102 神は全ての知恵を掌握している
◆ 坑道 第一宿駅-第二宿駅間 貴婦人の館 ◆
<グラッタージュ>のメンバーは七人と多くはない。便宜上、クランマスターとなっている松島、古代ローマで風呂でも作っていそうな顔が濃い一族のジュラナス、いるだけで怖いローテン、暗黒卿として赤く輝く光の剣を振り回してそうな野鶴に、どうみても海賊なウォルター、隠者のイーサン、職業は高いところから飛び降りるのが得意な暗殺者ですかと聞きたくなるラゼルの七人である。
誰も彼も癖が強い見た目だが、ノリと勢いと一種の予定調和で押し出されるように正規の攻略ルートにのったユミたちと違い<グラッタージュ>は個々に持ち合わせたスペックを最大限に活用することによって最短ルートで貴婦人の館へとたどり着いたイロイロヤバイ人たちだ。
「お帰りなさい。街に行っていらしたの? 」
「何か判ったか? 」
礼拝堂へと続く廊下で野鶴を出迎えたローテンは、挨拶も返さず自分が不在の間に彼女が調べたことを聞こうとする野鶴に、はっきり不愉快と顔に出した笑顔を作る。
「その買い物袋から覗いているのはオレンジかしら。今はシーズンではないからワルター領でなければ買えないわね」
どこかの街か村で買い物をしてきたのだろう。男が抱えたクラフトバッグから覗く苺の砂糖漬けの瓶やオレンジ、レモンといった果実を見ながらローテンは彼の質問には答えず、再度自分の質問を重ねた。彼女は淑女ではあるが、気性の激しさは女傑一歩手前の烈女だ。建前に煽りを隠して押し通す豪腕でもある。
「ああ、わかった。すまなかった」
あっさりと白旗を揚げた野鶴は歩きながら話そうとローテンを誘い、厨房へむかって歩き出す。ローテンが本気で煽りに来る前にさっさと降参するのがベストな選択だというのをクランのメンバーは身をもって知っていた。
「俺の拠点設定がゼレニヴィルだったんだよ。坑道に潜る前、ラゼルとトゥーロウの石碑見に行っていたからな」
「渦巻き石を? 」
「ああ。豊穣の碑文に変化がないか確かめておきたかった」
ファルモアの中心に位置するフォアラドは三国に跨って鎮座する。明確な境目は設けられていないが、自生する植物でどの国の土地かが判断できる仕様となっていた。ゼレニヴィルは、テレネウンネフェルと隣接するジェフサ領ウビスント台地とワルター領となるフォアラドの裾野、リッシュ平原との境目に位置する村である。その村からフォアラドに沿う形でウビスントへ抜ける道の途中にトゥーロウと呼ばれる石碑があった。刻まれた碑文から石碑が豊穣を願い奉られたものだと判明している。
野鶴とラゼルは、今回のアップデートが及ぼすあらゆる可能性を想定し、小さなことでも無視せず確認して回っていたのだろう。
「そう」
「ああ。で、拠点をゼレニヴィルからグランカスターに変更するついでに、館の連中への手土産を買ってきた。一応なんだかんだで茶を出してくれたり世話焼いてくれてるからな」
「殊勝な心がけね」
「恩には報いないとな」
このゲームには親密度といった設定はない。それでも一宿一飯の恩義と野鶴は館の厨房で働く下働きたちに差し入れを用意したようだ。
「それで、図書室の本は読んだのか? 」
振り出しに戻った話に、逡巡するように視線を動かしたローテンは、少しだけ権高に聞こえる口調で静かに答えた。
「ええ、そうね。……駅の数は、全部で十二駅あるそうよ」
<グラッタージュ>がこの館に到着したのは、地球時間で二日前になる。
館にたどり着き、女主人たちへの挨拶もそこそこに彼らは使用人に図書室もしくは読書室の有無を問うた。彼らにとっては前人未到のダンジョン初クリアよりゲームの世界設定の究明が最優先事項である。そんな姿勢が功を奏してか、彼らはこの館には礼拝堂があること、庭には地下通路があることを知った。
庭の地下通路は、第二宿駅へと続いていた。本来なら地下墓所となる場所に連絡通路を設けた形だ。地下へと続く階段を下りきると正面の壁に半肉彫りで刻まれた巨人の顔があり、その横に洞窟の入り口があった。真っ直ぐ洞窟に入ろうとしても進入禁止のエフェクトが発生し通ることができない。
試行錯誤の結果、真実の口によく似たオフジェである巨人の薄く開かれた口の中に手を差し込んで、登録認証を受けることで通行が可能となった。工房のクラフト台システムの応用である。
この一連のギミックについてイーサンは無駄の極みだと吐き捨てていたが、反対にラゼルは壁にはめ込まれた無数の貝殻が淡く発光し、透明感のある爽やかな輝きで通路を照らしている景色に気分があがっているようだった。
第二宿駅までは、成人男性の足で歩いて十五分程度の距離であり、道中エネミーが出現することも勿論ない。のちに判明するのだが、この通路を利用するためには最初に館側からシェルグロットに入る必要があった。迷路を攻略したプレイヤーのみが移動手段を短縮する権利を得たのだ。とはいえ鉄道が正式稼動した場合、微々たる差でしかないのだが。
礼拝堂と地下通路への登録を終えた<グラッタージュ>のメンバーは、図書室の探索は日を改めるとして一旦全員がログアウトした。
目的地に行き着くまでは全員で。その後は、特に時間を申し合わせることもなく好きに探索するのが彼らの通例だ。
翌日は、集まった順で図書室を隅々まで調べ上げた。本を読む。本の内容を頭に入れる。だけが、彼らの趣味ではない。書籍の装丁、インクや紙の材質、蔵書に関連性が高いであろう室内の調度品と、本に書かれている内容より先に収蔵された書画骨董の時代考証から手をつけた。
現実世界のように優秀な調査機具があるわけではないので見た目、手触り、匂いと五感に訴える物になるのだが、それでも詳細な記録を独自につけている彼らとしては慣れたもので警告が出ると休憩を挟み、地球時間で18時間ほどかけて図書室の調査を終えている。
ローテンは、調査も終盤に差し掛かったところで仕事の都合から仮眠のために一時ログアウトした。ゲームの都合に、常にリアルを合わせられないのが社会人の辛い所だろう。二、三時間ほど寝たら出社準備にとりかかるつもりだった彼女だが、思ったより疲れていたのか、はたまたはしゃぎ過ぎた子供が電池切れを起こして寝落ちするようにか、ローテンは八時間の快適な睡眠時間を過ごしてしまった。
目覚めた彼女が時計を見て真っ先に思ったのは、「うちの会社、スーパーフレックスでよかった……」とかだったとかなんとか。
そんな散々な寝起きを迎えた彼女だが<グラッタージュ>のクランマスターである松島から就寝中に調査完了の報告メールが届いていたことに気づき、一気に気分が高揚する。
館が建てられたのがワルター公国が建国されて間もない頃ということで、蔵書もその時代以前に筆写された物が多い。今ではジェフサの王都にある神殿街でしか見ることがなくなった旧き神々の教典やリッシュ平原の巨人の話、試練の民となる前の有角人に関して記されていると思われるものもあり、『迫害されし民の迷宮』の書庫以来の知識の収穫になると彼女は確信していたからだ。
意気揚々と仕事に出向き、きっちり八時間労働するとローテンは真っ直ぐ帰宅しすぐさま貴婦人の館へと戻ってきた。<グラッタージュ>のメンバーは館に誰も残っていなかったが、そのうち戻ってくるだろうとローテンは気になっていた書棚の本に手をつける。虫食いなら虫食い、頁外れなら頁外れと最初に設定された状態があるため手にしたすべての書物がすらすらと読めるものではなかったが、それでも何語かわからないような物は除き、彼女が理解できる言語で書かれている本は貪欲に読み進めていく。
そんな彼女の動きが、五冊目に手をつけた本のある頁で止まった。ローテンの瞳を釘付けにしたのは、『鉄道は自由への道、ドワーフによる地下鉄道』という見出しであり、その後に続く他の世界に渡るための鉄道を世界樹の小径に通す整備計画策定調査及び報告書だった。
秘密の通過道と題された頁に記された終点の駅名は、『約束の地、新世界』。
あまりに酷い内容に疲れを感じたローテンは、立っているのすら面倒臭いと手近なソファーに腰を下ろしたのだった。
「そいつは、なかなかだな」
ローテンが見つけた整備計画策定の内容を聞いた野鶴は、どこか思案に余ったような顔でしかめっ面を作る。
「まったく、何年がかりで実装する気なのかしら」
「地球時間で一年ってところだろうな」
野鶴が具体的な期間を出してきたことに、ローテンは不思議そうに首を傾けた。街の噂に疎いローテンたちは運営が恐怖するスピードで鉄道関係の資材が集まっている事は知らない。だが、それとは別に野鶴は何か思い当たる節があったようだ。
「どうして? 」
「もうすぐメイポールの時期だ」
野鶴の言葉に怪訝そうに眉を寄せたローテンだったが、次の瞬間彼女は弾かれたように小さく息を呑んだ。
『世界が停止した日』。
そんな皮肉をもって、この日を形容するプレイヤーがいる。
ファルモア世界でサンザシの日、メイポールと呼ばれる日は大陸全土が祝福に溢れる豊穣の祭り日だ。街で、村で、様々な祭りが行われる祝日となっている。だが、この日が終わると同時にゲームは一年に一度の地球時間で24時間を要する大規模メンテナンスに突入した。
「なんて、ことかしら……」
野鶴の伝えたい意味が分かったローテンは、こめかみに指を添えこの世界の行く末を案じてため息を吐く。
何故、このゲームが他のゲームに比べNPCのAIが劣っていると言われているのか。
何故、このゲームには他のゲームと違いNPCに隠しパラメーターとしてすらも親密度が存在していないのか。
「もう少ししたら、松島たちも来るだろう。集まったら貴婦人たちに面会だ」
「そうね。それがいいでしょう」
彼女たちは無事、人々がライラの世界樹にたどり着けるようにと、この館で祈りを捧げている。




