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◆ 無主地・テレネウンネフェル ◆
ユミはザブルーに跨り、単騎で砂漠を駆けていた。
ザブルーは【the stone of destiny】内に唯一存在する騎乗可能モンスターである。見た目は二足歩行する獣脚類に似ており、でっかいトカゲや小さな恐竜と渾名されプレイヤーからは親しまれている。
NPCが所有するザブルーは人工的に繁殖させたものであり、プレイヤーが騎乗するザブルーとは見た目が異なっていた。
そのため、騎乗するための鞍や手綱など装備されているが、プレイヤー所有のものには背中に瘤のように大きく発達した刺状突起があり、その間に身を滑り込ませ騎乗するため鞍の必要がなかった。手綱も同じ理由で、昔そこに翼があった名残のように突起した部分を握れば問題はない。
ザブルーの元々のデザイン画には nowhere と名前が書かれていたらしい。
now here と nowhere で、逆の意味になる事がザブルーのコンセプトに合っていると名付けられたらしいのだが、最終的には out of 繋がりで the blue が採用された。
ザブルーは、どこにでもいて、どこにもいない。彼らはここではない場所に暮らし、時折地上に散歩にやってくる。という設定らしい。
彼らはとても臆病な性格をしており、なかなか人前には現れないが、一度契約を交わすと大変人懐っこく、いつでもどこでも進入禁止エリア以外では主人の呼び声に答えて、どこからともなく現れる。
隠遁、遁走の効果を常に発しているため、彼らに騎乗した状態であればアクティブエネミーの真横で記念撮影をしようと反応されることはない。ただし、相手が攻撃しないという事は、こちらからも攻撃することは出来ない。
戦闘状態に陥ってしまうとザブルーを呼び出すことは出来ず、フィールドボスなど一定の強さ以上のエネミーの周りには、ザブルーが怯えてしまうため近寄ることも出来ない。
サクサクと砂を踏みながら、ユミを乗せたザブルーが白い砂漠を駆ける。この砂漠は、酸化鉄を多く含んだ部分と石英を多く含む部分で色が違う。
マーブルにグラデーションが掛かった大地は美しいが、崩れた列柱や、ほぼ原型を留めない祈祷所跡と思われる遺跡が砂に埋もれゆく様は物悲しさを誘う。
やがて砂が途切れ、岩石が剥き出しになった場所にユミは辿り着いた。人の背丈より高いクリスタルの結晶柱が数本、一定の間隔をあけながら立ち並ぶ。
「出海さーん、いらっしゃるかしらー? 」
淡い光を帯びた六角柱に向かい、無心にツルハシを振るうプレイヤーたちに声をかけた。先の尖った六角柱はそれぞれに色が微妙に違う。産出される鉱石の違いを見た目で表しているからだそうだ。
ツルハシで削りだされた鉱石は全てインベントリに収納されていく。一つのクリスタルに数人の採掘者が集まるのだから、足元にこぼれた鉱石の所有権をめぐり争うより、即座にインベントリに収納された方が効率がいい。
そして、収納された鉱石で不要なものは足元に捨てる。重量に余裕があれば問題なく持ち帰るのだろうが、目的の鉱石が定まっている場合は捨てられる事が多かった。
捨てられた鉱石は、他の者が拾ってもいいという暗黙の了解がなされていて、落とされた鉱石を見て自分と求めているものが逆ではないかと判断したプレイヤーが、捨てたプレイヤーに声をかけ物々交換が始まる時もある。
このゲームが平和ゲーと称される要因の一つでもあった。
ユミのいる場所から、一番遠いクリスタルの影に彼女が探している人物がいたのだろう、ひょっこり紙袋を被った頭を出す人物がいた。
「やぁ、こんにちわ」
ワークエプロンに男性ならブーメランパンツ、女性ならスポーツブラタイプのビキニ、頭には負の紙袋。これが採掘者達の標準装備であり、このゲームのある意味名物でもあった。
負の紙袋は、その名の通り重量を-999kgする効果がある。伐採や採掘を生業とする人間ならば被らない理由がない。極限まで装備重量を削り、少しでも多くの資材を持ち帰るのが彼らのスタイルだ。
しかし、弊害もある。皆がすっぽりと紙袋で顔を隠し、同じ格好をしているため、目立った身体的特徴がない場合は全員が同じに見えるのだ。
初めて彼ら採掘者が六角柱に群がる姿を見た初心者が、何かの宗教団体がよく判らない儀式をしていると恐れ、街に逃げ帰る事案も発生していた。
これもまた一つの『初心者殺し』である。
ユミが採掘場の入り口で声を掛けたのも、目当ての人物がどこにいるか判らないから取り合えず呼んでみた。と、いったところか。
ここだよー。と手を振る相手の所まで、ザブルーに乗ったまま近づく。騎獣から降りてしまうと、採掘の意思アリと判断されてしまうからだ。
新しい採掘者が来たら、先にいた人間は少し立ち位置をずらして新しい人間が採掘できる場所を作る。誰が始めたかは判らないが、そんな暗黙の了解も定着していた。
そのため、採掘する意志がない者は、ザブルーに騎乗した状態で話しかける。
譲り合いと気遣いである。
「どうしたの。こんな砂漠の果てまで」
「シジルを集めに来たのだけれど、出海さんにもお願いがあって。もしかしたらと思って寄ってみたの」
フロイデを発つ前、ジェームズの居場所を確認するため開いたフレンドリストで、出海がテレネウンネフェルにいる事は確認していた。
「んん? お願いって? シジルを集めてるってアノストスに挑戦するの? 」
砂漠に5箇所あるシジルと呼ばれる石版にプレイヤーが手を触れることで、手のひらに図形の一部が転写される。これを5箇所順番は問わず回り、手のひらに全て写し取るとテレネウンネフェルの中心にある朽ちた神殿の鍵となるのだ。
神殿は二層で出来ており、難易度もそこまで高くはない。問題はその先で、深部に二つの扉があり、これを開けるのにシジルの鍵が必要となる。
一つはアノストスに続き、もう一つはクリプトに続く。アンデッド系のモンスターが多く、魔法生物と呼ばれるエネミーは魔法耐性が格段に高い。受け付ける武器種も限られており、どちらも難易度が高く、パーティでの攻略が推奨されていた。
「いいえ。クリプトの宝物庫に用があって」
「何か探してるの? 」
「太陽の石とトリネコの木片が欲しくて。買い取ってもいいのだけれど、自分で掘った方が早い気がして来てみたの」
「そうなんだ。気をつけて行ってきなね。それで、私に用って? 」
「テレネグラスが出たら、譲って頂けないかしら? 」
テレネグラスはテレネウンネフェルでしか産出されない使い道が限定されたレア鉱物になる。
「太陽の石にトリネコの木片、テレネグラスって……」
生産職は一次のみならず二次も兼ねている者も多い。出海は、一次は採掘、二次は武器職人を兼ねていた。彼の頭の中で材料から推測されるレシピが回る。
「内緒よ」
彼がユミが作ろうとしている物を言い当てる前に、彼女は指を一本たてると自分の唇に押し当て、片目を瞑り悪戯っぽく笑った。




