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◆ マルグリット帝国・帝都マルガリテス ◆
神秘と奇蹟の国、マルグリット。
その帝都は、白亜の都と呼ばれるマルガリテスだ。
栄光、再生、調和を国家理念とするマルグリット帝国は、神の血筋とされる聖なる君主、偉大なる女帝マーガレット・マルガリテスが治める魔法至上国家である。
マルグリット帝国の歴史は三国中で一番古く、また、時の城との関係を含む多くの謎も抱えていた。
褒賞授与や叙勲式など、他の二国では君主の顔を見る機会がそれなりにあるのだが、マルグリットではその役を摂政であるアドニス・エストラゴンが代行しているため、美貌の女帝マーガレットの顔を直接見たプレイヤーはおらず、NPCからその容姿を語り聞くしかない。
余りの徹底っぷりに「実は可愛くない」や「ご高齢」説が持ち上がる中、マラソンクエストと呼ばれる手紙を配達するクエストを進行していたプレイヤーが『マーガレット・マルガリテスはただ一人』というテキストを見つけ、「あの城の地下深くにクローン生産施設がある」というSFじみた噂話にまで発展した。
実際は名前自体が世襲制で、帝位につくとそれまでの名を棄て『マーガレット・マルガリテス』となる。現在の女帝は、即位して6年になる17代目だ。
マルガリテスを活動拠点とするクラン、<栄光の国>。老舗クランらしく、構成員の多さはマルグリットを拠点とするクランでは第4位に位置する。
魔法のマルグリットを表すように両手持ちの在籍数はゲーム内最多。役割を重んじる傾向にあり、本人たちにその気が無いにしろ白を基調にした配色、ブルーベルをシンボルとして装備に取り込むなど統一性が見られるため、軍団として捉えるプレイヤーが多かった。
「だーかーらー、黒いマグスコートの男知ってるでしょー」
ハトリは、向かい合わせに座った友人に懇願していた。一大マーケットであるジェフサに比べるとマルガリテスでの露天は少ない。だが、ここは魔法至上の国。巻物職人が一番多く所属し、比例して職人の露天も多かった。
物理攻撃のアーツは、条件が揃えば勝手に体系に追加されていくのに対し、魔法職はあくまで行使する条件が満たされただけで、巻物職人から元となる<魔法>が綴られた巻物を入手しなければ使う事ができない。
初級魔法は、店売りやクエスト報酬として基づけられているので入手は簡単だが、上級魔法以上は職人から供給されるのが基本だ。
破壊、神聖、精霊、どの魔法を作るにしろ、巻物作成スキル100%、職人称号『アカシアの枝』の者でなければ成功は見込めず、更に、安全且つ確実に作成できる限界突破を繰り返した『究極の叡智』は、今ハトリの前にいる彼女を含めマルグリットにしか存在していない。この情報は、運営が2周年記念として職業分布図を公式HPで発表したもので確かなものだった。
つまり、上位概念の属性魔法を使った黒いマグスコートの男は、この帝都にいる巻物職人から購入したということになる。
露天が立ち並ぶ石畳の通りから、少し離れた場所で定点露天を開いていた友人にハトリは3日前にあったケイオスグランジ戦について語った後、彼女にその時見かけた人物について訊ねていた。既に三十分、イチルの前に陣取るハトリは営業妨害以外の何者でもないのだが、追い払うこともせず話を聞いている。
露天といってもマルシェのように商品を路上に広げることはない。トレードを利用した直接取引を除き、売買はすべて銀行が介入する。
物品を銀行に預けた状態で販売タグをつけ、価格を設定するとカタログに表示されるようになる。あとは任意の場所で露天販売開始を宣言すれば、販売者の頭上又は左右に吹き出し状の看板が表示され営業開始だ。
購入希望者は、その看板をタッチすることでアイテムカタログが開く。商品詳細を確認したい場合は、各商品画像をタッチすれば状態説明に切り替わる。プルダウンで個数を選択し、決定ボタンを押したら決算され取引完了。買った商品は自分のアイテムバッグに入り、代金は財布から出て販売者の口座に振り込まれる。
買取露天は、買い取った物品は銀行に放り込まれるのだが、代金は手持ちから支払われるため気をつけないといけない。
「はーちゃん、黒いマグスコートなんてこの世に溢れていると思うんだ。大体、黒ってカッコイイし。皆、黒とか白とか赤とかしか着ないじゃん」
「確かにそうだけど……。でもさ、両手持ちの黒マグスとか絶対少ないよね? 」
「少ないだろうね」
「だったら、知ってるでしょ」
「コンプライアンスに抵触します」
「いつからアンタ、会社になった! 」
ハトリが地面を叩くたび、ガシャガシャと金属鎧が鳴る。耳障りなその音に、イチルは細く長い息を吐いた。
「アタシじゃなく、ジーニーに聞いたらいいじゃん」
「ぐっ。それは……」
それは一番最初に行った聞き込みだった。
だが、彼と一緒に行動していたジーニーに訊ねたところ、「知らない。あの時たまたま声掛けられただけ。顔が綺麗だったから手伝った」と無碍もなくあしらわれてしまった。
「顔が綺麗だから、手伝っただけとか有り得なくない? てか、どうせなら勧誘しろよーって思うじゃん」
「いや、思わないし。そんな大惨事になってるのに暢気に勧誘とかひくわ」
「その時じゃなくても! 名刺交換しておけば後から連絡取れるんだしさー」
「あのさー……。もう面倒だから<TRUST>に聞いてきなよ、それが一番早いって」
「ヤダよ、恥ずかしいじゃん! 」
「基準が判りません! 」
上げられたアーメットのバイザーを力いっぱい左手で叩き落す。
カエルの鳴き声のような悲鳴を上げて、ハトリがイチルの視界から消えた。かなりいい音がしたので、蹲るハトリの鼓膜は大変なことになっているだろう。してやったりと微笑むイチルの目に、マルガリテス大正門から街に入ってくる長身の両手持ちが映った。
「……」
いつも一緒にいるユミがいないところをみると、単に賞与の回収に来ただけかもしれない。そのまま真っ直ぐ露天が立ち並ぶ通りを横切り、中央広場に向かって歩いていく。広場の向こう、美しく設えられた庭園を抜ければ白亜の城だ。
ハトリの語る特徴から彼ではないかとは思っていたが、現物を目にすると確信に変わる。とはいえ、顧客情報を簡単に口にする性格でもないため、ハトリには悪いが見なかったことにしようと決めた。
律儀な彼は、きっと帰りに自分を探して露天を覘くだろう。
ハトリも悪い子ではないのだが、ジェームズ一人でいる時より、ユミが一緒の時に会わせた方がいい気がする。妙な勘だが、第一印象というのは大事だ。
ジェームズと顔を合わせないためにも、早く移動しようとイチルはSellと表示していた看板アイコンを取り下げた。




