人間が今度こそレッドマーシュを庇うように前に出た。




