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『黄金の上で眠る黒猫亭』の中に入ると、コアタイムに突入したこともあり、店内は賑わいを見せていた。
「親父、奥借りていいか? 」
カウンターの中にいる店主にアラベスクが声を掛ける。
「カタリナたちが先に集まってるよ」
ベリー系の飲み物を作ろうとしていたマスターが、シャーベットをグラスに放り込みながら答えた。
「ありがとう」
軽く手を上げて礼を述べると、アラベスクはセーフティベルトに付いているポーチから冊子を取り出し、表紙を捲った次の頁の右下にサインをする。その様子をアランが興味深げに眺めていた。
「モカ、俺とアランはジェームズがいつも飲んでる珈琲を頼んでくれ。ジェームズと同じのくれって言ったら向こうの方が判ってる筈だ。あと、お前は好きなの頼んでいい。カタリナ達が来てるって事は食い物もあると思うが、何か茶請けになるものも選んで持ってきてくれ」
冊子をペンごとモカに渡す。
「マジ? やった」
受け取ったモカがカウンターに向かうのを見送ると、アラベスクは店の奥へと続く通路へアランを促した。
「今のはパーソナルチェックかい? 」
「そんな感じだな。あとで案内するけど、このゲームで初めて銀行に行って受付にいる人間と話をすると銀行の使い方の説明とあの冊子を渡されるんだ。手数料とかないから、どちらかといったらバンカーズドラフトに近いんじゃないかなぁ? 」
いつもなら、ここに名前を書いて、こう。と、ざっくりした説明しかしないアラベスクだが、アランの場合は普段使いで使っているだろう事を考慮して、彼が理解しやすい言葉を選ぶ。
「使い方は? 」
「現実と似たような感じだ。金額を書く、サインをする。千切って店の人間に渡せば、支払い終了。レジスターに入れると即プレイヤーの銀行口座から引き落とされるんだ。プレイヤー間の取引じゃなくて、NPCの店で買い物をする時にしか使わない。頑なにコインで払いたがる奴もいるから、そこは好みだな」
遊び方はそれぞれ。と付け加える。ゲームなのだから、利便性ばかり追い求めても仕方がない。
「他者が使うことへのセキュリティは? 」
「アレはサインした人間と紐付けされるから、他人のを使っても支払人欄にサインした人間の口座から落ちる」
「口座に残額がない場合は? 」
「銀行が立て替える。とはいっても、銀行にアイテムが預けてあった場合だな。勝手に金額分換金されて補填されるから、レアアイテムとか入れてたら悲惨だな。NPC売却価格でしか換算されないから、プレイヤー間でどれだけ高値でもNPCじゃ捨て値になる。アイテムも入っていなかった場合は、残額以上の金額を書き込んでも消えて書けない仕様だ」
矢継ぎ早に質問をし、回答を得たアランはよく出来ていると頷く。
次の質問をと顔を上げたところで周りが気になり、きょろきょろと通路に並ぶ扉を見て足を止めた。
「これは、変わった作りだね」
「日本で言うところの個室宴会場ってやつだな。扉が開いてるところには人がいない。日本人はこじんまりとしたのが好きだからな。パブリックルームみたいに広いのは苦手なんだよ。だから、仕切りをつけて小さくしていった結果がコレ。店で何か注文すれば自由に使えるから、利用者は結構いるかな」
「なるほど」
「俺が所属しているクラン<TRUST>もそれなりに人数がいるから、その日やることがなくて集まる時は、一番奥の部屋を使わせてもらってる」
再び歩き出したアラベスクは、ここだとアランに合図してから突き当りの部屋の扉をノックした。
「入るぞー」
声を掛けてから扉を開ける。
部屋の中は天井も高く、なかなかの広さがあった。中央に丸テーブルが2つとそれぞれ椅子が4脚、左右の壁には三人掛けのソファが2つずつ置いてある。
手前のテーブルに三人、奥のテーブルに一人、ソファに一人と五人がそれぞれ寛いでいたが、扉が開いた事で一斉にアラベスクとアランに視線を向けた。
「今日は少ないな。まぁ、居てもこの倍くらいだ」
先にアランに中に入るよう促し、扉を閉めると横に並ぶ。
「あら、お客さん? 」
美しいサルサの衣装に身を包んだ女性が立ち上がった。
「ああ。皆、紹介する。アランだ」
紹介されたアランが前に進み出ると、右足を軽く引き、右手を鳩尾辺りに添えてそっと上半身を前に倒す。
「お会いできて嬉しいです。アランです」
横方向へ伸ばされた左手がペンギンの翼のようで可愛らしい。堂に入った自然な動きに、部屋にいた人間だけでなく横にいたアラベスクでさえ、口を半ばあけた状態でアランを見つめていた。
パチパチと聞こえてきた手をたたく音に、音の主とアラン以外が我に返る。
「とても、素敵」
ユミだけが、アランの作り出した世界に囚われず、楽しそうに賞賛の拍手をしていた。
「お褒めいただき光栄です。お名前を伺っても? 」
姿勢を直したアランがユミに問いかける。
丸テーブルの椅子に腰掛けていたユミは聞かれると立ち上がり、その場で右足を左足の後ろにクロスさせるように引き、背筋は伸ばしたまま、膝を曲げて腰を落とす。アランが行ったボウアンドスクレープにカーテシーで返した形だ。
ジェームズと出会った頃、子供の頃見た映画でこんなシーンがあったと説明し、彼に挨拶の仕方を教えて貰ったのが役に立った。
「はじめまして。ユミと申します」
アランの目元が僅かに動いた。
「私はカタリナよ。よろしく」
アランの前に進み出たカタリナが、握手を求め右手を差し出す。
「アランと呼んでも? 」
「是非。美しいお嬢さん」
じっとアランを顔を見ていたタケルが、驚いて椅子から立ち上がる。彼と同じテーブルにいたユミともう一人が、遊んでいたトランプタワーが倒れるのではないかと慌てて両側から手でタワーを囲った。
動揺するタケルに、アラベスクが肩を竦めてみせる。
「順に紹介していくよ」
アラベスクが部屋の奥へと向かい、その後を追ってカタリナがアランの手を引き、ユミたちがいる丸テーブルへと誘った。
「ユミの斜め横、いま立ち上がったのがタケル。その横がキサラギ」
紹介されたタケルは、ギクシャクとした動きで小さく頭を下げた。それに対し、彼の横に座っていたキサラギは落ち着いた様子で軽く右手を上げ、頭を下げる。
「向こうのソファに座っているのはフェルトン」
呼ばれ、立ち上がったフェルトンは、左手は背中に回しアランのように礼をする。アランに負けず、彼のその動きもとても似合っていた。
「よろしく、皆さん」
それぞれの顔を見回して微笑むアランを見ていたユミが首を傾けた。
「このゲームでは、海外の方って皆さんジェームズみたいな顔になるのね」
ふふ、と笑い。ユミは椅子に座り直すとトランプタワーの続きを作ろうとカードに手を伸ばす。
「ユミさん。それはないです……」
その部屋にいた誰もが思ったことを隣に座っていたタケルが代表として突っ込んだ。




