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The Stone of Destiny  作者: 櫻井


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100 忘却されし喜びの庭



「この期に及んで音声入力とか、禁じ手に近いだろ」


 まさかの打開策に不満を漏らすましゅ麻呂は、ユミから貰った棒つき飴に噛み砕かんばかりの勢いで歯を立てる。補助効果があるものではなく、完全な嗜好品であるそれの出所は、やはり出海たちのクランであった。

 NPCの店でも同様のものは売っているがロリポップらしく酸味がある。それに対し、出海たちのクランが作り出した渦まき飴は日本人が好みそうなクセのない甘いお菓子だった。

 システムに挑戦し続ける男、出海。現在彼は、NPCと協力してサワーグミの開発に勤しんでいる。閑話休題。


「プレイヤーで遊ぶのが好きな運営だからな」

「知力だけじゃ攻略できないってことだろ」

「カロゥシーがみっちょんのこと、五歳児の発想力とか言ってたじゃん」

「おのれ、みっちょん……」


 このギミックを組んだのは、みっちょんではないので完全な濡れ衣である。


「あっ。マッシュ、マッシュ、あっち」


 夜の帳が下りた迷路だが、夜露に濡れたように壁を形成するツタが淡く輝くため歩行には問題はない。交差する通路を覗き込んだデミオが何かを見つけたらしく、直進しようとするましゅ麻呂を呼び止めた。


「ンだよ。そっちはさっき通っただろ」


 ラッシュを強制終了させてからは、狭い範囲を往復する形でお茶会を探して歩いている。動物たちの足音が聞こえたら例の言葉を叫んで範囲外に押しやるという方法で安全を確保していた。本来、エリアシャウトはエリア全体をカバーするものだが、この迷路では仕様が異なるらしく有効範囲は縮小されているようだった。

 シャウトだけではない。マップがブランクで使い物にならないことに加え、エリア外にいるプレイヤーに向けての個人チャットも使えなくなっていた。最初、ユミはイチルにコールしようとしたが使えないことに気がついてメールに変更したらしい。


「いいから来て」


 こっちこっちと手招きするデミオに近づき、彼女が指差す方向を見る。


「あそこ、ほら」


 最初は、重なり合うツタの葉が光の加減で強く発光しているように見えた。だが、目を凝らしてよくみれば、壁の一角に小さな白い花が点々と咲いているのだと判る。


「さっきはあんな花、なかっただろ? 」

「だからおかしいって呼んだんだよ」

「ジャスミンみたいな花ね」


 いつの間にかましゅ麻呂の横に来て、通路を覗き込んでいたユミが呟く。


「ジャスミンの花は夜に咲くからね。さっきまでは蕾だったのかもしれないな」


 当然のようにユミに付いてきたジェームズが彼女の意見を肯定する。疎らに点在する白い花は、蕾の状態ならツタの葉に隠れ見落としてもおかしくないくらい小さい。デミオが気づいたのも開いた花弁が発光し、ここに咲いていると存在を主張したからだ。迷路の中の時間が進むことで花開いたと言われたら、それはそれで納得できる。


「ジャスミン……そういえば、なんとなくトイレ臭いような」

「トイレとか言うな」


 頭上から降ってきた声に振り返れば、ましゅ麻呂を囲むように通路の一角に人が集まっていた。


「なんで、わざわざ俺ンとこに集まるだよ。狭ぇだろ」


 背後に立つメンバーを足蹴にして散らし始めたクラマスは無視し、デミオはユミの傍らに立つジェームズを見上げる。


「絶対アレ、怪しいよね」

「そうだね」

「なんだか、あの花……」


 花の咲く壁を見ていたユミの指先が、彼女の視線と連動して宙を掻く。


「……矢印みたいだわ」


 無作為に咲いているように思われた白い花に経路を見つけたユミは、隣にいたはずのましゅ麻呂を探して振り返り、瞬き一つ分時間を止めるが何も見なかったこととしてデミオへと向き直った。


「矢印みたいだわ」

「大人の対応ありがとう」

「地味に傷つくんですけどッ!? 」


 デミオと頷き合うユミに、エイタにコブラツイストをかけ、食べかけの飴を彼の口へ強引に押し込んでいたましゅ麻呂が喚く。


「矢印とは、どういうことかな」

「こんな風にね、お花が並んでいるの」


 身を屈めユミの目線近くまで頭を下げたジェームズに、ユミは花の辿り方を教えるようとゆっくり指先を動かした。


「スルッっといったね? ねぇ、スルーっと、スルゥーッっと無視したよね!? 」


 エイタに絡めていた手足を解くと自分も混ぜろとましゅ麻呂はジェームズとユミの間に勢いよく割り込む。プロレスごっこが早々に幕引きとなったことで、他のメンバーもユミたちの周りに戻ってきた。結局、元の木阿弥となり一部スペースだけが人口過密状態だ。


「どういうことだ。ユミ」


 場所を譲ったジェームズと入れ替わりにアラベスクが彼女に質問する。読み解き方を問われたユミは、最初に見るべき花を指差した。


「あそこのお花から、順にこう見ていくのよ」


 ユミが指先で描く線は、子供が家の壁にした悪戯書きのように蛇行していて図形や標識で見慣れた矢印とは程遠い。所々で三角の尖りが出てくることから矢印と言われれば矢印に見えなくもないお粗末なものだった。

 しかし、彼女の指の動きを頭の片隅に置いて壁に咲く白い花を眺めると、確かにユミの描いた線のとおりに花が並んでいることに気づく。


「確かに矢印だな」

「よくみつけたっすね」

「ユミりんって、星見て星座見つけるの得意なタイプ? 」


 立て看板を立てるほどあからさまなヒントは与えないが、それでもアリスの物語に寄せているのだろう。お茶会の場所へ向かうときにアリスは、立て看板を見て進む道を決めていた。


「星座はもう無理ね。老眼が酷くて」

「いきなり現実ぶち込まないで」

「なかなかピントが合わないのよね。この姿なら、とってもハッキリ見えるのに」

「せつねぇ」


 老眼というと近くのものは見えにくく、遠くのものは見えるというイメージを抱きやすい。実際そうではあるのだが、老眼とは加齢による眼の調整力の衰えからピントが合わせにくくなった状態をさす。つまり、結果的には近くのものほどではないが遠くのものも見えにくくなるのだ。そしてピントが合わないということは光を知覚する能力も衰える。


 老眼に限らず、疲れから発生するかすみ目や色の認識力が落ちるのもこの筋肉が正常に動かなくなった状態の一種だ。老眼とは、眼の筋肉の動きが鈍くなり調整力が落ちた状態が慢性化したもの。と、説明されれば想像に易いだろう。


「今度皆でフォアラド登ろ、うんで天体観測しよ」


 綺麗なものをたくさん見たい。ユミがこのゲームを始めた動機のひとつを覚えていたデミオが攻略と関係のないピクニックを提案する。

 この世界の中心である巨木、フォアラド。プレイヤーが進入できる頂上付近まで登ればファルモア世界を一望でき、一度は登るべき観光名所とされている。途中、怪鳥が襲ってくることを除けば、だが。


「肉眼で土星の輪っか見えるゲームで天体観測もねーだろ」

「月が三つあるしな」

「二つじゃねーの? 」


 惑星引力を無視した天体の配列は、流石ファンタジーVRMMOといった所だ。地球が丸いのは当たり前の現実と違い、哲学者アナクシマンドロスが描いた世界地図を元ネタにして作られたと思われるこの世界はとてもフラットだった。


「実は、奥に小さいのが一個隠れてる」

「ほほぅ」

「知らなかった……」

「砂漠からじゃないと、三つ目見れないけどな」

「へー」


 脇道にすすんで逸れていく話を沢蟹が咳払いを一つすることで止めた。和気藹々と仲がいいのは結構だが、これ以上時間を無駄にすればプレイ時間超過で警告が出てしまう。自由人たちを物理で管理できるアデライードがいない以上、比較的常識人が頑張るしかない。


「雑談は後にして、行こう」


 沢蟹の意図を察したアラベスクが促した。


「はーい」

「ういーっす」


 ゾロゾロと通路に侵入し、矢印に沿って道を進んでいく。幾許かも行かないうちに調子はずれな歌声が聞こえてきた。


「な、なかなか個性的な歌声だな」

「稀にみる逸材の予感」

「狙っても、この音の外し方は出来ないだろ」

「これもまた才能か」


 なかなかに手酷い評価ではあるが、感想を言う<SUPERNOVA>の面々を誰一人として否定することが出来ない。歌声を辿って進んでいけば、ツタの壁が取り払われた開けた場所に出た。中央には西洋風東屋のガゼポがあり、中で歌声の主が熱唱している。


「あー……、お茶会」

「あー、なるほど」

「そう来たか」

「こいつは、なかなか」


 ユミたちが目にしたのは、ナイトウェディングのガーデニングパーティー会場のような空間だった。


 地面には敷き花が溢れ、至るところに飾り付けられた装花よりも多く置かれたキャンドルと、壁から壁へ、壁からガゼポへと張り巡らされたループロープに吊り下がったグローブランタンが、夜の闇を引き立てるように暖かな色合いで場を明るく照らす。


 テーブルの上に所狭しと並べられた料理やお菓子は、どれも色鮮やかで見た目の誘惑に食指が動いてしまう。ケーキに立てられた花火が燃え尽きない火花を散らし続ける様も幻想的で、一行は一瞬で場の空気に飲まれてしまった。


 特にユミやデミオは目を輝かせ、今にも走り出してお茶会の一員になってしまいそうだ。ただ二人が叫びだす前に、後ろから手を回し彼女たちの口を塞いだましゅ麻呂が飛び出すのを阻止していなかったら、の話であるが。


「はい。落ち着いて深呼吸しようなー」


 仕事をすべきところでは仕事をする男は、景色を見た瞬間、躊躇いなく二人の口を塞いだ。アラベスクやジェームズは妙なところで紳士的な為、こういった手荒な止め方は出来ない。性格の差もあるが、ユミの瞬発力に反応できるのがましゅ麻呂だけであるというのも彼が止め役になった原因である。


「叫ばない? 」


 聞かれた二人はコクコクと頷く。


「飛び出さない? 」


 再び深呼吸した二人は、今度はしっかりと頷いた。


「おk」


 二人から手を離したましゅ麻呂は、やれやれと細く長い息を吐き。解放された二人もホッと胸を撫で下ろす。


「どうして、こーゆー時だけ真面目に仕事するの」

「だからッ俺の扱いどうなの、ソレ」

「サスペンスドラマみたいでドキドキしたわ」


 不満を漏らすデミオに唇を尖らすましゅ麻呂の横で、嬉々としてジェームズに報告するユミに、成り行きを見ていた一同が一斉に脱力した。


「そこ萌えポイントとちゃうからッ」

「顔を拭くかい」

「俺は、バイ菌かっ」


 上着の内ポケットからハンカチを取り出したジェームズに対し、あらぶるオラウータンのように両手を挙げ威嚇する。


「やぁやぁやぁ。みなさん、よくぞおいでくださいました」


 誰しもの視線や意識が、ましゅ麻呂とジェームズのやり取りに集中していたわけではない。だが、声が掛けられるまで誰一人として声の主の存在に気がつかなかった。


 年のころは五十代半ば、背丈はましゅ麻呂とオミの間くらいで大きいとは言いがたい。上品なラウンジコートに身を包み、襟の巨大なレースタイが目立つ。だが、一番気になったのはドリルの巻き髪が二本、側頭部からウサギの耳のように上に向かって生えている髪型だった。しかも、髪の毛の間から麦わらが飛び出ている。


「ま、また個性的なのがきたぞ」


 イチルのメールで示唆されたキャラクターの中で、お茶会に参加しているのは帽子屋と三月うさぎ、眠りねずみ(ヤマネ)の三体とあった。髪型から推測するに、これは三月うさぎに相当するキャラなのだろう。


「毛たぼの代わりに藁を入れているのかしら」

「ユミりん、気にするところそこやない」


 飛び出た麦わらが気になるのか、目の前の紳士の髪型を凝視するユミの目をジェームズがそっと覆った。


「わが友人、ハッタのリサイタルへようこそ」


 突如として現れた紳士は、人好きする笑顔を浮かべ右手を胸に当てると右足を左足の後ろへと軽く引いてお辞儀をする。いきなりの展開にどう反応するか迷うましゅ麻呂たちの事など気にしていないのか、挨拶を終えた彼は迷うことなく一番近くに立っていたデミオの手を取った。


「さぁさぁ、こちらへ。皆様もご遠慮なさらず」


 夜会へとエスコートするようにデミオの手を掲げ広場へと入っていく紳士に困惑しながらも、誘導に従い広場へと足を踏み入れる。外から見れば、幻想的な雰囲気に圧倒されたパーティー会場だったが、中に入ってよく見れば、テーブルの上は乱雑で料理や菓子が載った皿がティーセットに重なるように置かれたり、食べ掛けや飲みかけの物が無造作に置き去りにされていたりと不衛生さが目立つ。


「お客様がみえるのは、いつぶりでしょう」


 今にもステップを踏み出しそうな浮かれ具合をみせる紳士は、くるりと振り返るとデミオの手を離し、傍にあったテーブルから空のシャンパングラスを掴むとアラベスクの前へと差し出した。


「ああ、ワインは如何? 」

「結構だ」

「ハハッ。ワインなんてないのですがね」


 グラスをテーブルに戻すと何もなかったかのように再び歩き出す。


「お料理はどうです。お菓子もありますよ。ああ、あそこのフラワーカップケーキはオススメなんですよ。可愛いでしょ、お花」


 一人ベラベラと喋りながら歩く紳士は、テーブルの上の小皿を取り、勝手にアペタイザーやプチケーキをそこへ載せていく。


「このヴィクトリアスポンジとか、一度食べたら忘れられませんよ。バターはね、ジンジャーバターを使っているんです。スパイシーなアクセントがイチゴジャムと混ざり合ってクセになること間違いなし」


 どれもこれも手掴み、鷲掴みで形が崩れることも厭わず皿の上に載せ積み上げていく。


「おっと、このロッキーロードブラウニーを忘れてはいけません。口に入れた瞬間、広がるナッツとチョコレートのハーモニー。そしてマシュマロのふっくらとした食感。ああ、思い出しただけで……堪りませんね」


 立ち止まり、手にしたそれを後ろに続く一同に見せ付けるようにアピールした後、一口齧り甘い声を鼻から漏らして悦に入る。


「やはり、最高です! 」


 食べかけのブラウニーも手にした皿に加えユミたちを眺めた。


「どうぞ、ご賞味を」


 目が合ったエイタが一歩下がるより早く、ニヤリと笑った老紳士は流れるような動きでターンを決め、エイタの前へと移動すると彼が拒否する間もなく手にした皿を彼の胸へと押し付ける。


「どうぞ、ご遠慮なさらず」


 高く突き出た鉤鼻をさらに前に突き出してエイタに受け取るように迫る紳士は、目を閉じケーキを味わっていると思われた最中、薄目を開けあまりの暴挙に顔を顰めたエイタを見ていたのだった。


「どうぞ。ご遠慮なさらず」


 強引に押し付けられたそれを一旦は受け取ったエイタだが、紳士が背を向け歩き出すとそっとテーブルに戻す。


「ハッター、ハッタ! 」


紳士は、ガゼポで熱唱を続ける友人を呼んだ。


「うるさい。今、いいところなんだ。邪魔をするなヘイヤ! 」


 自身の歌声に陶酔していたハッタは、歌を邪魔されたことにカッと目を開きヘイヤを睨む。ハッタと呼ばれた人物は、ヘイヤより年上に見えた。一目で高価だとわかるカントリーフロックを身につけ、シルクハットを被り、愛らしい水玉模様のアスコットタイを締めている。皺の刻まれた細面の顔は、人の温かみや愛情を感じさせない厳しい顔立ちで偏屈や無慈悲といった言葉が似合う。気難しがり屋を体現したような老紳士だが、ヘイヤの後ろに控えるましゅ麻呂たちに気がつくとそれまでの厳しい表情が嘘のように消え、蕩けるような笑顔へと変わった。


「これはこれは。大人数でお越しいただき、このハッタ恐悦至極です」


 自らをハッタと名乗り、老紳士は被っていたシルクハットを取るとヘイヤと同じように足を軽く交差させるお辞儀をしてみせる。ちらりとシルクハットに値札のような紙が付いているのが見えた。イチルからの情報でも、三月うさぎにはヘイヤ、帽子屋にはハッタと名前が付いている可能性がある。と、されていたことから彼が帽子屋であることは間違いない。


「こっちは話が通じそうか? 」

「油断は出来ないぞ」


 こそこそと話し合う沢蟹とアラベスクを横目に、ジェームズは身を屈めユミに耳打ちをした。


「ジンジャーマンを探せばいいの? 」


 ジェームズが伝えた言葉は、ジンジャーブレッドマンなのだが、色々抜けるのは仕様なのだろうか。


「そうだよ」


 だが、ジェームズはユミの言葉を訂正することはせず、優しい目で頷いた。多少名称が違ったところで、彼女がそのものを判っていたら問題はない。


「判ったわ」


 ユミは任せてと胸に手を置くと周囲を見回し、固まる一団から一人離れていく。テーブルの間を泳ぐように移動していくユミに目を留めたヘイヤが、怪しいものを見るように一瞬目を眇めたもののテーブルの上に並ぶ料理を見ては、可愛いや素敵を繰り返して喜んでいる彼女に、ヘイヤは俚俗なものを見たように口角を皮肉に歪めただけで行動を咎めることはしなかった。


「さぁさぁ、皆さん。どうぞこちらに」


 ガゼポをステージに見立てているのだろう。ハッタは自分の立つ位置から正面に置かれた椅子を勧めた。ここに進み来るまでテーブルに椅子は無く、立食形式かと思っていたが、どうやらすべての椅子がここに集められていたらしい。


「いや、申し訳ない。ミスター」


 どこでも好きな所へ座ってくれとヘイヤも勧めるが、アラベスクが断った。


「俺たちは少し急いでいてな。時間が無いんだ」

「おやおやおや」

「おやおやおやおや」


 残念そうに眉を寄せるハッタを真似するように、ヘイヤも同じ文言を繰り返す。


「これは異な事を」

「まったく異な事を」


 雲行きが変わったことに、ましゅ麻呂は目だけ動かしてオミを見る。考えたくはないが不測の事態が発生した場合、即座に対応を迫られるのだ。オミもまたましゅ麻呂を見ていたため、彼と視線が合うと小さく頷き同意を示した。


「ここは、ずっとお茶の時間」

「ええ、ずっとお茶の時間」

「お茶の時間が終われば」

「またお茶の時間が始まるのです! 」


 両手を広げ、オペラ歌手が高らかと歌い上げるように大声を張り上げる。豊かな声量が紡ぎだすハーモニーだったなら少しは聞き入ったかもしれないが、動物の雄叫びにも似たそれでは耳を塞ぎたくなるのも無理はない。実際、デミオ、ハヤト、エイタといった自分の心情に素直な人間は高速で耳を塞いでいた。


「調子が外れているぞぉー! 」


 この場にいる誰でもない声が、ハッタたちの叫びを止めた。


「調子、調子が外れているだと!? 」

「ああああ、時間。時間は何処にいった! 」


 慌てふためきハッタとヘイヤは互いが互いを追いかけるように走り出す。


「調子を探さねば! 」

「今は何時です! 」


 出所不明の声が様子のおかしくなった二人を止めてくれたのはいいが、別の意味で二人の様子がおかしくなりこれでは会話もままならない。


「三姉妹が絵を描くぅー! 」

「あっちだ。あそこから聞こえた」


 再び聞こえてきた声に、周囲に気を配っていた沢蟹が場所を特定した。お茶会に登場するキャラクターは三体。既に二体は登場しているので、残りはヤマネだと察しはつくのだが。


「ヤマネだ」

「ヤマネだ……」

「間違いようのないヤマネだが、果たしてあれは許されるのか? 」


 沢蟹が指差した先には、胸の高さほどあるクロカンブッシュが飴細工のベールを被り聳え立っていた。そのシュー皮と見事に同化した金茶色のネズミなのかリスなのかはっきりしない塊……もとい、テーブルに突っ伏して眠る老人に困惑を隠せない。食べかけのケーキに頬を埋め、気持ちよさそうに眠る老紳士は、なぜかフード付きケープを羽織っていた。フード部分には耳がついており、それが判るようにしっかり被って寝ている辺りこの可愛さを見てくれと言わんばかりだが、相手は老人である。どこに萌え要素があるのか問い詰めたい。

 さらに言えば、フード全体が動物の顔をデフォルメしたイラストになっている。もうアレだ。これがうら若き乙女とかが身に着けていたらテンション上がりまくるデザインだ。

 はしゃいでいる本人たちは自分可愛いだろうが、冷静な人間から見たらイタさ大爆発なアレだ。それを七十過ぎの老人が身につけ、スヤスヤとお眠りあそばされている。


 果たして、これはどういじり倒すべきか。<SUPERNOVA>の大喜利が発動する前に、アラベスクが時間がないのだからボケるな。と、釘をさした。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「ねー、起きてよ。おじーちゃーん」


 デミオが耳元でヤマネに声をかけるが反応がない。

 走り回るヘイヤとハッタは無視し、眠るヤマネのテーブルへと移動した一行は、揺すっても起きない老人を前に手を拱いていた。


「どうもこの迷路の住人たちは、他のNPCとは仕様が違うみたいだな」

「ああ」


 ハッタやヘイヤが落ち着きを取り戻そうとするたびに、ヤマネが大声で寝言を言い。声に反応したハッタたちが再び何事かを叫んでは走り出す。これの繰り返しがずっと続いていた。

 あまりにタイミングがいい為、実は起きているのではないかと疑いたくなるが、寝ていようが起きていようが会話が成立しないのであればどちらでも同じだ。


「ったく、これじゃ先に進まないぜ」


 立っているのが疲れたのか、エイタはテーブルの上の料理を退かし空けたスペースに腰を下ろした。


「ここに入ったら、ポートとかあると思ったンすけどね」


 転送装置、もしくは記録装置があり、一旦ログアウトできると踏んでいたのは皆同じだ。ハヤトの嘆きに同意するような溜息が漏れる。


「金の鍵! 女王の庭に入る鍵! 」


 それまでと違う寝言に、状況に飽きてきていたメンバーの顔が締まった。


「金の鍵って、ユミりんのアレってことだよな」

「ねぇ、おじーちゃん。金の鍵ってどこで使うの? 」


 デミオがヤマネの肩を揺すり、問いかけるが反応は無い。いっそ殴って起こしてやろうかと杖を振り上げたところで、遠くであがった悲鳴に一斉に皆が振り返る。彼らの目に映ったのは、走り回っていたはずのハッタとヘイヤがユミを捕まえ頭上へと持ち上げている姿だった。

 ヘイヤたちの前には、小柄な人間一人くらいならすっぽり入ってしまいそうな大きさの巨大なティーポットが蓋を取られた状態で置かれていた。


「ユミ! 」


 ヘイヤへと向けられたジェームズの杖が光るが、不発を表す乾いた音と幽かな煙があがっただけで何の効果も得られない。街中と同じ扱いなのだろう。ヘイヤたちを狙って矢を番えた沢蟹やアラベスクも弦が引けず動きが固まる。


「ちぃッ」

「非戦闘区域だ」


 ジェームズや弓術師たちが攻撃動作に失敗する中、飛び出したましゅ麻呂が八艘飛びよろしくテーブルを足場に飛んでかけていく。彼が蹴散らした料理は宙を舞うと、粉々に砕け花びらと変わり床に落ちた。


「おんなの子にっ、なにしてんだゴラァ」


 ティーポットの中にユミを投げ込み急いで蓋を閉めようとするハッタたちに、変身ヒーロー並に華麗なとび蹴りを浴びせたましゅ麻呂は、彼らを巻き込み地面へと転がる。


「マッシュ! 」

「大丈夫か、ユミ」


 ましゅ麻呂の後を追って走ってきたオミとエイタが蓋を退かし、ポットに尻から嵌ったユミの手を引いて引っ張り出した。


「おい、ジジィ共! 」


 安置といえどAGI殺しは有効なようで、倒れた時に強かに打ちつけた腰を摩りながら、ましゅ麻呂が床に転がって目を回しているハッタとヘイヤの額を順に叩く。


「いたたたた。なんと刺激的な」

「あいたたた。爽快な目覚め」


 正気を取り戻したらしい二人は、額を擦りながら起き上がった。


「刺激的でも爽快でもねーよ」


 NPCが、プレイヤーを攫おうとするなんて話は聞いたことが無い。四つ這いの姿勢から先に立ち上がったましゅ麻呂が、座り込んだままのハッタたちに手を貸して立たせた。


「なんでユミりんをポットん中に突っ込んだんだよ」

「はて、なんのことか? 」

「さて、私たちがそのようなことを? 」


 記憶にございません。と、顔を見合わせる老紳士たちにましゅ麻呂の目が据わる。


「マッシュ、その人たちは私を助けようとしたのよ」


 握り締めた拳を胸まで持ち上げたところで、ポットから降りたユミがましゅ麻呂を止めた。


「ユミりんを助ける? 」

「ええ、女王様が私の首を刎ねるから隠そうとしてくれたの」


 早く、この子を隠さなければ。大事なこの子の首が刎ねられてしまう。そう言って抱え上げられたのだとユミは説明した。急なことで驚いたが、なんだか二人が必死そうだったため抵抗もせずさせたいようにさせたのだという。


「させたいように、って」


 結果として無事だったが、もしあのティーポットが別の場所に繋がってでもしたらユミだけ別の場所に転送されていた危険もある。老人には優しくが信条のましゅ麻呂が、老人二人を蹴り飛ばしてまで助けたユミの警戒心の薄さに一気に脱力した。


「まぁ、無事だったわけだしな」

「あまり驚かせないでくれ」

「心臓に悪いっすよ」


 あとからやってきたアラベスクと沢蟹が取り成そうとし、ハヤトが拗ねた顔でユミを叱っている。ユミはハヤトが可愛いのか、謝りながら彼の頭を撫でていた。


「よく会話は聞こえないけど、あっちのおじーちゃんたちが急におかしくなったって事よね」


 ヤマネの横に立ったままユミの救出劇を見ていたデミオが、傍で何かを拾っていたジェームズに話しかける。


「そのようだね」


 元々がヤマネの寝言で変調をきたした二人が、さらにおかしくなったとしたら原因は一つしかない。


「ううぅ……首を! 」

「おじーちゃんは黙っててっ! 」


 容赦なくデミオの杖が振り下ろされ、鈍い音が響いた。アーツ攻撃は禁止だが、物理として杖を使うことは禁止されていないと無駄な実証実験がされた瞬間だった。



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