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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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101/103

101 カーターのお茶会



「今、ドゥーマウスの声が聞こえなかったか? 」

「確かに。彼の声を聞くなど、いつぶりでしょう」

「五分ぶりかな」


 面倒くさいと思いつつも、つい言葉が口をついて出たましゅ麻呂は自分の性格を呪ってため息をつく。


「まー、アレだ。ともかく、だ」


 一気に疲れが押し寄せたのか、黄昏がちに遠くを眺め始めたましゅ麻呂を横目に、アラベスクは彼らに問いかける筈だった最初の目的である出口の場所を改めて二人に質問した。


「なるほど、お客人たちは迷路の出口をお探しだと申されるか」

「さすれば、お客人たちは道に迷われたということなのですな」


 合わせ鏡のように同じ動きをするハッタとヘイヤはまるで双子のように見える。


「しかし、とても残念です」

「ええ、まったく残念です」


 大仰に身振り手振りを当てて喋るさまは、やりすぎな演出の舞台俳優だ。


「教えて差し上げたいのは山々なのですが」

「我らは出口を存じませぬ」

「いやいや、元々出口など」

「あったような、なかったような」


 さてはて。と、互いの顔を見合わせて交互に首を捻りあうと、申し合わせたようにガリアードを踊りだした。ガリアードは元は大衆ダンスで後に宮廷ダンスへと昇格している。流行りものに弱いのは、いつの時代も同じらしい。飛び跳ねるステップが特徴の速い3拍子の踊りは、2小節6呼間を単位に踊られる。ペアで踊る決まりごともない活発な踊りは、フォークダンス……否、アグレッシブすぎる盆踊りが近いのかもしれない。

 ガゼポの前に置かれていた奏者がいない楽器たちが、ヘイヤたちが跳ねるにあわせて音色を奏で始めた。ヴァイオリンの先祖のひとつに数えられるフィドル、オーボエの先祖であるショーム、現在でも当時の形を強く残したチェンバロ、リコーダー、タンバリンと数は少ないものの彼らのダンスの伴奏を務めるには十分な種類だ。ゲームらしい自動演奏機能なのだろう。


「出口、出口、入口、出口」

「出口、入口、入口、出口」


 三文芝居から進化して生オケのミュージカルと化した光景に、うんざりした顔のエイタが視線でアラベスクに事態の収束を求める。だが、視線を送られたアラベスクもどうにもならんと言いたげな表情で首を振った。


「ここにやって来てからというもの」

「我らは開店休業状態」

「どうせ時間もわからない」

「どこに消えたか、我らの時間」

「我らはお茶会の参加者に」


 軽快に。しかし、柔らかな動きで足を揃える。体重移動した際に、逆足を前にのばして上げるのは基本のステップの一つだ。


「時間を失くした我らの悲喜劇」

「ここは、ずっとお茶の時間」

「途切れた時間は巻き戻る」

「今日は、何度目の今日でしょう」

「昨日は、何度目の明日でしょう」


 ハッタがひとつ手を打つと彼の被っていたシルクハットに色とりどりの花が咲く。ヘイヤの帽子にも花が咲いた。そして、手品師が得意の魔術を披露するように打った手を広げると彼らの指先に繋がれた白いハンカチーフがひらひらと半円を描いて宙に棚引く。


「思い出すのも恐ろしい。身の毛もよだつおぞましき蛮行」

「天を裂き、地を割って、時を食んだ悪虐の幻妖」

「あれは、明日を奪います」

「あれは、成長を奪います」


 踊りの変化に、年齢分面の皮が厚く淡々とした表情でハッタたちを見ていた沢蟹の表情が崩れ、エイタやましゅ麻呂も辟易としていた表情が一転、締まったものへと変わった。


「未来永劫永遠に」


 春は、生命を連れてくる。


 ファルモア全土が喜びに満ち溢れ、豊穣を祈り、願い、祝う。年に一度、定められた日にだけ見ることができる踊り。


「私たちは、同じ時間を繰り返すのです」


 初めて祭りを見たプレイヤーは、その光景に圧倒され、雰囲気に飲み込まれるように祭りを愉しみ、翌日絶望に突き落とされた。


「おい」

「ああ」


 集まっていた人間が、それぞれに目配せし気づいたかどうかの反応を互いに探る。ましゅ麻呂と目が合ったハヤトは状況が飲み込めておらず、身震いするように一歩下がって小刻みに首を横に振った。そんな彼の隣で、ヘイヤたちの歌と踊りにあわせ笑顔で手拍子を打っているユミは、通常運転で気づいているのかいないのかその本意は杳として知れない。


「ああ、魔女さえいなければ」

「ええ、女王様さえいなければ」


 思わぬところでメインストーリーの端切れが、我を掴めと言わんばかりに顔を出し、あまつさえ手すら振っていた。


「そこまでじゃ」


 ピシャリと響いた声に、二人の歌声とステップが止まる。


「まったく、お前たちは一言多い」


 それ以上は何も歌うなと嗄れ声が告げた。


 その場にいた全員の目が声の主を探して動く。やがて視線は、こちら側へと歩いてきていたジェームズへと集中した。皆の視線を一身に浴びたジェームズだが、臆することなく彼の後を歩いてきた人物を先に通すため足を止め道を空ける。デミオの一撃で目が覚めたヤマネが、彼女に付き添われジェームズの影から姿を現した。


「おお、ドゥーマウス」

「久しぶりじゃないか、ドゥーマウス」


 老人の姿をみとめるやいなやハッタとヘイヤは、歓喜に満ちた表情で駆け寄ってドゥーマウスと呼んだ友人と交互に抱擁を交わす。ドゥーマウスの背丈はヘイヤの半分ほどしかなく、被っているフードも手伝って大きめのぬいぐるみを老紳士たちが奪い合って抱きしめているように見えた。あまりに熱い抱擁の為か、歩くときの支えとしてドゥーマウスが持っていた杖が床に落ちる。珍奇な光景に、ましゅ麻呂達は身震いすると彼らが満足するまで時が過ぎ去るのを待つことにした。


「ついこの間も、起きたばかりじゃよ」


 久しぶりの再会に感動も一入といった二人とは対照的にドゥーマウスは軽く受け流す。


「はて、そうだったかのう」

「そうでしたかねぇ? 」


 寝ていたドゥーマウスより、起きていた二人の方が記憶が曖昧なようだ。最後に会話したのはいつだったかと、しきりに首を捻る。


「ほれ。七人組の、元気な老人どもがきたじゃろて」


 特徴を言われても思い出せないのか、云々とハッタたちは唸っているが、アラベスクたちはドゥーマウスの語る特徴でしっかりとイメージが出来てしまった。


「出たよ、<グラッタージュ>」

「あいつら何なの? なんで、どこにでも湧けちゃうの? 」


 ましゅ麻呂とエイタが首を捻る。


「はいはーい。私、一年位前の攻城戦でさ。ローたそが動いてるの見たんだけど、ダメージログみたらまともな数字じゃなかったー」


 あははは。と、デミオは軽く笑い飛ばすが、真っ赤な貴婦人ドレスを身に纏い両手槌を振り回す老女は、攻城戦に参加した一部の目撃者に伝説の鬼婆としてトラウマを植え付けていた。


「ご老体、その七人組というのは」


 歌って踊ってと一向に話が進まない状態が、ここで打破できるとアラベスクはハッタたちからドゥーマウスへと会話の矛先を変える。


「貴婦人の館へ向かったよ」


 ハッタに抱き上げられていたドゥーマウスは、あっさりと今後の見通しが立たないプレイヤーたちが探し求めた行き先を口にした。


「貴婦人……」

「そこが、ゴールってことか? 」

「<グラッタージュ>が向かったってことは、ゴールか本が沢山あるかだろ? 」

「あー、そっちの可能性かぁ」


 考え込むアラベスクの横で、これが他のプレイヤーなら迷路のゴールだと確信できるが相手が<グラッタージュ>となると話が変わるとましゅ麻呂たちがぼやく。彼らは今までのかみ合わない会話のストレスから疑心暗鬼に取り付かれつつあった。


「そのお屋敷には、どなたかお住まいになっていらっしゃるのかしら? 」


 しかし、元から調子が外れていたらしい人物は軽く話題を飛び越えていく。彼女にとっては、今、目の前にある興味あることがすべてだった。


「ええ、いらっしゃいますとも」

「勿論、いらっしゃいますとも」

「薔薇の御夫人達が、住んでおられるよ」


 ユミの質問にハッタ、ヘイヤ、ドゥーマウスの三人が答える。


「赤の貴婦人と白の貴婦人」

「薔薇のごとき美しさと称えられたお二人です」

「糖蜜の井戸の脇にある秘密の門が、館の庭の入り口じゃよ」


 続く会話にアラベスクたちは、今までの会話が三人目がいなかったためにフレーバーとして未完成だったと確信することとなった。


「秘密の門。素敵な響きだわ」


 だが、ユミの心を捉えたのはアラベスクたちとは違った部分だったようだ。顔の前で祈るように指を組み、瞳を輝かす。まるで夢見る乙女が、聞こえたワードに萌えを見つけ享受するような仕草に、ヘイヤとハッタは好々爺然とした笑いを浮かべ、今にも彼女を巻き込んで歌って踊りだしそうな雰囲気を醸し出すがドゥーマウスはユミに興味がないのか、自分を抱えたままのハッタの腕を叩いて下ろすように催促した。


「門の鍵はお持ちですかな? 」

「鍵がなければ、入れませんよ」


 ドゥーマウスを自由にしたことで身軽になった二人は、再びユミの左右に滑り込む。


「猫の首に、首輪代わりに釣り下がっておる鍵じゃ」


 やたらとユミに執心するハッタたちを追い払うように、ドゥーマウスは落とした杖を拾い上げるとその杖を使って彼らの足元を突きユミから離れさせた。


「あら、大変。鍵が必要なのね」


 そう言って人畜無害な微笑を浮かべるユミのセーフティベルトから薔薇と王冠モチーフの金細工が僅かに頭を出している。それを目ざとく見つけたドゥーマウスだが、それについて口にするわけでもなく、幾許か鋭さを残した眼光を伸びて枝垂柳のようになった眉毛の影に隠してしまった。


「糖蜜の井戸へは、ここから歩いていけるのかしら」


 ユミは誰かに問うというより、独り言のように呟く。


「ええ、行けますとも」

「勿論、行けますとも」

「ただし、条件がある」


 条件と聞いたユミの顔が驚きに染まり、その後、見る間にしおしおと萎れ困った顔で小さくため息を吐いた。


「難しい条件だったら、どうしましょう」


 ユミにつられ、ハッタとヘイヤもため息を吐く。


「ああ、そればかりはどうにも出来ん」

「我々は、時間を失くしてしまいましたので」

「時間が戻らねば、どこにも行けぬのじゃ」


 再び出てきた『時間』というワードに沢蟹の視線が動き、ましゅ麻呂を見る。彼も気づいたのか瞬きすることで頷きの代わりとした。


「なぁ、じーさまたち」


 それまで黙ってユミとハッタたちのやり取りを聞いていた沢蟹が口を開く。


「お探しのものは、これではありませんか」


 だが、彼が何かを話し出す前にジェームズが話題を掠め取った。話を奪われる形となった沢蟹は困惑した表情を浮かべるも、一歩進み出たジェームズと入れ替わるようにそそくさとハッタたちの間から退いたユミを見て何か考えがあるのだろうと口を噤むことにする。ましゅ麻呂やアラベスクたちも一様に同じ考えなのだろう。無駄話をやめ、事の成り行きを見守ろうとしていた。


「これは貴方のものではありませんか? 」


 ジェームズは、一本の時計を針をヘイヤへと差し出す。ましゅ麻呂がテーブルの上を駆け抜けた際、飛び散った花弁の中に銀時計の長針が紛れていたのだった。


「おお、おお。これはまさに、無くした私の時計の針でございます」


 長針を見るや否や目を丸め、針を持つジェームズの手に飛びついたヘイヤは、彼が拒絶する間も与えぬほどの早業でジェームズの手に頬ずりし、奪い取るような勢いで針を受け取ると懐から出した懐中時計に長針をはめ込む。


「ああ、よかった。これで時間が回りだす」


 時を刻み始めた時計を感極まった表情で掲げ喜ぶヘイヤを見て、ハッタも笑顔で拍手を送る。


「素晴らしい。実に素晴らしい! 」


 エクセレントと繰り返すハッタの瞳から瞳孔が消えた。いや、消えたというより中心に最大限まで収縮した後、虹彩を押しつぶし、眼球すべてを覆うように瞳全体に広がったのだ。


「道案内は出来ぬ故、達者でな」


 足元でドゥーマウスの声がする。


「我らは御者(カーター)

「荷馬車を繰るのが仕事でございます」


 ヘイヤの目もハッタ同様ブラックアイドへと変貌していた。


「ちょ」

「待っ、何事!? 」

「ホラーは、ダメぇーっ」


 ホラーゲームのアバターのように真っ黒な瞳が、慌てるましゅ麻呂たちを映して笑う。


「罪人でない限り、わしらはお前さんらを運んでやれんのじゃよ」


 淡々と語るドゥーマウスの眼球も虚無を塗りこめたような漆黒へと色を変えていた。


「罪人……。だから、女王様は首を刎ねようとするの? 」


 ドゥーマウスに向けたユミの素朴な疑問は、ハッタとヘイヤの耳にまで届いてしまったようだ。彼女の声に反応し、叫び声を上げるとその場で足を踏み鳴らした。


「ああ、恐ろしい」

「無垢な者を」

「ああ、おぞましい」

「罪無き者を」


 再び彼らが暴走するのではと身構えるが、ハッタたちにその場から動く気配は無く。ただ朗々と歌い上げるオペラ歌手が如く両手を広げ声を張り上げる。


「わしらは逆らえず、運び続けた」


 副音声で流れる解説のように静かなドゥーマウスの声が続き、この演出の意図を完全にまではいかないものの凡そで理解したジェームズの瞳が見開かれた。


「首を刎ねよ! 」

「首を刎ねよ!! 」

「首を刎ねよ! 」

「首を刎ねよ!! 」


 ヘイヤたちが滅茶苦茶に振り回してた手刀がプレイヤーの首を狙った位置で止まる。


「邪悪な考えをもつ者に災いあれ!! 」


 互いに距離はあるため脅威を感じるほどではなかったが、どこか害意を示すようにも見える仕草に指されたましゅ麻呂の顔が引き攣った。


「勘弁しろよ」


 頼みの綱であったドゥーマウスまで調子を狂わせてしまったとなれば、八方塞がり出口なしといったところか。そう判断し、NPCの次のアクションを待とうとするメンバーの中にあって、ジェームズだけは先見出来たのだろう。差し込む光の波長で表情を変える透き通った碧い瞳は、青と緑が何層にも重なり合い不思議な色を示す。


「貴方達の比類なき女主人は誰だ。誇り高き統治者の名を告げよ」


 知識の海から拾い上げたワードは、見事ハッタたちのトリガーを引いたらしかった。ガイ・フォークスの仮面のように彼らの口角が上がる。


麗しの女王様(悪しき魔女)

「マーガレッド・マルガリティス! 」


 二人の声が重なると同時にフロアを照らす照明がすべて消えた。


「うわっ」

「暗い、暗い、暗い! 」

「動くな! 」

「静かに! 」


 彼らの熱演に半ば呆れ、繰り返される行為にうんざりとしていた一同は、突然暗闇に放り出されたことに驚く。しかし、一部のスキル持ち以外は視界ゼロという状態で、狼狽えるより先に次の展開に備えて身構えるあたりはよく訓練された産廃としか言い様がない。


「アラベスク」


 そんな一同の中でも、更に心が死んでいると疑われる動揺を知らない男の声が短く友人の名を呼んだ。呼ばれたアラベスクは、強張っていた肩の力を抜き詰めていた呼吸を再開して少しだけ楽な姿勢をとる。


「なにも見えん」

「と、いうより。なんもない」


 アラベスクの言葉を補足するようにエイタが続けた。二人の言っている内容が理解しがたいのか、ジェームズは沢蟹の名前も呼んだ。


「二人に同じ。誰がどこに立っているかは判るが、他は何も無い。まるでバグだ」

「えー、ここまできてバグとかやめてよぉー」


 見えないことに恐怖は感じていないが、それでもどこか不安には思うのだろう。息を殺し、見えない周囲に気を配っていたデミオが本気で嘆く。


「<光魔法・光束(ラドルクス)発散>」


 ジェームズは確認のために照明代わりの光球を生み出す呪文(アーツ)を唱えた。やはり不発となったそれは、詠唱失敗を示す光すら放つことなく乾いた音を発てただけで終わる。


「徹底してるな」

「うーん」


 どうしたものかと腕を組むオミの横でましゅ麻呂は渋い顔だ。


「でもこれで、ここは非戦闘区域だってのははっきりした」

「確かに」


 一つ、不安要素が消えたことに安堵する。


「しかし、何もない空間となると問題だ」

「転送されたってのは、判るんだがな」

「どっか床にスイッチがあって、それを踏むと床が抜けるとか」

「抜けたらダメだろう」

「あっ、ハヤトとまれ」


 お互いの発する声を頼りに誰がどこに立っているかを把握し会話する中、障害物(プレイヤー)にぶつからないようにと両手を前へ伸ばし、よろよろと移動するハヤトを見つけたエイタが声を上げた。


「えっ、何!? 」

「なんか当たった。わーっ、ごめんなさいっす」


 軽く殴るような形でデミオの持つ杖に手が触れたハヤトは、当てた感触に焦って飛び退き、そのまま足を滑らせて勢いよく尻餅をつく。


「あいたー」

「だから、動くなと言っただろう」


 心労という言葉が似合いそうなアラベスク背中に、沢蟹とエイタは無言で首を横に振った。


「大丈夫?」


 状況が見えている三人組とは異なり、デミオは心配して転倒した音が聞こえた方向に当て推量に声を掛ける。


「大丈夫っす。それより、オレどこか殴っちゃって」

「あー、平気へいき。当たったの杖だから」

「ならよかったっす。不可抗力でも、女の子殴るとか。あっ、なんか明るいっすよ」


 転んだことで、地面と思われる箇所に近くなったハヤトが1°の差程度の色合いの違いに気づいたようだ。四つ這いになり、色が違う場所を何度か手で擦って様子を見れば、そこから次第に光が漏れ出し、地面に幾筋もの細い光の線が浮き上がった。幻想的な光景に感歎の声が上がる。


「すっごく綺麗」


 足元に出た光にデミオはしゃがんで指を伸ばす。指先で光の線に触れると、触れたところだけ光が消えた。だが、すぐに途絶えた両端から光が伸び繋がって線に戻る。


「おぉー」


 触れた指に光が移ったかと指の腹を確認するが、残念ながら乾燥途中の蛍光塗料が増殖するように、光源が広がるような事は無かった。


「隠された糸」


 誘導灯よりも淡い光が撚り合わさった糸のように束ねられ、流路となって道を示す様に数刻前のジェームズとの会話が過ぎった沢蟹が独り言つ。


「この光を辿って行けばいいのかしら? 」

「そうだね」


 なんとか他者を認識できる程度の明かりだが、視界を取り戻すことができたユミたちは、いよいよゴールだと光を道標に歩き出した。





  ◇  ◆  ◇






 規模の大小に関わらず、城には必ず礼拝堂(カペレ)が存在する。


 礼拝堂。このゲームのシステムに落とし込んで説明すれば、教会の簡易出張所だ。教会と教会は『扉』で結ばれる。


 ファストトラベル先に貴婦人の館を追加するためには、貴婦人の館の礼拝堂に仕える修道士に話しかければいい。そうすることで、すべての教会から貴婦人たちの住まう城へ移動可能となった。


 ジェームズが仮説としてユミたちに語ったように、この『貴婦人の館』が、迷路のゴールである。




「ローテン様、野鶴様がお戻りになられました」


 使用人に声をかけられたローテンは、読んでいた本を閉じると椅子から立ち上がった。


「有難う。すぐに伺うわ」


 クラン<グラッタージュ>が現在、滞在拠点としているのが第一、第二宿駅間に設置されたイベントエリア『貴婦人の館』である。


 イベントエリアと言っても、臨時クエストが発生するわけでもなく単にストーリーの知らなくてもいい部分を補完するエリアに過ぎなかった。一般的なプレイヤーが体験すべき内容かと問われると、ここに至るまでのプロセスと得られる情報を天秤にかけた場合、微妙としか言いようがなく、もし【GM】カロゥシーに迷路は攻略すべきか否かと問うたなら、秒で「時間の無駄」と返されるだろう。


 そんな虚無しか生み出さない内容だが、<グラッタージュ>的には大好物の部類に入る。彼らにとって、知識を得るための時間の浪費は必要経費扱いだ。


 この城は、元々はワルター領アストリド高地に離宮として設えられた建物だった。「だった」と過去形での表現になるのは、建物自体今はなく文献としてのみその存在を確認することが出来た建築物だからだ。それが百年以上の時を経て、栄華を誇った昔のままの姿でここに移築復元された。


 ファルモアの閉ざされた世界が始まって千年に満たないが、その間に新しく造られ、そして失われた建造物は多い。この『貴婦人の館』のみピンポイントで復活させる意味があるのかは怪しいところだが、離宮が抱える曰くを考慮に入れれば判らなくもない。と、この世界の歴史に精通する<グラッタージュ>は判断した。


 大義名分的には、この場所からファルモアの行く末を見守ろうと仮初めの命をもって顕現した姫君たちの居住まいとして、折れた世界樹(レーラズ)の枝が繋がったライラの世界樹(ミーマメイズ)の力を借りて用意されたものらしい。


 この館には、二人の女性が暮らしていた。


 一人は、赤薔薇をモチーフとした衣装を身に纏った女性、メイール(メイア)。闊達としたメイアは、常に笑顔を絶やさず、彼女の周りは光があふれ出るような明るい雰囲気が取り巻いている。それに対し、もう一人暮らす女性、マーガレット(マルガリタ)。彼女は白薔薇をモチーフとした衣装を纏い、寧静でいつか霞となって消えてしまうのではないかと思えるほど儚い須臾の花のような女性であった。


 この館には、ストーリーの重要人物が二人、世界の終わりを待つために在りし日の姿で存在していた。







暑いですね



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