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『 「嘶き」くるぞーー! 』
先頭を走る集団から指揮が飛ぶ。
「ケイオスが止まるわ! 接着したら<必中強打>、MPが切れたら楯で殴って回復、死んでも平気、楽しんでね! 」
言うと、タケルに並走していたユミが加速して前に出る。
胴は分厚い針毛に覆われたケイオスグランジだが、顔に短く生えた針毛は細く柔らかい。その為、重量級ではない得物を使うプレイヤーは正面の攻撃に集中するのだが、回避が間に合わなければ振り回される牙に撥ね飛ばされたり、前足から繰り出される踏みつけの餌食となり死体の山を形成する。
蘇生はケイオスグランジが移動し、安全を確保してから行われるため回避に自信がある者以外が前方を攻撃するのは総合DPS低下を生む悪手だった。
指揮者の言葉通り、ケイオスグランジが急停止し鼓膜を割らんばかりの音量で嘶いた。一斉に、プレイヤーが小さな山と言って過言ではないケイオスグランジに群がる。タケルもユミに言われたとおり脇腹に位置取るとその硬い毛に覆われた腹に楯を押し付け、<必中強打>を発動した。
「っあ?! 」
接着した部分から感じる相手の肉が波立つ感触。硬い毛に刃が滑り、毛に覆われていない顔にばかり向かっていたため碌にダメージを出せずに死んでいた前回とは違う。それが微々たるモノであったとしても、確実にダメージを与えることが出来た喜びに、タケルは次の<必中強打>を打ち出さず、ユミの姿を探した。彼女にダメージが通ったことを報告したかったのだ。
「アニメかよ……」
だが、ユミを見つけたタケルの表情から喜色が抜け落ちる。<飛燕>と<迅雷>を巧みに使い宙を駆ける彼女は、まさに空を飛んでいるに等しかった。
ユミはケイオスグランジの頭上で回転すると、上下逆さまの状態でケイオスグランジを仰ぎ見る。攻撃モーションを観察し、突き出た鼻先に目標を定めると膝を曲げ、力を溜め込み<飛燕>で出来た足場を全力で踏み切った。
「<我、天が落ちようと正義を為す>」
両手に握られた風切り羽に似た形の双剣が、光の軌道を描き一直線に落ちる。アーツ効果を纏った彼女自身が射出される刃の如くケイオスグランジの突き出た牙ギリギリの鼻の肉を抉り、そのまま受身を取って地に転がると勢いを殺さぬまま、起き上がりの動作で<飛燕>を発動し再び空に逃げる。
彼女は牙の根元を狙っているのだろうが、動く標的相手に確実に当てに行くのは難しい。それを僅かなズレがあるとはいえ的確な位置にアクティブアーツを落としていくのだからユミの技量の高さが伺える。
『 DD牙折れるか?! 』
『 やってる! 』
『 ごめん、オレ蚊だわ 』
ユミだけではない。ユミと同じく双剣や投擲武器を使うプレイヤーが<飛燕>を駆使し、ケイオスグランジの顔の周りを飛び回る。そして、彼らの動きを彩るように魔法職が放つ時魔法と光魔法のエフェクトが空に散った。
過去二回、討伐戦に参加した事があるタケルだったが、どちらも悪手を取り即死体と化して周囲を見やる余裕などなかった。そんな彼が初めて間近で目にする巨大エネミーに対する鮮烈な戦闘風景。舞い上がる土煙、漂ってくる血と擦れ合う金属の音と臭い。飛び交う怒号は時折ネタを挟んで笑いすら起こる。全てが五感を刺激し、脳が興奮する。
「やべぇ、テンション上がる……」
時魔法の<攻撃停止>この魔法が有効になっている間はケイオスグランジは通常攻撃のみで即死ギミックが発動せずただの的だ。だが、ケイオスグランジは魔法抵抗と耐性が強く、掛かりにくい上に<攻撃停止>はその効果時間を大きく短縮されている。それ故、重複効果がない時魔法だが、魔法職は魔法効果が切れぬよう常に<攻撃停止>を掛け続ける。
光魔法<魔弾>は空から輝く星の矢が流星のようなエフェクトを発しながら複数飛んでいくもので、他のプレイヤーの視界の邪魔にならないこと、一つの詠唱で多段ヒットが望めることから混戦が見込める場所では好んで使われていた。
『 後ろ、まだ脚は折るな! 』
『 尻尾気をつけろよー 』
ケイオスグランジが嘶きを上げ、頭と尾を振り回す。これが嘶きではなく咆哮なら即死効果がある攻撃の予備動作だ。
『 麻痺くるぞーー全員退避ーーーー!! 』
嘶きの効果により、掛かっていた魔法効果が無効化され、反撃を予見した指揮者の声にプレイヤーがクモの子を散らすようにモンスターエネミーから離れる。
ケイオスグランジの針毛が逆立ち、黄色く発光するとケイオスの周りをドーム型に稲妻が奔った。攻撃判定内から逃げ切れなかったプレイヤーが稲妻に撃たれると同時にドームの外に弾き出される。
弾き出されたプレイヤーに衝突したプレイヤーも麻痺効果を受け、その場に倒れこんだ。
「<神聖魔法・状態異常回復>」
「<光魔法・状態異常解除>」
「<光魔法・体力回復>」
「<精霊魔法・状態異常回復>」
「<風魔法・体力回復>」
「<水魔法・状態異常解除>」
「<風魔法・肉体強化>」
次々に倒れたプレイヤーに無差別で魔法職から状態回復や解除魔法が飛んでくる。立ち上がったプレイヤーには肉体強化の補助魔法が、減ったHP回復の魔法もそれぞれ得意とする魔法職が無差別で掛けていく。
ケイオスグランジを討伐する。一つの目標に向かう妙な連帯感がそこにはあった。
『 まだ殴るなー! 』
『 蘇生班、死体回収は後だ 』
先導部隊から矢が放たれ、放電することでリセットされたケイオスグランジのヘイトが稼がれる。
『 あと少し、林を抜けたい! 引っ張らせろ! 』
「<破壊魔法・肉体強化>」<神聖魔法・肉体強化><精霊魔法・補助再生>」
麻痺を免れたタケルにジェームズからの補助魔法が掛けられた。どれも本来なら長い詠唱が必要なものばかりであるが一瞬で重ね掛けされていく。
「ありッス! 」
彼がどこにいるのかは判らなかったが、タケルの声は届いている。再び駆け出したケイオスグランジを追ってタケルも駆け出した。




