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「うわっ、痛そう……」
銀白色の鎧を纏った女性、ハトリの呟きにタケルは言葉なく頷いていた。
一人では無理と言ったユミは、二人で見事にケイオスグランジを昏倒させ動きを止めた。遠巻きに見ていても判る、命を対価にした強引なやり方で。
そしてモカが、彼女の全力で牙を折った。<豪気戦弓>は術者のMPを根こそぎ消費する。
それは戦いの流れとしては美しかった。綺麗過ぎて見ている人間が恐ろしくなるほどに。
『 ノブタ、左牙折れた! 』
『 魔法耐性消滅! 』
左牙が砕かれたことでケイオスの身を包む針毛が艶を失くし、魔法耐性効果が消えたことを示す。
『 マッシュ頑張った! 』
『 オマエら死んでていいぞ、後は任せろー 』
『 乗り込めー 』
『 起こしてよ!! ネェ、起こしてよ! 』
横倒しになって動かないケイオスグランジに人が群がる。タケルの周りにいたプレイヤー達も、ここぞとばかりに駆け出し参戦を果たしていく中、タケルはぼんやりと立ち尽くしていた。
『 右折れ! 物理通す! 』
『 だから、起こしてって! ジェームズてめぇ、ユミりんだけ起こしてんじゃねーよ! 』
補助、蘇生、攻撃と様々な魔法エフェクトが巨体の周りで展開していく。
その中で蘇生魔法のエフェクトが一番多いのは、今ではないと蘇生が間に合わないと判断した魔法職が多かったのだろう。
「君も行かなくていいの? 」
両手剣を支えに立ち上がったハトリは、魔法エフェクトの眩しさに目を細めるタケルに声を掛けた。
「あ、いえ、俺は……今の、なんかちょっと色々凄すぎて」
「そっか。じゃ、ここでおねーさんと見学してよう」
「行かなくていいんですか? 」
「行かなーい」
ザックリと両手剣を地面に突き立てると、ハトリは鍔に肘をつき、柄頭に顎を乗せてすっかり寛ぎモードだ。宣言通り、もう参戦する気はないのだろう。だが、その目だけはケイオスグランジとその周辺から外される事はない。
『 ノブタ動くぞ! 離れろー! 』
ケイオスグランジが、ゆっくりと満身創痍の身を起す。右の牙に亀裂が走っていたが、折れるには至っていない。
「倒し、切れなかった? 」
ユミたちが作った時間を活かしきれなかったのかと目を見開き、唇を震わせるタケルの肩をハトリが軽く人差し指でつついた。
「次、右の牙折るよ」
「え? 」
「さっき左の牙折った弓職の横、準備してる」
彼女に言われ、そちらを見やれば自分の仕事は終わったとばかりに草原に寝転ぶモカと、その横で何時に無く真面目な顔をしたアラベスクが弓を構えた状態で立っていた。既に何かアーツを展開しているのだろう、帯状のエフェクトが彼を取り巻いている。
「それに両手持ちが二人……あの位置、怪しーなー」
ハトリは、ギリギリまで蘇生を行っていた魔法職が二人、シャウトを合図に何故かケイオスの頭が向く方向へ走ったのが気になった。
『 嘶き、くるぞーー! 』
聞きなれた指揮者の警告どおり、ケイオスグランジが鼻を突き出し、大きく口を開けた。その瞬間、開かれた口腔に向かいアラベスクから無数の矢が放たれた。
次々に着弾し、ヘイトを稼ぎ出す<疾風掃射>は、本来なら広範囲殲滅に向いたアーツだ。それを一点集中でケイオスグランジの顔に浴びせる。
「ってことは、本命は両手持ちか」
嘶きを邪魔された事で、ケイオスグランジがアラベスクに向かい突進した。ハトリが怪しいと睨んだ両手持ちの一人、聖女装備に身を包んだ女性の杖が掲げられ、魔導書が輝く。
「あ!」
タケルは驚きに短く声を上げた。
駆けるケイオスグランジの前に突如、剣の形をした石の壁が現れその進路を塞いだのだ。真っ直ぐに伸びた巨躯は、地面から生え出たそれを回避する事も出来ず、正面から激突する。
石の壁は、ケイオスグランジの体重を受け止めた衝撃に耐え切れず砕け散るが、魔法耐性が消えた今のケイオスグランジには有効な一撃となった。ノックバックするケイオスグランジの真下から、再び石の剣が突き上がり下顎を直撃する。
二度の衝撃にケイオスグランジの右牙が根元から折れた。
黒いマグスコートの男が放つ魔法の方が強い?
成り行きを見ていたハトリは、二度目の魔法を放った男の魔法職を見つめた。横並びに6本、一層で放たれた最初の石の壁に対し、2度目にケイオスの真下から生えた石の壁は6本、二層に見えた。
両手持ちの詠唱なしは、ある程度長くこのゲームをプレイしているプレイヤーの中では有名な話だが、リキャストは必ず存在する。同じ魔法をほぼ同時に展開することなんて出来ない。となれば、何かしらのパッシブアーツを所持していてリキャストを消しているのか、複数同時展開が可能になっているのか。
それとも単純に、複製したのか。
見間違えるはずはない。彼の魔導書は確かに二度、瞬くように輝いた。
隣に立つ少年が一緒のパーティを組んでいると知るはずも無いハトリは、食い入るようにジェームズを見つめ、その視線に気づいたタケルは神に救いを求めて天を仰いだ。
『よし! 右、折れたぞー』
正面から見ていたアラベスクが、ケイオスグランジの牙が折れたことを確認すると気の抜けたシャウトを流す。
力なく針毛を逆立て、いまだ生存を示すケイオスグランジに最後の時を与えるためプレイヤーが集まる。強暴種であったことが災いし、自分の体重と力の強さでダメージを蓄積したケイオスグランジは、もうその場で立ち上がることも出来なくなっていた。
『 まだ即死残ってるぞ、頭上げたら気をつけろ! 』
『 蘇生班死体回収しマース。まだ死んでる人いたら教えてねー 』
『 一応、脚折っとく? 』
『 なんかシャウトだけ聞いてると、お前らスゲー外道だぞ 』
高台の上から、一部始終を見ていたであろう馬場のシャウトに笑いが起こった。
「いやー、終わったねー」
ケイオスグランジの輪郭がブレ、光の粒子となって消えていくのを眺めながらハトリは「お疲れ」と、隣のタケルに声をかけた。後半はほぼ何もせず、ただ眺めていたばかりのタケルは、ジェームズの言うとおり物見遊山に来た様なものだった。
「今回はイイモノ見れたよ。強暴種とかケイオスグランジで見たの初めてだったし」
勢いをつけて剣を引き抜くと、ハトリはそれを背中に背負った。
「ゴミクズ呼ばわりの<SUPERNOVA>も、あのシャウトさえなければ英雄クランなのにね。ま、バカの集まりは変わらないから煩くして貰った方が楽しくていいか」
「ゴミクズ……」
そこかしこで時空門が開かれ、多くのプレイヤーが消えていく。
ユミと一緒に派手に散った少年は、仲間と一緒に勝利の舞と称してホパークを踊っていた。その中にユミとモカの姿を見つけ、倒れそうになる。ゴミクズらしい<SUPERNOVA>の周りには人垣が出来、集まった人々は手拍子や口笛で場を盛り上げていた。
盛り上がる人の輪から、少し離れた場所に<TRUST>のメンバーが集まり、そこにジェームズの姿もあった。
「<SUPERNOVA>はクセの強いヤツの集まりだから関わらない方がいいよ。ま、フィールドボスで一緒になったら勝ち組確定でラッキー。くらいかな」
ハトリが歩き出し、それについてタケルも人が集まる方へと歩き出す。
「さっきの土魔法……精霊魔法かもしれないけど、あれを使った白い方は<栄光の国>のジーニー。マルグリットを拠点にしているクランで、クランシンボルはブルーベル。所属している人間は基本全身白いし、防具のどこかにブルーベルの模様があるから判りやすいと思う。黒い方は<TRUST>と一緒にいる所を見た事あるけど、どこに所属してるかは判らないなー」
多分、あの人たちはどこにも所属していないと思います。
後ろめたさにタケルの足が止まり、数歩進んだところでそれに気づいたハトリが振り返った。
「どした? マルグリットでよかったら送っていくよ。あっちにウチのクラン集まってるみたいだから」
親指を立てるハトリに、タケルは首を横に振る。
「あ、いえ、大丈夫です。俺も一緒に来た人間いるんで」
「そかそか。あー、あそこに固まってるのが<TRUST>。黒いのもやっぱ一緒にいるね。<TRUST>はいわゆる中堅クランで、初心者支援を公言してるから関わるならあそこがいいわよ」
アラベスクたちのクランの名が出たことに心臓がはねる。
情報通を気取っているわけではなく、多分、ユミやジェームズと同じで厚意から自分が知っている事を教えてくれているのだろう。
そんなハトリに、そろそろタケルの良心が耐えられそうにない。
「じゃ、私行くね。今日は助かった、ありがと。名刺投げとくから後で承認しといて。袖振り合うも多少の縁っていうしね! 」
アーメットのバイザーを下ろした彼女は、タケルに手を振って仲間と思しき白い塊に向かって駆け出した。アーメットの後頭部にブルーベルの彫金が施されている。
「えっ!? 」
ふわりとタケルの視界が光り、胸の高さに小さな板が浮かんだ。
名刺交換とは、このゲームでのフレンド登録をさす。送られた名刺をフォルダに追加すればフレンド成立となるのだ。名刺に書かれているのは、現実世界とさほど変わらない情報だ。
名前と称号、所属していればクラン名。称号の横には扱う武器や魔法属性のワンポイントが並ぶ。クランにシンボルが登録されていればクラン名の前にワンポイントでそれが表示される。
ハトリの名刺には、クラン名<栄光の国>とブルーベルを模したラベンダーブルーの花が描かれていた。
「マジかー……」
素直に名刺をフォルダに追加する事も出来ず、握り締めるタケルの耳にユミの声が聞こえた。
「タケルさーん。アラさんが帰るって言ってるわ」
顔を上げると<SUPERNOVA>の輪から戻ったユミが、ジェームズの横で自分に向かい手を振っていた。モカはジェームズの顔を見ないようにフェルトンの影に隠れている。
「今、行きます」
タケルはハトリの名刺をフォルダに追加すると、ユミにさっきの大技の取得方法を教えて欲しいと言いながら、アラベスク達の下に走った。




