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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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 待っていた人物の登場に、歓喜の声を上げたくなるのをモカは必死に堪えた。


 勢いよく扉を開いたジェームズの目は、今までに見たことがないほど見開かれおり、正に必死の形相とも取れる。

 長い付き合いの<TRUST>のメンバーも、それほど取り乱した彼の表情を見るのは初めてだった。


 部屋の中を見回し目的の人間を見つけると、ジェームズは半ば開かれた薄い唇を震わせた。


「ジェームズ……? 」


 しかし、驚いているのはアランも同じで、ジェームズの姿をその瞳に捉えると立ち上がり、部屋の入り口に立ち尽くす彼に向かい、二歩、三歩と歩み寄った。


 親子喧嘩でも始まるかと思った面々だったが、様子が幾許か予想と違い何ともいえない張り詰めた空気が漂う。

 ユミだけがマイペースで、自分の前に置いてあったレモネードを飲み干すと立ち上がった。


「アランが生産したいっていうから、イッチーのところに連れて行くわね。自給自足が好きな職人さんだから、彼女に預ける方がきっといいと思うの」

「あ、ああ」


 なんとか声を絞り出したアラベスクに手を振ると、ユミはアランの背中を押してジェームズのところに向かう。

 出入り口を塞ぐように立ち尽くすジェームズを退かせ、アランを先に部屋の外に出すと今度はジェームズの腕を掴み、引きずるようにして彼を伴い部屋から出て行った。


「ハ……ハは、強し? 」


 パタン。と、音を立て扉が閉まるとともに呟かれたキサラギの言葉に残された一同が唸る。


「ユミりんは、おばーちゃんだけどね」


 この世の終わりみたいなジェームズの顔、初めて見た。と舌を出すモカの頭にアラベスクの手刀が突き刺さった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 【the stone of destiny】に存在する村、町、都市、その規模に関わらず、すべてが囲郭されている。ジェフサも他国に比べれば規模は小さいものの、しっかりと城を持つ城郭都市だ。


 ユミはフロイデ正門の上に来ていた。正確に表すなら、フロイデ正門を取り込む城壁に登っていた。が正しいだろう。鋸壁の高い部分に膝を抱えて座り、少し離れたところで無言で向かい合うジェームズとアランを見ていた。

 彼らをここに連れて来て暫く経つが、いまだ二人見つめあうばかりで一向に話が進展していない。


 最初、アランは激しい情動を見せていた。驚き、喜び、悲しみ、と目まぐるしく変わる表情は言葉を伴わなかったが、彼が自分の心を表現する言葉を探しているのは判った。

 それに対してジェームズは、言葉が見つからないのか居心地の悪い表情を浮かべたまま、やはり黙ってアランの気持ちが落ち着くのを待っているようだった。


 高い城壁からの眺めは、フロイデ前のフィールドを一望でき、日暮れを迎えた世界を暖かな金色に染めていた。

 城壁からの眺めは美しく、それを望みに来た連れ立った人々が散見される。下では、夜になる前にと慌てる人々が忙しく行き交っている。


 膝頭に顎を乗せたユミは小さく溜息を吐いた。黙ったままの二人に業を煮やすということはないが、いつものジェームズと違う彼が少し嫌だった。


 首を動かし、フロイデ前のフィールドを眺める。他の都市と違い、フロイデの前には果樹が育てられており、いちごの木が白い花をつけていた。その横では去年の花が実を結び、収穫時期がきている。

 農作業職(ファーマー)達が西日を浴びながら手早く丸い実を収穫していた。


 長閑だとユミは目を閉じる。


 このゲームを始めて、木に生るいちごがある事を知った。驚き、ジェームズに話せば、彼は笑いながら実はヤマモモに似ていて、ジャムや果実酒にするのだと教えてくれた。何より驚いたのは、実が熟すのに一年かかり収穫期が春ではなく秋の終わりから冬にかけてだということだった。


 もうすぐ、ゲームの中の季節が変わる。冬になれば、雪が降る。この城壁からの眺めも一面が真っ白になり町の人々は新年を迎えるために常より増して活気が溢れるだろう。


 ユミにとって知らないことは多かったが、ジェームズが知らないことはないのではないかと、そんな風に思っていた。

 あの真っ直ぐに伸びた背中についていけば、絶対楽しいとそう信じていた。

 その背中が、今はどこか頼りなげに見える。



『あの、ユミさん』


 タケルからの囁きがユミの耳に届いた。


『今、どこにいるんです? フレンドリストには、まだフロイデって出てるんですけど』


 <TRUST>のメンバーには悪いことをしたと、ユミは膝に額を擦りつけた。右の耳飾りを外すと握りこむ。


『正門の上にいるわ。ジェームズとアランも一緒』

『そうなんですね。あの……』

『親子喧嘩というより冷戦』

『ああ』


 目をあけると、二人を見た。


『俺、あの人があんなに動揺するなんて思いませんでした』


 タケルの繕わない感想に、ユミの顔に笑みが浮かんだ。


『そうね。私も……、そんなことはなかったわ。ゲームを始めて最初の頃はよくあんな顔されていた気がする』

『ユミさん、何やらかしていたんですか』

『色々』


 出会った頃を思い出せば、どうにもならない自分によく彼は根気強く付き合ってくれていたものだと感心する。言葉の壁はなかったが、意思の疎通は時々間々ならず、何か一つ事をする度に、何度も互いの伝えたいことをすり合わせた。

 いつの間にか気が張っていたのだろう、思い出された記憶に肩から力が抜ける。今、向かい合ってる彼らより、もしかしたら自分の方が緊張していたのかもしれない。


『一応、私も長く生きていますからね。常識はあると思っているのだけど、ゲームの中は勝手が違うことが多くて』

『まぁ。判らないこともないですけど』

『多分、あの二人なら大丈夫よ。本気で親子喧嘩始めるならゲームからログアウトして始めると思うのよね』

『あ。確かに』


 西日も随分傾き、夜の帳が降り始めた。ここから見上げる星空も綺麗だが、それは恋人たちに譲ってやりたい。


『このまま二人置いて帰ってしまっていいかしら』

『その極端な考え方の真ん中を選択する気はありませんか』


 タケルの言い分が、何かと自分の世話を焼きにくるひ孫に似ていて、ユミは思わず小さく声を発て笑った。

 その声に、同じ顔をした二人が彼女を振り返る。視線を向けられたユミは瞬きを繰り返すと、あまりの光景に顔の筋肉が動き出す前に膝に顔を埋めた。


『やだ。スタンプみたいに同じ顔なんだもの』

『え、どうなっているんです? 』


 肩を震わせ、声が外に漏れないように耐えるも、心の声は抑え切れず、タケルの耳にユミの笑い声が届く。


『ユミさん? ユミさん? 』


 状況が見えないタケルは笑い続けるユミの名を繰り返し呼んだ。





「彼女は……どうしたのかな」


 自分たちを驚いたような顔で見た後、顔を伏せてしまったユミを心配げに見ながらアランは自然とジェームズに話しかけていた。


「多分、誰かと話していたのでしょう。随分長いこと待たしていましたから」


 ジェームズの優しい眼差しが憂いに変わるのを見て、アランは目を細めた。


「ジェームズ……風は、君の頬を撫でたかい? 」


 アランの質問に、ジェームズの瞳が揺れる。


「ええ」


 何かを懐かしむように睫毛を伏せ、彼はユミですら見たことがない顔で鮮やかに笑った。


「ええ。たとえ、この体がデータ(つくりもの)であったとしても」


 何か大切なモノがそこにあるように、ジェームズは右手を胸にあてる。


「この世界の空は高く、水は冷たかった」

「そうか」


 アランは頷くと空を見上げた。微かに星が輝き始めているのが判る。現実となんら変わりないゲームの世界は、なぜか現実より美しいと思えた。


「羊の毛が、思ったより硬くて驚きました」

「ん? 」


 視線を空からジェームズに移すと彼は肩を竦めてみせた。


「このゲームを始めてすぐの頃、ユミが『羊毛集め』というクエストを受けたんです。ゲームらしく専用のブラシで体を梳くと毛が手に入るのですが、農場の羊を追い回すのが大変で」

「楽しそうじゃないか」

「まさか! 私はもうごめんです。でも、ユミはまたやりたいみたいでしたから、よかったら今度二人で受けてみてはどうです? 」


 辟易とした顔で提案してくるジェームズにアランは口を歪めるも一拍後には笑い出す。そんな二人の姿を見ていたユミがタケルとの会話を切り上げ立ち上がった。


「二人とも、そろそろ下に降りましょう? 」


 鋸壁から飛び降りたユミは、そのまま階段へ向かって歩き出す。いつもの事なのか、自然にユミの後を追い歩き出したジェームズにアランは声を掛けた。


「……ジェームズ、この世界は楽しいかい? 」


 真顔に戻ったアランの質問に、ジェームズは頷いた。


「ええ、とても」


 この世界は、意思あるものに等しく自由に動ける空間と身体を与えてくれる。


「ようこそ、父さん(アラン)。【the stone of destiny】の世界へ」




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