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「みんな元気~~? モカだよーー」
両手を肩の高さに上げ、ひらひらと手を振る姿は堂に入っている。
彼女は<TRUST>の初心者支援活動の一環として、ゲーム内動画を動画サイトにアップしていた。
とはいえ、その内容は攻略を主とする物ではなく、あくまで【the stone of destiny】の歩き方、と題した日常紹介のものであった。
三国全てを回り、お役立ち定点露天として武具や雑貨、料理、POT屋を紹介したり、オーダーを受けてくれる職人を紹介したりする内容の物から、6回もシリーズ化した路地裏探訪というマニアックなものや、膝小僧が見てみたい男性プレイヤーベスト20など、どこに供給しているのか判らない物まである。
因みに、この膝小僧が見てみたい男性プレイヤーは、SNSを使ったアンケートで実際にプレイしているユーザーからの投票を行った。
<SUPERNOVA>のマスター、ましゅ麻呂が第3位に輝き、結果報告のインタビューを受けたましゅ麻呂が、大爆笑ののち、クランメンバーとブーメランパンツの端を肩にかけ、V字にした状態で街中を走り回るという色々お察しくださいな奇行を行い、GMコールのラッシュを引き起こした事は黒歴史だ。
以来、2回目は行われていない。
空中に浮いたソフトボール大のカメラが、追尾設定にしているモカを写す。これは外部ツールを使ったものではなく、初回課金した際に、特典として配付される公式アイテムだった。
「いつもは、ゲームを始めた人向けに色々紹介しているけど、今日は~。始めてみようかなー? って人向けに色々紹介していこうと思いマース」
コマンドで鳴らされたジングルがモカを包む。
「って、ことで。キャラクター作成した後に初めて訪れるココ! 」
カメラをパーン! と指差しながら画面中央からモカが退く。何もない花畑が映し出された。
「はじまりの丘にきてマース。ここは、このゲームにINして初めて訪れる場所なんだけどぉ、見ての通りなーんもないし、モンスターに襲われる心配もないし、お花畑でしょ? だから、実は密かなデートスポットになっていたりします」
画面の端から顔を出したモカは、額の上に手を翳して周りを見渡す。
「残念! 今日は誰もいないみたい。電撃スクープが取れるかと思ったのにね」
本気か嘘か、悔しそうな表情を見せ笑うと、不意に真面目な顔に戻る。
「さて、冗談は置いておいて。ここ、はじまりの丘はこのゲームにとって、とても重要な場所だったりします。このゲームのタイトル【the stone of destiny】の場所がここなのです」
歩き出すモカを追ってカメラが移動していく。
「皆、結構見落としがちになるのだけれど。この草原の奥。ログインすると草原の真ん中にポツーンと立ってるから、振り返って真っ直ぐに進んでいくと……ほら、見えた。あそこ! 」
モカが指差す先に、小さな立石が見えた。
「あれが『運命の石』です。あの石に触って、右……左回りだったかな? ぐるぐる三回、お願い事をしながら回ると、願いが叶うおまじないがあるそうです。ゲームの元となった遺跡の伝承では、石に触れて託……宣? すると、王様に相応しいぞ。って思ったら、石が三回叫び声を上げたそうです」
立てた人差し指で顎に触れながら、斜め上を見上げ首を傾ける。
「でも。石が叫ぶって、ちょっと怖いよね。無機物だと思ってたら有機物だった!? みたいな? 」
渋い顔で身を震わせた後、モカは来た道を戻り始めた。
「『運命の石』と逆方向に真っ直ぐ行った先。ゲームを始めてすぐの状態で、遠くの方に見えるのが、『黄色い町の門』って呼ばれる石で出来た門です。黄色じゃないのになぜ黄色? って思うでしょ。黄昏時には太陽の光を反射して黄色くなるので、それで納得して下さい。本当の由来は、ゲームの中で出てくるのでネタバレはしません。で、あの先が『初級者訓練場』です。そこに案内役って表示が出てるNPCがいます。彼に話しかけて、チュートリアルをクエスト方式で受けることで、ゲームのシステムを覚えていきます。このゲームは完全スキル制……Lvがあるゲームで言うところの縛りプレイだから、情報はちゃんと聞いておかないとスキルやステータスのロック外し忘れて、全然ゲージが伸びなーい。とか、上げたくないスキルが上がっちゃったー。とかあるから気をつけるんだぞ。じゃ、移動しマース」
くるりとターンを決めたところで、モカは録画を止めた。
「疲れた……」
普段からテンション高めのモカだが、一人でいつものはしゃぎっぷりを再現するのは辛いらしい。寄る辺ない足取りで門を潜った。
「あれ? 誰かいる」
案内人の周りを怪しげな動きで徘徊する初老の男性を見つけた。何か確認するように案内人に話しかけた後、何度も頷き、彼を観察するようにあらゆる角度から見て回る。
なんだか、危ない人だなぁ。というのが第一印象であったが、近づくにつれ、モカの瞳が大きく開かれる。
「ジェームズ!? 何おじーさんになって、小さくなってるの! 」
いつもの彼なら、まともに顔を見ることも出来ないモカだが、初老のジェームズは年齢を重ねた分、印象が変わり大丈夫だった。思わず駆け寄ると、案内人が縋る様な目でモカを見てきた。
「あれ……? 何、かな? 」
ふふっ。と、誤魔化すような笑顔で案内人を見るモカの両肩を、彼はしっかりと掴んだ。
「よかった……。本当に、よかった。彼は、チュートリアルが済んだにも拘らず、かれこれ三日もここにいるんだ。……毎日、毎日、ふらりと現れては質問をされ、私は、もう……」
最後は咽び泣き、言葉を詰まらせた案内人を労うように、肩に置かれた彼の手の上に自分の手を重ねる。
「ごめんなさい。ちゃんと持って帰るから。三日もジェームズの相手をし続け……ん? 三日?? 」
パチパチと音がしそうなほど、ハッキリと瞬きしたモカの首が、ぐるん。と勢いよく回り、隣に立つ初老のジェームズを見た。
三日はありえない。なぜなら昨日、ユミと一緒に耳飾りを探して露天めぐりをしていた時に、いつものジェームズがログインし合流してきたからだ。
ユミりんとの時間を邪魔しやがって。と、イラついたが。彼は、明日のログイン時間が遅れる事を伝えに来ただけで、これから用事があるからとすぐにログアウトしてしまった。
「やぁ、こんにちは。お嬢さん、私はそんなにジェームズに似ているかい? 」
垂れた目を細め、鮮やかに口角を上げた甘い笑顔は、本物のジェームズより華やかで、彼の顔を直視していたモカの意識を途切れさすには十分だった。




