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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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103/103

103 水はいくら沸かせても燃えることはない


 ◆ 坑道 第一宿駅-第二宿駅間 隠された糸の道 ◆




「ってことは、この迷路自体が階層仕立てになってるってこと? 」


 細い光に導かれるまま、ゴールたる貴婦人の館に向かい歩き出したましゅ麻呂たちの話題は、もっぱらこの迷路のギミックについてだった。


 光の糸を束ねた流路はどこまでも先が見えるわけではなく、ある一定の距離までしか光は続いて見えない。そんな視界の殆どを暗闇が占める状態に、不安を感じないよう気を紛らわせるために話し続けることが可能な内容として安直ではあるが迷路の話が選ばれたのだろう。


「そう考えるのが、妥当だと思う」

「確かに、人に会わなかったもんなぁ」


 ジェームズが説いた仮説に、ましゅ麻呂は迷路に入ってからハッタたちに会うまでの事を思い返し一人納得する。


 確かにいくつかおかしいと感じる要素はあった。その最たるものは、迷路攻略に乗り出しているプレイヤーが少ないとはいえ、余りに出会わなさすぎた事だろう。これが蔓で仕切られ、新たな壁に阻まれることに気をとられている間に、チャンネル移動をさせられていると考えればそれなりに納得はいく。


 場所を同じくした並行世界を行ったり来たりしているような状態だったのだ。ジェームズが最初に予測したゴールの位置情報は間違っていないと思われる。だが、いくら探したところでそのチャンネルにゴールが用意されていなければ、たどり着けるはずはない。


 アルマクが言っていた『三回回ればまた会える』は、蔦の壁が開く順番だけでなく、八メートル四方と限定された空間に割り振られた座標の移動順だろうというのがジェームズの見解だ。プレイヤーもエネミーも関係なく定められた床の上にいるすべてが移動する。チェシャ猫の自分はどこにでもいて全てが繋がっているというのも、チェシャ猫自身がNPCとしての側面を持ったこの迷路の一部ならば説明がつく話だ。


 正解(オリジナル)のマップにはゴールがある。だが、迷路に一歩足を踏み入れるとそこからはゴールのないマップを移動することになる。しかし、お茶会の会場はすべてのチャンネルに基づけられていて、正解のマップへ戻ることが出来る。


 ジェームズの話を簡潔にまとめるとこうなった。この暗い道は、不正解と正解を結ぶシークレットパスなのだろう。


「本気で念入りすぎるだろ」

「まー、ここの運営だしなー」

「プレイヤーに苦労させてナンボみたいな考えしてっからなぁ」

「俺は、この迷路好きっすよ」

「それは、格闘が輝けるからだろ」

「普段、あんま出番ないんで」

「格闘が活躍するのって敵が出たときだけだし、それ以前に頭良くないと絶対無理じゃん、この迷路ー」


 デミオの愚痴を兼ねた魂の叫びに小さな笑いが起こる。


「わからんぞ。リアルラックだけで乗り越えてくるヤツもいるかもしれん」

「それ、どこの二次元ーっ」

「でも、ほら。宝くじで六億当たる人とかもいるわけだし」

「そもそも宝くじ買う人口と、このゲームやってる人口の比率を考えて物言ってよねー」


 ボケるオミたちをデミオが突っ込んで切り捨てるコントが始まった。ジェームズが中心だった迷路についての話題が、ひと段落ついたということだろう。

 デミオたちの会話に笑みを零していたアラベスクは、自分たちが向かう光の先にそれまではなかった薄ぼんやりとした何かが浮かび上がっていることに気づく。驚いて自分と同じく夜目がきく沢蟹を見れば彼も時を同じくして気づいたのだろう。思わず二人、顔を見合わせる形となった。

 互いに頷き合い再び正面に視線を戻して目を凝らせば、二人の気概に応えるように、それは徐々に色を変えはっきりとした光を伴い姿を現してくる。


「井戸だ! 」


 地面から照らす頼りない光の続く先、薄く浮き上がった井戸のフォルムにアラベスクや沢蟹ではなくエイタが声を上げた。彼もまた色の変化を敏感に感じ取っていた一人だった。


「えっ、どこどこ!? 」

「どこだ。あれか? 」


 アラベスクたちと違いスキルを持たないましゅ麻呂たちには『ただのぼんやりとした何か』でしかなかったが、それでも自分たちの進行方向に物体としての発光物が見えたことでやっとこの面倒くさい迷路から解放されると安堵したのだった。





  ◇  ◆  ◇





「なんか、想像と違っておしゃれなんだけど……」


 滑車(チーク)が取り付けられているロートアイアンは、装飾美と機能美を備えたヨーロッパらしいゴシック様式のシンプルな鉄工芸デザインとなっていた。しかし、同じつるべ井戸でも日本のイメージとかけ離れていたのか、デミオは「井戸っていったら、こんなんが出てくるタイプでしょ」と両腕をまっすぐ伸ばし、犬掻きなのかクロールなのか判別しにくい動きをしてみせる。


「お洒落であるかはわからないが、滑車を支える部分は錬鉄か石造りだね」


 デミオの動きが面白かったのか、ジェームズは口元を隠し笑気を含んだ声で彼女の疑問に答えた。日常生活をおくる上ではまったく役に立たない豆知識に「へー」や「ほぉー」といった感心しているのか、右から左に流しているのか判らない声がハヤトたちから上がる。


「これが糖蜜の井戸ってことは」


 井戸にたどり着いたところで光の糸は途切れていたが、インド人を右にくらいの気軽さでアラベスクが井戸の向こうを覗き込めば、飾り格子の両開き門扉が聳え立っていた。


「井戸が変な形に光って見えたのは、これのせいか」


 アラベスクは、そこから見えるヘレン・グールドの風景を髣髴とさせる光景に感嘆する。門扉の向こうには、何もないこちら側とは比較にならないほど美しい薔薇が咲き乱れる苔むす庭があった。


 やわらかく光に照らされた森のように緑あふれる木立の庭には天然の緑の絨毯が敷き詰められている。ここにせせらぎが流れ、水を飲む小鹿がいれば完璧だったかもしれない。あと一つ欲を言えば、木の幹に赤いペンキで殴り書かれたドアを模した落書きと矢印つきのAh, that's the great puzzle.というメッセージを消し去ってくれれば申し分ないだろう。


「どゆこと? 」


 アラベスクの横から顔を出し、同じように井戸の奥を眺めたましゅ麻呂は確認するように年長者を見上げた。今、自分たちが目の前にしているものが秘密の門であり、閉じられた格子の向こうが貴婦人の館の庭だろう。しかし、一見する限りこの門扉には鍵穴らしきものがどこにもなく、代わりに庭の木の幹にあからさまに怪しい落書きと鍵穴が見える。ボーナスステージと見まごうばかりの展開だが、果たして閉じられた門から目視で十メートル先の鍵穴に鍵を差し込める人体をもった人間がこの世に存在するだろうか。


「うわー、すごい綺麗じゃない! 」


 ましゅ麻呂の後をついてきたデミオは、見えた門扉に声を上げ困惑するクラマスたちを置き去りに吸い寄せられるように門の前へと進み出ていく。デミオのテンションが上がっている意味が解らず、アラベスクとは別方向に井戸を回り込んだオミたちは首を傾げた。彼らが面する側からは庭は見えず、ただの自立した飾り格子越しにメンバーの顔が見えるだけだったからだ。デミオが何を見ているのか確かめるために、更に半周する形で彼女が立っている側へと門を回り込む。


「どうなってるの、これ」

「すごいっす」


 正しい方向から門扉をみた彼らは、驚きに目を見開き次の瞬間には笑顔へと表情を変えていく。好感が持てる驚きには、人は笑顔になってしまうものらしい。


「この枠の分だけ、ほかの空間と繋いでいるのか」

「こんなことできるんすね」

「やべぇな」


 門の裏と表で見える景色が違うという現象に純粋に驚き顔を見合わせるエイタとハヤトとは異なり、オミは門扉の分だけが別空間と繋がっている状態に驚いているようだった。そんな男性陣を脇に置き、デミオは蔓薔薇を模したハンドルに触れ、開くかどうか揺すって確認する。だが、左右の扉は溶接されたように動かず更に鍵穴も見当たらないことからここで初めてましゅ麻呂たちが困惑していた理由に気づき彼らを振り返った。


「開ーかーなーいー」

「知らんがな」


 ガタガタと門を揺さぶる野生児にましゅ麻呂は冷たく切り返す。


「開いてー」


 門扉に張り付くデミオにエイタやハヤトまで加わり、一緒に門を揺さぶり始めた。とはいえ、人の力で如何こう出来るギミックであるはずがなく。それはやっている本人たちもわかっているのだろう。いつもなら躊躇なく混じりに行きそうなましゅ麻呂であるが、今回は単なる暇つぶしに付き合えるほどの気力は残っていなかった。


「よく倒れないで立ってるな」

「そこは、いつもの謎技術でしょ」


 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、辟易した顔で腕を組み門扉を眺める沢蟹が目に入る。彼の顔には、さっさとおウチに帰りたい。と書いてあるように思えた。きっと自分も似たような顔をしている。そんな自虐的な考えが浮かんで、思っていた以上に自分が疲れていることを自覚したましゅ麻呂は嘆息した。


「ゴールっちゃー、ゴールなんだが」


 視線を門扉に戻せば、今度はエイタとハヤトが飾り格子の広くなっている部分からなんとか手を入れ、門扉の向こう側のアイテムをこちら側に持ち出そうと奮戦している。しかし、そこは考慮されたデザインとなっているらしく手や指が入る位置からは草の葉一つ届かず、指先が宙を掻くばかりだ。


「まとまりがねぇなぁ」


 やりたい放題、すき放題。というのはましゅ麻呂自身大好きだが、解決策が思いつかない段階でそれをやればただの能無しだ。


「と、いうことでユミりん!」


 ビシリと人差し指を突き出し、体を捻ってポージングを決める。


「あら、私? 」


 名指しされたユミは、門扉より糖蜜の井戸に興味があるらしく半ば身を乗り出して井戸の中を覗いていた。お約束とばかり、ジェームズは彼女が落ちないようにセーフティーベルトを掴んで止めている。


「あー……」


 ユミの自由度は戦場に解き放たれた五歳児だったと思い出したましゅ麻呂は、一旦は肩を落として俯くもすぐに気を取り直して顔を上げた。


「ちょーっと危ないから、一歩下がろうかー? 」


 ユミに井戸から距離を取らせたましゅ麻呂は、ジェームズと入れ替わるように彼女の背後へ回り込みそのままユミの肩を押して門扉の前へと歩かせる。


「どうしたの、マッシュ」

「どうしたのって、私は何も関係ないわー的な顔をしてるけど」


 やってきたユミたちにデミオたちが場所を空けた。


「俺、ちゃーんとこの耳で聞いているんだからね」

「あら、何を? 」


 そこでましゅ麻呂はユミから手を離し、後ろを付いてきているだろうジェームズを振り返る。


「ジェームズに、何か頼まれてたのを」


 視線を受け止めたジェームズは、無言のまま僅かに首を左に傾け、右の口角を横に引き上げただけの半笑いにすらなっていない意地悪な表情を見せた。素直に肯定しない子供っぽい仕草にましゅ麻呂は自分の読みは上々だったと胸を張る。


「ユミりん、ジェームズに何か頼まれていたの? 」


 そんな年少レベルの争いは無視し、デミオは傍にいたユミに小声で尋ねた。声を潜める必要性などないことなのだが、なんとなくの雰囲気で声が小さくなってしまったのだろう。


「クッキーをひとつ、探してきて欲しいってお願いされたわ」


 ユミはそう答えるとベルトから頭を出していた金の鍵を摘み、ゆっくりと引っ張り上げた。


「……は? 」


 出てきた物体を見たましゅ麻呂は絶句し、流石のジェームズもソレのそういった登場の仕方は予想外だったらしく顔が微妙に引き攣る。引き出された鍵の先には、鍵山をしっかり掴んでぶら下がっているジンジャーブレッドマンがいた。

 安全なユミのベルトの隙間から急に外に出されたことに抗議しているのか、金の鍵をよじ登ったクッキーのお化けはペシペシと鍵を摘むユミの指先を叩く。


「い、生きてるの? 」


 目を丸めたデミオは驚きと興味から金の鍵に顔を寄せ、マジマジと動くジンジャーブレッドマンを観察する。アバタースケールの問題であって、手のひらサイズのNPCが存在してもプログラム的には何の支障もない。支障はないのだが、平坦なお菓子として見るには問題なくても生物的な動きをする立体となるとアイシングで等間隔に描かれた瞳の不気味さが際立つ。ジンジャーブレッドマンと目が合ったような気がしたデミオは、思わずユミから一歩距離をとった。


「生きて、……いるのかしら? 」


 ご存知? と、首を傾げながらユミは本人たるジンジャーブレッドマンに話しかける。


『不遜デアルゾ! 』


 耳を済ませなければ聞き逃してしまいそうなか細い声がクッキーから返ってきた。





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